嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

  • ダイヤモンド社
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レビュー : 1891
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784478025819

作品紹介・あらすじ

本書は、フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される、アルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)を、「青年と哲人の対話篇」という物語形式を用いてまとめた一冊です。欧米で絶大な支持を誇るアドラー心理学は、「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに、きわめてシンプルかつ具体的な"答え"を提示します。この世界のひとつの真理とも言うべき、アドラーの思想を知って、あなたのこれからの人生はどう変わるのか?もしくは、なにも変わらないのか…。さあ、青年と共に「扉」の先へと進みましょう-。

感想・レビュー・書評

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  • 日本の組織に入ると、「好かれる」行動をしないといけない、
    そんな圧力を24時間感じるようになります。

    なぜなら、「好かれない」と「みんな」から仲間外れにされたり、
    イジメられたりするからです。
    ここでいう組織は、人が集まる場所で、
    これは学校でも会社でも変わりません。

    この本がよく売れた理由は、日本では他人から嫌われたら、
    生きていけないと思っている人がたくさんいるからです。
    この背景にあるのは、日本人は世界中の国の中で、
    最も失敗に対して恐怖心が強い人たちだからです。
    これは、国民性言ってよいと思います。

    アドラー心理学の役割は、「失敗」に対して、
    肯定的になれる見方を教えてくれることです。
    言い換えれば「失敗してもいいんだよ」と教えているくれる心理学ということです。

    人生の中で失敗は、たくさんあります。
    その中で日本人にとって、他人から「嫌われる」ことは、最大の失敗の一つです。
    しかし、嫌われることを恐れてはいけません。

    今、世の中には、ますます「嫌われるのを怖がっている人」を見つけて、
    イジメるのが好きな人がたくさんいます。

    学校や会社やそして家族まで、
    嫌われるのを怖がっている人を「失敗者」と判断してイジメています。

    でも嫌われたっていいんです。
    失敗したっていいです。
    日本社会では失敗や嫌われることが、凄くネガティブに捉えられていますが、
    世界では、「とても良いこと」として捉えられています。

    なぜなら、失敗した人は、積極的に行動したからです。
    嫌われた人はは、自分の意見や存在をみんなに表明したからです。

    だから生きるのに苦しむ必要はありません。
    それは、アドラーが一番、この実践心理学の体系を作って言いたかったことです。

    このアドラーが残してくれた大きな価値あるメッセージは、
    今の日本で、苦しんでいる人に、希望を与えてくれるものだと思います。

  • 130万部突破のベストセラー。
    ようやく手にしました。

    アドラー?????
    まったく知らなかった。

    「すべての悩みは、対人関係の悩みである」
    「人はいまこの瞬間から変われるし、幸福になることができる」
    「問題は能力ではなく、勇気なのだ」

    人を傷つけないように、嫌われないように。
    私自身、そのことに心を砕いてきました。

    ここに書かれているように、「そのような人は、たしかにまわりからの受けはよく、彼(彼女)を嫌う人は少ないかもしれませんが、その代わり、自分の人生を生きることができないことになるのです」

    心に響く~!
    納得です。

    私の言葉で相手がどう思うか…
    それを考えるのは私の課題ではない。
    どう思うかは相手の課題。
    そう言われると、とても楽になる。

    「他者はあなたの期待を満たすために生きているのではない」

    勇気をもらえる本でした。

  • 哲学思想に興味があり、遅ればせながら、噂のアドラー心理学、こちらの「嫌われる勇気」を読みました。

    哲人と青年の会話形式で、大変読みやすく、一気に読んでしまいました。
    通勤中や仕事で外出の際の移動中にスマホで読んだのですが、気づいたら降りないといけない駅が過ぎていたり…が何度かありました。
    歩きスマホをして、ごめんなさい。。

    また、哲人さんについてですが、正しい読み方は、"テツト''でしょうか…??
    私は最後まで"テツジン"と読んでましたが笑。
    (もともと「哲」という漢字好きなこともありますが、)
    哲学者というキャラへのわかりやすいネーミングセンスもいいなと思いました笑

    内容については、あとがきでもありましたが、
    主観的解釈>客観的解釈の点では、ニーチェに通じるものがあり、興味深かったです。

    目的論、怒りという道具について、善と悪について、劣等感と劣等コンプレックス、承認欲求、権力争いについて…
    そして、課題の分離を入口として、「人生のタスク・"仕事" "交友" "愛"のタスク」へと話が移り、私たちが目指すべき姿「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」(共同体感覚)を教わります。

    読んでいると、哲人に対して、わたしも青年と同じように、「いやいやいや…アドラー心理学は子育て論には通用しないな、わかってないな」と心の中で突っ込みを入れていたら、すぐそのあとに子育ての話になり、そしてすんなりと納得させられ…なんだか私も彼らと一緒に書斎にいるような気分になっていることに気づきました。笑

    また、数年前の私の価値観では、受け入れることが難しかったような気がします。
    青年と同じく、このタイミングで出会うことができて良かったです。

    基本的には、自分の考え方(理想含む)に通じるものだったので、自分なりの漠然とした気持ちや考えがより明確になり、背中を押してくれたような印象です。
    心と身体が軽くなりました。
    特に、愛について、信用と信頼について、はまさに"勇気づけ"られました。

    そして、私の周りの大好きな人たち、素晴らしい人々、やりがいのある楽しい仕事ができているという自分の環境に心から感謝の気持ちでいっぱいになりました。
    自分を見つめることで、他者への想いに胸が熱くなりました。
    何なんでしょうか、この愛は。。笑

    私はいま正直に言って嫌いな人、苦手だと思う人がいません。
    (ぱっと出てこないだけなのか、人付き合いの世界があまりにも狭いのか…)

    これから、自己受容のもと、他者への無条件な信頼、この人達/仕事に自分は何を与えられるか?と考えること、素直な感謝や尊敬や喜びを表現することをもっと貪欲に求めていきたいと思います。

    *幸福とは(主観的な)貢献感である。
    →→→ここの理解は間違った方向へ行かないように気をつけねばならないと思います。仕事については大変納得ですし、今現在そのように実感がありますが、対人関係では少し、うーん…な気もしたからです。
    人間にとって最大の不幸は自分を好きになれないことである。=自己の価値を認めることで幸福感を得られる。
    またそれは承認欲求から得られる貢献感ではなく、目に見える貢献でなくてもいい。本当に貢献できているかは他者の問題なのだから、それも考えなくて良い。
    共同体感覚を持ち、行為のレベルであれ存在のレベルであれ、私は誰かの役に立てているとただ主観的に思うことで自らの価値を実感し、幸福を感じることができると。。
    哲人さんに言ったらすぐさま否定されそうですが、
    それで本当に心から幸福を感じるのでしょうか…?
    ''私は貢献できてる!あー幸せ!他者がどう思ってるかなんて他者の問題だから知〜らない!私は共同体にとって有益な存在だって自分で思えてるから幸せなの!"
    というイメージです。
    そんなただの自己満足で良いのでしょうか…?
    ニーチェは、超人になるための3ステップの最初で道徳的感覚をきちんと学ぶことを言っています。その後に自己の内面に目を向けて殻を破っていくと…。このように最初から自分と他者を割り切ってもいいものかと…。
    一方で横の関係という意思を持つように提唱もしていて、色んなことが相反するように感じられ難しいです。。
    哲人さん曰くでは、この私の感覚は、課題の分離、承認欲求の否定がきちんとできていないことであり、自己中心的ということの逆の逆だと言うのかな。
    「他者からどう見られているか 」ばかりを気にかける生き方こそ 、 「わたし 」にしか関心を持たない自己中心的なライフスタイルであり、 「わたし 」に執着している人は 、すべて自己中心的と言えます。だからこそ 「自己への執着 」を 「他者への関心 」(他者貢献)に切り替えなければならないと。
    なのでアドラー心理学を実践する上では、自分にとっては課題の分離と承認欲求を本当にきちんと実践することが一番の挑戦であり、それって難しいなぁ〜〜と感じました。


    *人生を線ではなく点の連続だと捉える、いまという刹那の連続にスポットライトを当てて充実させること。

    *真剣に生きていれば、深刻になる必要はありません。
    人生はいつもシンプルです。

    また先日、ある人から、「よーちゃんは本当にネアカ(根が明るいという意味らしい)だなぁ」と言われました...
    その時は、そっかな…??と思いましたが、
    いまは自分でもそうやなと確信しました笑

    でもだからと言って落ち込まない、悩まないというわけでは決してありません。
    これからもちょいちょいこの本、哲人さんにお世話になるのかなと思います。。

    そして哲人(アドラー)の言う通り、出会ったときの年齢の半分の時間を掛けて、本当に理解し習得できるようになるのでしょうかー…。

    話題になり評価の高い理由がわかりました。

    VIVA! ネアカ\(^o^)/

  • 「たまにこういう自己啓発本に手を出すのは、自分への試練か何かですか?」
    「試練って……いや、流行りものを冷やかしてるだけなんだけどさ」
    蛹はソファのひじ掛けに氷枕を置き、その上に頭を乗せて横になっている。暑くて動けないらしい。
    そんな蛹を気にしながら、葉月は向かい側のソファに腰を下ろし、淹れたてのまだ少しぬるいアイスコーヒーに口を付けた。テーブルの上に投げ出してあった本を、パラパラとめくる。
    「確かに、いますよね、自慢話ばっかりする人とか、あれこれ要らないお節介ばっかりする人とか……いや、素直に嬉しいときもあるんですけど、なんかこう、このご恩は一生忘れません的なものを求められているように感じることもあるっていうか」
    「……何か思い当たることがあるんだろうけど、そういう人は、そういう人なんだと思っておけばいいんじゃないかな。一種の承認欲求なんだろうし」
    「相手に認めてもらいたい、ってことですか?」
    「ねえ、本来、好意や思いやりというのは、自分ひとりで完結するものだよ。誰かに何かをしてあげたい、というのは、相手に承認されるためではないはずだろ。君がやりたいからやるという、それ以外にありえないんだ。『誰それのために』とか『誰それのことを思って』という言葉の傲慢さについて考えてみればいい」
    「それは分かりますけど、それでも、親切にされたら感謝しなければ、人としてどうか、みたいなのあるじゃないですか」
    「そうかなあ……君だって、親切にされて嬉しいなら嬉しいと言えばいいし、もし迷惑だったらそう伝えればいいだけだと思うけどな。相手の承認欲求を満たすための道具に成り下がりたいなら、俺は止めないけどさ」
    「それが通じる相手なら、変に気をつかわなくていいんですけどねー……」
    「承認でも何でもいいけどさ、相手が求めるものをせっせと差し出し続けないと維持できない関係ってのは、何か意味があるの……?」
    葉月は何か言おうとしたが、蛹は言いたいことを言って力尽きたらしく、目を閉じてしまっていた。
    「体調が悪いのはお察ししますけど、それ9割以上、暑さのせいですよ。いい加減、エアコン買ったらどうなんです?」
    「エアコンか……あんまり興味ないんだよね……」
    うっすらと目を開けて、葉月の方を見る。
    「……アイスコーヒーが飲みたいなら、そう言ってください。いちいち分かりにくいんですよ」
    葉月はため息をつくと、彼の分のアイスコーヒーを淹れるため、キッチンに入っていった。

  • 読みだした当初は、何故これがベストセラーだったんだろう?と思った。それは対話形式に慣れていなかったから。

    読み終わってみた感想は、「この本は確かに面白い。」

    それはアドラーの考え方が明解に示されるからだろう。
    そして、我々の普段の”常識”を覆される爽快感がある。

    この対話はソクラテスが対話によって哲学を説いたところからきていると聞いてなるほどと思った。当初、奇をてらったようにも思えたが、哲学的には由緒正しき形式なんですね。

    読み進めるうちに、スーッと内容が入ってくるようになってきます。対話にもリズムがでてきているような気が。

    この本をザーッと読んだだけの現時点では、ハッキリとアドラー哲学が分かったとはとても言えないのですが、私の現時点の印象は以下。

    誰もが、自分だけに集中し、自分しか見つめない視野狭窄に陥ってしまいがち。
    他人の評価を気にしすぎて自己主張しないことも、実は自己中心的な考え方で、他人のことを本当に考えていない。自分がいかに良い評かを得るかということ。

    自分と他人の課題をきちんと見分け、自分の課題以外には首を突っ込まないそれが、本当に自己中心ではないということ。

    アドラーの哲学は、対人コミュニケーションの哲学。

    本来の自分というのものをきちんと把握し、他人のためではなく、自分を持ちつつ、他人に興味をもち、他人は仲間であると考える事で、自分の居所ができる。

    アサーティブ的な考え方に近いのかな。

    とても、アドラーの言っている通りに実生活を乗り切れるとは思わないけれども。考え方として、凝り固まった頭をほぐしてくれるフレーズが満載と思いました。

    ウツっぽく、考えがマイナスに行っている時に、このような、自分を俯瞰して見れるような視点をもてるということが大きいなと。

    課題を人のせいにしないで、自分が目的をもって課題解決できると思うというところに、自分に対する責任の取り方を強く持つ、西洋的な個人を確立するという考え方がベターというようなニュアンスに近いのかなとも。

  • ・自分の手柄を自慢したがる人。
     過去の栄光にすがり、自分がいちばん輝いていた時代の思い出話ばかりをする人。
     これらはすべて「優越コンプレックス」
     劣等感を感じているにすぎない

    ・人生は他社との競争ではない。
     同じ平らな地平に、前を進んでいる人もいれば、その後ろを進んでいる人もいる。
     進んできた距離や歩くスピードはそれぞれ違うけれども、みんな等しく平らな場所を歩いている。

    ・競争のおそろしさは、たとえ敗者にならずとも、たとえ勝ち続けていようとも、競争のなかに身をおいている人は心の休まる暇がない
     敗者になりたくない。
     つねに勝ち続けなくてはならない。
     他社を信じることができない。
     社会的な成功を収めていながら幸せを実感できない人が多いのは、彼らが競争に生きているからです。

    ・幸せそうにしている他社を心から祝福することができないのは、対人関係を競争で考え、他者の幸福を「わたしの負け」であるかのように捉えているから、祝福できないのです。

    ・この人と一緒にいると、とても自由に振舞えると思えたとき、愛を実感することができます。
     劣等感を抱くでもなく、優越性を誇示する必要にも駆られず、平穏なきわめて自然な状態でいられる。本当の愛とはそういうことです。

    ・10人の人がいるとしたら、そのうち1人はどんなことがあってもあなたを批判する。
     あなたを嫌ってくるし、こちらもその人のことを好きになれない。
     そして10人のうち2人は、互いにすべてを受け入れ合える親友になれる。
     残りの7人はどちらでもない人だ。
     
     このとき嫌う1人に注目するのか。それともあなたのことが大好きな2人にフォーカスをあてるのか。あるいはその他大勢の7人に注目するのか。

    ・過去が見えるような気がしたり、未来が予測できるような期がしてしまうのは、「いま、ここ」を真剣に生きておらず、うすらぼんやりとした光の中に生きている証。
     過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」になんの関係もないし、未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。

    ・人生における最大の嘘は「いま、ここ」を生きないことです。
     過去を見て、未来を見て、人生全体にうすらぼんやりとした光を当てて、なにか見えるつもりになることです。
     あなたはこれまで「いま、ここ」から目を背け、ありもしない過去と未来ばかりに光をあててこられた。
     自分の人生に、かけがえのない刹那に、大いなる嘘をついてこられた。

  • 「自分と他人の人生を分離する」

    自分の人生の価値基準を、他人の人生を基に作ってはいけない。自分の幸せは自分で決めましょう!自分の問題は自分で解決しましょう!

    一方、他人の人生をあなたを基準にして判断してはいけない。他人の人生における判断は本人にしてもらいましょう。

    これが幸せになるコツです(自他分離)。

    要するに割り切ることが大事ってことかな?
    言うのは簡単で、実際に行うのは難しいけどね~

  • 勇気の心理学と言われるアルフレッド・アドラーの心理学。そこには、対人関係の悩みから解き放たれ、人生をシンプルに生きるヒントが詰まっていました。

    少し読んでは衝撃を受け、一気に読破することができず少しずつ読み進めたので、読み終わるまでに2週間ちかくかかったかもしれません。それでも1度だけでは足りず、きっとこれから何度も読み返すことになりそうです。

    青年と哲人の対話を通して伝えられる内容の中で衝撃を受けたものの1つは、「あらゆる結果の前には、原因がある」という原因論やトラウマを否定するところ。
    過去に何があったかによってではなく、すべては経験に自らが与える意味によるという考え方。言われてみればその通りなのかもしれないけれど、何かが上手くいかない時に、ついつい過去に原因を見つけてそこで終わっていなかっただろうか。トラウマを言い訳にしていなかっただろうか。
    そんな風に思い返すきっかけになりました。

    読み進めていくと、なるほど、とすっきりする部分は多いけれど、本書でも書かれている通り、実践するのはなかなか難しい。
    自分の課題と相手の課題を分けて考えるというのは、とてもシンプルでこの考え方を取り入れるだけで、随分心が楽になる。一方で、近しい立場の人に対しては、ついつい相手の課題だとわかっていても介入してしまいたくなるから難しい。

    本書のタイトルである「嫌われる勇気」とは、他人の物差しや承認から解放される勇気のことで、幸せになる勇気に通じています。
    実践は難しいけれど、今の時代にこそ必要な1冊に思えます。繰り返し読むことで、少しずつでも自分の中に落とし込んでいけたらきっと、よりシンプルに世界を生きられそうです。

  • 哲学には色々な理論があるのだろうが、私はアドラーの考え方に納得した。青年と哲学者の対話形式で書かれているのでわかりやすく、深く心にささる言葉がたくさん出てくるので、何度も読み返したくなる本。トラウマを否定し、現在の自分は過去の自分が選択した結果であり全ては自分のせいだと説く哲人は厳しくも思えるが、それを支持するに足る理論が書かれている。人生の指針にしたい名著。

  • 自らの選択の積み重ねが今なんだから、自らの選択で未来を作れるよねって教えてくれる。
    過去の嫌な思い出も、結局今次第なのかな。
    でも実践するのは難しい。
    まずは心掛けることからですかね。

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著者プロフィール

1956年、京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋古代哲学史専攻)。京都教育大学教育学部、奈良女子大学文学部(哲学・古代ギリシア語)、近大姫路大学看護学部、教育学部(生命倫理)非常勤講師、前田医院(精神科)勤務を経て、京都聖カタリナ高校看護専攻科(心理学)非常勤講師などを歴任。専門の哲学に並行してアドラー心理学を研究、精力的に執筆・講演活動を行っている。

「2018年 『シリーズ世界の思想 プラトン ソクラテスの弁明』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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