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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784418112029
作品紹介・あらすじ
感謝と祈りの心で神様に供える"日本料理の原点"を各地十八社の神事で見つめ直す。知られざる神様の食事特別公開。
感想・レビュー・書評
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神社での神様へのお供え「神饌」について、有名神社を取材してまとめたものです。
写真も多く、見応え充分。
お祭りの本質が分かる一冊。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
各地の神社の神への供え物とそれを準備する人々の営み、ものの考え方が興味深い。厳かな中にもどこか原始的なおおらかさも見え隠れする。さすが世界文化社らしい写真の美しさ、特に読み込まず写真を眺めているだけでも清らかな気持ちになる。
[more]<blockquote>P30 由貴とはこの上もなく、神聖清浄で貴いことを意味する言葉である。
P39 天気の良い日に、鯛の塩を洗い流して、水気を切るために腹を下にして、海岸縁の簀の上で、天日干しをする。「本来ならば、小110尾、大を50尾でいいのですが、小を112尾、大を52尾干しているのは、猫と空から見ているトンビ用なのです。」</blockquote> -
類書、他にもあるが、取っつきやすいという意味でよろしいのでは。
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突然ですが、ご存じでしょうか、「神様の食事」を。食事の内容は人間と同じで、さまざまないわれがあるそうです。ひとつ一つ丹精込められて作られるその由来を、『家庭画報』編集部が独占取材いたしました。ファーストフード、スローフード、孤食(こしょく)……など、食の多様化が広がる今、日本古来の風習やよさを見直すときが来ているのかもしれません。
家庭画報編集部
http://www.kateigaho.com/
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古来より、日本人は神々を崇(あが)め尊び慰めながら除災を願い、豊作豊漁を祈って祭りを行ってきた。それは、自然を畏怖し、天変地異を恐れたからである。
日本人が営んできた祭りは、神事と祭礼から成り立ち、私達が、目にする、あるいは体験する祭りは、氏子が神輿(みこし)を担いで町内を練り歩くというものであろう。しかし、神輿の前に、祭の中で最も重要な神事が執り行われていることはあまり知られていない。
祭りは、まず祭りに関係する人々が身を清め、神迎えをして神饌(しんせん)を供える。宮司(ぐうじ)による祝詞(のりと)が奏上され、一連の儀式の後に、神輿の渡御行列(とぎょぎょうれつ)が始まる。それが終わって、神様と人間が共食する直会(なおらい)が行われる。
その時に献供される神饌は、基本的には、酒の他に海川山野の季節のものの中から、人々が最も恩恵を受けた食物を、感謝を込め、神饌としてお供えしてきた。そして、直会は、「神様にお召し上がりいただいたものと同じものを共にいただくことで、神と一体感を持ち、神の霊力をいただき、神の御加護と恩恵にあずかることができる」とされてきた。それが直会である。神事や直会のない、ただ神輿を担ぐだけでは祭りとはいわないのである。
現行の神饌だが、明治4年(1871)以降の祭式次第に基づいて、内容も全国画一的な、いわゆる生饌(せいせん)の丸物神饌に変更された。それは、神様には清浄なものを奉らなければならないという考えからで、今日ではそれが一般的な神饌となっている。明治以前の神饌は、煮炊きや調理した、いわゆる「熟饌(じゅくせん)」あるいは「特殊神饌」といわれるもので、我々が日常生活の中で食べているものを捧げてきた。
明治4年を機に、神饌の内容は大きく変わったが、地方には、今も「熟饌」や「特殊神饌」を古式に則りながら作り続けている神社もある。
この「熟饌」や「特殊神饌」といわれる神饌は、日本料理の原点とも基本ともいわれるもので、その神様の食事である神饌と、それを奉る人々の心を知ることは、日本の食文化と“食”の歴史を、より一層深く理解することができるであろう。
今、「いただきます」「ごちそうさまでした」と手を合わせて食事をする人は何人いるだろうか。正しい箸の持ち方、使い方ができる子供はどれだけいるだろうか。インスタント食品、ジャンクフード、立ち食い、外食偏重、個食(家族がバラバラの食事)……、果ては農薬問題、狂牛病、口蹄疫、鳥インフルエンザ……、命と直結している“食”が、危機的な状況に置かれている。
また、現在の食卓の光景も、食べる喜びも、感謝する心もないままに、ただ空腹を満たすだけの食事となってきた。先述したように箸の正しい持ち方、使い方だけではなく、食卓は親から子へのしつけの場であった。食事の作法も他の動物にはまったくない、人間として存在する精神の根源をなす規律があったはずだ。しかし、近代化が進み、生活が豊かになり、簡便化が求められる時代を迎えて、人間としての誇りも品性も知性も未成熟のまま大人になっているようだ。それは基本的な体力もしかりであろう。
生命の源である“食”について、神様の食事である“神饌”を通して、見つめなおしてみたいと、「熟饌」あるいは「特殊神饌」を献供している18の御社(おやしろ)を訪ねた。~別冊家庭画報『神饌』より
※伊勢神宮の神饌がAmazonの「なか見! 検索(R)」写真のいちばん右に掲載されています。その写真は伊勢神宮の「日別朝夕大御饌祭神饌」。日別朝夕大御饌祭で献供される神饌は、究極の神饌といわれています。神宮に奉仕する人の手によって作られた御物を、神職が毎日御調理して神様にお供えします。右上から清酒三献、御水、御飯三盛、御塩、乾鰹、鯛、季節の果物、海藻類、季節の野菜。
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いかがでしたでしょうか。実はこちら、本書『神饌』のまえがき部分。食事とは、食卓に並ぶまでの過程とその命に感謝していただくものであることが改めて身に沁みますよね。「いただきます」のひと言がいとおしくなる瞬間を、次の食事で感じてみませんか。 -
カテゴリーを「宗教」にするか「食文化」にするかは自分の都合ですが、ここは「食文化」としました。
神祭りは神事と直会から成り立ちます。直会は「神様にお召上がりいただいたものと同じものを共にいただくことで、神と一体感を持ち、神の霊力をいただき、神の御加護と恩恵にあずかることができる」(P17)。
明治4(1871)年以降神饌は生饌の丸物神饌となり全国画一的になりました。以前は「熟饌」あるいは「特殊神饌」といわれる日常生活の中で食べているものを捧げていました。古式に則った神社の神饌を18紹介しています。
京都:石清水八幡宮、賀茂別雷神社、賀茂御祖神社、北野天満宮
奈良:率川神社、談山神社
滋賀:老杉神社、日吉神社
大阪:住吉神社
その他:伊勢神宮、和布刈神社、美保神社、彌美神社、阿蘇神社、海神神社、諏訪神社、香取神宮、銀鏡神社
宗教行事も神を祖先に置き換えればそのまま通じます。
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