杣径 第1部門 既刊著作(1910-76) (ハイデッガー全集 第5巻)
- 創文社 (1988年1月1日発売)
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感想 : 4件
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Amazon.co.jp ・本 (482ページ) / ISBN・EAN: 9784423196090
感想・レビュー・書評
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昔読んだはずですが、さっぱり理解できていないので、再読。芸術作品の起源と世界像の時代はすこし前に読んでいて、今般、「ヘーゲルの経験概念」を読みました。今まで2回読んでいるはずですが、みごとなほどに無理解。今回ようやく、ハイデガーが論じている中身の骨組みをすこし理解できた気がします。
存在と時間では歴史性の議論のなかであまり積極的な評価をしていなかった気がしますが、全集32巻、68巻、86巻をはじめ、いろいろ取り上げられているくらいだから、ハイデガーがヘーゲルをかなり研究していたのはまちがいない。でも、ハイデガーによるヘーゲル評価だとか、ヘーゲルとの対決がハイデガーの思索に与えた影響だとかってどうなんでしょうね。『続ハイデガー読本』のヘーゲルのところはなに書いてるのかさっぱりわからないし、簡単にクリアに解説してくれているような文章にまだ出会えていません。ハイデガーとニーチェの関係とか、ハイデガーとアリストテレスの関係なんかはいろいろ出てるのに。誰か書いてくれないですかねえ。(2018年6月20日読了)
●ニーチェの言葉「神は死せり」
年末年始、いつもよりすこし早起きをして、読書しました。そこで読めたのがこれ。
ハイデガーのニーチェ解釈については昔ちょっとまとめようとしたことがあったので、さすがにヘーゲル論のときよりは基礎理解はできているし、「今回初めて文意を理解した」というほどではありません。しかし、再読して確実に理解は深まりました。よくわからない術語の使い方にこだわりすぎず、文脈をおさえながら中身を理解できたように思います。
『ニーチェ』2巻本のポイントをつまんでまとめているので、詰め込みすぎてちょっと消化不良感もある。でも、ニーチェを主体性の形而上学の完成者として位置づけ、しかしそのニヒリズムの存在史的規定のなかに別様に考える可能性を見出すというハイデガーの思考回路が端的にあらわれていると思います。
読みながら判然としないところがいくつかあり、それは今後、また検討したいと思っています。具体的には、ポジティブな評価なのかネガティブな評価なのかわからない部分や、接続法第二式のニュアンスをどうとればいいかわからない部分。要は、ハイデガーの真意がつかみきれなかったところ。
いろいろ読めば読むほど、ハイデガーは面白くなってきます。購入してるけどまだ読めていない本がたくさんあるので、ひとつずつすこしずつ、今後も読み進めていきたいと思います。【2019年1月6日読了】
●何のための詩人たちか
ハイデガーによるリルケ論。リルケの詩において、表象的制作的な意欲に埋没し自己を見失っている人間から、より意志に即した存在者の存在の開けへの転換を読み取る。その肯定的な面の一方で、その転換は意識の内部で行われることであると解釈し、ハイデガー自身の存在の思索、そしてヘルダーリンとは一線を画すものだと主張する。
私自身が詩に関心がないので、読んでもあまり納得はできませんでした。数をこなせばぐっとくるようになるんでしょうか。
ところで、どうでもいいんですが、この翻訳書、古本屋でかなり高騰してるんですね。このシリーズの翻訳はかなり読みにくいですが、それでもやはりあると助かるもの。こういう基本文献的なものはしっかり手に入るようになっててほしいですよね。創文社のあとをついで、どこかから出版しなおしとかあったりするんですかね。もしそうなら、翻訳のスタイルをもうすこし考えてほしいですね。読みにくくて仕方ない。ハイデガーの議論が日本語にしにくいことはよくわかるんですが、それにしても、ドイツ語ならすっとわかる単語の連関がまったくわからなかったり、主文と副文がどうなっているかよくわからない翻訳の仕方とか、そういうのはほんと困ります。【2019年2月27日読了】
●アナクシマンドロスの箴言
ようやく、読みました。これで『杣道』読了です。達成感!
正直、このアナクシマンドロスが一番わからなかったです。
アナクシマンドロスの箴言について、「生成と消滅について、自然・道徳の観点が混在して語られている」という通常の解釈に対して、ハイデガーが、「ここでは現前するものの現前することが語られているのであり、クレオーンは存在者の存在を言葉にする最古の名称である」といいたいという趣旨はわかります。ギリシア的理解として語られるJe-weiligesやWeile、FugeやFugといったもろもろのキーワードなどのつながりなども、昔読んだときよりはかなりイメージをつかみながら読めたような気がします。
それでもなお、やはり、ぴんとこないんですよね。ハイデガーにおけるソクラテス以前の哲学者の評価というものがつかめていないことが一番のポイントなのでしょう。ヘーゲルやニーチェ、リルケについては一定の評価が述べられていましたが、アナクシマンドロスについてはそれがなかったようなので。もしくは、単なる見落とし?
いずれにせよ、そのもやもやした気持ちを抱えながら他のハイデガーの著作を読み進めていって、理解をより確かなものにしていきたいと思います。今後は、どのあたりを読もうかしらん。中期・後期の思索を読み進めていくのもひとつだし、『存在と時間』の周辺にたちかえるのもひとつ。あるいは、昔に読んだものを再読するほうが効果があるかもしれない。いまのところ、「ここまで読み進めよう」という目標、ひとつの区切り・ゴールのようなものが設定できていないので、それを検討したうえで次の著作に進んだほうがいいのかも・・・。【2019年3月30日読了】詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
了。
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