ブルバキ―数学者達の秘密結社 (シュプリンガー数学クラブ)

制作 : Maurice Mashaal  高橋 礼司 
  • シュプリンガー・フェアラーク東京
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レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (257ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784431709268

作品紹介・あらすじ

本書は、伝説の数学者集団ブルバキを貴重な写真資料とともに活写した、痛快きわまる、前代未聞の青春グラフィティーである。

感想・レビュー・書評

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  • 2268円購入2011-06-28

  • ニコラ・ブルバキの数学原論については、学生時代に図書館で見た事があるが、最も難しい数学書だという噂で、いつかこんな数学書が読めたらいいな程度に思っていた。
    本書の序でも明かしているが、「ブルバキ」というのは20世紀初頭にフランスを中心とする優秀な若手の数学者たちが作り上げた、架空の人物である。元々は、当時のフランスの高等教育における解析学の教科書が古すぎて満足な物がなかったため、新しい教科書を作るのが目的だった様だ。しかし、それは数学の基礎から問い直して編纂するという大事業にまで発展し、特に1930年〜1950年にかけて、世界の数学に影響を与える物となった様である。
    「ブルバキ」のメンバーには、アンドレ・ヴェイユ、アンリ・カルタン、ジャン・デュドネといったそうそうたるメンバーが顔を揃えている。それらの数学者たちが作り上げた、数学の秘密結社とでも呼ぶべき組織について、本書はその目的から当時の状況、それをとりまく様々な人物や団体、中等教育や高等教育に与えた影響まで、広範囲にわたって述べられている。
    ブルバキの魅力は、そのレベルの高さと秘密主義にある様に思う。最近、数学セミナー10月号で元ブルバキメンバーのピエール・カルチエ氏が訳者の高橋先生にブルバキについて語る記事を読んだ。ブルバキは今でも存命ではあるが、残念ながらほとんど昏睡状態であるらしい。本書は、10年くらい前に興味本位で読んだと思うが、この記事を読んで再読を思い立ち、改めてブルバキの影響の大きさを知る事が出来た。
    しかし...、こういう組織を作る事が出来る時代はもう終わってしまったのだろうか。

  • 第一次大戦後、独仏の数学界は明暗を分けた。ヒルベルト健在の独では尚も活況を呈したのに対して、ポアンカレ亡き仏ではカルタン父やアダマールといった碵学がいたにも関わらず学会は閉鎖的で、ルベーグを生んだ国なのにその積分論すら解析教本に含まれていなかった。そんな世相で数学者集団"ブルバキ"は生まれた。ベイユ、カルタン息子、シュバレーといった強烈な個性達と、完璧な物を作るという気概を持って互いの能力が相互作用し膨大な教程と考究録が編まれた。それは仏数学界にも全世界の数学にも大きな影響を与えた。しかしブルバキの選ぶテーマが恣意的であったり、数学そのものが巨大な体系となりブルバキ流の構築が不可能となった現代ではその役目を終えたのか?ブルバキの功罪を書いて好感が持てるが、刊行から15年、邦訳からも10年経っていて、本書の内容自体が古いかもしれない。

  • 数学の部分を斜め読みしたらほとんどが斜め読みだったでござる

  • ブルバキとは、1935年に結成されたフランス人の数学者の集団であり、1950年代から60年代にかけて、それまでの数学の面目を一新する大きな仕事をした。といっても、新しい理論を提唱したり、偉大な定理の証明を与えたり、長年の未解決問題を解いたりしたわけではない。ブルバキの功績は、それまで別々の分野(代数学、解析学、幾何学、整数論など)として独立に発展していた「数学」を、統一的に記述できるよう再構成し、論理的に矛盾のない首尾一貫した巨大な体系として構築したことである。私が以前書いた「言語としての数学」を完成させたのはブルバキであり、その完成は、驚くべきことにたった50年前の出来事だったのだ。

    本書では、ブルバキの歴史を紐解きながら、ブルバキが数学界に与えた影響と功罪について詳しく考察している。ブルバキの功績は上に述べたとおりであるが、その実現において、ブルバキは「一貫した数学」「公理主義」「構造主義」という3つの価値観を強く押し通した。これらの価値観に対しては、信奉者が多くいる一方で、痛烈な批判も多数存在する。たとえば、1900年代前半から急速に発展した応用数学(数値解析、確率論、ゲーム理論、最適化理論等)は、ブルバキの価値観に沿って体系化するのが困難であるせいか、彼らの「数学」では一顧だにされていない。そして、何より問題なのは、1930年代の数学基礎論における大事件(ゲーデルによる一連の結果)を意図的に無視していることである。ブルバキが再構成した数学は、集合論を基礎に据え、その公理的体系は形式的論理によって与えられているにも関わらず、である。これらの点は、本書で強く批判されている。

    私は、高校生の頃からブルバキの価値観に毒され続けている「信奉者」の一人であるので、本書を読んでもブルバキを批判する気にはならなかった(私が好んで勉強してきた数学が、ブルバキの流儀であることを知ったのは、ずっと後になってからのことであるが)。私自身、確率やゲーム理論や複雑系のような「怪しいもの」は、「(ちゃんとした)数学」としては認めたくないという気持ちが強い。数学と名のつくものは、集合論を基礎とし、すべての結果が公理から形式論理により導出されるよう、きちんと体系化されているべきだと思う。一方で、ブルバキが構築した数学と、ゲーデルの結果との関係は気になるところである。このような重要なことは、きっと誰かが研究していると思うのだが、本書では言及されていない。本書を読んで、その点だけは消化不良であった。

    まあ、誰が何と言おうとも、私が唯一憧れる学者はブルバキであることに変わりはないのである…。

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