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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784413034609
みんなの感想まとめ
感情的な視点から描かれた本作は、中国と日本の複雑な関係を鋭く切り込んでいます。著者は、中国の内政干渉や歴史観、さらには反日政策を通じて見える国家の狡猾さや、過去の侵略行為に焦点を当てています。各章では...
感想・レビュー・書評
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1.日本の属国化のための内政干渉
2.日本にだけ一方的に押し付ける中国的価値観
3.中国側にある日中戦争の主因
4.正しい歴史よりも都合のいい歴史を強要する中国
5.近代日本の恩義をにぎりつぶす忘恩負義
6.嘘で固められた固有領土の主張
7.もらったODAで日本に核ミサイルを向ける背信行為
8.日本の治安を悪化させる中国人
9.つねに日本の期待を裏切り続ける中国
易姓革命と万世一系、中国文化と日本文化は正反対。
中華思想とは人種差別思想らしい。
虐殺とは中国伝統文化の1つで、部下に住民への虐殺や略奪を許さない将軍は、部下に逆襲されるらしい。まさしくこれも日本と正反対。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
以下、概要。
○「日本が中国の属国になる」といわれれば、そんなことはありえないと思うかもしれないけど、中国がすでに日本を属国とみなしているのは事実。
第2次世界大戦の終戦後、戦勝国として、様々な命令をしてくる。
1946年、日本政府に対して、「支那」の使用を命令した。
日本政府は出版社や新聞社、大学等の教育機関には、支那の名称を中国に改めるように通達を出している。
今では、「支那」という言葉は中国の差別用語としていわれているが、19世紀にいたるまで、中国は「中国」の名前はなかった。
20世紀初頭まで中国の革命家や、知識人は好んで「支那」の国名を使用していた。
だから、日本人が差別用語として作ったのではない。
もともと唐僧が仏典で翻訳した「文物国」の意味で、聖なる言葉。
だから日本でも「支那」の呼称を尊敬の意味もこめて使っていた。
中国人が千年以上も使用してきたこの名称を、急に差別用語として自己嫌悪するようになったのは、中華民国時代になってから。
長引く内戦により、強盗、殺人でもなんでもやる「支那人」のイメージは急激に悪くなってしまった。
自分の名前のイメージが悪くなって、それが嫌になったからといって、それを日本のせいにするとはどういう料簡だろうか。
しかし中国は「チャイナ」の呼称については、何も言わない。
「チャイナ」もインドの「シナ」から転じたもの。
日本語の「支那」だけが許せないのは、日本による「差別」「侵略」を思い出すからだと主張している。
だから、よく見るラーメンの別称で「支那そば」っていうのも中国側から言わせると、差別用語なんだね。
使っている本人は自覚がないかもしれませんが。
○中国は、人知国家であり、一人の有徳者が天命を受けて、天に代わって万民を統率することを政治の理想とする国である。
だから今日にいたるまで、中国は「法治」としての歴史経験を持っていない。
だから、「三権分立も多党制も私有財産制も絶対に採用しない」と公言もしている。
それは中国の自由であり、他国がいちいち口をはさんだりするものではない。
ところが、中国政府は日本の三権分立制度を否定しようと試みている。
三権分立だけでなく、憲法問題にも、ちゃちゃをいれてくる。
これは間違いなく、日本を1つの国としてみなしているのではなく、属国とみなしているのにほかならない。
○インド人が宗教的民族であるのに対して、中国人は政治的な民族である。
すべての出来事は政治に集約される。
例えば歴史なども政治に利用できるため、歴史観を日本に押し付けて、政治に還元しようとする。
中国人からすれば、歴史とは勝者が書き上げ、廃車がそれを受け入れ、学ぶということは鉄則。
歴史観の一方的な押し付けも、勝手に歴史を書き換える日本に対する当然な行為であると考え、内政干渉だという罪の意識はない。
むしろ日本に対する正当な権利だと考え、自己主張を口にする日本人に対しては、むしろ不見識の輩であり、中国の権利を蹂躙していると怒っている。
チベットや新疆(しんきょう)、内モンゴルなどは歴史教科書どころではなく、言語まで消滅させられようとしている。
これらの国では、高等教育から完全に中国語しか用いてはならず、民族言語は使用が禁止されている。
それに比べれば、「日本はまだ恵まれているぞ」との意識が中国にはある。
1947年の二・二八事件で、3万人もの台湾人が中国軍によって虐殺されている。
殺した大義名分は「日本の奴隷教育の毒素を受けた台湾人が、反中国に走った」であった。
終戦後、半世紀以上にわたってアジアでは日本だけが、内戦もなく、対外戦争もなければ、それをする必要も、準備する必要も全くなく、平和を思う存分享受してこれたのは日米安保条約があったから。
一方、中国は、戦後最も友好的だったはずのソ連、インド、ベトナムなどなどと17回も戦争を行い、さらには、「世界革命、人類解放」なる勝手な理想を掲げ、世界各地の反政府ゲリラを支援するといういわゆる革命輸出に精を出し、自らが世界革命の中心、世界の兵器工場だとして得意になっていた。
日本は、憲法改正と核武装ができないので、日米同盟強化以外に生存を確保する道はない。
それを否定しようとする中国は、要するにアメリカをアジアから駆逐し、日本を属国扱いにして、アジア太平洋地域で覇権を確立したいだけ。
中国にとっての日米安保は、ヤクザにとっての警察のようなもの。
だから絶対にその存在に反対している。
このように中国は、日清戦争で自らの愚昧を知って地震を喪失するまでは、いまだ自身が世界の中心であるとの思考から、日本を属国視し、軽視、内政干渉は中国の権利だと考えていた。
そして今日、再び国力への自信を回復しつつあるこの国は、かつてと同じような意識で日本を威圧し始めている。
○ほとんどの人は靖国神社については無知である。中国人は現実主義にして、実利的という極めて世俗化した無宗教の民族である。
5千年の中国史の中には、国教をめぐる宗教戦争はなかったし、外国の宗教にも関心がなければ、干渉もしていない。もちろん靖国神社に対しても1980年代にいたるまではそうだった。
日本の首相の靖国神社参拝に対して、中国が騒ぎ始めたのは80年代からであり、いわば新たに追加された「反日のメニュー」である。
もちろんそれは、宗教、文化的な動機からではなく、あくまでもゆすりたかりの目的を含む政治的な行為である。
中国の表向きの理由は、靖国神社にA級戦犯が合祀されているからというものであるが、本当は、改革開放路線の遂行をめぐる保守派と急進派との権力闘争という国内事情のために日本はそのはけ口として利用された。
現在中国では、崩壊に瀕した社会主義体制の防衛が最大課題になっている。
したがって、政策としては、民意結集のための外敵の創出が必要になる。
具体的な敵としては、「アメリカ帝国主義」「台湾分離主義」「日本軍国主義」を3大敵として明示している。
しかし軍国主義など日本のどこにも存在しない。
勝手にそれが存在すると決めつけ、その大本営として靖国神社を捉え、国民に喧伝しているのである。
中国は講義するたびに慌てふためく日本の姿を見て、さらにいっそう政治的野望を抱く。
兵器1つ使わずに一国の首相による国家的な儀式を中止させることができるなら、それは明らかに日本を属国としたことを意味する。
中国のメディアはしばしば靖国神社を「軍国神社」などと書き換えて報道している。
A級戦犯とは日本への復讐に燃える連合国が東京裁判において、「侵略戦争を計画し、遂行した」という日本人の「平和に対する罪」なるものを裁きたいため、強引に犯人と指名した、と戦時中の日本の指導者とされる人々である。
しかし戦犯は国内では罪人とはみなさないとの判断基準が示された。
そして1978年、処刑されたA級戦犯は殉国の英霊として靖国神社に合祀された。
○日本人は、いつかは中国から許しの言葉が出て、良好な日中関係が生まれるものと信じているがごとく、謝罪を止めないのは全くおろかなことである。
日本人は「水に流す」、つまり他人の悪しき過去にあまりこだわらない民族性である。
そのような性格から「反省する」ということが日本人の美徳となったのだが、時には反省好きが昂じて自己否定を「恥」と思わない人間が現れる。
このようなときに愚昧な日本人だが、その反省好きを利用して、できるだけ利益(対中ODAなど)を搾り取ろうとする中国政府の卑劣さはもっとおろかであり、卑劣、非道の極みである。
○改革開放で裕福になったのは結局一部の党幹部及び、その家族だけであり、貧富の格差は広がる一方。
ことに都市部と農村部の格差、沿海部と内陸部の格差は天と地ほどである。
このような国内の階層・階級という国家的危機を克服するためにも、やはり全国民を一致させる愛国主義、民族主義運動の推進が必要なため、日本やアメリカ、台湾などを敵として求心力を得なければならない。
つまり、中国は「敵」がいなければ、成り立たない国というのが、ジレンマとなっている。
○中国の文化、文明、言語は多元的であり、人々の利害関係もはなはだ対立している。
この多元的でばらばらな世界を1つの巨大な超国家としてまとめるには、全体主義的思想が必要になってくる。
○軍閥によって文字通り「三光作戦」(焼き尽くし、奪い尽くし、殺し尽くす)が行われ、荒廃しきった満州の例だけ見ても、日本の進出によって王道楽土と化し、天下大乱の中国から年間100万人以上の中国人が満州に逃げ込んだ。
中国人は日本人が満州で「三光」を行ったといっているが、それは自分たちが行ったことであって、満州で日本人が行ったことは、「三光」どころか巨額の産業投資である。
その結果として、この地は、自動車から航空機まで生産できる東北亜の一大産業地区になった。
「支配」と聞くと、住民の搾取しか思い浮かばない中国人には、当時の日本人の王道楽土建設、近代国家創設構想という気宇の壮大さ、志の高さなどには全く理解が及ばない。
中国軍伝統の「住民大虐殺」をモデルに、日本軍の「南京大虐殺」をでっち上げられたのも同じパターンである。
中国では、歴史は捏造するものと考えている国なのだ。
中国政府は日本の歴史教科書に対し、しきりに「正しい歴史認識」を突きつけてくるが、それは教科書の内容が正しいか同かを問題にしているのではなく、ただ中国の意に沿ったものにしろといっているだけ。
そして、中国の意というのは、中国の独善的歴史観に基づいたものであるというよりも、むしろ内政、外交上の必要に応じて捏造したものがほとんど。
○清の盛世は18世紀末に峠を越え、白蓮教徒の乱をはじめ、その他さまざまな乱が続く。
そして辛亥革命や100年以上にもわたる内戦が続き、戦乱、飢饉による死者は1回ごとに百万人から千万人単位にも及んだ。
そこでそのようなカオス状態の中華世界に新たに参入し、東亜世界の新しい秩序の建設に乗り出したのが大日本帝国だった。
日本にとって100年以上にもわたってカオス状態にあった東アジアに新秩序を再建することが歴史的使命になった。
日本が中国に「侵略」したいわゆる「過去の一時期」というのは、中国の天下(中華世界)の崩壊期にあたり、複数の政府が乱立し、大混戦が延々と繰り広げられる、まさにカオスの状態だった。
つまり中国は国家としての体をなしておらず、「中国は国家にあらず」との論がこの時代、日本の学界で唱えられていたし、それは歪論でも不見識でもなかった。
このように中華民国は内戦続きで、ほとんど単一政府を確立することができなかったので、日本は近代的国民国家として、中国での正当なる国家権利、国家利益を防衛するため、内戦の早期終結に向け、内戦への介入をしなければならなかった。
このように日本は内戦に巻き込まれ、中国の泥沼にはまってしまい、人的、物的、金銭的に多大な犠牲を強いられ、最後は敗戦の憂き目にあったのである。
それを中国は、「戦争に負けたから従え、日本は属国だ」とか「謝れ」とかいう論を展開する。
しかし、1964年7月に毛沢東が「日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらしてくれた。お陰で中国人民は権力を奪取できた。日本軍なしではできなかった」といっていることからもわかるように、日本は中国を侵略する目的で入ったのではない。
○日本の対外戦争の相手国は、ほとんど当時の超大国。
日清戦争当時、国際世論は小国日本が東洋一の大国清に挑戦することは正気の沙汰とは思わず、身の程知らずの日本の完敗を予測していた。
日露戦争にいたっては、当時最大、最強の陸軍国ロシアが相手であるため、なおさらん本の完敗が予測されていた。
日中戦争にしても、当時の中華民国は内戦はあっても、日本の7倍もの兵力を擁する世界最大の軍隊を持っていた。
大東亜戦争になると、中国だけでなく、英米という超大国と干戈を交えることになった。
これは当時、小人VS巨人の戦争だった。
日本が超大国ばかりと戦争をしなければならなかったのは、アジアを防衛して自らの存立を確保するという、やむにやまれぬ状況に立ち至っていたから。
もちろん「アジア」には中国は入っているが、この国はアジアにカオスをもたらすばかりで、アジア防衛のためになにもしないどころか、かえって日本の妨害ばかりしていた。
日露戦争では、日清戦争で敗れた悔しさからロシアに歩み寄って日本を牽制すべく、ひそかにロシアと軍事条約まで締結し、日中戦争に至っては、米英と組んで日本を泥沼の戦争へと引き込んだ。
だから、日本はいつもたった一国で、アジア防衛の大戦争を戦わなければならなかった。
日露戦争でロシアの南下を食い止めた日本は、再びその南下を防ぐため、中国人に代わって、必死に満州を開拓、開発した。
日露戦争で日本が勝ったら、「ここ数百年来のアジア人がなしえた欧州人に対する最初の勝利である」「中国の前途は有望である」など、手を返して喜んだ。
そしてこの戦争の勝利から日本にいた清国留学生は大いに奮起し、東京で中国同盟会を結成して祖国の富国強兵を目指し、その後の辛亥革命の主力になった。
つまり、中国は戦前の日本民族に救われたといえる。
このような日本の思想はアジア諸民族の共感を呼んだ。今でもアジアへ旅行すると、結構日本人が受け入れられるのはこのため。もちろん、カネを落としてくれるっていうのもあるけど。
しかし、中国だけは、唯ひとりそれに同調しないどころか、逆にアジア侵略列強と提携した。
○中国とは徹底的な人間不信の社会である。
日本人社会では、「誠」がモットーとされ、人を信じることが美徳とされているからで、その点、中国人社会では、「偽」がモットーとされる。
中国では、「良心あるものは社会で孤立する」ということわざがあるし、だますやつは頭がいいやつ、だまされるほうが悪いという考えにしたがって生きている。
「謝罪」「反省」やODAなどの経済援助、民間交流の努力といった善意を理解しようとはしないばかりか、「まだ善意が足りない」とばかりにゆすり、たかりを繰り返している。
「郷に入らば郷に従え」という日本のことわざはあくまでも日本の風習。
中国人はその逆。
世界のどこに行っても必ず闇の中国人社会を形成し、自分たちだけのおきてを作って、その国の法律をいかにかいくぐるかで協力している。
チャイナタウンは必ずしも闇社会ではないが、閉鎖的中国人社会の象徴である。
外国のコミュニティーに溶け込もうとしないのは、自己中心的な性格だからだ。
文化的優越性があり、他国の政治や社会のシステムを認めたがらない。
○台湾人は戦後よく「アメリカは日本に原爆を2つ落としただけだが、台湾には蒋介石を
落とした。」と嘆く。
つまり、台湾にはアメリカの軍艦で運ばれてきた蒋介石軍の進駐により、そしてそれに続く、蒋介石の統治により、長期間にわたって原爆以上に悲惨な被害を受け、立ち直れなくなったということ。
台湾に上陸した中国の軍隊と役人は私腹を肥やすため、日本の官民の財産や台湾人の食糧や復興の基礎となるべき生活や産業の物資、機材を押収し、中国に持ち込んだ。
そして台湾では、中国人による強盗などの凶悪犯罪が横行するようになった。
○欧米列強とは、産業革命や市民革命を経ることによって世界にのし上がった新興の国々である。
よくアヘン戦争が列強の中国侵略の始まりだとされているが、それは間違い。
この戦争は自由貿易の可否をめぐる清国とイギリスの紛争だが、本質的には清国が属国と勝手に決め付けていたイギリスのへの懲罰戦争。
清仏戦争もまた、「フランス藩」に対する懲罰戦争だった。
日清戦争ももちろん同じ発想。
○中国はひとつの文化しかない天下ではなく、極めて多元的な価値、文化、文明を持つ国だから、この国を纏め上げ、維持していくには、一極集中主義で、専制独裁の中央集権体制を採用する以外にない。
中国の政権にとって一番怖いのは自国人民から異議を突きつけられること。
中国を軍拡をつづけているのは、他国の侵略が怖いからというより、人民の謀反が怖いから。
中国政府は高圧的な恫喝姿勢と情報操作で自国民の民意を無視、蹂躙しているだけでなく、他国に対しても全く同じ姿勢で、その主権を尊重することができない。
○満州事変から日中戦争までの間、水害と旱魃(かんばつ)は中華の大地を襲い、その被害者は億単位に上っている。
日本の救援団は日中戦争のさなかにも、戦場を駆け巡って、各地の深刻な大飢饉への救援活動をしていた。
○中国人にとって愚民であることは生存の条件。
教育を受けられる人口は20%を超えたことがなく、読み書きのできる人口も極めて少数。
ことに農民は無知蒙昧のまま。
人民共和国の時代になっても政策は相変わらず軍事優先で、教育予算の割合は世界でもビリのほうで、アフリカ諸国よりも少ない。
それは民衆が愚民でなければならないからだ。
洗脳しなければ、1つにまとまることはできない。
「中国には5000年の文明があり、中国人は生まれつき聡明である。」として孔子、孟子、孫子といった歴史人物の名前を挙げて、胸を張るように教育されている。
○歴史をマクロで見ると、外国が中華世界にとっては救世主だったという歴史の視点が重要。
アヘン戦争が中華文明の衰亡を一時的に食い止め、延命させた。
中国人はこれによって、西洋文明の威力を知り、富国強兵の道を模索して国の再生への道を歩みだすことができたから。
その他にも、南京条約の結果、上海を開港したことで、それまでただの漁村に過ぎなかった上海がたちまち中国最大の港となり、世界の新知識、新文物の受け入れ拠点になっただけでなく、そこに築かれた上海は生命、財産を戦乱、搾取、天災から保護してくれる中国人の駆け込み寺となり、大繁栄を極めた。
香港もイギリスの植民地になったことで、「東洋の真珠」として繁栄した。
上海や、香港の他にも、列強の租界が設けられた各都市は、経済特区となって繁栄した。
そして租界とは比べ物にならない規模の桃源郷、王道楽土が満州国。
中国は外国勢力が出てこないと発展しないいわば未開の地。
○日本の興隆と繁栄は孔孟思想のおかげであるとか、戦後日本の発展は、中国が賠償金を請求しなかった恩義のおかげでという説は、まったくの見当違い。
アジアを脱し、欧州の手法(脱亜入欧)を取り入れたことで初めて成功した。
また、「台湾の戦後経済が中国よりも繁栄しているのは、蒋介石集団が中国からたくさんの黄金を運び込んだおかげである。だから台湾政府は中国の民主化運動に資金を提供する義務がある。」との主張をする。
しかし実際のところ、蒋介石の略奪政策と大陸反攻の軍事優先政策によって停滞してしまった。
本来なら日本本土と同様の復興コースを歩んでもおかしくなかった台湾だったが、再び経済が立て直されるのは、1960年代〜70年代にかけてのこと。
このように中国の「おかげ論」は実に多い。
コロンブスのアメリカ発見も、宇宙開発もすべて中国の「おかげ」となっており、文化人から庶民にいたるまでそれを信じている。
○中国人は二枚舌の達人
このような人物がこの国では尊敬されている。
中国は盛んに「子々孫々までの友好」と日本に誓うが、その言葉の裏で行っているのは「反日教育」である。
中国共産党の指導の下、日本の官民がその指導に従わなければ、たちまち「日中友好に反する」「反中分子だ」と決めつけられるのが、日中友好なるものの真義。
中国はインド、ソ連、ベトナムと「友好」を合唱し、それが最高潮に達した段階で、それらの国に戦争行為を仕掛けるという裏切り行為を行ってきた。
○「中国人は日本からODAをもらう一方で外国にODAを行っている」「有人ロケットの
打ち上げに成功した国に、ロケット実験で失敗続きの日本が援助する必要があるのか」などの主張は増えつつある。
中国へのODAは中国の軍拡に利用され、もはや軍事援助に等しい。
それでも日本が中国にODAを止めることができないのは、止めたら中国が怒るか羅となんとも情けない理由。
日本政府はすでに対中国援助に不満だらけになっているが、一方の中国も日本からのODAには一切感謝していない。
中国が日本からのODAを受けている事実を民衆に隠してきたことはよく知られている。
たとえ民衆が事実だと知っても、「どうせ中国から略奪した金だ」「中国が受けた損害に比べれば、微々たるものだ」として当然視し、「ODAなどいらない、戦争賠償金を出せ」と文句を言って、絶対に感謝などしない。
そもそも中国人は他人への感謝の気持ちが希薄。乞食でさえ施しを受けても、相手に施しのチャンスを与えてやったのだから、俺に感謝しろと考える。
日本のODA実施には
1、 環境と開発の両立
2、 軍事的用途及び国際紛争助長への使用の回避
3、 軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの開発・製造、武器の輸出入等の動向に十分注意を払うこと。
4、 民主化の促進に十分注意を払うこと
という4つの原則が確固としてあるが、毎年国防費の2桁増を続けている国であり、武器の輸出国でもある。
これは明らかに原則違反である。
○国際社会でも日本が国連安全保障理事会の常任理事国になることを阻止するため、日本の悪口を触れ回り、誹謗中傷を続けている。
その他にも何かしらチャンスがあれば、日本を盛んに誹謗している。
李鵬はオーストラリアの首相に対し、「日本はあと20年ぐらいで消えてなくなる国だから取るに足らない」と発言した。
江沢民も米中がかつてともに日本と戦った盟友であることを強調し、アメリカを反日にいざなっている。
しかし、盟友だったのははるか昔のこと。
朝鮮戦争、ベトナム戦争でアメリカを最大の敵としているし、現在でも「アメリカ帝国主義」として敵としている。
しかし、江沢民はアメリカを訪問するごとに「日本軍国主義の復活」に対する警戒を呼びかけていた。
もっともそれを真に受けるアメリカ人はいない。
日本はすでに半世紀にもわたってアメリカとの盟友の関係にある。
日本がアメリカの核の傘の下で自国の防衛をアメリカに任せているということは常識であり、日本の「軍国主義」といっても信じない。
○ 中国が謝罪しなければならない9つ。
1、「主権の尊重」「内政干渉」の原則に中国は違反していること
2、日中戦争は中国が元凶であること
3、名誉毀損と賠償金詐欺について
4、誇大な経済成長率などなどのニセ情報のばらまきによる、日本企業の被害
5、中国の内部事情のために日本人の感情を傷つけること
6、歴史問題について
7、ODAを軍事転用にすること
8、日本での中国犯罪の横行
9、他国に悪口をばらまくこと
以上。
うー疲れた。 -
今までに日本がしてきたこと、中国が日本に対してしていること、かなり勉強になります。今までの自分は一方的な見解の新聞、テレビニュースなどチラッと見て、意見を言っていた。特に理論もなしに。中国に対して日本は侵略したのだから謝るのは当然だ、その程度にしか思ってなかった。何故日本は中国に進出したのか、何故日清戦争は侵略で日露戦争は侵略戦争でないのか?その辺も説明できないのに意見を言っていた。背景を知っていないのに意見を言っていたのはメディアや教育によるマインドコントロールによる部分が多いのだと感じた。
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黄先生の超優良書です。
とてもすばらしいです。
この本が好きな人におすすめの本
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黄文雄の作品
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