嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

  • ダイヤモンド社
4.23
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本棚登録 : 26821
レビュー : 2622
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784478025819

作品紹介・あらすじ

本書は、フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される、アルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)を、「青年と哲人の対話篇」という物語形式を用いてまとめた一冊です。欧米で絶大な支持を誇るアドラー心理学は、「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに、きわめてシンプルかつ具体的な"答え"を提示します。この世界のひとつの真理とも言うべき、アドラーの思想を知って、あなたのこれからの人生はどう変わるのか?もしくは、なにも変わらないのか…。さあ、青年と共に「扉」の先へと進みましょう-。

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    アドラー心理学に関する本。これもYouTuber「まこなり社長」のオススメの1冊でした。
    本当に奥深いなぁと読んでいて思いました。
    ただ、正直なところ、本書を1回読んだだけでは、「アドラー心理学の真理」に私は到達できなかったように思います。。。
    (アドラー心理学を習得するのには今の自分の年齢の半分くらいの時間が掛かると言われていますが、納得です。)


    そもそもアドラー心理学とは、「他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学」という定義があるようです。
    この大元の定義から「他人の目ばかり気にするな」という考え方につながり、拠ってタイトルも「嫌われる勇気」となったのでしょう。
    他の心理学(ユングなど)と大きく異なるのは、この考え方を用いて他人の心を読もうとするのではなく、「自分の考え方を変える」というある意味自己啓発的なニュアンスを持っている点なのかもしれません。

    ただ、本書はアドラー心理学について「プレゼン形式」ではなくて、反対派(?)の意見を交えた「対話形式」となっているため、どうしても冗長となり要点を掴むのが難しかった・・・・
    そもそも「青年」の反論は本作に必要なのかな?
    読み手の僕としては、アドラー心理学がどんなものかをザックリ知りたかっただけなので、不要かなーと思いました。
    ていうか、なによりも「青年」の反論1つ1つがヒステリックすぎてイタイというか単純にウザイ(笑)
    アドラー心理学を知るイイきっかけにはなるけども、もう少し深く知りたい読者にとっては少々物足りない1冊となるかもしれません。

    また、繰り返しになるが、もはや哲学なのじゃないかというレベルに奥が深い・・・・
    他人に関心を持ちすぎるなという反面、決して自己中心的になれというわけでもない。
    「自己への執着」を「他者への関心」に切り替える事が鍵となる。
    「他人から何かを与えてもらう」のではなくて「自分が他人に何で貢献できるのか」を考える。
    だけど、他人の目を気にしちゃいけない。
    などなど・・・・書いてあることが相反する事ばかりなので、「結局、何をすればいいの?」って頭が混乱してしまいました(笑)

    結局、本書の後半にあった、「(目の前の小さな共同体から)嫌われる勇気」が重要ポイントなのかなーと思いましたが、一度読んだだけでは理解しきれないくらい奥が深い1冊でしたので、再度チャレンジしようと思います。


    【内容まとめ】
    0.アドラー心理学とは、「他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学」

    1.世界はシンプルであり、人生もまたシンプルである。
    だから、人は変われるし、誰しも幸福になることができる。
    それなのに、自分の主観が入るせいで、自らが世界や人生を複雑なものにしてしまっている。

    2.「原因論」と「目的論」
    アドラー心理学では、トラウマ(原因論)を明確に否定している。
    原因と結果の因果律として、結果に対して多少の影響はあるとしても、それがすべて結びつくわけではない。
    一方、目的論は、自身の「目的」に対して後付けで「原因」を探し出し、ある種強引に結びつけていることを言う。

    3.人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである
    アドラー心理学の根底に流れる概念。
    他者の存在を前提として、比較してしまうから悩みが生じる。
    また、対人関係を消してしまうことなど出来ないからこそ、悩みが生じる。

    4.すべての人は、「同じではないけれど対等」
    健全な劣等感とは、他者との比較の中で生まれるのではなく、「理想の自分との比較」から生まれるもの。
    対人関係の軸に「競争」があると、人は対人関係の悩みから逃れられず、不幸から逃れることができない!

    5.権力争いに乗ってはいけない。いかなる挑発にも乗ってはいけない。
    もしも相手に面罵されたなら、その人の隠し持つ「目的」を考えよう。
    もし相手が「勝つことによって自らの力を証明したい」ことが目的ならば、それはもはや「権力争い」へと突入してしまう。
    相手の目的が議論ではなく権力争いであるなら、いち早く争いから降りてしまえばいい。

    6.「怒りという道具に頼る必要がない」と思え!
    怒り以外のコミュニケーションツールを用いよう!

    7.アドラー心理学の鍵概念「共同体感覚」
    あなたは共同体の一部であって、中心ではない。
    「わたし」は世界の中心に君臨しているのではない。
    「わたし」は自分自身の人生の主人公でありながらも、あくまで共同体の一員であり、全体の一部でしかないのです。

    だからこそ、他者を「わたしのために何かしてくれる人」と捉えず、「わたしはこの人に何を与えられるのか?」を考えなければならない。
    所属感、自らの居場所は与えられるものではなく、自分の手で獲得していくものである。

    8.アドラー心理学の鍵概念「共同体感覚」
    「自己への執着」を「他者への関心」に切り替える。
    あなたは共同体の一部であって、中心ではない。「わたし」は世界の中心に君臨しているのではない。
    「わたし」は自分自身の人生の主人公でありながらも、あくまで共同体の一員であり、全体の一部でしかないのです。

    だからこそ、他者を「わたしのために何かしてくれる人」と捉えず、「わたしはこの人に何を与えられるのか?」を考えなければならない。

    所属感、自らの居場所は与えられるものではなく、自分の手で獲得していくものである。

    9.(目の前の小さな共同体から)嫌われる勇気
    目の前の小さな共同体に固執することはありません。もっと大きな共同体が、世には必ず存在します。
    もしあなたが異を唱えることで崩れる程度の関係なら、最初からなくても良い。
    関係が壊れることだけを恐れて生きるのは、他者のために生きる、きわめて不自由な生き方なのです。



    【引用】
    p115★
    ・アドラー心理学とは、「他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学」です。


    p3
    ・世界はシンプルであり、人生もまたシンプルである。人は変われる、誰しも幸福になることができる。
    それなのに、自分の主観が入るせいで、自らが世界や人生を複雑なものにしてしまっている。


    p30
    ・「原因論」と「目的論」
    自分の過去の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自分を決定する。
    アドラー心理学では、トラウマ(原因論)を明確に否定している。
    原因と結果の因果律として、結果に対して多少の影響はあるとしても、それがすべて結びつくわけではない。
    一方、目的論は、自身の「目的」に対して後付けで「原因」を探し出し、ある種強引に結びつけていることを言う。


    p52
    人は色々不満があったとしても、「このままの自分」でいることのほうが楽であり、安心である。
    つまり、変わる「勇気」が足りていない。
    だから変わることが難しい。


    p71
    ・人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである
    アドラー心理学の根底に流れる概念。
    他者の存在を前提として、比較してしまうから悩みが生じる。
    また、対人関係を消してしまうことなど出来ないからこそ、悩みが生じる。


    p76
    ・我々を苦しめる劣等感は「客観的な事実」ではなく「主観的な解釈」なのである。
    事実はあくまで客観的である事が多いが、その事実に対して自分自身がどのような意味づけを施すか、どのような価値を与えるか?

    「客観的な事実」は動かせないが、「主観的な解釈」はいくらでも動かすことができる!


    p79
    ・「優越性の追求」と「劣等感」
    優越性の追求:向上したいと願う、理想の状態を追求する。

    人は誰しもギャップを感じ、その状態から理想に向けて脱したい、向上したいと願う普遍的な欲求を持っている。
    アドラーは、「優越性の追求も劣等感も病気ではなく、健康で正常な努力と成長への刺激である」と述べている。
    劣等感もまた、使い方を間違えなければ努力や成長の促進剤となる。

    「劣等感」と「劣等感コンプレックス」を混同しないように。
    劣等感それ自体が悪ではない。自らの劣等感をある種の言い訳に使い始める「劣等感コンプレックス」こそが悪なのである!


    p86
    ・優越コンプレックス
    →あたかも自分が優れているかのように振る舞い、偽りの優越感に浸る事。
    「劣等感コンプレックス」に我慢できなくなってしまった時、「できない自分」を受け入れる事も改善するアクションもしなかった場合、「優越コンプレックス」に人は陥ってしまう。

    すぐに自慢話に興じてしまうのも、一種の「優越コンプレックス」である。
    自信がないからわざわざ言葉にしてしまい、ことさら誇示してしまうのである。


    p92★
    ・すべての人は、「同じではないけれど対等」
    健全な劣等感とは、他者との比較の中で生まれるのではなく、「理想の自分との比較」から生まれるもの。

    対人関係の軸に「競争」があると、人は対人関係の悩みから逃れられず、不幸から逃れることができない!


    p104
    ・権力争いに乗ってはいけない
    いかなる挑発にも乗ってはいけない。
    もしも相手に面罵されたなら、その人の隠し持つ「目的」を考えよう。
    もし相手が「勝つことによって自らの力を証明したい」ことが目的ならば、それはもはや「権力争い」へと突入してしまう。
    そして自身が勝ったとしても、そこで終わらず次の段階である「復讐」「報復」という段階に突入してしまうだけである。

    ではどうする?
    相手の目的が議論ではなく権力争いであるなら、いち早く争いから降りてしまえばいい。
    「怒りという道具に頼る必要がない」と思え!
    怒り以外のコミュニケーションツールを用いよう!


    p109
    ・アドラー心理学「人間の行動面と心理面のあり方について」
    行動面の目標
    →自立すること、社会と調和して暮らせること。
    心理面の目標
    →「私には能力がある」という意識、「人々は私の仲間である」という意識


    p158
    なぜ「承認欲求を得たい」という不自由な選び方を選んでしまうのか?
    それは、誰からも嫌われたくないからである?


    p168
    ・他人を変える事は不可能
    わたしは「父を変えるため」に変わったのではありません。それは他者を操作しようとする、誤った考え方です。
    わたしが変わったところで、変わるのは「わたし」だけです。その結果として相手がどうなるかはわからないし、自分の関与できるところではない。

    他者を操作する手段として自分の言動を変えるのは明らかに間違っています。


    p181
    ・「自己への執着」を「他者への関心」に切り替える。
    「他者からどう見られているか」ばかりを気にかける生き方こそ、「わたし」にしか関心を持たない自己中心的なライフスタイルなのです。
    「わたし」に執着している人は、すべて自己中心的です。

    p187
    ・アドラー心理学の鍵概念「共同体感覚」
    あなたは共同体の一部であって、中心ではない。
    「わたし」は世界の中心に君臨しているのではない。
    「わたし」は自分自身の人生の主人公でありながらも、あくまで共同体の一員であり、全体の一部でしかないのです。

    だからこそ、他者を「わたしのために何かしてくれる人」と捉えず、「わたしはこの人に何を与えられるのか?」を考えなければならない。

    所属感、自らの居場所は与えられるものではなく、自分の手で獲得していくものである。


    p194★
    ・(目の前の小さな共同体から)嫌われる勇気
    目の前の小さな共同体に固執することはありません。もっと大きな共同体が、世には必ず存在します。
    もしあなたが異を唱えることで崩れる程度の関係なら、最初からなくても良い。
    関係が壊れることだけを恐れて生きるのは、他者のために生きる、きわめて不自由な生き方なのです。


    p198
    ・賞罰教育の否定
    アメとムチどちらにしても、背後にある目的は「操作」であり、そこには縦の関係が存在する。
    しかしアドラー心理学では、あらゆる「縦の関係」を否定し、すべての対人関係を「横の関係」とすることを提唱している。
    そもそも劣等感とは、縦の関係の中から生じてくる意識である。
    「同じではないけれど対等である」という横の意識を築くことが必須。


    p202
    ・「命令」ではなく「勇気づけ」を。
    横の関係に基づく援助のことをアドラー心理学では「勇気づけ」と読んでいる。
    課題に立ち向かうのは本人であり、またその決心とアクションも本人である。
    「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」というアプローチ。


    p204
    ・いちばん大切なのは、他者を「評価」しないということ。
    横の関係を築けているのならば、素直な感謝や尊敬、喜びの言葉が出るはずである。
    人は感謝の言葉を聞いた時、自らが他者に貢献できたことを感じる。

    そして、人は「自分には価値がある」と思えた時にだけ、勇気を持てる!
    他者からの評価ではなく、自らの主観によって「わたしは他者に貢献できている」と思えたときに、人は自らの価値を実感できるのである。


    p212
    「誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく」


    p252
    ・結局のところ、「幸福とは貢献感」なのである。
    「わたしは共同体にとって有益である」「わたしは誰かの役に立っている」という思いだけが、自らに価値があることを実感させてくれるのだ。


    p263
    ・計画的な人生など、必要か不要かという以前に、そもそも不可能である。
    人生は「いま」という刹那の連続なのである。
    人生は「線」ではなく「点」の連続なのである。
    よって我々は、「いま、ここ」に生きることしかできない。


    p275
    ・この刹那を真剣に生き切る勇気を持とう。
    人生における最大の嘘、それは「いま、ここ」を生きないこと。
    過去あるいは未来を見て、人生全体にうすらぼんやりと光を当てて、なにか見えたつもりになること。
    そうすることで、かけがえのない刹那の「いま」を逃してしまっている。


    p278
    ・一般的な人生の意味はない。人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ。
    刹那の連続の人生は、何が起こるかわからない事と常に隣合わせ。だからこそ、この一瞬一瞬を意識して生きよう。

  • 日本の組織に入ると、「好かれる」行動をしないといけない、
    そんな圧力を24時間感じるようになります。

    なぜなら、「好かれない」と「みんな」から仲間外れにされたり、
    イジメられたりするからです。
    ここでいう組織は、人が集まる場所で、
    これは学校でも会社でも変わりません。

    この本がよく売れた理由は、日本では他人から嫌われたら、
    生きていけないと思っている人がたくさんいるからです。
    この背景にあるのは、日本人は世界中の国の中で、
    最も失敗に対して恐怖心が強い人たちだからです。
    これは、国民性と言っても、よいと思います。

    アドラー心理学の役割は、「失敗」に対して、
    肯定的になれる見方を教えてくれることです。
    言い換えれば「失敗してもいいんだよ」と教えているくれる心理学ということです。

    人生の中で失敗は、たくさんあります。
    その中で日本人にとって、他人から「嫌われる」ことは、最大の失敗の一つです。
    しかし、嫌われることを恐れてはいけません。

    今、世の中には、ますます「嫌われるのを怖がっている人」を見つけて、
    イジメるのが好きな人がたくさんいます。

    学校や会社やそして家族まで、
    嫌われるのを怖がっている人を「失敗者」と判断してイジメています。

    でも嫌われたっていいんです。
    失敗したっていいです。
    日本社会では失敗や嫌われることが、凄くネガティブに捉えられていますが、
    世界では、「とても良いこと」として捉えられています。

    なぜなら、失敗した人は、積極的に行動したからです。
    嫌われた人はは、自分の意見や存在をみんなに表明したからです。

    だから生きるのに苦しむ必要はありません。
    それは、アドラーが一番、この実践心理学の体系を作って言いたかったことです。

    このアドラーが残してくれた大きな価値あるメッセージは、
    今の日本で、苦しんでいる人に、希望を与えてくれるものだと思います。

  • 130万部突破のベストセラー。
    ようやく手にしました。

    アドラー?????
    まったく知らなかった。

    「すべての悩みは、対人関係の悩みである」
    「人はいまこの瞬間から変われるし、幸福になることができる」
    「問題は能力ではなく、勇気なのだ」

    人を傷つけないように、嫌われないように。
    私自身、そのことに心を砕いてきました。

    ここに書かれているように、「そのような人は、たしかにまわりからの受けはよく、彼(彼女)を嫌う人は少ないかもしれませんが、その代わり、自分の人生を生きることができないことになるのです」

    心に響く~!
    納得です。

    私の言葉で相手がどう思うか…
    それを考えるのは私の課題ではない。
    どう思うかは相手の課題。
    そう言われると、とても楽になる。

    「他者はあなたの期待を満たすために生きているのではない」

    勇気をもらえる本でした。

  • “常識”の外側からそっとさしだされる、思いつきもしなかった考え方に、目から鱗!頭から湯気!
    ちゃぶ台返しのごとく、“常識”をひっくり返してくれる本。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    アドラー心理学を理解する哲学者(哲人)と、自分に劣等感を抱いている青年との対話形式で書かれた1冊。

    究極に読みやすい、けれど気を抜いて読むことはできない本…それがこの「嫌われる勇気」という本です。
    むしろメモを取りながら、一文一文を噛みしめるようにして読むことがおもしろすぎて、文章でグサグサ胸を刺されながらも、それでも読むのをやめられませんでした。

    1章ごとの内容の濃さは半端なく、メモをとりつつ読みきるまでに、丸3日かかっていました。
    そしてこの本を読み終わったときは頭がパンパン、充実感・脱力感のオンパレードで、かんっぜん!にオーバーヒートでした。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    今までわたしは「自己肯定感を高めること」「誉める子育て」をしようと頑張ってきたのですが、この「嫌われる勇気」を読んだことで、その根底がガラガラと崩れました。

    アドラーによれば、自己肯定とは「できもしないのに」わたしはできると自己暗示をかけることであり、本当に必要なのは「できない自分」をありのままに受け入れ、できるようになるべく前に進んでいくこと、つまり自己受容だというのです。
    であれば、自己肯定感を高めようとしてきたわたしは、そしてわたしの子育ては、なんだったのでしょうか。

    そして「ほめない、叱らない」という考え方にも衝撃を受けました。
    叱らないはわかりますが、「ほめない」とも言うのですから、哲人の話を聞く青年のように、読みながら反発してしまいました。

    しかしアドラーによると、「ほめる」というのは縦の関係であり、上の価値観によって下の行動を判断し認めることで、下を“操作”していくことだというのです。
    そうして育てられてしまえば、下の者は上の価値観に合わせようとふるまうようになり、自分のやっていることの舵を他者に任せながら生きることになります。
    それは、自分で判断する自由をなくすことでもあり、「自分には能力がない」という信念を作り上げてしまうというのですから、読んでいてゾッとしました。

    よかれ、と思って子どもを誉めていたことが、アドラー心理学の目線で見てみると、まるっきり価値観が変わってしまうのですから、なんとも恐ろしい話です。
    また精神科医・水島広子さんの著書、「対人関係療法でなおすシリーズ」や、「それでいい。」(細川貂々さんとの共著)の内容にかなり近いものを感じ、おそらく水島広子さんのベースには、アドラー心理学があるのではないかな?と感じました。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    もちろん、この本を読んで、アドラー心理学が絶対だ!としてしまうのも、言葉は悪いですが「正しくはない」のでしょう。

    大切なのは、「この考えだけが絶対に正しい」と信じこむことではなく、いろんな視点にふれ、自分自身の考えを作り上げていくことです。
    アドラーの考えである「なにがあったかではなく、どう解釈したかである」という言葉を借りれば、この本でアドラー心理学に触れて、自分がどう理解しどう解釈したのかが、いちばん大事なのです。

    「この本の内容は、抽象的すぎて使えない!」と憤る人もいるでしょう。
    でも、抽象的ということは逆に言えば、「だれでも自分に惹きつけて落としこめる」ということでもあります。
    本当の良書とは、こう生きなさいという具体的な指示が書かれたマニュアル本のことではなく、自分で考えていくためのヒントとなる考え方を伝えてくれる本のことではないでしょうか。

    アドラー心理学の考え方を実践するためには、“今の人生の半分の時間が必要”とも書かれていました。
    それくらい実践の難しいアドラー心理学ではありますが、完ぺきに実践しよう!なんて気張らなくてもいいのです。
    まず少しずつでも続けていけば、いつの間にかアドラーの教えは自分になじんでいるはず。
    そんな自分になれることを楽しみに、本書で哲人が言っていた「まず、これは誰の課題なのか?を考える」「いま、ここ」から、はじめています。

  • 哲学思想に興味があり、遅ればせながら、噂のアドラー心理学、こちらの「嫌われる勇気」を読みました。

    哲人と青年の会話形式で、大変読みやすく、一気に読んでしまいました。
    通勤中や仕事で外出の際の移動中にスマホで読んだのですが、気づいたら降りないといけない駅が過ぎていたり…が何度かありました。
    歩きスマホをして、ごめんなさい。。

    また、哲人さんについてですが、正しい読み方は、"テツト''でしょうか…??
    私は最後まで"テツジン"と読んでましたが笑。
    (もともと「哲」という漢字好きなこともありますが、)
    哲学者というキャラへのわかりやすいネーミングセンスもいいなと思いました笑

    内容については、あとがきでもありましたが、
    主観的解釈>客観的解釈の点では、ニーチェに通じるものがあり、興味深かったです。

    目的論、怒りという道具について、善と悪について、劣等感と劣等コンプレックス、承認欲求、権力争いについて…
    そして、課題の分離を入口として、「人生のタスク・"仕事" "交友" "愛"のタスク」へと話が移り、私たちが目指すべき姿「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」(共同体感覚)を教わります。

    読んでいると、哲人に対して、わたしも青年と同じように、「いやいやいや…アドラー心理学は子育て論には通用しないな、わかってないな」と心の中で突っ込みを入れていたら、すぐそのあとに子育ての話になり、そしてすんなりと納得させられ…なんだか私も彼らと一緒に書斎にいるような気分になっていることに気づきました。笑

    また、数年前の私の価値観では、受け入れることが難しかったような気がします。
    青年と同じく、このタイミングで出会うことができて良かったです。

    基本的には、自分の考え方(理想含む)に通じるものだったので、自分なりの漠然とした気持ちや考えがより明確になり、背中を押してくれたような印象です。
    心と身体が軽くなりました。
    特に、愛について、信用と信頼について、はまさに"勇気づけ"られました。

    そして、私の周りの大好きな人たち、素晴らしい人々、やりがいのある楽しい仕事ができているという自分の環境に心から感謝の気持ちでいっぱいになりました。
    自分を見つめることで、他者への想いに胸が熱くなりました。
    何なんでしょうか、この愛は。。笑

    私はいま正直に言って嫌いな人、苦手だと思う人がいません。
    (ぱっと出てこないだけなのか、人付き合いの世界があまりにも狭いのか…)

    これから、自己受容のもと、他者への無条件な信頼、この人達/仕事に自分は何を与えられるか?と考えること、素直な感謝や尊敬や喜びを表現することをもっと貪欲に求めていきたいと思います。

    *幸福とは(主観的な)貢献感である。
    →→→ここの理解は間違った方向へ行かないように気をつけねばならないと思います。仕事については大変納得ですし、今現在そのように実感がありますが、対人関係では少し、うーん…な気もしたからです。
    人間にとって最大の不幸は自分を好きになれないことである。=自己の価値を認めることで幸福感を得られる。
    またそれは承認欲求から得られる貢献感ではなく、目に見える貢献でなくてもいい。本当に貢献できているかは他者の問題なのだから、それも考えなくて良い。
    共同体感覚を持ち、行為のレベルであれ存在のレベルであれ、私は誰かの役に立てているとただ主観的に思うことで自らの価値を実感し、幸福を感じることができると。。
    哲人さんに言ったらすぐさま否定されそうですが、
    それで本当に心から幸福を感じるのでしょうか…?
    ''私は貢献できてる!あー幸せ!他者がどう思ってるかなんて他者の問題だから知〜らない!私は共同体にとって有益な存在だって自分で思えてるから幸せなの!"
    というイメージです。
    そんなただの自己満足で良いのでしょうか…?
    ニーチェは、超人になるための3ステップの最初で道徳的感覚をきちんと学ぶことを言っています。その後に自己の内面に目を向けて殻を破っていくと…。このように最初から自分と他者を割り切ってもいいものかと…。
    一方で横の関係という意思を持つように提唱もしていて、色んなことが相反するように感じられ難しいです。。
    哲人さん曰くでは、この私の感覚は、課題の分離、承認欲求の否定がきちんとできていないことであり、自己中心的ということの逆の逆だと言うのかな。
    「他者からどう見られているか 」ばかりを気にかける生き方こそ 、 「わたし 」にしか関心を持たない自己中心的なライフスタイルであり、 「わたし 」に執着している人は 、すべて自己中心的と言えます。だからこそ 「自己への執着 」を 「他者への関心 」(他者貢献)に切り替えなければならないと。
    なのでアドラー心理学を実践する上では、自分にとっては課題の分離と承認欲求を本当にきちんと実践することが一番の挑戦であり、それって難しいなぁ〜〜と感じました。


    *人生を線ではなく点の連続だと捉える、いまという刹那の連続にスポットライトを当てて充実させること。

    *真剣に生きていれば、深刻になる必要はありません。
    人生はいつもシンプルです。

    また先日、ある人から、「よーちゃんは本当にネアカ(根が明るいという意味らしい)だなぁ」と言われました...
    その時は、そっかな…??と思いましたが、
    いまは自分でもそうやなと確信しました笑

    でもだからと言って落ち込まない、悩まないというわけでは決してありません。
    これからもちょいちょいこの本、哲人さんにお世話になるのかなと思います。。

    そして哲人(アドラー)の言う通り、出会ったときの年齢の半分の時間を掛けて、本当に理解し習得できるようになるのでしょうかー…。

    話題になり評価の高い理由がわかりました。

    VIVA! ネアカ\(^o^)/

  • 「たまにこういう自己啓発本に手を出すのは、自分への試練か何かですか?」
    「試練って……いや、流行りものを冷やかしてるだけなんだけどさ」
    蛹はソファのひじ掛けに氷枕を置き、その上に頭を乗せて横になっている。暑くて動けないらしい。
    そんな蛹を気にしながら、葉月は向かい側のソファに腰を下ろし、淹れたてのまだ少しぬるいアイスコーヒーに口を付けた。テーブルの上に投げ出してあった本を、パラパラとめくる。
    「確かに、いますよね、自慢話ばっかりする人とか、あれこれ要らないお節介ばっかりする人とか……いや、素直に嬉しいときもあるんですけど、なんかこう、このご恩は一生忘れません的なものを求められているように感じることもあるっていうか」
    「……何か思い当たることがあるんだろうけど、そういう人は、そういう人なんだと思っておけばいいんじゃないかな。一種の承認欲求なんだろうし」
    「相手に認めてもらいたい、ってことですか?」
    「ねえ、本来、好意や思いやりというのは、自分ひとりで完結するものだよ。誰かに何かをしてあげたい、というのは、相手に承認されるためではないはずだろ。君がやりたいからやるという、それ以外にありえないんだ。『誰それのために』とか『誰それのことを思って』という言葉の傲慢さについて考えてみればいい」
    「それは分かりますけど、それでも、親切にされたら感謝しなければ、人としてどうか、みたいなのあるじゃないですか」
    「そうかなあ……君だって、親切にされて嬉しいなら嬉しいと言えばいいし、もし迷惑だったらそう伝えればいいだけだと思うけどな。相手の承認欲求を満たすための道具に成り下がりたいなら、俺は止めないけどさ」
    「それが通じる相手なら、変に気をつかわなくていいんですけどねー……」
    「承認でも何でもいいけどさ、相手が求めるものをせっせと差し出し続けないと維持できない関係ってのは、何か意味があるの……?」
    葉月は何か言おうとしたが、蛹は言いたいことを言って力尽きたらしく、目を閉じてしまっていた。
    「体調が悪いのはお察ししますけど、それ9割以上、暑さのせいですよ。いい加減、エアコン買ったらどうなんです?」
    「エアコンか……あんまり興味ないんだよね……」
    うっすらと目を開けて、葉月の方を見る。
    「……アイスコーヒーが飲みたいなら、そう言ってください。いちいち分かりにくいんですよ」
    葉月はため息をつくと、彼の分のアイスコーヒーを淹れるため、キッチンに入っていった。

  • 本書は、哲人と悩める青年の対話形式でアドラー心理学についてわかりやすく解説している。アドラー心理学において一貫した考え方は、「変えられるものと変えられないものを見極め、変えられないものを受容し、変えられるものを変える勇気を持とう」ということである。本書では人生をシンプルにする方法論について書かれているが、私が特に印象に残った方法は以下の二点である。
    1. 原因論ではなく目的論で考える
    この方法は、時間軸で変えられるものと変えられないものを区別する考えであるといえる。例えば、時間がないから勉強できないのではなく、勉強したくないという目的のため他のことに時間を使っていると考えるのである。もちろん、すべての事象で目的論が正しいという根拠については何も書かれていないので科学(心理学)とは言えないが、変えられるものを変えるという時間の使い方は限られた人生の時間配分として有用であろう。
    2.他者の課題を切り捨てる
    これは、人軸で変えられるものと変えられないものを区別する考えである。例えば、誰かに何かをプレゼントしたとき、プレゼントを選ぶことは自分の課題であるが、そのプレゼントを相手がどう受け止めるかは他者の課題なので、それを悩む必要はないのである。承認欲求という他者の期待に基づいて生きるより、自分の価値観に基づいて生きるほうが自分でコントロールできる範囲が広がり、生きやすくなる。

  • 読みだした当初は、何故これがベストセラーだったんだろう?と思った。それは対話形式に慣れていなかったから。

    読み終わってみた感想は、「この本は確かに面白い。」

    それはアドラーの考え方が明解に示されるからだろう。
    そして、我々の普段の”常識”を覆される爽快感がある。

    この対話はソクラテスが対話によって哲学を説いたところからきていると聞いてなるほどと思った。当初、奇をてらったようにも思えたが、哲学的には由緒正しき形式なんですね。

    読み進めるうちに、スーッと内容が入ってくるようになってきます。対話にもリズムがでてきているような気が。

    この本をザーッと読んだだけの現時点では、ハッキリとアドラー哲学が分かったとはとても言えないのですが、私の現時点の印象は以下。

    誰もが、自分だけに集中し、自分しか見つめない視野狭窄に陥ってしまいがち。
    他人の評価を気にしすぎて自己主張しないことも、実は自己中心的な考え方で、他人のことを本当に考えていない。自分がいかに良い評かを得るかということ。

    自分と他人の課題をきちんと見分け、自分の課題以外には首を突っ込まないそれが、本当に自己中心ではないということ。

    アドラーの哲学は、対人コミュニケーションの哲学。

    本来の自分というのものをきちんと把握し、他人のためではなく、自分を持ち、他人に興味をもち、他人は仲間であると考える事で、自分の居所ができる。

    アサーティブ的な考え方に近い。

    とてもアドラーの言っている通りに実生活を乗り切れるとは思わないけれども。
    考え方として、凝り固まった頭をほぐしてくれるフレーズが満載と思いました。

    ウツっぽく、考えがマイナスに行っている時に、このような自分を俯瞰して見れるような視点をもてるということが大きい。

    課題を人のせいにしないで、自分が目的をもって課題解決できると思う。
    自分に対する責任の取り方を強く持つ、西洋的な個人を確立するという考え方がベターというようなニュアンスに近いのかな。

  • タイトルに少し抵抗があったから気にはなっていたけど今まで読まなかった本。もっと早く読んでおけば良かった。

    この本はアドラーの思想を青年と哲人の対話という物語のような形式になっている。だから、読みやすくて続きが気になり、どんどん読み進めてしまった。

    自分のことが嫌いで強い劣等感を持った青年が、「世界はどこまでもシンプルであり、人は今日からでも幸せになれる」と説く哲人へ、その真意を問いただしに行くところから物語は始まる。

    「トラウマは存在しない」や「あなたの不幸は、あなた自身が選んだもの」、「すべての悩みは対人関係の悩みである」といった哲人の衝撃的な発言が青年の反発を生むが、そこには青年を納得させる説明があった。

    上記の哲人の言葉が気になった人には読んでほしい本だ。納得はできなくてもこういう考え方もあるというのを知るのは良いことだと思う。


    自分としては内容にすごく共感はできたし、「われわれは同じではないけど対等」というのはずっと実践してきたことだったから、同じ考えの人がいて嬉しかった。
    もっと腹に落とし込む為にも繰り返し読むようにしたい。

  • ・自分の手柄を自慢したがる人。
     過去の栄光にすがり、自分がいちばん輝いていた時代の思い出話ばかりをする人。
     これらはすべて「優越コンプレックス」
     劣等感を感じているにすぎない

    ・人生は他社との競争ではない。
     同じ平らな地平に、前を進んでいる人もいれば、その後ろを進んでいる人もいる。
     進んできた距離や歩くスピードはそれぞれ違うけれども、みんな等しく平らな場所を歩いている。

    ・競争のおそろしさは、たとえ敗者にならずとも、たとえ勝ち続けていようとも、競争のなかに身をおいている人は心の休まる暇がない
     敗者になりたくない。
     つねに勝ち続けなくてはならない。
     他社を信じることができない。
     社会的な成功を収めていながら幸せを実感できない人が多いのは、彼らが競争に生きているからです。

    ・幸せそうにしている他社を心から祝福することができないのは、対人関係を競争で考え、他者の幸福を「わたしの負け」であるかのように捉えているから、祝福できないのです。

    ・この人と一緒にいると、とても自由に振舞えると思えたとき、愛を実感することができます。
     劣等感を抱くでもなく、優越性を誇示する必要にも駆られず、平穏なきわめて自然な状態でいられる。本当の愛とはそういうことです。

    ・10人の人がいるとしたら、そのうち1人はどんなことがあってもあなたを批判する。
     あなたを嫌ってくるし、こちらもその人のことを好きになれない。
     そして10人のうち2人は、互いにすべてを受け入れ合える親友になれる。
     残りの7人はどちらでもない人だ。
     
     このとき嫌う1人に注目するのか。それともあなたのことが大好きな2人にフォーカスをあてるのか。あるいはその他大勢の7人に注目するのか。

    ・過去が見えるような気がしたり、未来が予測できるような期がしてしまうのは、「いま、ここ」を真剣に生きておらず、うすらぼんやりとした光の中に生きている証。
     過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」になんの関係もないし、未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。

    ・人生における最大の嘘は「いま、ここ」を生きないことです。
     過去を見て、未来を見て、人生全体にうすらぼんやりとした光を当てて、なにか見えるつもりになることです。
     あなたはこれまで「いま、ここ」から目を背け、ありもしない過去と未来ばかりに光をあててこられた。
     自分の人生に、かけがえのない刹那に、大いなる嘘をついてこられた。

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著者プロフィール

1956年生まれ。共著書に『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)、訳書にプラトン『ティマイオス/クリティアス』(白澤社)ほか。

「2020年 『自然と精神/出会いと決断』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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