二十一世紀に生きる君たちへ 洪庵のたいまつ洪庵のたいまつ

  • 世界文化社 (2001年2月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (48ページ) / ISBN・EAN: 9784418015047

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

未来を生きる子どもたちに向けたメッセージが詰まった作品で、著者の思いが一つ一つの言葉に込められています。特に、自己の確立や他人へのいたわりといったテーマが、今の社会における閉塞感を打破するためのヒント...

感想・レビュー・書評

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  • 1996年に亡くなった司馬遼太郎が、未来を生きる子どもたちに向けて語った言葉。

    今だからこそ読みたい。
    一つ一つの言葉を丁寧に選び、語りかけるように次の世代への思いを託している。

    10代へ向けたものだと思うが、大人こそ読むべきじゃないだろうか。

    2021.11.7

  • この作品は、フォローしている方の感想で出会うことができました。ありがとうございます。

    司馬遼太郎さんが、子どものために書かれた唯一の作品ということで、自己の確立(自分に厳しく、相手にはやさしく)や、他人の痛みを感じる、いたわりの気持ち等、当たり前のようにも思えるが、これらが皆できていれば、おそらく、今の世の中みたいな閉塞感は感じていないのだろうと思います。

    また、「自然へのすなおな態度こそ、二十一世紀への希望である」には、いつしか、人間が自然よりも優れた存在であるかのような、思い上がりを持つようになった憂いと共に、人間が自然をおそれ敬う気持ちを持っている希望も抱いており、どちらに転ぶのも人間次第だと言われているような気がいたしました。

    そして、もう一遍の「洪庵のたいまつ」には、身分制度のあった江戸時代でありながら、平等に学問の場所を提供した、「緒方洪庵」の歴史が書かれてあり、自分には厳しさを課しながらも、まさに他人の痛みが分かる人だから、そうした行いができたのだと、胸を打たれる思いでした。

  • 離れて暮らす祖母が司馬遼太郎記念館のお手伝いをしていたとは聞いていたが、一度も訪れた事がなかった。本を読むようになり。その偉大な著者の記念館を初めて訪ねた。記念館入り口側に立てられた「司馬遼太郎記念館建設にご協力いただいた方々」の碑に祖母の名前が刻まれており、思わずパシャリ。館内で流される映像を見て、地元に愛される記念館にしたいとの思いから設立にあたり寄付を募ったとのナレーションを見た。少し誇らしく思ったと同時に羨ましかった。

    司馬遼太郎記念館の限定書籍「二十一世紀に生きる君たちへ」を購入。リストに出てこないのでこちらに記す。

    司馬遼太郎が小学六年生の教科書向けに書いた随筆とのこと。少しずつ人生観、死生観が肉付いていくことを実感する。そんな読書体験となった。

    その他二篇も良い
    人間の荘厳さ
    洪庵のたいまつ

  • 全国区ではないけれど、小学6年の国語の教科書にこの論説文が
    載っています。司馬遼太郎の珠玉の言葉の数々が、この時期に
    ふさわしいように思えたので、ちょっと書いてみますね。

    司馬さんというと「竜馬がゆく」や「坂の上の雲」などなど、数々の歴史小説で有名です。
    「菜の花の沖」もそうですね。
    その大作家が、なぜ小学生のためこのような作品を書いたのか、読ん
    でみると明らかになります。

    『私は歴史小説を書いてきた。もともと歴史小説が好きなのである』という書き出しで始まります。
    『この楽しさは、もし君たちが望むならおすそ分けしてあげたいほどである。ただ、さびしく思うことがある。私が持っていなくて君たちが持っている大きなものがある。未来というものである。』
    司馬さんは、二十一世紀の担い手である小学生に向けてこのあとこのように述べています。

    『君たちは自己を確立しなければならない。自分に厳しく、相手にはやさしくという、素直で賢い自己の確立。自己といっても自己中心におちいってはならない。人間は助け合って生きているのである。
    このため、助け合うということが、人間にとって大きな道徳になっている。助け合うという気持ちや行動のもとは、いたわりという感情である。いたわりとは、他人の痛みを感じることと言ってもいい、やさしさと言い替えてもいい』

    そして、私の最も好きな言葉はこの次に続きます。
    『私たちは訓練をして、それを身につけなければならないのである。
    その訓練とは簡単なことである。例えば友だちが転ぶ、ああ、痛かっただろうなと感じる気持ちを、その都度自分の中で作り上げていきさえすればよい。』
    ひとは、訓練して身に付くのは体力や知力だけでは無いということです。「ありのままに」「自分らしく」などどいうキーワードに騙されてはなりません。一歩誤れば「野猿」を山に放り込むような行為になります。
    おだやかで、他人を愛せるような大人になるには訓練が必要なのです。それ無しでは「いのちを大切に」というスローガンも、ただの「絵に描いた餅」になります。
    思いやりの心やいたわりの心など、何も教えられてない子供たちが、何と増えてしまったことでしょう。

    司馬さんは、この著書を書くことで「長編小説を書くよりもエネルギーがいりました」とコメントしています。それだけ、子供の心をいかに鼓舞しはぐくもうとしたか、真剣に取り組んだということなのでしょう。

    父親が「そこに座りなさい。今から大事な話をするから」と言って、諭してくれた子供時代を、思い起こさせるような内容です。
    今じゃ、そんなことをする家庭も少ないのでしょうか。
    ひとつ残念なのは、この論説文の載った教科書を採択した地区が
    少なかったということ。読まれた方、いっしょに残念がってくださいね。

  • 司馬遼太郎が小学六年生の教科書に向けて買いた文章。諸君を君たちという表現に変えた逸話や、推敲に推敲を重ねて未来ある若者へ、どのようにしたらメッセージが適切に届くかを考えられた形跡も見ることができた。
    自然という大きな存在を敬うこと、そしてわれわれ人間はその自然の一部にすぎないことを認知することと。そうすると、他の人間に対しても敬う気持ちが生まれてくる。人は助け合って生きてきたのだから。
    科学技術が洪水のように発展していく時代の只中で、心を豊かに暮らすための根本があらわになる。
    とはいえ生かされてるんだって思うと、自己の概念がゆらいで人生がつまらなくなるのかというと、人間はそのようにできていないからおもしろい。これもまた、脈々と受け継がれてきた歴史が物語っている。
    併せて掲載されていた、洪庵のたいまつという短編は江戸時代に利他のために生きた医者の話だった。洪庵は医者をやりながら、適塾という私塾をひらき、若者たちに蘭学をはじめとして自分の学んできたことを教えていた。塾生の中には福沢諭吉もいたという。なんでもいいから人にまずなにか、その人のためになることをあげてみる。人の痛みや悩みを想像する、そういったことから利他の精神は生まれるのだろう。歴史上の豪傑たちの、武勇やかっこよさに憧れることもあるけれど、たしかに洪庵の人生は美しく想う。

  • 「助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。他人の痛みを感じることと言ってもいい。でも、本能ではない。だから私たちは訓練してそれを身につけなければならないのである。例えば、友達が転ぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよい。」

    「世のためにつくした人の一生ほど、美しいものはない。(略)あふれるほどの実力がありながら、しかも他人のために生き続けた。そういう生涯は、はるかな山河のように、実に美しく思えるのである。」

    「人間は、人並に及ばない部分をもつということは、すばらしいことなのである。そのことが、ものを考えるばねになる。」

  • この文章に出会ったのは「本」を通してではなかった。

    2012年9月の一時帰国期間中に大阪に在する司馬遼太郎記念館を訪ねた。安藤忠雄デザインの記念館にはその内装としておびただしい数の書籍が収納可能な書架が設置されている。その十メートル近くはあろう書架に圧倒されながら体を回転させていくとそこにその額はあった。

    読んでみた。

    読み進めるうちに目頭が熱くなった。

    1989年に小学校六年生むけの教科書に書かれた文章とのことで、当時十代後半に差し掛かっていた自分はこの文章の存在を知らなかった。文中、司馬さんがこう切り出す部分がある。

    「私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない。」

    司馬さんは全てお見通しだったのだ。現にその七年後にはその後僕らを街角で呼び止めて「どうだい、二十一世紀は?」とは言えない世界に逝ってしまわれた。額縁の左端までたどり着いた時、無性に自分に対しての憤りと言おうか不甲斐なさと言おうかそんなものがこみ上げ、また同時にいや頑張ってはいるさ、ただ本質を見失いかけているかもしれないのは確かだからできるだけはやくそれを掘り出さなければならないというような活力も湧いてきた。それを改めて気づかせてくれた司馬さんに対する感謝の気持ちとともに。

    そして記念館を出るとき、記念館特別の装丁となっているものを一冊購入していくことにした。活字に併せて元の手書き原稿をカラーのままで掲載している。なぜカラーか?色鉛筆で何度も何度も推敲が重ねた跡を見えるようにするためである。

    それを今日読みなおした。

    司馬さん本人によるあとがきが添えてあった。

    「日本だけでなく、アフリカのムラや、ニューヨークの街にいるこどもにも通じるか、おそらく通じる、と何度も自分に念を押しつつ書きました。」

    ニューヨークで読みなおした。再来週にはアフリカを訪れる…

    司馬さんに託された「未来」の担い手の一人として、この言葉をこの先何度も何度も復唱しながら毎日の歩みを重ねてゆきたいと切に誓うのである。

  • 司馬遼太郎の小学生向けメッセージ。

    人間が自然の一部であるということ。この事実を踏まえると、自然の一部である人間どうしも尊敬しあえる。

    また、人間は女性でも男性でも「たのもしさ」が大切である。たのもしくない人格に魅力を感じないのが人間である。

    人間は助け合って生きている。社会とは支え合う仕組みのことだ。いたわり、他人の痛みを感じること、やさしさ、いずれも一つの根から出ているという。
    そして、それらは、本能ではなく、訓練して身につけるものであるという。それが、助け合うという気持ちや行動につながる。

    こうした訓練を通じて自己を確立するということ。自分に厳しく、相手にはやさしく。そしてすなおでかしこい自己。

    自己の頼もしさが結局社会における互いの支えあいの根幹である、ということがメッセージと理解しました。

  • こういう大人になりたい。この気持ちをつなぎたい。

  • 繰り返して読みたい本。
    司馬さんの願いが、ひしと伝わってくる。

  • 司馬遼太郎さんの歴史小説はたくさん読んでいますが、こういった作品があるとは知りませんでした。
    小学生の国語の教科書として執筆されたこの文章は、未来のこどもに向けた、多くの歴史にまつわる作品を書き続けた司馬さん独自のメッセージです。

    ・歴史
    「それは、大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです」
    ・自然こそ、不変の価値。自然に生かされている
    ・自己を確立しなければならない。自分に厳しく、相手にはやさしく
    ・「いたわり」「他人の痛みを感じること」「やさしさ」を訓練して身につけなければならない

  • 「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている。」

  • 司馬遼太郎記念館でプレートに刻まれた『二十一世紀に生きる君たちへ』を読んだ時、涙が出ました。司馬遼太郎さんが若い者達に伝えたい想いがひしひしと感じられました。

  • 素晴らしい

  • 小学校国語教科書に収められた「二十一世紀に生きる君たちへ」
     「洪庵のたいまつ」を収録。

     五月の連休に娘の家に行った時、旦那さんの本棚で見つけた本。
     息子が大きくなったら読んでやりたいと購入したというので、「どんな
     本かな?」と読ませてもらったのだが、感動してしまった。
     本の内容にも感動したけど、この本を息子(孫)に読ませたいと思う
     旦那さんにも感動したのだ。
     内容は二つとも小学校の教科書に収められた文章だ。
     どちらも良かったけど、「21世紀・・」の中に書かれていた
     「人にやさしく自分に厳しく」のはという当たり前のことだけど、
     これは本能ではないから「友が転んだときに、ああどんなに痛かった
     だろう」と思いやることを繰り返すことによって得られる・・というような
     ことが書いてあって「なるほどなあ」と思ってしまった。
     当たり前のことだけど、本当に大切なことを平易な言葉で書いてあり
     あっという間に読めてしまう。でも何回も読み直したい本だ。
     買えばいいのにまたしても図書館で借りてしまった私(ーー;)
     でも読みたくなれば、また借りればいいか・・・。

  • これまで歴史を書いてきた司馬遼太郎だからこそ、未来を語る時に素晴らしい説得力が出る。涙が止まらない絶品。

  • 【引用】

     鎌倉の武士たちは、
    「たのもしさ」
    ということを、たいせつにしてきた。人間は、いつの時代でもたのもしい人格を持たなければならない。人間というのは、男女とも、たのもしくない人格にみりょくを感じないのである。

     もう一度くり返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分にきびしく、相手にはやさしく、とも言った。いたわりという言葉も使った。それらを訓練せよ、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。そして、“たのもしい君たち”になっていくのである。

  • 司馬遼太郎の、温かいまなざしを、感じる本。彼自身、歴史が大好きだと、はっきりと告白していて、この人の素直な人間性に、改めて大きな魅力を感じました。

  • 司馬ファンです。司馬遼太郎記念館で購入しました。草稿となる原稿画像が挿入されたワイド版なので、スペシャル感あり。

  • 歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、「それは、大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」と答える。この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私たちの日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれる。歴史小説を読む時、私たちは少なくとも2千年以上の時間を生きているようなものだと思うのだ。

    著者は言う。君たちは、いつの時代でもそうであったように、自己を確立せねばならない。自分に厳しく、相手にはやさしく。という自己をそして、素直でかしこい自己を。ただ、自己といっても、自己中心におちいってはならない。人間は、助け合って生きているのである。助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。他人の痛みを感じることと言ってもいい。やさしさと、言いかえてもいい。
    「いたわり」
    「他人の痛みを感じること」
    「やさしさ」
    そして、それを確立するよう訓練せよと。

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著者プロフィール

司馬遼太郎(1923-1996)小説家。作家。評論家。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を次々に発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞受賞。ほかの受賞作も多数。1993(平成5)年に文化勲章受章。“司馬史観”とよばれ独自の歴史の見方が大きな影響を及ぼした。『街道をゆく』の連載半ばで急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

「2020年 『シベリア記 遙かなる旅の原点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

司馬遼太郎の作品

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