密教と曼荼羅 (ほたるの本)

  • 世界文化社 (2005年10月11日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (144ページ) / ISBN・EAN: 9784418054152

感想・レビュー・書評

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  • 密教と曼荼羅、どちらも理解しづらい、敷居が高いものです。
    だからこそ、わかりやすく解説されている資料があるのなら、足がかりにしたいと思っており、かなり期待して読みました。
    カラー図は多用されていますが、内容は専門的で難しいです。
    この文章では、初心者には理解しづらく、やはり噛み砕いて解説している本はないのかとくじけそうになります。

    著者名が表紙に一切掲載されていないため、不安な気持ちになりましたが、目次を見ると、様々な人が描いており、巻末には全執筆者の簡単なプロフィールが載っていました。
    普通は監修者の名前が代表して掲載されるものですが、特にそういった方はいない、寄稿集なのでしょうか。

    わからないなりに読み進んでいくと、難解な中にも理解につながるヒントが文章のそこかしこにありました。
    曼荼羅とは「本質を有する者」という意味だそうです。
    仏に象徴される「聖なるもの」を表出した一種のコスモグラフィーなのだとか。

    日本密教の生みの親である弘法大師は、人間の心を秘密曼荼羅と呼んでいるそうです。

    密教とは、秘密の仏教という意味だと思っており、排他的で門外不出の秘密の教義を守りぬいているのかと思っていましたが、インドのバラモン教やヒンズー教より仏教的で、しかも釈尊の仏教ほど堅苦しさのない、中間の性格を持ったものなのだこと。
    もっと難解なものかと思っていました。

    顕教では、悟りは心でするもので、肉体ではしないものとされ、密教では心と肉体共に解脱するもの、という違いがあるとのこと。
    また、真言律宗は仏典の解釈ばかりをしており、真言密教は超人的な行によって自らの肉体と精神を鍛え上げるものという違いがあるそうです。

    少し密教からはそれますが、平安三筆とされる空海、嵯峨天皇、橘逸勢の三名は、共通点がないと思っていましたが、空海と橘は長安での留学仲間で橘と嵯峨天皇はいとこだったと知りました。
    橘が嵯峨天皇に唐の文化に詳しい空海を紹介し、密教が平安仏教界の中枢になったということで、三名は平安時代の潮流を作ったつながりがあったことがわかりました。

    巻末に真言宗十八本山が紹介されていました。
    京都の真言宗八本山には全て訪れたことがあります。
    勧修寺と随心院は、場所が近い真言宗寺院なのに本山が違うと知り、驚きました。

    金剛界と胎蔵界は、どうしても解釈が難しく、もっとずっと初心者向けのガイド本を読まないと私には理解できなさそうですが、独鈷、三鈷、五鈷は古代インドの武器を象徴化したものということや、愛の仏だと思っていた愛染明王が、愛欲心を正常な菩提心に転嫁させる尊だということがわかったなど、サイド情報的な理解が得られました。

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