僕のフォーカシング=カウンセリング:ひとときの生を言い表す

著者 : 池見陽
  • 創元社 (2010年2月8日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784422114392

僕のフォーカシング=カウンセリング:ひとときの生を言い表すの感想・レビュー・書評

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  • 表紙がふと気になり手に取って、著者の名前に見覚えが。傾聴する、という事を主題とした企業研修で、ご指導いただいた浅見先生の本。
    研修を受けた時は、こんなやり方あるんやなぁ、てな具合で、その筋のオーソリティから教わっているとはつゆ知らず。

    小説仕立てで、入りやすく、かつ、フォーカシングの理論、精神分析との違い、共通性など理論的な内容に加え、実例の解説がありわかりやすい本です。

    おそらく、カウンセリングに関わっておられる方にも、十分な内容だとおもいますが。また、私のような素人にも、実際のフォーカシング3例、クリアリングスペース、体験過程流コラージュ、具体的に説明があるので、十分わかる本でした。

  • ・ジェンドリンは「自己」という概念をもたない。まだ大学院に入りたてのころ、ジェンドリン先生の研究室で授業の合間にそれについて聞いてみたことがあった。

    「ドクター・ジェンドリン、ドクター・ロジャーズは『自己』という概念を理論の中心においていますよね。いや、ドクター・ロジャーズだけじゃなく、多くの人間性心理学の先生方も、ユングも。ドクター・ジェンドリンは『自己』という概念についてはどう思いますか」
    「私は『自己』という概念を理論の中には、作っていないね」
    「どうしてですか」
    「その概念は『内容』だから。プロセスじゃなくて、内容だから」

    このときの会話の意味が十分理解できたのは、その後、何年もたってからだった。要するに、人のこころ(体験)はモノのような「内容」(コンテント)によってできていない。人の身体に心臓や肺があるのと同じように、こころの中に「自己」や「自我」があるわけではない。だから、あたかもそのような内容が存在するかのように誤解される理論をジェンドリン自身は作らない、と彼は言っていたのだった。
    むしろ、自己や自我と呼ばれるような概念が生成されてくるこころの過程(「プロセス」)に彼は注目しているのだった。

    ・漢字が読める香港の人に「自分」と紙に漢字で書いて手渡して、その意味がわかるかどうか尋ねてみたことがあった。

    「『自分』ってどういう意味だと思う?」
    「『自分』?さあ、『自』という漢字も、『分』という漢字も意味はわかるけど、組み合わせると、さあ、どういう意味かわからないね」
    「ああ、そう」
    「日本では、どういう意味?
    「セルフという意味、日本語では」
    「いや、中国だと『我』だね」
    「ああ、日本語でも『我』は使いけど、もっと一般的には『自分』というね」
    「それは、日本独特の言葉だろうね、中国語では使わないよ」

    ・僕は、フォーカシングを使った夢のワークについて簡単に説明した。夢は禁じられた無意識内容の表象ではないこと、夢の内容をビジュアル(視覚的)に覚えていなくても、どの夢にも、その夢独特のフェルトセンスがあること、それに触れながら夢を語り、聴き手のリフレクションを聞いて何が響いてくるかを感じること、夢はイメージという道筋を利用しているので、<そこで何を感じましたか>などイメージ以外の道筋に行くことは最小限にし、イメージを大切にすること、夢には自分でもまだはっきりわからないメッセージがあって、夢を誰かに聴いてもらっているとそれが明らかになってくることがあること、どうであれ、夢を楽しむことなどだった。

    「…僕は、わかっているか確かめたいから、僕にわかったところを言ってみるね」
    「ええ」
    「自転車に乗っていた。舗装道路のほうじゃなくて、小石などがある悪路だった。いつもは車に乗っているのに、なんでだか、わざわざ難しい方の道を選んでいるみたいに思った、それで合ってる?」
    「ちょっと、何これ、すごい!すごい!」

    ・アイデンティティーはいつも未来との対話だ。

    ・レジスタンス(抵抗)の概念には僕は納得がいかない。無意識中の検閲者が勝手にそのような操作をすることはありえないと思っている。カール・ロジャーズが1940年に初めて心理療法面接の録音をレコード盤に収録して研究したところ、いわゆるレジスタンスという概念で呼ばれるような現象は、カウンセラーが重要なことを聴き落としていたりするところで起こっていた。要は、カウンセラーが下手だったから、クライエントがシラケたのだ。

  • 池見さんの空気感がとても素敵

  • 専門書ではあるけど小説形式なのですごく読みやすかった。
    今回がんばって速読してみたけど、頭に入ってる気がしない・・・。


    ・〈自分の(カウンセラー)が~
    クライアントとカウンセラーの立場があるとはいえ、療法の技術で武装せずに素直にいち個人として向き合おうという著者の意気込みが書かれていた。
    ロジャーズは人と人との素直な出会いが中心となって人は成長していくと考えていて、この本はその考えのもと著者がどんな出会いをしてきいくか、という部分から始まっている。

    ・人と人とが~
    困難がなぜできなのが原因を究明するより、一緒に考えていくなかで具体的な方向性が見えてくるという考え方は目からウロコでした。

    前半を読んで、最近臨床心理学を勉強すると技術面の向上ばかりピックアップされてて素直な人と人としての関わりあいを見過ごすという誤解が生まれる、技法にこだわりすぎて機械的な療法になってしまうことはいけないという気持ちを感じた。

    具体的なことについていえばリフレクションはクライアントが言ったことを伝え返すことではなくカウンセラーが「理解したこと」と伝え返すことだととあった。


    フォーカシングを実際に行っている場面では、言葉と著者のイメージのズレについて書かれていた。
    体(内側)の気持ちを外側に出すという表現に違和感があるとあった。
    これは命の流れというか、気持ちを表現する流れをカテゴリー分けせずに全体でとらえたほうがイメージに近くなると考えたのかとも思ったし、気持ちの変化が内側のものと考え外(=社会とか生活)に影響しないと考えてしまうと軽んじてしまうからかなーとも思った。


    著者はこころを分析することについても述べている。
    還元主義だと個人個人のこころの動きはそれぞれ本能で片付けられてしまうから、カウンセリングにおいてそれはできない。
    だからこころを分析は適切ではない。


    フォーカシングの本は何冊が読んだことがある。この本ではフォーカシングのことというよりもフォーカシングに沿った著者の考え、感じかたが書かれていて、一口に療法、フォーカシングといってもこだわりがあるんだなと思った。
    そしてやっぱり療法の勉強、芯をもった考え方は本を通してではなく実践の場で鍛えられるのだなと思った。

  • 物語的にフォーカシングワークショップの様子を語っためずらしいカウンセリング本。

    著者が講師となって実際に開催されたワークショップの様子を描きつつ、セッションの合間に回想形式でフォーカシングやカウンセリングの理論的な解説がされる構成。

    ワークショップのほうは逐語録を元にしているだけあって実際の様子を想像しやすく読みやすい。しかし、非常な親密さを感じている設定の架空の女性との会話を回想するシーンは、語り口と内容のバランスが良くないのかとても読みにくかった。

    物語形式にしたことで、語りに意識が向かってしまい、かえってフォーカシングにフォーカスしにくくなってしまった本だと感じた。

  • 池見先生のフォーカシングの本
    読ませていただきたいです。

  • フォーカシングを音楽に例えているところはよい。専門用語がまとめてあるが、まずは技法の本を読んでから、比較検討すると面白い。

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