- Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784434212819
作品紹介・あらすじ
「より速く、より遠くに、より合理的に」という近代の行動原理で展開してきた資本主義がいま、限界を迎えている。グローバリゼーションの進展によりフロンティアは消失し、先進各国は低成長時代に入った。もはや資本を投資しても利益を生まない超低金利が長期にわたって続く「利子率革命」が先進国の大半で進行し、各国の中間層は破壊され、国民国家は「資本国家」に変貌するに至っている。はたして、終局を迎えた資本主義の先には、どのような世界が待っているのだろうか。ポストモダンの新潮流を読み解く。
感想・レビュー・書評
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2021/08/10再読する
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昨今の日本の経済の低成長を経済の成熟期ととらえる点が新鮮だ。確かに欲しいものがないくらい十分豊かな日本になった。成長しないことを否ととらえ高度成長期のノスタルジー的に追い求めることは限界に達しているのかもしれない。資本主義の次なるパラダイムを提唱できる経済学者は現れるのだろうか。
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今日本の政権が躍起になっている、成長戦略に異議を唱える二人の経済学者が持論を展開。
ゼロ金利が長らく続いていることとは、もう世界にフロンティアが残っておらず、資本を投下する場所が残っていないこと。日本だけではなく世界の各先進国が同じ状態になっていることを数値・グラフを使って解説する。その状況下で起こる弊害として中産階級の下落や格差の拡大を指摘する。
「より遠く、より速く」を掲げるのではなく現実を再認識し「より近く、よりゆっくり」を提唱する。日本は失われたン十年とか言われているが、治安や自然、長寿などむしろ誇るべきものが多い。都市集中ではなく、地方文化回帰なども今後の活路の一つになりえる。 -
フロンティアを喪失した資本主義に、もはや未来は無い。資本主義を延命し、無理に成長を継続させようとすれば、中間層を周辺として蒐集せざるを得ず、その没落を招く。
江戸時代中期から後期にも迎えたゼロ成長時代を参考に、新しい社会の構築を模索せねばならない。 -
著者(水野さん)は、「より速く、より遠く、より合理的に」は近代の行動原理であり、近代システムが機能不全に陥れば、この原理をひっくり返すしかなく、「よりゆっくり、より近く、より寛容に」を前提にしたシステム(二十一世紀の「新中世主義」)を構築するこを提唱している。
二十一世紀の「新中世主義」を構築するにあたり、江戸時代中期の生活が参考になるのかもしれません。見えない時代を乗り霧には、実学重視の教育ではなく、人文系の教育が重要性がましているように思います。
著者の榊原さんは、成熟という点では日本は再優等生なのだから、「成長戦略」などといって過去の高成長をノスタルジックに求めるのではなく、成熟の果実を享受し、これを維持するこことが重要で、成熟先進国日本として世界に発信すべきと、述べている。 -
ゼロ成長は歴史の必然であり、決して悲観すべきことではない。ゼロ成長を前提に政策を立案すべきである。
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水野さんの前作を読んでからの、今作だったが前半は資本主義経済の成り立ちがメインになっており、ややわかりづらい内容。後半については対談形式になっておりこちらは読みやすかった。
結論、前作を超えるほどのインパクトは無し。やや難しい目でした。以下抜粋
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・超低金利が意味するのは「実物投資空間」の消滅という意味
・一人あたりのエネルギー消費量と、労働生産性は正の相関関係が見られる
・近代にとって無くてはならない、電子機械と自動車産業で不正をしなくては利益が得られなくなったということは、近代の成長メカニズムが破綻したことを意味する。
・株価は上がっても賃金は下がっていく。
結局株を持っている人だけが恩恵を受けている。 -
水野氏の視野は相変わらず広く、大きな地図を読む者に提供してくれる。