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Amazon.co.jp ・本 (488ページ) / ISBN・EAN: 9784422300733
作品紹介・あらすじ
政治の自立性を奪う、《メディアの論理》とは何か?
『衆議院議員名鑑』の記述をもとに、第1回~第39回衆議院議員総選挙で当選したメディア出身・関連議員(メディア議員)980余人を抽出しデータベース化。さまざまな観点からの数量的調査を通して、「政治の論理=価値や理念の実現」が「メディアの論理=社会的影響力の最大化」に取り込まれてゆき、世論迎合型(=劇場型)政治へといたる、そのルーツと変遷を検証する。10名の研究者によるポリフォニックな共同研究。
巻末には、984人分のメディア議員リストを収録。
***
【本文「序章」より】
二・二六事件はジャーナリズム史で「冬の時代」の画期とされる出来事である。だが、その直後に業界紙に掲載された記事は「言論と文章によつて一世を指導しようとする政治家が簇出してきたこと」に祝意を表している。本当に言論界は「冬の時代」だったのだろうか。
〔中略〕
当時の首相は海軍大将・岡田啓介であり、もはや政党内閣の時代ではない。なぜ、そのような時代に言論人が大挙して政界進出していたのか。
さらに調べると、この疑問はますます深まった。「メディア関連議員」の議会進出がピークを迎えたのは翌1937年4月30日の第20回総選挙なのである。このとき衆議院で彼らが占める割合は空前絶後の34.1%に達していた。日中戦争が勃発する約2ヶ月前、国会は「言論と文章によつて一世を指導しようとする政治家」が三分の一以上の議席を占めていたことになる。
続いて戦時体制下の言論統制に筆を進めるなら、「それにもかかわらず」と文章を続けるのが普通だろう。議会は「メディア関連議員」が多数を占めていたにもかかわらず、戦争を止めることはできなかった、と。
本当にそうなのだろうか。むしろ、逆ではないのか。ここでは敢えて「それにもかかわらず」ではなく、「それゆえに」と考えてみたい。メディア関連議員が議会に多くいたために、戦争を止めることはできなかったのではないか、と。
結論から言えば、それは政治が「メディアの論理」で動いたためである。何らかの価値や理念の実現をめざす「政治の論理」とは異なって、読者数あるいは影響力の最大化をはかるのが「メディアの論理」である。メディアが「政治の論理」に従うなら「輿論public opinionの指導」を目標とするが、「メディアの論理」を全面展開するメディアは「世論popular sentimentsの反映」に驀進する。新聞人や出版人にせよ、放送人や映画人にせよ、彼らがこうした世論反映のプロフェッショナルである場合、はたして好戦的な世論の奔流に抗して平和の理念を保持できただろうか。
感想・レビュー・書評
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対象とする時代は主に大正期〜戦後初期。本書が分析する「政治のメディア化」とは、「メディアの論理がメディアの枠を超えて、政治の制度、組織、活動にまで影響力を強めていくプロセス」と定義されている。劇場型政治、大衆化、ポピュリズムといった語と相性が良さそうだ。「政治のメディア化」以前は、政治家が執筆する「政論新聞」が主流だったという。
本書の中では、普通選挙体制の中での「メディアの大衆化」や「政党政治そのものへの反発や失望」を指摘する白戸論文に興味を引かれた。現代では、「政治のメディア化」で表される(と自分が考える)ような様態、すなわちメディア自身は党派性から距離を置き、大衆の政治参加に情報を提供し、政治に影響を与えることは民主主義の観点から肯定的に考えがちだ。本書では「政治のメディア化」自体の是非を論じているわけではないが、違った観点から考えるきっかけにはなった。
なお、本書の中では新聞を中心としたメディア出身議員という分析も行っているが、ネットを通じ自己を発信できる現代、「メディア出身」という枠組みはあまり意味がなくなっているのではないか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
東2法経図・6F開架 312.1A/Sa85k//K
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