たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する

制作 : 田中 三彦 
  • ダイヤモンド社
3.70
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本棚登録 : 894
レビュー : 98
  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784478004524

作品紹介・あらすじ

なぜヒトは「偶然(たまたま)」を「必然(やっぱり)」と勘違いしてしまうのか?確率、統計をうまく用え、日常に潜む「たまたま」の働きを理解する。

感想・レビュー・書評

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  • 楽しい本。でもワインの話、どう読んだら良いのか…高いものが美味しくて安いのがそうでもないのは、絶対だと感じているんだけど…

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「絶対だと感じているんだけど… 」
      確かに!高いモノは当り外れが少なく、安いモノは外れが多いですよね。
      「絶対だと感じているんだけど… 」
      確かに!高いモノは当り外れが少なく、安いモノは外れが多いですよね。
      2013/10/03
    • zhimeiさん
      あのワインの話は別のどこかでも読みましたが、何だかムズムズします。論文そのものを読めたらすっきりしそうですが、そこまでの読解力はありません。
      あのワインの話は別のどこかでも読みましたが、何だかムズムズします。論文そのものを読めたらすっきりしそうですが、そこまでの読解力はありません。
      2013/10/04
  • 多数回起きるイベントでは、偶然の一致が、結構な確率で起きるものだということ、人間はそれが理解できないということ。
    例えば、特定のファンドマネージャーが特定の15年間に市場を上回る成果を連続してあげる確率は約33000分の1だが、1000人のファンドマネージャーの誰かが、40年間のうちの任意の期間に連続15年市場を上回る成果を上げる確率は4分の3ほどにもなる。
    真珠湾攻撃の直前には、それを予測させる情報が多数あったのだが、現実には予測できなかった。それは、同じ時期に他の場所の攻撃を予測させる情報も同じくらいの頻度で起きており、その殆どが的はずれな情報だったからである。後知恵で見れば将来を予測できる情報も、未来の予測には役に立たない。

  • 偶然と必然を科学した一冊…と書こうと思ったが、最終章でその考えが少し変わった。

  • 日常を確率論で解釈しようとする本。なかなか難しくついていくのは苦しいが、第6章のベイズ理論が興味深かった。情報が追加されることで、確率が変化するなんて。事例を追うとそうとしかいえないが、まだ腹落ちはしない。不思議な事象だ。

  • 図書館

  • たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する

  • 全体に直訳っぽくて読みづらいのが難。でも、確率というものについて目からうろこな感じがところどころにある。

    <blockquote>P58 人間的要因による間違いの推定値はいろいろだが、多くの専門家はそれを約1%としている。(中略)
    偶然の一致と研究所の間違いはどちらもあまり置きそうにないから、両方が同時に起きる可能性は無視することができる。したがって、求める確率はどちらか一方が起きる確率であり、それは既に述べた足し算の規則によって得られ、次のようになる

    研究所が間違う確率(100分の1)+偶然の一致(10億分の1)

    P82 (双子の)二人のうち一人が女、という情報は、二人とも男であるという可能性を我々が考慮しないでよいことを意味している。(中略)そして標本空間には三つだけ、可能な結果が残る<女、男><男、女><女、女>だ。(中略)だからその確率は3分の1、あるいは33%である。これで問題文が<どの>一人が女であるかを特定しなかったことがなぜ問題なのかを理解できると思う。例えばその問題が<最初に生まれてくる子が女だと仮定すれば>二人とも女である確率はいくらか、を尋ねていたとすれば(中略)確率は2分の1、あるいは50%ということになっただろう。

    P172 かかりつけの医者が私に、10年以内に私が死ぬ確率は1000分の999であると電話で伝えてきた。(中略)
    のちにわたしは彼が次の統計データ−血液がエイズウイルスに感染していないときにHIV検査で陽性と出るのは、1000の血液サンプル中わずか1サンプル−から、私が健康である確率を1000分の1としていたことを知った。それは、彼が電話で伝えてきたことと内容的には同じであるように思えるかもしれないが、そうではない。彼は<私がHIV陽性でない場合に>私が検査陽性になる確率と、<私が検査陽性になった場合に>私がHIV陽性ではない確率とを、混同したのだ。

    P174 病気の診断検査結果を評価する際、偽陽性率を知っておくことは重要だ。(中略)しかし一方で前述の出来事は、偽陽性率を知っているだけでは、検査の有効性を決定するのに十分でないことを教えている。我々は偽陽性率とその病の罹患率がどうなっているかを知る必要があるのだ。

    P175 ベイズの理論は、Bがおきる場合にAが起きる確率は、Aが起きる場合にBが起きる確率とは異なることを示している。

    P177 法律の世界では、この<あべこべの誤謬>はときおり「訴追者の誤謬」と呼ばれている。
    (中略)我々が求めるべき確率は、二人の乳幼児がSIDSで死ぬ確率ではなく、死んだその二人の乳幼児がSIDSで死んだ確率である。

    P230 毎日パンを買う習慣があったポアンカレがパンの重さを量ってみると、広告で1000gとされているパンが平均で950gしかないことに気付いたことだった。彼は当局に苦情を言い、その後は大きいパンを受け取るようになった。
    しかしその後も彼は受け取るパンがどこか正常ではないと直感した。そこで彼は有名学者ならではの忍耐力で、それから1年間、毎日注意深くパンの重さを計った。いまやパンの重さは平均1000g近くあったが、もしそのパン屋が彼に無作為にパンを手渡しているとすれば、平均より重いパンと軽いパンの数が、誤差法則のベル曲線に従って減って行くはずだった。ところがポアンカレは、軽いパンがほとんどなく重いパンが多いことに気づいた。そこでポアンカレは、パン屋は相変わらず軽いパンを焼き続け、ポアンカレには文句を言われないようにいつも手元にある一番重いパンを手渡していたと結論付けた。
    (中略)
    ランダムネスのパターンは非常に信頼できるものであり、もし社会的データにおいてそれが破られていたら、それは悪行の証拠になりうる―これがケトレーにより偶然見出された有用な事実である。

    P234 犯罪は「ぎょっとするような規則性を持って払わされる経費のようなもの」とケトレーは書いた。
    (中略)ケトレーはニュートンを手本に、人間の行動の法則を説明する新しい「社会物理学」を作りたいと思った。ケトレーは、1個の物体はもし動きを乱されなければその運動状態を継続するように、人間の多くの行動も、もし社会的条件が変わらなければ不変だと類推した。
    (中略)しかし社会物理学が存在すると信じることと、社会物理学を定義することは別のことだ。(中略)ケトレーは、社会科学は物理学よりも天文学に似ていて、洞察は受動的観察から引き出されるとした。

    P238 ゴールトンは平均回帰を示さないようなプロセスは最終的に収拾がつかなくなることに気付いた。(中略)非常に背の高い両親は子供たちが同じように背が高くなると期待すべきではないし(中略)非常に背の低い両親は背の高い子供を期待することができるし、聡明ではない、あるいは絵が描けない我々のような人間は、欠点は次世代で改善されるだろうという合理的希望を抱く。

    P258 (ランダムがランダムに見えない!ヒューリスティクス)パターンを探し、何かパターンが見つかるとそれに意味を与える。それが人間の本性だ。(中略)我々は誰もがヒューリスティクスを使い、我々は誰もがバイアスから逃れられないのだ。

    P259 スペンサー・ブラウンが示した要点はプロセスがランダムであることと、ランダムに見えるプロセスを生成することとは違う、ということだった。実際アップル社はipodで最初に採用したランダム・シャッフリングの方法でその問題にぶつかった。(中略)「もっとランダムな感じにするために少しランダムではなくした」とスティーブ・ジョブスは言った。</blockquote>

  • 結構面白かった

  • 必読書

  • 日常に偶然がふりそそぎ、具合が悪くなるケースってあります。僕もなんだこりゃ!な時期を経験したことがありますが、それも、人生を「大数の法則」で考えれば、そのうち大きな分母の確率に収束するようなことです。大数の法則というのは、たとえばサイコロを60回振るとする。各々の目は1/6の確率ででますから、1から6まで10回ずつでれば気持ちいいですが、実際は揺らぎがあって、1が15回(1/4の確率)でて、5が3回(1/20の確率)しか出ないだとかになります。でも、サイコロを1万回くらい振れば、ピタッってくらいに各目の確率は1/6に近づくんですよね。それを、大数の法則といいます。だから、ちょっと偶然が多いときには、そういう「引きの良さ」で確率の分母の遥か下のところで当たりを引いてるな、となり、そのうちまったく偶然が起きなくなって確率が収束するだろう、とおおまかな予測がついて構えていられたりする。また、統計で考えると、こういう場合もあります。1から100までの数値のうち、真ん中のところが膨れ上がり、両端へ向かってしぼんでいくグラフを想像してください。平均を50として、どういうふうに人の運勢は分布するかみたいな図なのですが、1という位置にいるのは、まったく当たりを引けない数少ない人たち。100という位置にいるのは、当たりが引けまくる数少ない人たち。どうしても、そういう人たちって数%くらいはでてくるんです。その数%にどうやら自分ははまっているのかもしれない、という気づきを得ることは大事なんです。なぜなら、偶然という意味の無いものに対して意味を求めだすと、場合によっては病んでしまったり、へんな宗教にはまったり、ろくなことにならないからです。本書から抜き出すと、「意味が存在するときにその意味を知ることが重要であるように、意味がないときにそこから意味を引き出さないようにすることも同じくらい重要である。」となります。

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著者プロフィール

1954年アメリカ生まれ。カリフォルニア大学で博士号を取得した後、マックスプランク物理学研究所やカリフォルニア工科大学で量子力学の理論研究をおこなう。著書に『たまたま』、『しらずしらず』がある。

「2016年 『この世界を知るための 人類と科学の400万年史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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