江戸→TOKYO なりたちの教科書: 一冊でつかむ東京の都市形成史

著者 :
  • 淡交社
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本棚登録 : 149
レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (299ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784473041708

作品紹介・あらすじ

〈江戸は、どのようにして「東京」になっていったのか〉〈これ一冊で都市・東京の歴史変遷のポイントが押さえられる!〉

台地と低地、海と湿地と川がおりなすダイナミックな地形を活かして作られた「坂と水の町」東京。徳川幕府による計画、大火や地震などの災害、文明開化、戦争、高度成長など、現在の発展の前には、都市が劇的に変革する数多の大きな起点が存在していました。それらのプロセスや出来事の重要性を、古地図・史料・風景写真、そして現代のまちを歩いて得た知見などを交えつつ、「ブラタモリ」にも出演した都市形成史の専門家がわかりやすく解説します。オリンピックを控える今、江戸の町と現在の町の利点・難点を比較し、未来の町づくりを考えるきっかけとなる一冊です。

感想・レビュー・書評

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  • 江戸時代から現在にかけて、東京という地域がどのように形成されていったかがわかる本。日本史の授業では政治史に目がいって、なかなか取り上げられない題材だけど、東京圏に住んで13年、ある程度土地勘もあるなかで読むと面白い。町歩きがしたくなります。

    本書を読んで強く感じたことは、東京の歴史は火事と切っても切り離せないということ。これだけ何度も何度も火の海になった地域というのはなかなか無いだろうし、それをきっかけに変わってきたこと、そしてなぜ丸の内いまが栄えているのかというのもわかります。

    以下、面白かった部分のサマリー。

    ◆江戸は大火の繰り返し
    江戸時代の間(1601-1867)に大火は49回も発生しました。他の大都市と比べると、京都9回、大阪6回、金沢3回というから、その差は歴然です。小さな火事も入れたら1798回発生したという記録があります。冬場に乾燥した強風が吹くのが原因なんですが、「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉のとおりですね。
    どれくらい燃えるのかというと、明暦の大火では、西は今の飯田橋駅から東は浅草橋あたりまで、南はお堀の東を回って増上寺まで焼失します。80日間連続で雨が降らず、3日間燃え続け死者10万人を出しましたので、相当な被害を出します。
    あまりにも火事がひどいので、内風呂を作る家はほとんどなく(その代わり銭湯が繁盛)、火を焚けるのは18:00ころまでと定められ、冬場は妻や子どもを郊外の実家に疎開させる家もあるくらいでした。

    ◆大阪遷都論を乗り越えて
    江戸幕府崩壊後、首都の本命は実は大阪でした。前島密(郵便制度の創設者)という人が、対蝦夷の地政学であるとか、手狭な大阪と比べて江戸城と武家屋敷跡が利用可能であるとか、港も作りやすいといったことを訴えて、なんとか東京遷都が実現します。大阪が首都だったら、今はどうなっていたでしょう。

    ◆鉄道網
    日本の鉄道は明治中ごろまでに全国でくまなく張り巡らされますが、東京都心への鉄道乗り入れはまだでした。
    東海道本線:新橋まで
    東北本線:上野まで
    中央本線:御茶ノ水まで
    総武線:両国駅まで
    新橋ー上野間(5.5km)を通す高架線工事は、明治22年に計画されていましたが軟弱な地盤から工事が難航します。明治33年着工で東京駅完成は大正3年。大正14年にようやく全線開通です。そのころから丸の内には巨大ビルが建ち始め、東京の中心地となっていきます。大正中期には今と変わらないような電車通勤の風景ができあがりました。

    ◆関東大震災
    大正12年9月1日、関東大震災が発生します。揺れも大きかったのですが、正午少し前に発生したのであちこちで火災が発生。東京都心の広範囲が焼失してしまいます。ここで丸の内は運良く消失を免れます。すると官庁が丸の内に移転し、銀行や会社の事務所も丸の内に集約するようになり、「帝都復興」の中心となります。

    ◆東京大空襲
    昭和20年3月と5月に東京大空襲がありました。またもや東京都心の広範囲が焼失してしまいます。この時も丸の内は焼失を免れます。これは、米軍が統治拠点を意識してあえて丸の内を残したと言われていて、実際に日比谷の第一生命本社をGHQが利用しています。

  • 同著者の講談社文庫「銀座を歩く 四百年の歴史体験」が面白かったのでこちらも。知的好奇心を大いに刺激させられた。続編も購入決定。

  • 江戸時代前から江戸時代・明治・大正/関東大震災後・昭和戦前・戦後・現代までの江戸・東京がどのような町→都市に変遷していったのか図版や写真で説明してくれている一冊です。

  •  江戸で大火となるケースは、江戸市街の北側からの出火です。北からの強い風に煽られ、大火になります。神田川沿いにあった神田佐久間河岸あたり一帯はもともと大名屋敷や旗本屋敷が置かれていたところでした。大火の度に、武家地が外に出され、跡地が町人地化します。この神田佐久間町は、江戸時代に幾度も火事の火元となり、「アクマ町」とも呼ばれていました。(p.78)

     経済効果としても火事が大きく影響します。大火で焼失した江戸の再建には江戸をはじめ全国の物価変動や景気動向に影響を与えるほどの資材の調達量と、それを得る莫大な金が動きました。皮肉なことに、多発した江戸の火事は江戸時代の経済成長を支える大きな要因の一つだったのです。明暦の大火後に材木の大量買い付けを行い、江戸の建築作業を請け負った河村瑞賢など、大火を契機に富を築く商人もあらわれました。(p.79)

     地方の人が多くなったとの指摘には、銀座に相次いで出店するデパートの存在があるかもしれません。デパートは、大正13(1924)年に松坂屋、大正14年に松屋、昭和5(1930)年に三越と、銀座通りに大規模な店舗をッカマエます。デパートによって、銀座の商圏もぐっと広がりました。地方と東京が鉄道で結ばれ、デパートという地方の人も気軽に入れる目的が銀座にでき、憧れだった銀ブラもついでに楽しめたはずです。(p.213)

     高度経済成長以降、ターミナル駅が巨大化するなかで、駅とセットになったデパートが大規模化しました。近年の傾向としては、地下鉄駅とセットになり、超高層ビル群を建設する再開発があります。超高層ビルの地下は地下鉄駅と直結する地下商店街となり、長江ビルへ地下から人々を誘導します。六本木の東京ミッドタウンなどがあげられます。また、単に地下通路だった場所が再開発に伴い、超高層ビルの地下商店街と再開発で一体化し、日本橋にあるコレドのように地下街として生まれ変わったケースも見られるようになりました。これからも、地下が地上とは異質の巨大都市空間に変貌しつつあるように思われます。(p.272)

  • 東京をより知るため

  • 請求記号:213.6/Oka
    資料ID:50086057
    配架場所:図書館1階東館 め・く~る

  • 東京の昔から今の変遷が書かれてある内容です。
    江戸城を中心として、どのように町割りがなされていったか
    また、その町割り、掘割で町人町、大名屋敷等が
    その後どうなったかというのがわかりやすく、
    面白い内容であったと思います。

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著者プロフィール

都市史学者

「2019年 『江戸→TOKYO なりたちの教科書4』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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