チンギス・カンとモンゴル帝国 (「知の再発見」双書)

制作 : 杉山 正明  Jean‐Paul Roux  田辺 希久子 
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  • Amazon.co.jp ・本 (158ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784422211718

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  • 中国の史書に初めてモンゴル 8C アムール河上流に野営する遊牧民

    モンゴル系北方民族 最も古い匈奴(きょうど)帝国・(中国では北狄と呼ばれた)→BC2からAD3に中国に襲来
    402~553 アヴァール帝国
    5C~6C 白いフン エフタル族によるアフガン、インド侵攻
    10C キタイ(契丹)族 中国の北方に遼朝
    →それ以後、モンゴル系部族はモンゴリアへ
    シベリアの森林地帯に進出していたトルコ系諸部族は、モンゴリアに拠点 突厥(552~744)
    ウイグル(744~840)

    ☆P23 メフメット・スィヤーフ・カレム「遊牧民の宿営」☆○○さんにそっくり

    1155年 テムジン誕生
    1195~97 クリルタイという議会でカンに選出
    1206 再び開かれたクリスタイで大カアンに選出 チンギス・カン(宇宙の天子)
    1207~08 ゴビ砂漠南のタングト族の王朝・西夏との戦い
    その後、ウイグル族、カルルク族 恭順
    1211年3月 中国北部の金に挑戦 万里の長城 国境で2年→満州を支配下
    1215年 中都(今の北京)陥落
    1217年 チンギス・カンは腹心のムカリに任せ、モンゴリアに帰る→中国制服は、1279年に孫のクビライ

    1241年 チンギス・カン ヴィスワ河を渡る(ポーランド) ウィーン城門 アドリア海へ
    ヨーロッパの森林で軍事行動ができず退却
    1242~43年 セルジュク朝トルコ・バグダード陥落 すぐに休戦・属国の地位

    商人、聖職者 情報を得るために陸路でアジアへ 1275年マルコポール中国へ

    1258年2月 アッバース朝カリフ処刑 シリア占領後も隣接する十字軍には干渉しなかった・多くのキリスト教を擁護・アルメニア人「10年前にヨーロッパで行った蛮行を忘れることができようか?」

    1260年 4代皇帝大カアン・モンケの死→中国担当のクビライがクーデター→分裂
    モンケの改宗→事実ではないが、イスラム、仏教とも共存させる施策実施

    ①ジョチ・ウルス(今のモスクワ地方)②フレグ・ウルス(今の中東)③チャガタイ・ウルス(中央アジア)④大元ウルス(中国)

    1260年 ②フレグ・ウルス マムルーク朝トルコに敗北 イスラムの影響

    ④クビライ→孫テルム→カイシャン→ユアルバルワダ 1368年トゴン・テルムが追放

    ③チャガタイ・ウルス やがてウズベク族に滅ぼされる→中央アジアで王朝の末裔は存在・1920年まで
    インド ティムール朝(1370~1405) タージマハル

    ①ジョチ・ウルスの混乱 ロシアの諸公国 1380年クリコヴォの戦いでロシア勝利

  • 軍事行政文化を網羅し、モンゴル帝国の変遷を追う。この本ならではの踏み込んだ詳述はないものの、この本で初めて見た図版と資料も多い。

    文化や芸術の章は、あまりモンゴル関連の書物では見られないものなので、当時の雰囲気を知るには適している。

  • 高校の世界史で習ったぐらいの基本的な内容でした。
    入門としては、写真資料も多くて読みやすいのでよい書です。

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