山伏入門: 人はなぜ修験に向かうのか? (淡交ムック)

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  • Amazon.co.jp ・本 (135ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784473021076

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  • 内田樹先生と藤田一照老師の対談の中で、行という取り組み方の説明があった。その中で、人間のあらゆる行動は、行となりうるという説明の中で、科学という探究活動も行となり得るという発言があった。

    自我を去り、比較や被査定の次元を離れて、未知に向かって道をあゆむこと。歩み方としては、言葉やテクニックから入るのではなく、五感を使って身体的に、呼吸も含めて、師匠を真似て肉薄するという、修行をすること。それにより、調い、人ならざる大悟や強さにつながる。
    そんな話があった。
    全てが行として実践し調え得るのであれば、人と人の関係や、チームビルディング、商売などの営利活動、ひいては自然と共存する社会のあり方にも、行としての活動の仕方があるのではなかろうか。

    行として、
    ネイティブ・アメリカンや里山、先住民の自然観、それらを守るセイフガードなどの社会のあり方、
    個人として自然と向き合い調和する山伏の生活、禅的自然の生き方、
    をもっと深めていきたいとおもう。

    この本も、上の様な意識から読みたいと思う。

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著者プロフィール

京都聖護院門跡 第52世門主
1931年生まれ。京都 聖護院で得度受戒。1945年龍谷大学卒業後、新聞社に勤務。
1957年7月退社。後に奥駈修行に参加し、修行とは若さだけで歩けるものでないことを痛感。以後奥駈のみでなくわき道の調査や全国の国宝、葛城山脈の経塚調査にも集中。
1974年~2003年聖護院執事長、1985年以来本山修験宗宗務総長、同年より龍谷大学短期大学部講師(非常勤)、2000年より龍谷大学文学部客員教授。京都仏教会常務理事

「2012年 『動じない心』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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