古代日本のルーツ 長江文明の謎 (青春新書INTELLIGENCE)
- 青春出版社 (2003年6月2日発売)
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感想 : 3件
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Amazon.co.jp ・本 (184ページ) / ISBN・EAN: 9784413040617
みんなの感想まとめ
古代の長江文明と日本の関係を探求する内容が展開されており、読者は多様な遺跡や文化の詳細に引き込まれます。特に、長江流域の遺跡からの出土品や信仰体系が、日本の古代文化との関連性を示唆している点が興味深い...
感想・レビュー・書評
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実際に長江中・下流域で行った6000年前の古代集落の発掘の話ではあったのだけど、この方根拠の薄い断言をすることが多いので、ちょっと妄想に聞こえなくもないのが欠点かも。でも、アステカや長江文明は人間をイケニエにしてますからねー。「慈愛の文明」は当てはまらないんじゃないかと。
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・河姆渡遺跡の稲は7600年前、彭頭山遺跡(湖南省)は1万年前、玉蟾岩遺跡(同)、仙人洞遺跡、呂桶環遺跡(江西省)は1万4000年前。
・鳥浜貝塚の鹿角斧は河姆渡遺跡のものと酷似。三内丸山遺跡、鳥浜貝塚からは、河姆渡遺跡でも使われたウルシ、ヒョウタン、豆類が発見されている。
・河姆渡遺跡からは二羽の鳥が太陽を抱えて飛翔する図柄が彫られた象牙製品が出土しており、太陽と鳥が信仰されていた。
・ミャオ族は鳥を崇拝しており、鳥が稲穂を運んできたと考えている。
・中国北部では6500年前の紅山文化の時代に龍信仰が体系化した。宋代になって、シカ、ラクダ、トラ、タカが融合したものとして表現されるようになった。
・長江流域ではヘビが信仰されていたが、やがて龍と合一化していく。
・6300年前の乾燥化のため、城塞をつくってその後ろにため池をつくり、水の灌漑をコントロールした。
・城頭山遺跡から出土した木材の8割以上はフウの木(楓香樹)。ミャオ族にはフウの木への崇拝がある。
・ミャオ族は200〜300年前まで長江中流域の湖南省北部の洞庭湖湖畔(江漢平原)に住んでいた。山奥に住む現在も水牛を飼っている。
・史記には、夏の皇帝が江漢平原に進出して三苗と戦ったと記されている。敗れた三苗の一部は西北に、大半は南方に逃れた。
・雲南省には、紀元前400年から紀元後100年まで?(てん)王国が栄えた。女性中心の社会で、弥生文化との関連が考えられる。
・古事記のヤマサチの話に出てくるワニは、東アジアでは長江流域にしか生息していない。※山陰地方では、サメのことをワニと呼んだ[おとぎ話の生物学</a>]
・第10代の崇神天皇の時代(在位:紀元前97年〜29年)に疫病が流行して国民の半分が死亡した。結核は牛との接触によるものであり、朝鮮半島から来た家畜の民によって持ちこまれたと考えられる。
・第26代の継体天皇は長江文明の流れをくむ。 -
長江文明についての、アウトラインをつかむにはお手ごろ。
日本とのつながりについての分析に、若干クエスチョンがあるのでほし4っつ。
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