漂白される社会

著者 :
  • ダイヤモンド社
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レビュー : 49
  • Amazon.co.jp ・本 (488ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784478021743

感想・レビュー・書評

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  • 開沼博といえばフクシマ論、というほど震災後の論客のイメージだったのだが、この人のフィールドワークは、震災前から「周縁的なもの」に対して、多岐にわたっていたことを改めて気付かされる意欲作。

     売春島、ホームレスギャル、シェアハウス、ヤミ金・生活保護、違法ギャンブル、脱法ドラッグ、右翼/左翼、偽装結婚、援デリ、ブラジル人留学生、中国エステ、と、「周縁的な存在」についてのケースレポートを読むだけでもお腹いっぱいだし、正直、1つ1つの事象に興味はあっても、読み進めるうちに「自分にとってはあまりにも現実離れしている」と思う自分がいたのは確かである。筆者はこの書物を1つの旅に見立てているが、私には長旅過ぎた、という感じか。

     しかし、終章での筆者が述べる結論ともいえる主張には、ある種の怒りや告発が込められた勢いのある文章が展開する。

     私たちは、「周縁的な存在」を「理解できないが、興味がある」ものとして認識する。豊かさと自由を得ている我々は、「快との接続可能性が高度化した社会」かつ「不快との共存が許容されなくなった社会」に生きており、この前提では「葛藤する」ことを拒否し、「葛藤し合うもの=あってはならないもの」を社会から排除・固定化、不可視化しようとする。
     だから、そのような「葛藤」が震災・津波・原発のような形で視界の中に入ってきても、「絶対悪」をでっちあげて、過剰に批判し、過剰に感傷に浸ってみせる。

     社会は複雑であるが、我々は、信頼や信仰という概念によって複雑化した社会をシンプルにしたいのだ。多数の人が選ぶ選択をすることでアディクショナルに「自由・平和(のようなもの)」を求めたとしても、現代に安全などはない。危険やリスクは回避しようとしても逃れられない。リスクを「周縁的な存在」に分配し、排除・不可視化しても、そうした「漂白」は無限に増殖し、続いてゆく。

     すべての人間の「欲望」は薬物依存のように「アディクティブ」である。もはや市場原理だけでなく、この社会そのものが、人の「安心・平和・自由」などの「心地よい言葉」のアディクティブな希求で充満している。

     開沼さんのこの本が、「震災後の社会」を意識してかかれていることは明白である。我々自身、いつ「周縁的な存在」として不可視化される側に立つことになるかわからない。書物を通して一人一人が「葛藤する」経験をすることもまた大事なことだ。

  • 「漂白される社会」というタイトルには本当にしっくりきた。この本に描かれている「汚れ」はどちらかというとわかりやすいものだが、もっともっと些細なことに対しても、とかくこの国の社会はそういうものに対して不寛容すぎると思う。そういうところに対しては、何かこう、間違ってるんじゃないかと思ってきた。とはいえ、この本を手に取ったのは、ただ単に下世話な興味だけというのが正直なところですが笑

  • 著者の言う「漂白される社会」っていうのは宮台真司のいう「新住民運動」と近いのかなぁ。

    <blockquote>本書の目的は、現代日本の「周縁的な存在」に注目しながら、「現代社会とはいかなる社会なのか」という問いの答えを明らかにしていくことにある。(P.24)</blockquote>

    宮台がFree Dommuneで「社会の皺はとれない。取ろうとしても何処かに皺寄せが来るだけだ」と3回も強調して繰り返し言っていたんだけど、そのことを強く強く感じながら読み進めた。


    <blockquote>「現代の貧困」とは、かつておような可視的な「貧しさ」と直接結び付けられる「貧困」とは異なる。それは、目に見える「貧しさ」が、私たちの視界に入りそうになる場所において、「あってはならぬもの」として表面的に隠微され行くなか、それでも残る「貧しさ」と、達成されつづける「豊かさ」との狭間に生まれた「不可視な存在」に他ならない。(P.69)</blockquote>
    在特会にしても、ヘサヨにしても、上記のような意味で"どっちもどっち"だなと思った。
    結論……「自分の見たい現実」があって、それに合わないもの、否定されるものは「あってはならぬ」のだ、という志向と思考。

    <blockquote>人も情報も過剰であるが故に、労働力(あるいは土地)に付与される「値段」の格差は顕著になり、「持つ者」と「持たざる者」とを隔てる溝がより鮮明になる。世代・ジェンダー・低学歴・エスニシティー・しゅっ時の非対称性を背景としながら、相対的弱者が貧困のループに飲み込まれやすい状況が生まれているのだ。(P.74)</blockquote>





    ところで、渋谷、六本木、ロンドンでテクノDJしていて脱法ドラッグに詳しいツトムって誰? もちろん仮名だろうけど、ツトムって(笑)

  • <目次>
    はじめに
    序章 「周縁的な存在」の中に見える現代社会
    第一部 空間を越えて存在する「あってはならぬもの」たち
     第一章 「売春島」の花火の先にある未来
     第二章 「現代の貧困」に漂うホームレスギャル
    第二部 戦後社会が作り上げた幻想の正体
     第三章 「新しい共同体」シェアハウスに巣くう商才たち
     第四章 ヤミ金が救済する「グレー」な生活保護受給者
    第三部 性・ギャンブル・ドラッグに映る「周縁的な存在」
     第五章 未成年少女を現金化するスカウトマン
     第六章 違法ギャンブルに映る運命の虚構
     第七章 「純白の正義」に不可視化する脱法ドラッグの恐怖
    第四部 現代社会に消えゆく「暴力の残余」
     第八章 右翼の彼が、手榴弾を投げたワケ
     第九章 新左翼・「過激派」の意外な姿
    第五部 「グローバル化」のなかにある「現代日本の際」
     第十章 「偽装結婚」で加速する日本のグローバル化
     第十一章 「高校サッカー・ブラジル人留学生」の10年後
     第十二章 「中国エステのママ」の来し方、行く末
    終章
     漂白される社会
    おわりに

    <メモ>
    なぜ、「周縁的な存在」にアプローチするのか。それは、「周縁的な存在」にこそ、その社会の持つ性質が顕著に現れるからだ。(4)

    学校や会社などの社会的包摂が崩壊し、また規制強化・浄化作戦が行われたことにより、市民の目に触れられなくなり、街から排除され、地下が促進され、「あってはならぬもの」になっていった。

    「白/黒つける」「合法/脱法の規制を構築していく」作業は、問題をなくす、もしくは減らす意図を持ってなされているはずだが、二分化を進めれば進めるほど、本来の意図に反して「脱法」へと人々を誘導することになる。(223)

    これまで確かだった「結婚」や「家族」という制度、それにまつわる規範自体が、収入や社会的地位に恵まれた一部の者が得られる「嗜好品」のひとつと化していく。(309)

    社会が複雑になるほど、多様な選択肢の束を前にした私たちは、選択を躊躇してしまい動けなくなってしまう。たとえば、福島第一原発事故直後、福島周辺はもちろん、東京においても、外に出ていいのか、水道水を使っていいのか、あるいはメディアで言われていることを真に受けていいのかなど、これまで当然のこととしていた行動が、逐一「命に関わる重大な選択」となった。(395)

    二クラス・ルーマンによれば「信頼とは社会の複雑性を縮減するもの」だという。つまり、複雑化する社会をシンプルに店、私たちがスムーズに生活できるのは「信頼」があるからだ。(395)

    (周縁的な存在は)「自由」と「平等」を求める人々の、あるいは「豊かさ」を求める人々のピュアな欲望によって、自動的かつ自発的に構築されていく。(401)


    2013.04.27 内藤さんのブログで見つける。
    2013.08.05 読書開始
    2013.08.09 読了

  • あってはならぬもの、ならぬことにされたもの、長谷川氏の本に倣うなら、ディズニーランドのそとの世界についての様々な入口。
    ダイヤモンドで連載されてたときの内容に加え、その構造の分析や解説も。

  • 売春島における高齢化、原発の影。移動キャバクラのホームレスギャル二人。シェアハウスに蔓延するネズミ講、オフ会ビジネス。生活保護受給マニュアル。見えている世界、見えざる世界。

  • 電車の車窓から見るように、社会を見る。冒頭で表明した視点と視座が貫かれていました。


    メモ:
    ・純粋な弱者しか許さない現代社会
    ・一見、わかりにくい、グレーな貧困
    ・インフォーマルなセーフティネットに頼るしか術がない貧困
    ・合理的な思考を積み重ねていく「普通の人」としてではない、生まれ、生きていく中で、生き続けるために「思考のスイッチ」を切りながら善良な市民が眉をひそめるような生き方へと突入せざるを得なかった人々の貧困
    ・弱者へ憑移した議論
    ・あってはならぬものとして不可視化されながらも存在し続ける「周縁的な存在」

  • 現代社会の「周辺」の人たちの物語。

  • 開沼博『漂白される社会』読了。“周縁的な存在”を見ることで現代社会を考える。社会が純化し“綺麗”になることで周縁的な存在は消えるのでは無く不可視化してゆく。境界線を引くことでむしろ見えなくなる闇。ホームレスギャル、脱法ドラッグなど猥雑さは見え辛くなり続けるのか。無くなりはしない。

  • 戦後の日本において、社会的にグレーな領域が長く存在していましたが、その領域は長引く不況や法的な規制などにより、どんどん淘汰され、もしくは消滅していっているということです。

    しかし、そのグレーな境界線上には、また新たな世界が発生しているということでもあります。

    つまり、現在の日本社会には、かつて存在しえなかった貧困や共同体や正義的な価値観などが登場し、すでに僕らはそれらに飲み込まれようとしているということでした。

    本書は、かつて存在していたグレーでアンダーグラウンド的な社会と、それらが消滅して新たに生まれた社会のルポルタージュでありドキュメンタリーです。

    社会学者の著者は、現代社会においてこれまで社会にあった「色」が失われていこうとする社会を「漂白される社会」と名付けています。

    ぼくは自由で平和な個人主義の中で多様化した社会を生きており、その多様性は増殖していると思っていましたが、実は社会は単一的な社会に吸収されつつあるのだと感じました。

    共通番号制度もそうですが、社会が高度化し成熟するということは世の中の大半の人にとっては生きやすい社会を目指すということなのでしょうが、割り切れない世界があるのも事実で、漂白された社会は、僕にとって生きやすいのか考えました。

著者プロフィール

1984年福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。専攻は社会学。現在、立命館大学衣笠総合研究機構准教授(2016-)。東日本国際大学客員教授(2016-)。福島大学客員研究員(2016-)。
著書に『福島第一原発廃炉図鑑』『はじめての福島学』『漂白される社会』他。

「2017年 『エッチなお仕事なぜいけないの?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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