野の医者は笑う 心の治療とは何か?

  • 誠信書房 (2015年8月20日発売)
4.17
  • (73)
  • (70)
  • (30)
  • (5)
  • (1)
本棚登録 : 1003
感想 : 88
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (302ページ) / ISBN・EAN: 9784414400960

作品紹介・あらすじ

ふとしたきっかけから怪しいヒーラーの世界に触れた若き臨床心理士は、「心の治療とは何か」を問うために、彼らの話を聴き、実際に治療を受けて回る。次から次へと現れる不思議な治療! そしてなんと自身の人生も苦境に陥る……。それでも好奇心は怪しい世界の深奥へと著者を誘っていく。武器はユーモアと医療人類学。冒険の果てに見出された心の治療の本性とはなんだったのか。「心が病むってどういうことか?」「心の治療者とは何者か」そして「心が癒やされるとはどういうことか?」底抜けに楽しく、そしてほろりとくるアカデコミカル・ノンフィクション!

みんなの感想まとめ

心の治療とは何かを探求する若き臨床心理士が、沖縄の「野の医者」と呼ばれるヒーラーたちの世界に飛び込み、独自の治療法を体験しながら自らの人生も見つめ直す姿が描かれています。著者は、医師免許の有無にかかわ...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • ヤブ医者、野巫医者(祈祷師や陰陽師などシャーマニックな治療を行う人たちのこと)、…野の医者!

    「私たちの日常は実は怪しい治療者に取り囲まれているのではないか。彼らを「野の医者」と呼んでみたらどうだろう。近代医学の外側で活動している治療者たちを「野の医者」と呼んで、彼らの謎の治療を見て回ったらどうか。」

    そのような著者の思いつきから、野の医者研究は始まる。それは臨床心理学や精神医学、心を治すということについて改めて問いかけ揺るがす試みであった。
    著者の相変わらずユーモラスな文章で楽しく、そして深い内容に興味が突き動かされて一気に読んだ。
    自身も就活に苦しみながら、資金を得て、研究のためにヒーリングを受けてみたらヒーリング中毒になってみたり。
    自身も講座を受けてマインドブロックバスターになってみたり。
    著者はさまざまな野の医者に出会う。
    治療を受けながら取材をして、彼ら彼女らのミラクルな日常に触れていく。
    野の医者は女性の方が圧倒的に多く、また、そもそも沖縄には野の医者がとても多い。
    そこには沖縄の貧困問題などの諸問題も関係しているようだ。
    野の医者になる人はだいたい壮絶な人生を生き、野の医者に癒され、自身も他人を癒そうとする。そうすることで、癒され続けるのだ。
    「私たちは今、軽薄でないと息苦しい時代に生きている。だから、軽薄なものが癒しになる。」

    本当に読み進めれば読み進めるほど面白い。
    臨床心理学と野の医者その他の違いについて、「そもそも何が治癒なのかが治療法によって違うのだ。」と著者は考えた。
    そしてきっと一番重要なのは、
    「治癒とはある生き方のことなのだ。心の治療は生き方を与える。そしてその生き方はひとつではない。」

    「治療の種類によって、何が治癒であるかが違うのだ。だから、それらは互いに互いのことを非難して、嗤う。…互いが互いの治癒を偽物だと思ってしまうのだ。だけど、事実としてあるのは、世間には本当に色々な種類の心の治療があり、多かれ少なかれそれらによって心癒された人がいるということだ。」
    「そして、何より大事なことは、現代日本社会では多様な生き方が許され、実際に共存していることだ。…私たちはそういう時代を生きている。だからこそ、私たちの社会は多様な心の治療を抱えて歩んでいる。つまり、様々な生き方があり、様々な健康があり、そのための様々な心の治療があるのだ。」

    「心の治療とは、クライエントをそれぞれの治療法の価値観へと巻き込んでいく営みである。」

    大事なことがたくさん書かれた本だった。
    そのせいか感想が引用だらけになってしまった。心に留めておきたい。私たちは、心の在り方も治し方も、自由であっていいのだ。
    「人は好きなように生き方をプリコラージュして、逞しく生きていくのだ。」

  • ・怪しげなヒーリングなどを使う医者を「野の医者」とし、沖縄の臨床心理士である著者が野の医者の研究にトヨタ財団の研究費を使って沖縄の周囲にある怪しげな民間療法を体験していくノンフィクション・ストーリー
    ・野の医者は自分が元々病者であり、ヒーリングなどの療法で回復した経験から自らが治癒者となる傾向を掴む。
    ・野の医者とは傷ついた治療者であり、患者でもあり、相手をヒーリングする事で自らを癒している
    ・心の治療はその時代を写す鏡であり、宗教からセラピー、マーケティングへと流行が移り変わっていく
    ・心の治療は思い込みであり、それぞれの人生に合った治療法があると言うことを、自らの体験を面白おかしく記しながら著者は結論付けている

  • 「居るのはつらいよ」は医学書院の学術書だった。はず。

    まるでポップな文章で私の心を鷲掴みした臨床心理士東畑さん。沖縄のデイケアを辞めて、さて次は?という間に、せしめた研究費で研究した沖縄の野の医者たちのこと。

    野の医者とは?医師免許を持ってたり、もってなかったりして、ミルミルイッテンシューチュー、などオリジナリティあふれる治療法で、何かを良くする医者のことを指している。

    占いだったり、ヒーリングだったり、あれだったり、これだったりしてるけど、結果して「とても気持ちが楽になりました!」と言わせてみせる。すごい人たちだ。

    東畑さんはその人たちを研究して、体験する。虎穴に入らずんば虎子を得ず。

    自分が学問として学び、習得していると思っている「心理学」とは?「臨床心理学」とは?と悩み続けている。続かないけど。

    相変わらずポップな語り口で、数打ちゃ当たる野の医者に学び、金を払い、しまいには経営するバーに入り浸るなどするフィールドワークを重ねる。

    なぜ、野の医者なのか
    なぜ、沖縄なのか
    なぜ、一様に貧しく苦労してきた人が、人のためになりたいと、施術者になるのか

    東畑さんがたどり着いた答えの一つにはっとした。

    “私たちは今、軽薄でないと息苦しい時代に生きている。だから、軽薄なものが癒しになる”

    沖縄の抜けるような青空の下、みんなで笑い飛ばす。躁状態になることが1つのゴールである。

    悩みも、つらさも、対応策も、時代によって違う。今の、この時代に即した、即興の解決が「野の医者」の大量発生なんじゃないか。  

    稼げ、稼ぐためには効率化しろ、無駄を省け、金は出すな、出させろ、心を砕くな、閉じて相手に開かせろ、負けるな、人より儲けろ、それができた人だけが、勝ち残れるんだ

    そんな呪詛を知らず知らずのうちに聞かされてたのかもしれない。そして、疲れた。

    指先にできた切り傷ならば、治ってきていること、治ったことがわかる。

    でも、心はそうはいかない。

    いつどうやって傷ついたのか、治ってきてるのか、もっと深く傷ついているのか、わからない。

    だからこそ、学問として、心のことを学びたかったんだろう。

    占いや、ヒーリング、心を癒す方法を常に探し求めている人には、ハッとするところがあるかもしれない。

  • 笑いながら泣きながら読んだ。凄く凄く考えさせられた。沖縄では所得などの問題から野の医者という形である種の自己実現をしている(特に)女性が多いようだが、都会だと、例えば(特に自分の子に対して)教育という形で同じような構造になっているんではなかろうか。

  •  『居るのはつらいよ』を、読みながら笑い、笑いながら読んで、それでいて大事なことに気付かされる、そんな読書体験をさせてもらったので、ほかの著書も読みたくなった。そんな訳で、本書。

     本書は『居るのはつらいよ』より早い時期の刊行であるが、現実の時間としては、同作より後の時期のことになる。
     沖縄の精神科クリニックで働いていた著者は、トヨタ財団の研究助成プログラムに「野の医者の医療人類学」というテーマで応募し採用されたのだが、内地の就職活動がうまく行かず、無職の状態で、野の医者への突撃、調査をしなければならない状況に追い込まれる。(助成を受けるに当たってのやり取りや就職が失敗した辺りのトホホ感が実に面白い)
     
     ヒーリング、アロマ、パワーストーン、オーラソーマなど、様々な野の治療の世界に飛び込み、実際に経験し、治療者の人生や考え方を聞きながら、著者は考えを深めていく。
     いろいろな人から話を聞くことで、野の医者といっても、零細な者たち(トカゲという喩え)と、理論と技法を教えることを主とするマスターセラピスト(ドラゴンという喩え)とがいることが見えてくる。
     
     そしてまた、こうした経験を通して著者は、自らの専門である臨床心理学と野の医者の文化とがどう違うのかという問いに向き合うことになる。もしかすると、心の治療は、"ブリコラージュ"なのかもしれない。臨床心理学も科学たらんとしているが‥‥。



    〈気になった文章をメモ代わりに〉
    ・野の医者たちは誰かを癒やす機会を欲している。そのことで自分自身が癒やされるからだ。(134頁)
    ・野の医者は治癒を与えるのではない。ひとつの生き方を与えるのだ。(138頁)
    ・時代によって、心の治療は変わっていく。その時代時代に合わせて、鏡の中の像のように姿を変えていく。それでも、私たち治療者は、より良い心の治療を求めて、探究と研鑽を重ねる。(245頁)
    ・治癒とはある生き方のことなのだ。心の治療は生き方を与える。そしてその生き方はひとつではない。(266頁)

     内容は極めて真面目なものなのだが、著者の文章の上がり下がりが楽しいし、登場人物の多く、特にトカゲの人たちのおおらかさ、楽天性が気持ち良い。
     著者の目指す、笑える学術書、"アカデコミカル・ノンフィクション"として、とても楽しめる。
     

  • 臨床心理学と「スピリチュアル」の話。
    筆者の内省的な、自らを客観視しようとする立ち位置がとても素晴らしい。
    途中の沖縄の「スピリチュアル」の話が長く、冗長に感じられたが、まぁ必要な内容ではあったとも思う。
    途中読むのが面倒になっても、最後まで読み終えれば、よい読後感を得られること間違いなし。

  • 治療とは何か?臨床心理学とは何かを明るい切り口で、問いかける根底はすごく真面目な本だと思った
    印象に残ったのは「治療とはある生き方のことなのだ。心の治療は生き方を与える。そしてその生き方は一つではない」
    ここが作者の言いたかったことじゃないかなと思った。
    臨床心理学がやっている治療も野の医者がやってる治療もある信念に沿って、患者にある生き方を目指してもらう行為。
    臨床心理学だったらいわゆる普通に社会で働くとかっていうことを目標にしてると。
    ただ、どう生きるのかを導く治療は臨床心理学だけじゃなくて、他にも色々あっていいんだよと、人類学的に言う相対化を爽やかにしているのがこの本の素晴らしいところだと思った

  • 心の治療における臨床心理学と民間療法
    その違いと共通点をフィールドワークして考察した本

    身体的疾患を診る内科医の自分たちにも当てはまると思った
    患者が医療者を信頼できるかどうかによって治療効果は一部変わるから、民間療法的な要素が実はあるってことだ

  • 沖縄のスピリチュアルの話なんだけど。なんかひょうひょうと軽い。沖縄の経済的な状況その他の状況がチラリちらりと見える。あっけカランとして見える。認識は後退しない。人は好きなように生き方をブリコラージュしてたくましく生きていく、治療は時代の子。
    すごく学になってるのが面白かった。

  •  臨床心理学者のノンフィクションですが、ユーモアたっぷりで爆笑しながら読みました(笑)

     沖縄には野の医者がたくさんうごめいているんだそうですが、彼らは寄せ集めた技法で治療します。

     学問側から見たその治療は?

     怪しいものが好きで堪らない東畑さんの快著。

     笑って元気♪

  • 臨床心理士の東畑先生がヒーリングの世界に自ら浸かりながら、ヒーリング、臨床心理学とはどういうものかを見つめ直す本。東畑先生、文章うまい!ぐいぐい読めました。サイコーさ!ミラクルさ!

  • 野の医者は、自分も癒しながら人を癒す、と言う言葉がとても刺さりました。仕事の関係で、最近、心理士や精神科医の方と接することが多いですが、やはり自分や自分に近い人の心の問題を抱えていたり、そういう問題に向き合うことが必要だった人が多いように感じます。
    また、野の医者のセラピーは、軽い躁状態を作ること、と言うような記述があり、それも興味深いと思いました。

  • 「居るのはつらいよ」の著者・東畑開人さんの以前の本も読んでみました。

    「野の医者は笑うー心の診療とはなにか?」


    「居るのはつらいよ」は、ケアとセラピーの話でしたが、これはセラピーの話。「学問」としての心の診療と、「野の医者」(巷にあふれる様々なセラピー)の診療との、相違点を探す取り組みの話。

    時系列的には、「居るのはつらいよ」のあと、無職?で沖縄に残った東畑先生が、沖縄に溢れている「野の医者」たちを次々に巡って、癒やされたり、研究材料として観察したりした話。


    難しかった…。

    なんとなく怪しいセラピーと、臨床心理学の、似ているところ、違うところ、「野の医者」たちの共通点、などなど、いろいろな情報は得ることができたけど、結局、何がどう同じで違うのか、専門ではない私には、最終的にはわからなかった。

    私が「野の医者」に救いを求めようとしたことがないから、実感として考えられないのかもしれない。私は、東畑先生が「野の医者」と呼ぶ方たちのことを、どちらかというと「人を騙してお金を稼ぐ人たち」というふうに考えていたフシもあるので、

    「傷ついた治療者」

    という面を知ることができたのは収穫だった。


    難しかったけど、文章や構成がとてもうまくて、するする読めたし、面白い情報がたくさんあったので、難しかったけど、いい本だったと思うので★4つ!

  • 傷と祈りは不可分である。だれかを癒すとは、自分を癒すこと。沖縄の怪しげなスピリチュアリズムの深淵に、ひとりの臨床心理士が分け入っていく冒険記。心の治療に正解はない。

  • 野の医者、というのを在野の医者、つまり患者に一番近いところにいる開業医という意味かな、と思っていたら全然違った。面白かったけれど。

    野の医者、というのはいわゆる「ヒーラー」のこと。占い師、ユタ、リンパマッサージ、謎のセミナー・・・要は科学による裏付けを持たないあやしい系の治療者?たちだ。ぼくはこの手の話が大好きなので、最初は著者のおもしろ文章が逆に邪魔でうっとおしかったのだが、読みすすめるうちになんだか慣れてきた。と同時に、著者の学んだ臨床心理を始めとする「科学的な」メンタルヘルスの治療方法も、見方によれば相当あやしいのではないか?という気がしてきた。
    メンタルの治療法にはいろいろと派閥があって、互いにけなし合ったり、冷笑したりしているような部分もあるようだが、それ自体、この世界がまだまだわからないことが多すぎて、試行錯誤と経験に頼らざるを得ない状況を暗示しているんじゃないだろうか? 
    占いが科学的根拠を持たないことなんか百も承知の上で、それを信じることで心理的な安定が得られるなら、それはそれで治療と言えるのではないだろうか。文字通り「信じるものは救われる」

    とすると、治療行為にはエビデンスが必要だと思っているぼくみたいなのは、そういうものの恩恵が受けられない。「うそつけ」と思っていたらメンタルの安定なんか得られるわけはない。
    ひょっとしたら、損をしているのでは?

    以前、偶然知り合った占い師(デザイン系の仕事と二足のわらじを履いている人だった)が似たような話をしていたことを思い出した。占いはきっかけみたいなもので、それは一種の人生相談であり、カウンセリングなのだ、と。
    うーん。

  • タイトルにある「野の医者」とは国家資格などを持たない、主にメンタルを取り扱う、ヒーラーのこと。沖縄にはこの野の医者がすごく多いらしい。

    なんだかよくわからないヒーリングの世界を、アカデミックな臨床心理学の世界から観つつ、臨床心理学の世界自体を疑う姿勢。本当は自分たちがやってる学問も、沖縄の野の医者がやってるヒーリングも、全部思い込みなんじゃないの、と疑い、「本当の治癒ってなんですか」という疑問の解決に邁進する。

    いろんなインタビューがあって、いろんなヒーラーがいて、ある意味で異様な世界で、そこに溶け込み、広がりの過程をビジネス的に捉え、歴史を探り、内情を明かしていく姿はとても引き込まれる。著者の書きっぷりも愉快で、内容はものすごくおもしろい。1日で読み切れます。
    けど、最後に「沖縄は貧しいから野の医者が多い」、という結論、ここまでのストーリーで、統計学からわかりそうな、そこに着地?という感じはあった。

    結局、民俗療法的な野の医者の躁的なやり方からの脱却を目指したであろう臨床心理学を得たものが、もう一回野の医者を見直してみたら?うまく時代のニーズに乗せてマネタイズに成功した軽薄なものでした。ヒーリングしながらマネタイズの仕組みを教えるスクールが流行っているんだ、ってのも、躁状態を作り出すことが、”治癒”とされるのも、ある意味で「よく聞く話」で着地しちゃう。

    難しい。心の治癒のあり方に正解がないように、この本の理解にも正解はないのだろうけれど、いわゆる医学で取り扱う病気と違って、精神の病はあまりに個別の事情が影響しすぎる。野生の思考、に言及されているけれど、またそれもちょっと違うような気もした。結局、治癒ってなんだろう。難しく考えすぎないようにします。

  • ▼本の内容
    占い師、ユタ、リンパマッサージ師…独自の療法で心に傷を負った患者と向き合う沖縄のヒーラーたち。彼らを著者は「野の医者」と呼ぶ。果たして、彼らの治療法と著者が信じる臨床心理学の違いは何なのか?著者自らが患者となって調査を行い考察した記録。
    この本の主題には「臨床心理学も結局、野の医者の治療法と何も変わらないんじゃないか?野の医者たちが患者を癒せてるとしたら、臨床心理学に価値はあるのか?」という自己否定が含まれている。それに対する著者の考察が鋭くて面白い。なにより著者のコミカルな語り口が最高に笑えて、コメディ映画を観ているような気持ちで読める。


    【ここからネタバレ】
    著者の結論はこうだ。
    「私たちは今、軽薄でないと息苦しい時代に生きている。だから軽薄なものが癒やしになる。」
    神様がいるとかいないとか、真実がどうとかは実は関係ない。野の医者の治療にとっては“思い込みこそが真実”と言う。思い込んで信じ、ポジティブに考える。ある意味、躁状態をつくることこそが野の医者の「治療」なのだ。
    著者はそれを真っ向から否定はしない。野の医者も臨床心理学も、「患者をそれぞれの治療法の価値観に巻き込んでいく営み」であると言う。ある意味、臨床心理学も“科学信仰”に過ぎない、と。
    また野の医者たちはある生き方をいいものと信じて、そこに患者を巻き込んでいる「傷ついた治療者」だとした。彼らの本当の患者は、彼ら自身なのである。
    最後に著者は野の医者の治療と臨床心理学の違いを「学問」とした。揺れ動く中で問い続けることに臨床心理学は価値があるとしている。


    ▼思ったこと
    ・うさんくさいと思うものでも、誰かは信じている。その理由は心の治療にあるんだと思った。うさんくさいオンラインサロンもビジネスという形態をしているだけで実は心の治療なのかもしれない。
    ・世の中に溢れている、瞬間最大風速的に流れていくバズコンテンツなるものも、薄っぺらく見えるバラエティ番組も、「軽薄ゆえの癒し」なんだと思った。わかりやすく、何も考えず笑えてポジティブになれるものを人は求めているのだ。
    ・それでも「思い込み」だけに依存する野の医者は個人的には看過できない。結局、野の医者自身も夫との関係は変わっていなかったり、根治にはなってないからだ。毎日不安であることには変わらず、永遠に野の医者モデルに依存して生きることになる。
    ・人でも企業でもブランドでも、自分が向き合うからにはちゃんと本質を見つけて根治に努めたい。でも難しい答えを出しても誰も求めてないのは確かだ。いかに本質を突く“軽やかな”答えを出せるかが、自分への課題だと、この本を読んで思った。

  • ヒーラーをひたすら巡る冒険、といいつつちゃんと学者として「癒し」についても語られていて、とても興味深いです。私はお寺生まれですが、お寺にも近いものを感じると共に、分析軸として使えるな!と思いました。

  • 「野の医者」とは、国家資格を持った医師ではなく、民間で心や身体のヒーリングを行っている方々。
     沖縄にはそのような方々が多いらしい。
     沖縄の病院で勤務していた臨床心理士の著者(京大大学院出身)はトヨタ財団の研究助成プログラムに採用され、野の医者の体験取材・フィールドワークを開始する!

    「相対化です!」
    とイインチョーが目を見開いて叫びました。
    「権威や制度になっているものを相対化しようとしているんですね。そうやって当たり前の価値を揺らがせようとしているわけです。それは確かに新しい価値を生もうとする学問的行為です」

     
     華々しく始まったのはいいですが、著者自身にも人生の危機が訪れる!
     勤務していた病院を辞職することになり、求職活動も行う羽目に。
     本書では野の医者の体験レポートと著者の求職活動がハイテンションの同時進行で描かれています。

     
    「時代は笑える学術書です!アカデミックとコミカルを掛け合わせたアカデコミカル・ノンフィクション、これですよ!一山当ててやろうじゃありませんか!」
    と編集者に宣言したようですが、確かにその目論見は成功しているようです。
     予想外のことに著者の求職活動の要素も加わり、エンタメサスペンスの要素も加わっています。
     野の医者の怪しげな治療を面白おかしく描写する一方で、学術的に鋭い考察も行われていて、返す刀で著者が拠って(依って)立つ臨床心理士という立場を考えるという。笑うところは笑って押さえるところは押さえています。
     そして最後はほろりとさせる。まるで映画のようです。
     しかし映画がハッピーエンドで終わったとしても、登場人物はそれで終わりではない。その後の人生を送らなければいけないのです。むしろそれからが始まりとも言えます。
     幸い著者は立派に一冊の本を完成させ、安定した大学常勤講師の立場を得ることができました。 
     著者の創設したアカデコミカル・ノンフィクションというジャンルの続編を読んでみたい。
     しかし本書のようなハイテンションで八方破れのような研究と文体は、ある種求職活動中の異常状態だったからこそ可能だったのではないかとも思えます。
     研究も著書も一期一会な面があります。
     本書は著者・東畑さんが沖縄で求職活動を行っていた時期だからこそ書けた唯一無二の書ではないでしょうか。
       http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20180629/p1
       http://iching.seesaa.net/article/460262543.html

  • 臨床心理士である筆者が、沖縄で出会った「野の医者」=スピリチュアルな治療者に調査する中で、「心の治療とは何か」「臨床心理学とは何か」を問う。

    そういえば、大学時代に宗教社会学のゼミでもスピリチュアルについて学んだなぁ、と思い出してなつかしくなりました。

    スピリチュアルとかニューエイジとか、あやしいなぁと感じつつも何がひっかかるのだろうとずっと思ってたのですが、この本を読んでやっとわかった気がします。つまりは金と思い込みの世界なんだ、と。

    本当のところはどうなんだ?と問い続けながら、調査対象となる方々の中に入っていき、調査していく。これってまさに社会学!
    とっても面白かったです。

    じゃあ、キリスト教はどうなのか?
    スピリチュアル的なところにとどまらない、思い込みの世界が現実だなんていう上っ面の慰めなんかではない、
    確かに存在して、この世界の初めから終わりまで生きて働き続ける神様を伝えられているだろうか。真理に堅く立っているだろうか。
    確かに、中には、スピリチュアルと何ら変わりないようなアピールがなされているとこもあるよな、とも思いつつ。

    私たちはポストモダンの時代に生きている。
    自分の外側にある、確かで揺るがないもの、を受け入れるのがむずかしい、時代の子。
    でも、確かで揺るがないものは、確かにある。
    愚かに見えても、スピリチュアルやほかの宗教とたいして変わらないように見えても、
    真理を伝える者でありたいなぁと思いました。

全75件中 1 - 20件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

1983年生まれ。専門は臨床心理学・精神分析・医療人類学。京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。白金高輪カウンセリングルーム主宰。博士(教育学)・臨床心理士・公認心理師。著書に『野の医者は笑う:心の治療とは何か?』(誠信書房、2015年/文春文庫、2023年)、『居るのはつらいよ:ケアとセラピーについての覚書』(医学書院、2019年)、『心はどこへ消えた?』(文藝春秋、2021年)、『聞く技術 聞いてもらう技術』(筑摩書房、2022年)、『雨の日の心理学』(KADOKAWA 、2024年)、『カウンセリングとは何か:変化するということ』(講談社現代新書、2025年)など。『居るのはつらいよ』で第19回(2019年)大佛次郎論壇賞受賞、紀伊國屋じんぶん大賞2020受賞。

「2025年 『カウンセラーの選びかた』 で使われていた紹介文から引用しています。」

東畑開人の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×