偶然とは何か:北欧神話で読む現代数学理論全6章

  • 創元社
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本棚登録 : 135
レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (277ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784422400198

作品紹介・あらすじ

サイコロ、量子力学、神の存在証明、不完全性定理、スリーマイル原発事故、金融オプション…これらに共通する性質とは?「偶然」の多面性を様々な角度から明らかにする。ダランベール賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 乱数生成、カオス、情報理論など、幅広い視点から「偶然」の意味について考察。原著が1991年に書かれていることを考えるとこの博覧強記ぶりには感心するばかり。ただ、いかんせん内容が古めで、最近の本の方が読みやすいかも。・リスクには確率論的なリスクと無知のリスクがある(とはいえ、偶然とは無知の別名なのかもしれないという疑問は残ったままだという)。確率論的なリスクは受け入れるが、無知のリスクは受け入れにくい。・中心極限定理によると、試行回数の平方根だけ推定の精度が上がる

  • 数学にまったく縁がないながら、なんとなく惹かれるものがあり購入。読んでみて、やっぱり数学のことは分かんないけど、物事を数学的にあらわすことって意外に面白いなと思った。

  • 偶然とは何か?

    ということを北欧神話や文学作品、現実の様々な現象と現代数学を結びつけながら解説する本。カバーする領域は、賭け、量子力学、神の存在証明、不完全性定理、カオス理論、フラクタル、天体の運行の3体問題、金融リスク、経済学での合理的期待とケインズ的な美人投票などなど。

    という領域は、実は、私はいずれもすごく関心のあるところで、関連する本もいろいろ読んだ。が、ここまで、自分の関心事とぴったりフィットしたものも珍しいと思う。説明もおおむね分かりやすい。

    これを読んで、全く知らなかったことが書いてある訳ではないのだが、この本の素晴らしいところは、哲学的、文学的な味わいの深さだ。

    われわれの世界は、偶然性の戯れでできている不条理なものなのか、それとも一切は初期状態から決定されるものなのか。いずれにせよ、突き詰めて考えるとなんだか憂鬱な気分になるテーマである。訳者があとがきで書いているように、そうした哲学的な憂い、メランコリーがそこはかとなく漂うところがこの本の最大の魅力だ。

    それにしても、現代数学や現代物理学の研究者による入門書は結構読むのだが、外国の人の書いた物には、ほんとうに文学的、哲学的素養の深いもの、ユーモアに満ちたものが多いですね。もちろん、日本人の書いたものも分かりやすくて面白いものは沢山あるのだが、いろいろなトピックをアクロバティックに絡ませながら、話を進めて行く能力は感嘆するものが多い。

    要するに教養のレベルの違いということ?
    理数系は苦手なのだが、こういう人たちの授業なら、まさに受講したいと思う。

  • 運が良いとか悪いとか、あるいは昔の友達に街で思いがけずばったり会ったとか、偶然と思える出来事は至るところにあふれている。でも、偶然っていったい何なのだろう?本書はそんな疑問に色んな角度からきちんと(数学的に)答えてくれる。本書はブリティッシュ・コロンビアの数学者イーヴァル・エクランドによる一風変わった数学読み物だ。

    一風変わった、と言ったのはよくある数学読み物と違って全体的に文学的な雰囲気が漂っているからだ。数学と文学なんて水と油のように思えるのでは?でもそうではないことを本書は示している。本書は6つの章からなっていて、各章の冒頭には北欧の神話が紹介されている。そのお話に潜んだ数学の概念をいろんな例を使って説明していくというスタイルだ。パリ生まれながらノルウェー語も解する著者ならではと言えよう。

    事例豊富な本書はそれでも、すべてをきちんと理解することは難しいかもしれない(特にカオスについての第4章)。ただ、そうであっても、日常にこんなにも数学が関係しているのを知るだけでも楽しいと思う。数学読み物が好きなひとだけでなく、多くのひとに読んでほしい本である。

  • 偶然と必然はただ単に無意味と有意味につながるものではない。キリスト教世界では自由意志の問題と決定論に関わってくる。
    http://sessendo.blogspot.jp/2014/04/6.html

  • だいぶ前に購入したものの読まずにいた本。浜村渚のシリーズを読んだあとで、もしかしたら理解できるのではと思い読んでみました。結論から言うと、やはり理解はできなかったのですが、偶然というものについて、そして数学の本質についても(プラトン主義的という点のみですが)、多少は把握できたように思います。
    多くの数学者はプラトン主義的であり、数学の研究は日常に役立てるためではなく、美しさと秩序の中に永遠の真実を探求するためと信じている、というようなことが書かれており、浜村渚シリーズで数学の美しさが強調されるのはそのためか、と合点がいきました。
    古代ギリシャで偶然をさす言葉だった「テューケー」には存在という意味もあり、旧約聖書の神が自身を称して「あってある者」と言ったことが思い起こされます。くじを引くことは偶然に委ねること、と思われますが、古代においては神の意志に委ねることでした。およそ起こりそうもないことが起きたとき、古代の人々はそれを神の意志ととらえ(つまり存在のゆえに起こること)、現代人は偶然の産物ととらえる。しかしどんなに起こる可能性が低くても、いつかは起こるかもしれないのであり、それを生きている間に確認することができないので、偶然あるいは神の意志と解釈しているにすぎません。
    決定論的世界観では一見ランダムに見える物事に規則性があり、過去から未来を見通すことも可能です。他方に確率論的世界観があり、規則性はなく、過去をさぐっても未来を見通すことはできませんが、統計学的な予測をすることはできます。対極にある二つの考え方をうまく用いながら、現代のしるべなき世界を生きていかなければならないのだと、改めて感じました。

  • 知性に溢れた本。歴史を偶然の積み重ねととらえ、北欧神話を主な例題に局面ごとに現代数学理論で読み直す。
    中世の神の存在証明は、「神は万能。存在は、犬でも人間でも出来る。故に万能な神に存在ができないはずはない」。現代なら、そのモデルは前提が反証不能でモデルではなく、パスカルのモデルでも存在確率は極めて低く棄却」
    トピック:乱数、量子力学、情報理論、不完全性定理、ゲーム理論、カオス、中心極限定理。

  • 北欧神話は未知の世界だった。しかし説明されている数学理論と神話との関連がいまいち。

    偶然とは何かを多面的に語ってくれるが,現代数学なのかな?

    2012/03/31図書館から借用;中断しながら4/14読了

  • 日経120229夕刊より

    エンジョイ読書
    偶然とは何か イーヴァル・エクランド著 神話切り口に数学理論語る 瀬名秀明
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     1030年、ノルウェーのオーラヴ王は彼の軍隊とともにいた。彼は夜間に長い祈りを捧(ささ)げ、まどろんで目覚めたときには夜が明けていた。軍隊を起こす時だと知った王は詩人トルモドを呼び「われらに歌を聞かせよ」といった。詩人は朗々と歌い、臣下らはそれを聞いて王とともに勝算のない戦いに挑み、その日オーラヴ王は戦場に倒れた。



     『偶然とは何か』(創元社)は外交官の父と哲学者の母のもとに生まれたフランスの数学者が、北欧神話を切り口に数学理論について語った一冊だ。著者の真意は前述の戦いの顛末(てんまつ)を引いた後書きで示される――では私は? わたしはなぜ学問に、科学に一生を捧げようとしているのだろう。(中略)偶然に翻弄され、予測もできずに、存在するものを記録するためだけに?

     本書は偶然・運命・予想・カオス・リスク・統計の6章からなる。著者はオーラヴ王とスウェーデンの王が賽(さい)を振って離れ小島の所有権を争った故事から、真のくじ引きは可能か、公平なくじと思われるものでもそこには隠された公式があり、人間が認識できていないだけではないのかと問いかける。また量子力学によって真の偶然が達成されたとして、その手なずけられた偶然に私たちは向き合えるのかという地平まで進む。以降も例外ではない。運命の章ではオーラヴ王に捕らわれた魔術師が満ちてくる潮で海に沈む故事を引き、世界に意味があるとは何か、真に不条理な数列はあり得るかと問う。そして著者は賽の目のように6章のどこから読んでも差し支えないというが、実際は各章が分かちがたく結びつき、リスクの概念が失(う)せたときは運命が起(た)ち現れ、統計モデルを検討すれば偶然について考えることになる。

     この世界は真に偶然であるのか。そこになぜ私たちは生きるのかと、エクランドは決して偶然だけではない人生の意味について書く。その優れた文学的資質は絵本『数字の国の猫』(未訳)や『数学は最善世界の夢を見るか?』にも現れている。後者の著作は『偶然とは何か』の後書きでも触れた、光が屈折するとき最小距離の道を選ぶという一見奇妙な「最小作用の原理」をきっかけに、ガリレオ、モーペルテュイ、フェルマーの思想を歴史的に追いつつ、では「最適」とは何か、可能な中で最善の世界とは何であるかという哲学の領域へ踏み込んでゆく。著者は現代数学の見地から人間の経済活動と共通善を語り、「わたしたちの旅は神が退いた世界で終わる。人類は自分で選んだのではないこの世界にひとりで取り残された」と宣言する。すなわち著者は神話の中に、神の退いた世界を見出(みいだ)すのだ。残されたのは物語である。

     深い洞察と美しい文章を湛(たた)え、読後感はいずれも海外文学のそれに近い。心が、変わるのだ。

    (作家)

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著者プロフィール

パリ第9パリ・ドフィーヌ大学エメリタス教授。1944年、パリ生まれ。CNRS研究員を経て、1970年から2002年まで、パリ第9大学を中心に数学科の教授を務め、エコール・ポリテクニーク、サン・シール陸軍士官学校などでも教鞭をとる。1989年から1994年まではパリ第9大学学長、2003年から2011年にはカナダのブリティッシュ・コロンビア大学教授、パシフィック数理科学研究所所長も務めた。1996年、ベルギー王立科学アカデミーグランプリを受賞。1997年よりノルウェー科学アカデミー会員。

「2018年 『予測不可能性、あるいは計算の魔』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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