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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784478002100
みんなの感想まとめ
時代の変化と社会の未来について深く考察した本書は、1993年の発刊にもかかわらず、現代にも通じる先見性を持っています。著者はポスト資本主義社会を、知識人と組織人の時代として捉え、社会、政治、知識の三つ...
感想・レビュー・書評
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ドラッカー名著集 8
ポスト資本主義社会
著:ピーター・F・ドラッカー
訳:上田 惇生
出版社:ダイヤモンド社
良書、共産主義でも、資本主義でもなく、現代が突入している世界は、ポスト資本主義である
それは、知識社会といわれる
1993年の版とは、ちょっと目次がちがっています。あらためて読み返しました。索引がついているのもいい。
まず、これまで、ヨーロッパが歴史的な転換点をへてきたことが語られる
13世紀 都市中心の社会、ギルドの出現、遠距離貿易、ゴシック様式
15世紀 印刷革命、宗教改革、ルネサンス、スペイン常備軍の創設 など
18世紀 産業革命、資本主義、共産主義の出現
19世紀 ベルリン大学設立、普通教育の開始、ロスチャイルド家の興隆
しかし現代への転換点となるのが、産業革命である
1776年 産業革命
・乳幼児の死亡率の低下、平均寿命の伸長、人口増加
1880年 生産性革命
・教育訓練、肉体労働者の生産性の向上
1945年 マネジメント革命
・知識労働者の生産性向上
これが、ポスト資本主義
組織
変化のマネジメント、3つの体系を組み込まなければならない
①絶えざるカイゼン
②すでに成功しているものについて新たな展開
③イノベーション
チーム
①野球型チーム
②サッカー型チーム
③ダブルス型チーム
今日のトップマネジメントは、ダブルス型である
知的労働における生産性の向上に必要なのは、仕事への集中である、雑事の排除である
コアビジネスに集中し、他の仕事は、アウトソーシングする
国民国家
スペイン、ポルトガル
イギリス、オランダ、フランス、ロシア
ドイツ、イタリア
日本
国民国家から、メガステイトへ
経済国家、租税国家、冷戦国家
オーストリア=ハンガリー帝国、ソ連、ナチスドイツ、アメリカ、イギリス
国民国家が時代遅れになったのはなぜ
①グローバリズム(国民国家を超越した問題)
②リージョナリズム(地域主義)
③トライバイズム(部族主義)
知識社会
生産性をあげるためには
①目標を高くもつこと
②焦点を絞ること
③変化の機会を体系的にとらえること
高度の基礎知識の必要性
教養ある人間へ
そして、これから起きる最大の変化は、知識における変化であること
目次
日本語版へのまえがき
序章 歴史の転換期
第1部 社会
第1章 資本主義社会から知識社会へ
第2章 組織社会の到来
第3章 資本と労働の未来
第4章 生産性
第5章 組織の社会的責任
第2部 政治
第6章 国民国家からメガステイトへ
第7章 グローバリズム、リージョナリズム、トライバリズム
第8章 政府の再建
第9章 社会セクターによる市民性の回復
第3部 知識
第10章 知識の経済学
第11章 教育の経済学
第12章 教養ある人間
訳者あとがき
参考文献
索引
ISBN:9784478002100
判型:4-6
ページ数:304ページ
定価:2000円(本体)
2007年08月30日第1刷発行詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
1993年作と著者の著作の中では比較的最近のものになります。その頃はといえば、自分はまだ学生時代でバブルの時代を経て、バブルの崩壊もぴんとこないまま、ぼんやりと無自覚に楽しく生きていた時代です。世界では、共産圏が崩壊して少し後ですね。
そこで『ポスト資本主義社会 (Post-capitalist Society)』です。
この前後数十年を歴史の転換期と位置づけ、様々な視点で時代を論述しています。構成は大きく、I部:社会、II部:政治、III部:知識、と整理しています。その中で、年金や社会格差など最近でも大きな話題になっている問題も取り上げられています。かなり以前から強調していた、新しい形の"コミュニティ"の重要性や、"知識社会"の到来とその意義を論じられています。相変わらず面白いですね。
日本についても多くの言葉を裂き、バブル崩壊後にも関わらず基本的には日本に対して高い評価を与えています。それに応えるだけのものを実現しているか、失望させてはいないか、気にかかるところです。 -
▶図書館にあり。
●2025年12月14日、Twitterで前澤友作さんのツイート通知がきた。「超富裕層を2,000人を迎賓館に呼ぶので話しませんか」という内容。チャットGPTに、「お金持ちから絞るのではなく、伸ばすという視点でおすすめの本ないか?」と質問しておすすめされた本。
前澤さんのツイート:
「とりあえず超富裕層2,000人を迎賓館にでも集めて懇親会的なパーティーでもしません?そこでいろんな意見出そうだし面白そう。もちろん参加費出しますので。」
https://x.com/i/status/1999663063776280976
ヤフオクで帯なし、780円。 -
2017年に本書を初めて読みましたが、とても感銘を受けました。1993年に発刊された本とは思えませんでした。ドラッカーは本書の中でポスト資本主義の世界は知識人と組織人の時代だと述べていますが、本書で度々登場する「組織」を「ネットワーク」に置き換えて広義に解釈すると、2017年でも十分に説得力があると思います。ドラッカー自身が「日本語版への序文」で述べているように、本書を通じで日本びいきの表現がかなり多いのは気になりましたが、まだバブル崩壊直後で、日本がそれなりに評価されていた時期だったということでしょう。
逆に言えば、2017年の日本の状況をもとに本書を読むと、日本がドラッカー氏の主張する知識社会に移行しているのかは大きな疑問を感じました。つまりドラッカー氏の期待に日本は応えられていないということです。そしてその大きな理由は社会人教育がうまくいっていないことだと思うのですが、これは教える方(教育機関)が悪いわけではなく、むしろ我々日本人(社会人)がスマホゲームやSNSなど教養を蓄積するのとは程遠い生活を日々送っていること、読書などよりよっぽど楽しいアクティビティに満ち溢れているということで、しかしドラッカー氏の言うようにそんな誘惑に囲まれていても教養を蓄積し、現実社会に生かす人物がこれからの知識社会での中心人物になるのだとは思います。本書とても興味深く読みました。 -
『LIFESHIFT』に書かれてたことも、『ホモデウス』に書かれていたことも『ティール組織』に書かれていたことも『学習する組織』に書かれていたことも既に、この一冊に書かれていた。圧倒的先見性。必読です。
一方で
ポスト、といえるのだろうか。資本主義社会の資本の中身が変わってきたよね、レベルの話?? 広井良典さんの定常型社会、緑の福祉国家や『資本主義の終焉』のほうがよっぽどしっかり論じられているような、、、
とも感じました。
また、『マネジメント』、『非営利組織の経営』、『プロフェッショナルの原点』を読んでいたら、新しく得られるものが少ないかもしれません。 -
ドラッカー名著集〈8〉
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またしても自分には難しすぎたわけだが。
90年代までが労働者と資本家に分かれた資本主義で、現代がポスト資本主義で知識社会、って感じの話だった。
今が資本主義で、その後何が起こるかの話だと思ってたけど違った。
知識あるいは知力それ自体が労働力そのものとなることは今日極めて常識的だが、90年代でさえ一般的ではなかったとのこと。 -
数世紀続いた資本主義が終わりつつあるのではないか、という気分の今日この頃、冷戦終結後、つまり「共産主義」後の93年に書かれたドラッカーの「資本主義」後の社会論を読んでみる。
が、驚くべきことが書いてある訳ではなく、これからの社会では、「資本」ではなく「知識」が中心となる、という、今となっては、常識に属する事かな?
といっても、93年にこれが常識であったかというと、そうではないわけで、ドラッカーの慧眼に改めて感服する、ということなのだろう。
だけど、今読んでも面白いなと思ったポイントは、
・ブローデルの見解などを踏まえつつ、数世紀にわたる資本主義の歴史的なパースペクティブのなかで議論されていること
・資本主義だけでなく、国民国家という政治体制についても、議論がおよび、ポスト国民国家というパースペクティブがあること
・そのなかで、マルクスやケインズ、そしてテイラー(ドラッカーによれば近代を作った人間の一人)などの思想家の位置づけがなされていること
・そして、社会論だけでなく、個人としてのあり方、教養のあり方について論じてあること
などである。
知識社会においては、当然、知識が中心なので、知識人、教養が大切。今日における教養とは、古典に関する知識ではない。専門的知識を除外しての教養とはありえない。なぜなら、社会において価値ある知識とは専門知識だから。
が、専門知識それ自体は、教養ではない。教養とは、自分の専門知識以外の専門知識を理解する能力のことである。
そして、そうした能力なしには、自分の専門知識それ自体もほとんど意味がなくなる。なぜなら、他の分野での新しい知識によって、自分の分野で革命的な変化が起こるということが、今日では、常態であるからだ。
これまた、当たり前のことだが、そのとおりだと思う。 -
ポスト資本主義
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1993年初版のポスト資本主義を考察した著作。
前書きに著者は「本著はいかなる国の読者よりも日本人にとって大きな意味がある」とし、バブル絶頂から転落しつつある日本に未来を示唆したい思いがあったようだ。
著者最晩年に書かれた本のひとつであり、それまでの著者の総決算的な内容である。ドラッカーを読み込んでいる読者には今までの振り返りにちょどよい本で、初見の人にはドラッカーの考え方がよく分かるのではないか。
ただ、本著を「預言書」だと勘違いしては肩透かしをくい、本質を見失う。
この本は近代から現代史をその意味するところを解き明かし、足元を見据えることに主眼を置いている。そこから見えるポスト資本主義の社会や政治体制、知識そのものに関わる新しい課題を扱っている。
著者は国民国家が揺らぎケインズ理論が破綻すると慧眼にも見据えていた。そしてグローバリズムが政治社会の趨勢になる一方で同進行的にリージョナリズムやトライバリズムが国民国家の基盤を揺るがしているとしている。
時代をよく示唆した名著である。
以下印象に残った文章。
・今日では、土地、労働、資本は主に制約条件として重要である。それらのものがなければ、知識といえども何も生み出せないし、経営管理者がマネジメントの仕事をすることもできない。だがすでに今日では、効果的なマネジメント、すなわち知識の知識への応用がなされれば、他の資源はいつでも手に入れられるようになっている。
・社会やコミュニティや家族は「存在」する。組織は「行動」する。
・成功する組織は、自らの内に、自らが行っていることすべてについて体系的廃棄を組み込んでいる。数年ごとに、あらゆる工程、製品、手続き、方針について検討することをみにつけている。
・先進国は、知識労働者とサービス労働者の生産性を向上させない限り、しかも急速に向上させない限り、経済の賃貸と社会の緊張に直面する。
・今日のトップマネジメントは、テニスのダブルス型チームである。これは情報化時代において必要となり、あるいは少なくとも可能になった試みである。
・生産性向上のための最善の方法は、人に教えさせることである。知識社会のいて生産性の工場を図るには、組織そのものが学ぶ組織、かつ教える組織とならなければならない。
・組織の中のあらゆるものが、「組織と組織の目的に対して、自らにできる最大の貢献は何か」を問い続けなければならないことを意味する。換言するならば、全員が責任ある意思決定者として行動しなければならない。全員が自らをエグゼクティブと見なければならない。 -
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ドラッカー名著作集8巻
資本主義社会と言われている世の中から、社会がどのように変わっていくかを、明確に提示している本著作。それだけでなく、働く上のでの取り組みから、教育機関が今後どうあるべきか提唱している。
言うまでもなく名作です。 -
1993年と比較的近年の著書で、ソ連崩壊もあり、比較的日本が高く評価されていた時期に当たる。社会が知識社会・組織社会に代わって行き、求められることが高度化すること。政治がグローバル化する中で、統合・分化すること。そして、何より知識の重要性が説かれている。知識中心の世の中になり、そのための教育の在り方まで述べられている。ドラッカーは常に知識の重要性に触れており、それは社会としても、会社としても常に課題である。
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エキサイティング。ドラッカーは社会生態を記述する天才である。
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20110605 今の話なのだがわからない。大事な事が書いてあるのだろうが判るひがくるのだろうか。
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今まで歩んできた道とこれから。
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ドラッカー文庫
2011.05.02- -
もし時間を遡れるなら17歳の私に読ませたい。
受験勉強の中では得ることのできなかった「世の中はこれからも変わっていく」「それに自分も関わることができる」という認識を、10代の私に与えたい。
まあでも、今でも十分だったけど。
大量に引用。
それにしても日本を褒めすぎ。 -
またまたドラッカーの時代シリーズ。
社会、政治、知識とこれだけテーマの広がりを持ちつつも、どこか一本の筋が通っており、必ずドラッカーの掲げるいくつかの原理原則に集約される。
1.問題は、技術ではなく、技術を何のためにつかうかである。
2.知識は、富の創造過程の中心である。(=教養のある人間になるべし)
3.学校の目的は、継続学習である。(=日本の弱みである社会人の継続学習の場を何とかしなくてはいけない)
4.政治も、企業も、大事なことはいかに不要なものを廃棄するか。(=新しいことを始めるには、まずは棄てること)
いずれにしても、ドラッカーの本は、いつも答えがシンプルかつハッとさせられるので、いつの時代にも色あせないのだと思う。 -
相変らず、難しかったf^_^;)
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