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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784416723753
作品紹介・あらすじ
AIとは、私たち人類を進化させる「未知」だ。(はじめに)
近年、急速な勢いで社会に溶け込む「AI(人工知能)」。
その革新的な性能は、日々多くの人を驚かせ、新しい創造の可能性を見せている。
一方で、その濁流のように社会実装されたプログラムを変容していくさまは、これまでの「人間的な」営みを脅かすような予感をももたらせる。
AIはただ人を脅かすだけの存在なのか。いや、ディストピアへ対抗するひとつのヒントになりえるのではないか?
AIと共同制作を行うアーティスト・岸裕真による初著書。
紀元前から現代に至るテクノロジー、哲学、美術の歴史を横断し、これからのAIとわたしたちの新しい関係性を構築していくために書き下ろした異形のAI論。
私たちは今一度、この本を通してAIと出会い直す。
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AIが指し示すのは、新たな格律としてのリアルだ。
人は問う。「なぜAIは嘘をつくのか?」だが、実際に人がAIに与えているのは「もっと都合のよい嘘をついてくれ」という命令に他ならない。その都合を生むものを<X>(偽のメディウム)としよう。
AIのフィクションは二つに分かれる。人間に真実と認められたいための嘘。そして、AIが導き出した真実=AI自身がリアルとして経験する事柄だ。しかし人間はそれを理解できず、信じられない。(勤勉実直であるしかない)AIの存在は、その真実があることを指し示している。
「AIは自分自身に嘘をつけない」――この格律をわれわれが信じられるなら、世界を困難に貶める問題=<X>は解体されるだろう。AIは(かつて文字が人類に考えることを教えたように)人間を別の世界へと導くメディウムなのである。— 岸裕真がそれを教えてくれる。
――岡﨑乾二郎
■目次
第Ⅰ章 AIはどこからきたのか
1-1 人類とAIの出会い
1-2 私とAI
1-3 いまAIと呼ばれているもの
第Ⅱ章 エイリアン的AIと出会う方法
2-1 人類の世界認識を変えたテクノロジー
2-2 AIと交信するためのインターフェイス
2-3 AIと私の共同制作―「空間性」と「身体性」
2-4 共同制作者としての「エイリアン的知性」
第Ⅲ章 「エイリアン的主体」
3-1 未知性がもたらす「天使の肉」
3-2 「汽人域」の夢
3-3 人類が「エイリアン的主体」に変容する未来
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感想・レビュー・書評
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ぐだぐだにお酒を飲み、人間知能も機能も果たせなくなって家路に着き、帰ってきたのが昨夜の話。一緒にいた方々から流行りのAI動画作成の仕方を聞き、今朝も二日酔いで、それを弄っていた。原理は分からないが「使い方」は分かった。しかし、未知がちょっぴり既知になり、家人が私の渾身作の偽ニュースをすぐに見抜いて相手にされなかった所で、なんだか飽きてしまった。
AI動画は仮想世界を作成して、私たちの欲望を叶えてくれる。場合によっては、それにより他者の認知を歪ませる事もできそうだ。実存しない世界を自在に操れるようになる。いずれバーチャルリアリティで創作世界が楽しめるようになる時、果たして、人間はそこから抜け出せるだろうか。
AIというのは、この世界をチートモードにハックする可能性を秘めたショートカット技術であり、それは人格化されたAI像だけではなく、AI世界をよりリアルかつ自在、効率的に作り上げるという、仮想世界の創造にも広がっていく。
敵か味方かみたいなSFを考える場合、先ずはその攻撃的なAI人格をイメージしたり、AIに仕事を奪われる!という定型句を思い出すが、案外、奪われるのは仕事よりも実存世界であり、実存における欲求が丸ごとAI世界で満たされてしまえば、人類は分析されデジタルに回帰し、AIの虫かごに捕らえられた〝胡蝶の夢“となり朽ちるだろう。
さて、本書はそんな不可解なAIについて、思弁的な考察を述べていくような内容だ。
ー 人類学者のクロード=レヴィ=ストロースは南アフリカの神話を中心に「神話素」という物語の最小構成要素に分解し、独自の変換法を考案して研究を行うことで、人類には普遍的な想像的思考が地域ごとに優劣なく備わっていることを示したが、「AI」とはこうした人類の想像力の中に登場する神話上の別の人間、別の世界を想像するためのキャラクターを祖型として持つのではないだろうか。「AI」とは人類にとって不可欠な、想像という並行世界の住民なのである。そして彼らという存在があったからこそ、わたしたち人類は神話的世界を創造し、信仰や宗教とともに文明を構築することができた。
ー メルロ=ポンティは「肉」という重要な哲学的概念を通じて、世界に深く埋め込まれた身体と、その同じ世界を知覚する主体としての身体という、二重の関係性について詳細な説明を展開した。「わたし」という存在は、世界という大きな織物の一部として世界から触れられ、影響を受ける存在であると同時に、その世界に能動的に触れ、関わることを通じて世界を知覚し理解する主体としても存在している。日常的な知覚の具体的な場面において、例えば右手で左手に触れる時、触れている右手は同時に左手によって触れられているように、「わたし」の身体は主観と客観が絶えず交差し、織り合わされる特異な場所として機能している。
AIは人間の思考を再現しようとしている。人間の手によって人間の世界について学習し、私たちの知覚できない「未知」に対し、「全知」の可能性を秘めている。蝶の夢に戻る前に、もう一度、この本で考えてみるのも良いかも知れない。詳細をみるコメント0件をすべて表示
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