フロイト著作集 6 自我論・不安本能論

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  • Amazon.co.jp ・本 (460ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784409310069

感想・レビュー・書評

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  • 不安には結びつく対象がなく、恐怖は何かある対象に結びつく。不安は何を恐れているのか本人にもわからないままビクビク、オドオドし、恐怖は例えば具体的に蜘蛛なんかを恐れる。不安の元凶は体内から神経を伝って送られてくる何かであろうとフロイトさんは考えている。つまり、不安のもとは外界にではなく身体の内部に生じているのである。フロイトさんはそれはリビドー(性的興奮)ではないかと仰る。

    ヒステリー神経症は、現実に阻止された(自分で否定し意識から無意識に押しやったつまり抑圧した場合も含めて)リビドーが生体の変調に取り付くようにしてその興奮を痛みや器官の不調に「転換」して症状を形成する病気のようである。数年前まったく風邪が治らなかったことがあるが、あれはわたしの中に生じた性的興奮がある事情で解放できなくなり、行き場を失った結果、風邪のような症状を形成した神経症だったのではなかろうかと、考え込んでしまった。

    生と死は、生き物の中で絶妙なバランスを保つことによって、その生き物を生かしている。生き物を主語にして描くと、生き物は生きるために、生の欲動によって死の欲動を抑えつつ、生の欲動の暴走をコントロールするという際どい綱渡りをする。生の欲動は性衝動がその主な成分であろう。ディプロイド細胞の定めで個体が滅びることで種が存続する。種として生き続けるためには、個体は滅ばなければならないのである。生殖を求める強い衝動がなければあっという間に種は滅びるだろう。

    それにしても、現実は厳しい。そうそう、性的興奮は、容易にまた、おおっぴらには満足させられない。溜まりに溜まったそれは、神経症や精神病に姿を変え、時に犯罪として暴発したりもするのである。気をつけようと思う...


    Mahalo

  • 私が人文書院の『フロイト著作集』を読み出したのは何年前だろうか。この著作集がどのように編集されているのかも分からず(未だにわかりませんが),とりあえず1巻から読んだほうがいいだろうと,読み始めた。といっても,急いでいるわけでもなく,古書店でせいぜい2000円くらいで売っていたら買って,気が向いたら読み始めて,次の巻を古書店で買う,といった感じで,もう10年くらい経っているのではないでしょうか。
    しかし,3巻まで読んで,今回は飛ばして6巻。正直いって,読むには読んでいるけど理解度はイマイチってところ。第1巻が『精神分析入門(正・続)』だから読みやすいかというと必ずしもそうではない。第2巻が有名な『夢判断』だが,もちろん難しい。でも,記述が濃くて頭を使うという感じではなく,なんか散漫で集中できないんだよね。第3巻が『文化・芸術論』。けっこう有名な「トーテムとタブー」とか,最近注目されている「無気味なもの」とか収録されていますが,ちゃんと印象に残っているのはあまりないんだよな。
    ということで,あまり関係ありませんが,1巻から読むという方針はやめにして,なんとなく読むべきだと思うものを買って読むことにした。小此木氏の解説によれば,「本巻は,S・フロイトの精神分析の基礎理論に関する諸論文を,発表年代順に編集したものであり,その意味でおそらく,本著作集の中で,もっとも専門的な諸論文からなる一巻であろう。」という。そのせいだとは思わないが,今回はそれなりに面白く読むことができた。ともかく,フロイト理論として知られる用語がいっぱい出てくるのだ。それらはもちろん,『精神分析入門』にも出てきたとは思うのだが。リビドー,エス,超自我,抑圧,エディプス・コンプレックス,無意識などなど。といっても,それによって理解がすすむわけではない。なにやら余計こんがらがってくるのだ。そもそも,フロイトの執筆人生とはどんなんだったんだろう。私がわずか著作集の4冊読んだだけでは,フロイト学説の進展過程などは全く分からない。特に本巻はどの論文を読んでも,他の論文を参照しているのだ。語彙の定義とか症例への参照など,時間の軸がごっちゃになって円環を描いているような。まあ,だからこそフロイト研究に一生を費やすような人が何人もいるわけだ。
    ちなみに,本書ではじめて知ったのは,フロイト流の同性愛の理由付けだ。もちろん,それはエディプス・コンプレックスの理論の延長線上にあり,父親殺しとか去勢の恐怖とかそんな論理だ(該当箇所を探せないんです)。まあ,要するに同性愛も異性愛も,先天的なものではないという主張は重要だと思う。それから,もう一つ気になったのは,サディズムとマゾヒズムについて。私はサドもマゾッホもろくに読んだことない人がSだのMだのいって喜んでいる人の気が知れないと思っている。しかし,まさにフロイトはそのノリでサディズムだのマゾヒズムだの書いているのだ。ひょっとしたら,単純化されたSM論の起源はフロイトなのか?

    それにしても,私が意を決してこの著作集を読み始めたのに,岩波書店が改めて「フロイト全集」を手がけたってのはどういうこと?しかも,こんな時代に。ちなみに,岩波版はさすがに全集というだけあって,年代順に書かれた作品を全て収録するようですね。そして,人文書院のは関連する文章を1巻ごとにまとめているようですが,どんな基準で巻の順番が決められ,収録されている文章とされていないものとの違いはなんなのか。

  •  「死の不安は去勢の不安と類似のものと考えられ、自我が反応するその状況は、保護者である超自我―運命の力―から見棄てられることであり、このためにあらゆる危険にたいする保障がなくなってしまうことである。」(P.349)

    「彼は、人類史のはじめには、ニーチェが未来に期待した超人であった」

    「超自我は、かつての自我の弱体と依存性の記念碑であり、成熟した自我にたいしてもその支配をつづける。子供がその両親にしたがうように強制されているように、自我はその超自我の至上命令に服従するのである。」(P.291)

    「生物の法則と人間種属の運命がエスのうちにつくり、伝えたものは、自我理想の形成によってうけつがれ、自我の中で個人的に体験される。自我理想は、その形成の歴史によって、個人の中の系統発生的獲得物、古代の遺産ときわめてゆたかに結合している。」(「自我とエス」P.282)。

    「性的でなくなった自我のエネルギーは、結合と統一への努力として、本性を明らかにし、自我が強くなるほど、この結合への強化はたえず増大する。」(「制止、症状、不安」P.328)。

  • 無意識について/自我とエス

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著者プロフィール

Sigmund Freud 一八五六―一九三九年。オーストリアの精神科医、精神分析の創始者。モラビア地方の小都市フライベルク(現・チェコのプシーボル)にユダヤ商人の長男として生まれる。幼いときにウィーンに移住、一八七四年ウィーン大学に入り、八一年医学の学位をとる。開業医としてヒステリー患者の治療を模索するなかで、従来の催眠術と決別する精神分析療法を確立。二十世紀思想に決定的ともいえる影響を与えた。

「2019年 『精神分析学入門』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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