ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質

制作 : 望月 衛 
  • ダイヤモンド社
3.70
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本棚登録 : 2736
レビュー : 239
  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784478001257

作品紹介・あらすじ

歴史、哲学、心理学、経済学、数学の世界を自由自在に駆けめぐり、人間の頭脳と思考の限界と、その根本的な欠陥を解き明かす超話題作。

感想・レビュー・書評

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  • 読むにはちょっと体力と時間とアタマが必要な本。ページ数は決して多くないですが、読み込んで本を閉じるのに数日かかりました。でも、まだ全部は読めてない感じ。そのうち、また戻ることになりそうです。

    人が「想定外」「ありえない」という事態に対していかに弱いか、そういった事態に直面した時にどうやって理由を後から作り上げていくか、それによってどのように認識を誤っていくか、ということが詳しく述べられています。というか、詳しすぎてたまに話がよく分からなくなります。この辺をストンと理解するには、本をしっかり読むスキルのようなものが求められてくると思います。

    何かを「予想」する時に陥りがちな間違いをクリアにしてくれるという点で、非常に面白い本です。ただ、すでに何度か書いたように、読むには読書の作法のようなものが不可欠。そう考えると、この本に書いてあることを掴めるようになることで、読書力がアップするかもしれません。
    そう考えると、時間のある時にじっくり向き合うべき本だと思います。

  • 『プロローグ』
    ・オーストラリアが発見されるまで,旧世界の人たちは,白鳥といえばすべて白いものだと信じて疑わなかった.経験的にも証拠は完璧にそろっているように思えたから,みんな覆しようのないくらい確信していた.はじめて黒い白鳥が発見されたとき,一部の鳥類学者は驚き,とても興味を持ったことだろう.この話は,人間が経験や観察から学べることはとても限られていること,それに人間の知識はとてももろいことを描き出している.
    ・この本でブラック・スワンと言ったら,①異常であること.②とても大きな衝撃があること.③異常であるにもかかわらず,私たち人間は,生まれ付いての性質で,それが起こってから適当な説明をでっちあげて筋道をつけたり,予測が可能だったことにしてしまっている.

    『第1部 ウンベルト・エーコの反蔵書,あるいは認められたい私たちのやり口』
    『第1章 実証的懐疑主義者への道』
    ・私たちの頭は,ほとんど何でもつじつまを合わせられるし,ありとあらゆる現象に山ほど説明をつけられる.その一方で,予測なんかできないという考えはほとんど受け入れられない.戦争のときに起こったことには道理なんてない.
    『第3章 投機家と売春婦』
    ・月並みの国(格差が小さい)⇔果ての国(格差が大きい).果ての国では,一つのことがすぐに全体に圧倒的な影響を及ぼしてしまう.この世界では,データからわかったことはいつも疑ってかからなければならない.月並みの国では,データから分かることは情報が入る度に急速に増えていく.でも果ての国では,データを積み重ねても知識はゆっくりと不規則にしか増えない.
    『第5章 追認,ああ追認』
    ・最初から目に見える一部に焦点を当て,それを目に見えない部分に一般化する.つまり追認の誤り.「テロリストはほとんど皆○○教徒だ」と「○○教徒はほとんど皆テロリストだ」は異なる命題だ.
    ・裏づけを求めて犯す誤りに弱い私たちの傾向を,認知科学者たちは追認バイアスと呼んでいる.「2,4,6」.意味する数列を被験者が新たに提示し,一般化する.答えは,「数字は小さい順に並んでいる」,それだけだ.正解にたどり着いた被験者はほとんどいなかった.被験者は,なんらかの法則を頭に思い浮かべるが,自分の仮説に合わない数列ではなく,合う数列ばかり作ることに気付いた.
    『第6章 講釈の誤り』
    ・私たちが講釈に陥りがちな大元の原因.①情報を手に入れるにはコストがかかる.②情報を溜め込むにもコストがかかる.③情報は複製したり取り出すにもコストがかかる.3つにいえることは,生の情報よりパターンのほうが小さくまとめられる.
    ・ここまでは,黒い白鳥を見えなくしている原因として,追認バイアスと講釈の誤りの二つを検討した.
    『第8章 ジャコモ・カサノヴァの尽きない運』
    ・物言わぬ証拠の問題.神を信じて溺れた信者は,自分の経験を語ることはできない.
    『第1部のまとめ』
    ・私たちは,起こったことには敬意を払い,起こるかもしれなかったことはそっちのけだ.だからこそ私たちはプラトン化する.
    ・今後の展開に橋渡しをしておこう.不確実性を相手にするなら,「焦点を絞る」なんてことは必要ない.「焦点を絞ってしまう」とカモになる.

    『第2部 私たちには先が見えない』
    『第10章 予測のスキャンダル』
    ・この章で論じる題目は二つ.第一に,自分は何を知っていると思っているかという件では,私たちは明らかに思い上がっている.第二に,そういううぬぼれが予測に関わるあらゆる活動にどんな影響を及ぼすかを見る.
    ・①意思決定をするときの方針は,結果の期待値そのものよりも結果がとりうる範囲のほうで決まる.②予測は,遠い将来のことになるほど質が悪くなることを勘定に入れない.③予測される変数のランダムな性質を見誤る.

  • ぴりっと効いた著者のユーモア?ブラックジョーク?にはとにかくドキドキさせられてしまう。統計学の使い方とバイアスについてよく説明されていると思う。

  • データベースマーケティングやデータマイニングの話を聞くたびにぼんやりと感じていたモヤモヤを解消してくれた。

    予測の根拠(最近はAIが分析するので根拠すら示されないが)として統計的な説明がなされるのだが、そもそも確率統計の教科書は赤玉白玉での説明からスタートしており、数学での説明が成立する世界を前提にしている。

    したがって、数学的に計測できる要素が大量に出現する、製造ラインや機械の故障診断や不良発生率の問題については統計は役に立つと思うのだが、そもそもの要素が計測できているか怪しい人間の購買行動や意識調査データを数学的に分析することは適切なのだろうか。

    著者は、予測などできない(意味がない)世界「果ての国」と、おおまかな予測はできるかもしれないが、それでも異常値は発生する世界「月並みの国」のたとえで、我々の住む世界はほとんどが不確実なもので、予測できるものはごくわずかな部分にすぎないことを指摘する。

    にもかかわらず「予測」という行為に惹きつけられてしまう人間の性質を、心理学の実験や進化論、プラトンのイデア論から始まる思想史に触れて考察するくだりは非常に面白い。

    それにしても血液型占いのような迷信は真に受けなければよいだけだが、高尚に見える数学モデルで世の中を解明した気になって、政策決定に悪影響しか与えていない「経済学者」は本当に有害無益な存在だ。

    ケインズが新古典派経済学者をキャンディードのたとえで「頭の中で考えたモデルと現実をごっちゃにしている」と批判していたが、そこから何も進歩していないのが悲しくなる。

  • 『ファスト&スロー』p.349「講釈の誤り(narrative fallacy)」

  • 世の中の・・・
    わかったふり、知ったかぶりをする方々へ一発お見舞いする本であり・・・
    不確実性が増しまくって何だかよく分かんない現代を楽しむためのバイブル・・・

    これは突き刺さる・・・
    原著は2006年なんですが・・・
    サブプライムローン問題からの世界金融危機を見破っていた・・・
    そしてその原因と言うか、本質を見事に突いていた本・・・
    だからと言って単なる経済の本かってーと、そんなこともなく・・・
    人間というものについても考察している本です・・・

    世の中に専門家と呼ばれる人っていっぱいいるじゃないですか?
    例えば・・・
    今日日本株が下落したのはこれこれこういう理由です。
    宝塚記念でドゥラメンテが負けたのはドバイからの休み明けだったせいです。データ通りでした。
    為替は2015年末に130円まで円安が進むだろう。
    イギリスの国民投票は最終的には残留派が勝つだろう。
    とかね、いろんな数字やグラフなど統計やデータを駆使して、もっともらしいことをいくらでも話してくれる優秀な専門家がいっぱいいらっしゃいますよね・・・
    で、ボクらも、そんなもっともらしい話を聞いて・・・
    あーそうだよね!
    そうだと思ったんだ。
    ふむふむ、なるほどなるほど。
    と、いうように分かった気になってしまう・・・
    ボクたちはもっともらしいストーリーに弱く、なるほど納得となってしまうわけです・・・
    でもね・・・
    知識や経験とか過去や現在のデータとか統計などで、そんなに簡単になんでもかんでも分かるわけないじゃん・・・
    世の中には有り得ないことが起こっているんじゃんか!
    と、著者はバッサリ斬ります・・・
    で、中でも破壊的な有り得ない出来事を本書ではブラックスワン【黒い白鳥】と呼ぶ・・・
    事前に予測出来なくて・・・
    でも、それが起こると世界がひっくり返るほど影響与えて・・・
    でも、起こった後からだと、さも予測出来てたみたいに説明出来ること・・・
    それがブラックスワン・・・
    世の中にはそんなブラックスワンが潜んでいる・・・
    しかしその定義上、見えない処に潜んでて、どんなブラックスワンがいつ出てくるか、ボクらには気づくことが出来ない・・・
    そしてひとたびブラックスワンが出てくると世界にどエライ影響を巻き起こすのだけど、前もって気づくことはできないのだけど、ブラックスワンが出てくることは覚悟しておくことは出来る・・・
    ブラックスワンが潜んでいることを覚悟しとけ!
    そして上手に付き合え!
    と、著者は言います・・・
    ブラックスワンが出現して世界がクラッシュするならするで、それによって利益を得ることもできるじゃない・・・
    それになにも悪いブラックスワンだけではなくて、良いブラックスワンだって現われる・・・
    予測できないイノベーションが起こって、世界が発展するということだって何度もあったわけだし・・・
    そしてそもそも、ボクたち自身もブラックスワンの賜物だったりする、と・・・
    何故なら、この広大無辺の宇宙の中でこうして生きてるだけで・・・
    それはそれはとんでもない不確実性の中からここまで来ているわけで・・・
    それはそれはとってもラッキーなことなわけです・・・
    未来なんか不確実性がありすぎて予測出来ないし・・・
    悪いことも起こるけど間違いなく良いことも起こる・・・
    だから・・・
    あんまりちっちゃいことは気にしなくてもイイんだよ・・・
    という哲学の本でもあります・・・

    もちろん経験やデータや確率論、統計などはとても大事です・・・
    様々な主張の裏づけに必要だし、そういったもので分かることも多いし、予測に役立つことも多い・・・
    というか、むしろ用いないとヤバいことが多い・・・
    だけども、それですべて予測ができるわけではないし、ブラックスワンの出現を防ぐことはできない・・・
    不確実性が満ちている現代では、ブラックスワンが存在するということを肝に銘じておかないといけませんな・・・
    当たり前と言えば当たり前の話ですけどね・・
    でも面白いからオススメな本・・・

  • 賢者とは遠い将来に起こることなんか見るもんじゃないと知っている人のことだ。
     
    主張の根拠として判例を用いることがあります。もちろん、それは自分の主張を正当化できる判例です。ここで、本書にいう「『黒い白鳥がいる可能性があると示す証拠はない』と『黒い白鳥がいる可能性はないと示す証拠がある』」の混同が問題となります。

    つまり、いくら自分の主張を正当化できる判例を並べてみても、自分の主張とは正反対の判例が存在しないことの証明にはならないのです。時代によって判断基準が変わる特許の世界ではなおさらかもしれません。

    ただし、経験則で主張してくる年配者に対しては有効ではないかと思っています。経験則は事実に基づくものかもしれませんが、一般化されてしまっており、必ずしも事実を語っていることにはならないからです。下手に一般化すると、異常値を感知できなくなる恐れがあるので気をつけたいところです。
     
    「専門家は、自分がたまたま当たった時は自分の能力のおかげといい、外れた時は異常なことが起こったと言い訳をする。」特許の世界ではこうではないでしょうか、「晴れて権利化された時は自分の手柄のように振る舞い、拒服した時は発明の質のせいにする。」

    自分は基本的に権利化されても自分の手柄だとは思えません。いままで携わってきた案件で自分の力が権利化に繋がったと思えるものは皆無だと思います。逆に足を引っ張った案件の方が圧倒的に多いでしょう。

    今のところ自分の業務の役割の一つは「発明の質を向上する」のではなく「発明の邪魔をしない」ことだと思っています。発明の言語化は、得てして発明者の意図から外れることになるからです。

  • ブラック・スワン、通常の確率の考えからは漏れてしまうような事象についてのエッセイ。ブラック・スワンは次の三つによって特徴付けられている(p.4)。(1)その事象が起きるより前には予測不可能であること。(2)起こってしまった際には影響が重大であること。(3)その事象がなぜ起こったのか、事後に説明可能であること(その説明が正しいかどうかは別として)。

    著者はブラック・スワンを事前に見えなくしてしまう我々の認知的バイアスについて語り、また事後にブラック・スワンの説明を求めてしまう我々の認知的性向を語る。これらを著者は、追認バイアスと講釈の誤りとして特徴付けている(p.161)。様々な判断において我々は推測を行うが、早々に一つの推測に絞りがちである(「トンネル化」すると言われている)。このとき、その推測に対して我々は証拠となるものに注目しがちであって、反証する事象には目を向けない。その推測が正しいかどうかが分かるのは、証拠がいくつあるかではなくて、反証するものが無いかどうかのはずだ。証明と反証を取り違えることが追認バイアスと呼ばれる目立つものと実証されたものを区別することが重要である(p.241)。また、過去に起こった事象について、我々はすぐにうまくいくような説明を見出してしまう。成功者の話などがこの典型である。これが講釈の誤りと呼ばれる。私たちは後ろを振り返るときに優れた性能を発揮する機械なのである(p.42)。

    著者が主張しているのはブラック・スワンを重要視して、従来の(「月並みの国」の)分析や判断を放棄することではない。リスクを取ることそのものを否定しているのではなく、何も知らずに取ることを諌めている(p.213)のである。管理されたベル・カーブの世界で判断された確率で済むわけではない。これは「お遊びの誤り」(p.232f)と呼ばれている。視野の狭いハリネズミから頭の開かれたキツネになることを語っている(p.274f)。とはいえ、過去のデータに基づく統計分析に依拠しているような判断を嗤う著者の姿勢は、そんな分析などすべて捨ててしまえと述べているように見える。おそらく、我々が思うほど、過去のデータに基づく分析が通用しない領域(「最果ての国」)は広いということだ。

    ただし、本書はエッセイであって厳密性を求めた論文ではない。著者も認めるように、この本は物語であって矛盾が多い(p.20)。著者がブラック・スワンと言う事象についても一貫性があるとは思えない。その辺りが自分にはやや読みにくい。ひとつ言えば、著者は講釈の誤りをはじめとして、ブラック・スワンを見えなくする我々の認知的システムは、カーネマンのシステム1によると述べている(p.159)。だが月並みの国の統計的事実は、システム1には馴染みのないものだ。3つのサイコロを振って425と出た時よりも、111と出た時のほうが何か特別な感じがする。統計的には同等の事象だが、システム1はここに意味を読み込んでしまう。月並みの国のなかに、統計的事実とヒューリスティックな疑似因果的事項を分けるべきだ。また、確かに直観的にブラック・スワンを排除してしまうのはシステム1だろうが、講釈の誤りはシステム2にも原因が大きいように思われる。システム2こそ、原因と結果の枠組で説明を求めるものだ。平均への回帰(Regression to mean)はシステム2にも対処しづらいものだとカーネマンも書いていた。システム2をうまく使えばブラック・スワンを考慮できるのだろうが。

  • ひとことで言うと、例外はなくならないということでしょうか?

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