「山月記」はなぜ国民教材となったのか

著者 : 佐野幹
  • 大修館書店 (2013年7月31日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (311ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784469222326

「山月記」はなぜ国民教材となったのかの感想・レビュー・書評

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  • 2017/5/28

  • 思いの外ダイナミックな展開となって非常に面白いと感じました。まず良書指定、ってところからして、山月記は戦後社会の荒波にいきなり揉まれ、経済成長、バブル崩壊とともに個人主義となっていく中で作者の手をとうに離れていた山月記は、教育現場の中でゆるやかに変節していく。とはいえ自分もそうでしたが結局は李徴の「放蕩野郎は…」に落ち着くのが定説になっているわけで、でもそれでは文学の価値を測る尺度としてどうなのかもありますし、教育の底なしっぷりときたら…。

  •  弟の死をきっかけに物語の語り手となり憑き物が落ちて語らなくなったシャクは煮て喰われた。自らの木乃伊に出会って前世の記憶が甦ったパリスカスがしゃべるあらぬ譫言は波斯語ではなくみな埃及語であった。詩人として名を残すことに執着して声を操る李徴は文字を書き残せない虎になった。文字で世界を了解する災いを発見したエリバ博士は書籍の下に圧死した。

    『「語り論」とは、簡単に言えば、物語内容がどのように語られているかを問題にし、さらには、その語り方(仕組み・仕掛け)が聴き手や読み手に及ぼす影響を考察するものだ。「山月記」で争点となっているのは、地の文の語り(「隴西の李徴は~」)と李徴の語りとの関係である。そこに、袁傪という聴き手や読者がどう絡んでいるのかが問題となっている。』213頁

  • 新着図書コーナー展示は、2週間です。通常の配架場所は、3階開架 請求記号:375.84//Sa66

  • 佐野幹『「山月記」はなぜ国民教材となったのか』大修館書店、読了。戦後日本の国語教材の定番とは中島敦の『山月記』、教科書掲載最多回数の記録を持つ。本書は203の教科書と学習の手引きを取り上げ、どのように教えられてきたかを浮かび上がらせる。著者は高等学校教員。授業での違和感が本作へと結晶した。

    自身の記憶を辿れば、国語教育における本作の翠点とは「李徴が虎になった理由」で、その模範解答は「李徴に人間性が欠けていた」こと。青空文庫で本作を読み直したがそれ一つには収斂しない http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/card623.html

    教育の利益誘導は山月記に限定され得ないが、問いに対する正しい一つの答えという「信仰」は学校教育内に留まらない。文化を受容・解釈することのひな形を教育が設定するからだ。文学を読む、絵画や演劇を鑑賞することに模範解答を求めてはいないだろうか。


    本書は『山月記』が「国民教材」へと定着し、特定の模範解答に収斂しゆく過程を明かにする力作だが、その本作の射程は私たち自身の事柄であろう。教育とは何か、考えさせられる一冊である。

  • 「国語教材は実際どのような基準で選ばれているのだろう?」
    そう立ち止まって考えることが、意外にも私にはこれまでなかった。
    「山月記」がほとんどの教科書で採用されている理由についても、
    「多くの人の心に強く訴えかけるものがあるからだろう」
    と単純に考えていた。
    もちろんそれは大きな原因の一つだと推測できるけど、しかしそれだけではないのだと、この本に教えられた。

    教育者たちの教材観とは、つまるところ国語教育の目的そのもの。
    そこには、読解能力と人間育成どちらを第一にすべきかという悩ましい問題がそびえたっていて、
    社会、世論の考え方の変遷とともに指導要領もまた大きく変わってゆくため、
    現場の教師はそれに対応するべく苦労を重ねてきた…そうした歴史の流れが見えてくる。

    作中の一文にある李徴の「欠けるところ」。
    それを授業のなかでどのように取り扱っていくかという問題だけで、
    ・課題学習の一環として
    ・生活概念の獲得として
    ・研究者的作品観によって
    などいろいろな見方がある。
    このめんどくささも、教育の奥深さの一端という感じだ。

  • 中島敦の『山月記』。
    たぶん、ほとんどの人が高校の「現国」の授業で学習している小説。
    検定制度、各時代ごとの学習指導要領、数例の授業報告、などのさまざまな視点から、「定番教材」化していく過程を丁寧に述べている。

    国語が現代文(いわゆる「現国」)と古典に分けられた状況、課題学習と生活学習との対立など、時代状況をふまえて考えることで、「国語教育がどのように変わってきたのか」浮かびあがってくる。

    教育関係者はもちろんだが、教えることについて考えたい人に、是非読んで、そして、考えてほしいと思う。「小説を読むとはどういうことか」ついて考えたい人にもおすすめ。

    良書。

  • 【配置場所】工大選書フェア【請求記号】375.84||S【資料ID】91132521

  • 請求記号:375.84
    資料ID:50072644
    配架場所:図書館1階西館 学生選書コーナー

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