嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え

  • ダイヤモンド社
4.23
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本棚登録 : 32200
レビュー : 2970
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784478025819

作品紹介・あらすじ

本書は、フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される、アルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)を、「青年と哲人の対話篇」という物語形式を用いてまとめた一冊です。欧米で絶大な支持を誇るアドラー心理学は、「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに、きわめてシンプルかつ具体的な"答え"を提示します。この世界のひとつの真理とも言うべき、アドラーの思想を知って、あなたのこれからの人生はどう変わるのか?もしくは、なにも変わらないのか…。さあ、青年と共に「扉」の先へと進みましょう-。

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    アドラー心理学に関する本。これもYouTuber「まこなり社長」のオススメの1冊でした。
    本当に奥深いなぁと読んでいて思いました。
    ただ、正直なところ、本書を1回読んだだけでは、「アドラー心理学の真理」に私は到達できなかったように思います。。。
    (アドラー心理学を習得するのには今の自分の年齢の半分くらいの時間が掛かると言われていますが、納得です。)


    そもそもアドラー心理学とは、「他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学」という定義があるようです。
    この大元の定義から「他人の目ばかり気にするな」という考え方につながり、拠ってタイトルも「嫌われる勇気」となったのでしょう。
    他の心理学(ユングなど)と大きく異なるのは、この考え方を用いて他人の心を読もうとするのではなく、「自分の考え方を変える」というある意味自己啓発的なニュアンスを持っている点なのかもしれません。

    ただ、本書はアドラー心理学について「プレゼン形式」ではなくて、反対派(?)の意見を交えた「対話形式」となっているため、どうしても冗長となり要点を掴むのが難しかった・・・・
    そもそも「青年」の反論は本作に必要なのかな?
    読み手の僕としては、アドラー心理学がどんなものかをザックリ知りたかっただけなので、不要かなーと思いました。
    ていうか、なによりも「青年」の反論1つ1つがヒステリックすぎてイタイというか単純にウザイ(笑)
    アドラー心理学を知るイイきっかけにはなるけども、もう少し深く知りたい読者にとっては少々物足りない1冊となるかもしれません。

    また、繰り返しになるが、もはや哲学なのじゃないかというレベルに奥が深い・・・・
    他人に関心を持ちすぎるなという反面、決して自己中心的になれというわけでもない。
    「自己への執着」を「他者への関心」に切り替える事が鍵となる。
    「他人から何かを与えてもらう」のではなくて「自分が他人に何で貢献できるのか」を考える。
    だけど、他人の目を気にしちゃいけない。
    などなど・・・・書いてあることが相反する事ばかりなので、「結局、何をすればいいの?」って頭が混乱してしまいました(笑)

    結局、本書の後半にあった、「(目の前の小さな共同体から)嫌われる勇気」が重要ポイントなのかなーと思いましたが、一度読んだだけでは理解しきれないくらい奥が深い1冊でしたので、再度チャレンジしようと思います。


    【内容まとめ】
    0.アドラー心理学とは、「他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学」

    1.世界はシンプルであり、人生もまたシンプルである。
    だから、人は変われるし、誰しも幸福になることができる。
    それなのに、自分の主観が入るせいで、自らが世界や人生を複雑なものにしてしまっている。

    2.「原因論」と「目的論」
    アドラー心理学では、トラウマ(原因論)を明確に否定している。
    原因と結果の因果律として、結果に対して多少の影響はあるとしても、それがすべて結びつくわけではない。
    一方、目的論は、自身の「目的」に対して後付けで「原因」を探し出し、ある種強引に結びつけていることを言う。

    3.人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである
    アドラー心理学の根底に流れる概念。
    他者の存在を前提として、比較してしまうから悩みが生じる。
    また、対人関係を消してしまうことなど出来ないからこそ、悩みが生じる。

    4.すべての人は、「同じではないけれど対等」
    健全な劣等感とは、他者との比較の中で生まれるのではなく、「理想の自分との比較」から生まれるもの。
    対人関係の軸に「競争」があると、人は対人関係の悩みから逃れられず、不幸から逃れることができない!

    5.権力争いに乗ってはいけない。いかなる挑発にも乗ってはいけない。
    もしも相手に面罵されたなら、その人の隠し持つ「目的」を考えよう。
    もし相手が「勝つことによって自らの力を証明したい」ことが目的ならば、それはもはや「権力争い」へと突入してしまう。
    相手の目的が議論ではなく権力争いであるなら、いち早く争いから降りてしまえばいい。

    6.「怒りという道具に頼る必要がない」と思え!
    怒り以外のコミュニケーションツールを用いよう!

    7.アドラー心理学の鍵概念「共同体感覚」
    あなたは共同体の一部であって、中心ではない。
    「わたし」は世界の中心に君臨しているのではない。
    「わたし」は自分自身の人生の主人公でありながらも、あくまで共同体の一員であり、全体の一部でしかないのです。

    だからこそ、他者を「わたしのために何かしてくれる人」と捉えず、「わたしはこの人に何を与えられるのか?」を考えなければならない。
    所属感、自らの居場所は与えられるものではなく、自分の手で獲得していくものである。

    8.アドラー心理学の鍵概念「共同体感覚」
    「自己への執着」を「他者への関心」に切り替える。
    あなたは共同体の一部であって、中心ではない。「わたし」は世界の中心に君臨しているのではない。
    「わたし」は自分自身の人生の主人公でありながらも、あくまで共同体の一員であり、全体の一部でしかないのです。

    だからこそ、他者を「わたしのために何かしてくれる人」と捉えず、「わたしはこの人に何を与えられるのか?」を考えなければならない。

    所属感、自らの居場所は与えられるものではなく、自分の手で獲得していくものである。

    9.(目の前の小さな共同体から)嫌われる勇気
    目の前の小さな共同体に固執することはありません。もっと大きな共同体が、世には必ず存在します。
    もしあなたが異を唱えることで崩れる程度の関係なら、最初からなくても良い。
    関係が壊れることだけを恐れて生きるのは、他者のために生きる、きわめて不自由な生き方なのです。



    【引用】
    p115★
    ・アドラー心理学とは、「他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学」です。


    p3
    ・世界はシンプルであり、人生もまたシンプルである。人は変われる、誰しも幸福になることができる。
    それなのに、自分の主観が入るせいで、自らが世界や人生を複雑なものにしてしまっている。


    p30
    ・「原因論」と「目的論」
    自分の過去の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自分を決定する。
    アドラー心理学では、トラウマ(原因論)を明確に否定している。
    原因と結果の因果律として、結果に対して多少の影響はあるとしても、それがすべて結びつくわけではない。
    一方、目的論は、自身の「目的」に対して後付けで「原因」を探し出し、ある種強引に結びつけていることを言う。


    p52
    人は色々不満があったとしても、「このままの自分」でいることのほうが楽であり、安心である。
    つまり、変わる「勇気」が足りていない。
    だから変わることが難しい。


    p71
    ・人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである
    アドラー心理学の根底に流れる概念。
    他者の存在を前提として、比較してしまうから悩みが生じる。
    また、対人関係を消してしまうことなど出来ないからこそ、悩みが生じる。


    p76
    ・我々を苦しめる劣等感は「客観的な事実」ではなく「主観的な解釈」なのである。
    事実はあくまで客観的である事が多いが、その事実に対して自分自身がどのような意味づけを施すか、どのような価値を与えるか?

    「客観的な事実」は動かせないが、「主観的な解釈」はいくらでも動かすことができる!


    p79
    ・「優越性の追求」と「劣等感」
    優越性の追求:向上したいと願う、理想の状態を追求する。

    人は誰しもギャップを感じ、その状態から理想に向けて脱したい、向上したいと願う普遍的な欲求を持っている。
    アドラーは、「優越性の追求も劣等感も病気ではなく、健康で正常な努力と成長への刺激である」と述べている。
    劣等感もまた、使い方を間違えなければ努力や成長の促進剤となる。

    「劣等感」と「劣等感コンプレックス」を混同しないように。
    劣等感それ自体が悪ではない。自らの劣等感をある種の言い訳に使い始める「劣等感コンプレックス」こそが悪なのである!


    p86
    ・優越コンプレックス
    →あたかも自分が優れているかのように振る舞い、偽りの優越感に浸る事。
    「劣等感コンプレックス」に我慢できなくなってしまった時、「できない自分」を受け入れる事も改善するアクションもしなかった場合、「優越コンプレックス」に人は陥ってしまう。

    すぐに自慢話に興じてしまうのも、一種の「優越コンプレックス」である。
    自信がないからわざわざ言葉にしてしまい、ことさら誇示してしまうのである。


    p92★
    ・すべての人は、「同じではないけれど対等」
    健全な劣等感とは、他者との比較の中で生まれるのではなく、「理想の自分との比較」から生まれるもの。

    対人関係の軸に「競争」があると、人は対人関係の悩みから逃れられず、不幸から逃れることができない!


    p104
    ・権力争いに乗ってはいけない
    いかなる挑発にも乗ってはいけない。
    もしも相手に面罵されたなら、その人の隠し持つ「目的」を考えよう。
    もし相手が「勝つことによって自らの力を証明したい」ことが目的ならば、それはもはや「権力争い」へと突入してしまう。
    そして自身が勝ったとしても、そこで終わらず次の段階である「復讐」「報復」という段階に突入してしまうだけである。

    ではどうする?
    相手の目的が議論ではなく権力争いであるなら、いち早く争いから降りてしまえばいい。
    「怒りという道具に頼る必要がない」と思え!
    怒り以外のコミュニケーションツールを用いよう!


    p109
    ・アドラー心理学「人間の行動面と心理面のあり方について」
    行動面の目標
    →自立すること、社会と調和して暮らせること。
    心理面の目標
    →「私には能力がある」という意識、「人々は私の仲間である」という意識


    p158
    なぜ「承認欲求を得たい」という不自由な選び方を選んでしまうのか?
    それは、誰からも嫌われたくないからである?


    p168
    ・他人を変える事は不可能
    わたしは「父を変えるため」に変わったのではありません。それは他者を操作しようとする、誤った考え方です。
    わたしが変わったところで、変わるのは「わたし」だけです。その結果として相手がどうなるかはわからないし、自分の関与できるところではない。

    他者を操作する手段として自分の言動を変えるのは明らかに間違っています。


    p181
    ・「自己への執着」を「他者への関心」に切り替える。
    「他者からどう見られているか」ばかりを気にかける生き方こそ、「わたし」にしか関心を持たない自己中心的なライフスタイルなのです。
    「わたし」に執着している人は、すべて自己中心的です。

    p187
    ・アドラー心理学の鍵概念「共同体感覚」
    あなたは共同体の一部であって、中心ではない。
    「わたし」は世界の中心に君臨しているのではない。
    「わたし」は自分自身の人生の主人公でありながらも、あくまで共同体の一員であり、全体の一部でしかないのです。

    だからこそ、他者を「わたしのために何かしてくれる人」と捉えず、「わたしはこの人に何を与えられるのか?」を考えなければならない。

    所属感、自らの居場所は与えられるものではなく、自分の手で獲得していくものである。


    p194★
    ・(目の前の小さな共同体から)嫌われる勇気
    目の前の小さな共同体に固執することはありません。もっと大きな共同体が、世には必ず存在します。
    もしあなたが異を唱えることで崩れる程度の関係なら、最初からなくても良い。
    関係が壊れることだけを恐れて生きるのは、他者のために生きる、きわめて不自由な生き方なのです。


    p198
    ・賞罰教育の否定
    アメとムチどちらにしても、背後にある目的は「操作」であり、そこには縦の関係が存在する。
    しかしアドラー心理学では、あらゆる「縦の関係」を否定し、すべての対人関係を「横の関係」とすることを提唱している。
    そもそも劣等感とは、縦の関係の中から生じてくる意識である。
    「同じではないけれど対等である」という横の意識を築くことが必須。


    p202
    ・「命令」ではなく「勇気づけ」を。
    横の関係に基づく援助のことをアドラー心理学では「勇気づけ」と読んでいる。
    課題に立ち向かうのは本人であり、またその決心とアクションも本人である。
    「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」というアプローチ。


    p204
    ・いちばん大切なのは、他者を「評価」しないということ。
    横の関係を築けているのならば、素直な感謝や尊敬、喜びの言葉が出るはずである。
    人は感謝の言葉を聞いた時、自らが他者に貢献できたことを感じる。

    そして、人は「自分には価値がある」と思えた時にだけ、勇気を持てる!
    他者からの評価ではなく、自らの主観によって「わたしは他者に貢献できている」と思えたときに、人は自らの価値を実感できるのである。


    p212
    「誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく」


    p252
    ・結局のところ、「幸福とは貢献感」なのである。
    「わたしは共同体にとって有益である」「わたしは誰かの役に立っている」という思いだけが、自らに価値があることを実感させてくれるのだ。


    p263
    ・計画的な人生など、必要か不要かという以前に、そもそも不可能である。
    人生は「いま」という刹那の連続なのである。
    人生は「線」ではなく「点」の連続なのである。
    よって我々は、「いま、ここ」に生きることしかできない。


    p275
    ・この刹那を真剣に生き切る勇気を持とう。
    人生における最大の嘘、それは「いま、ここ」を生きないこと。
    過去あるいは未来を見て、人生全体にうすらぼんやりと光を当てて、なにか見えたつもりになること。
    そうすることで、かけがえのない刹那の「いま」を逃してしまっている。


    p278
    ・一般的な人生の意味はない。人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ。
    刹那の連続の人生は、何が起こるかわからない事と常に隣合わせ。だからこそ、この一瞬一瞬を意識して生きよう。

    • 八幡山書店さん
      きのPさんの読まれたこの本買ってみました!読んだらまた感想書きます!
      もしよろしければ教えて頂きたいのですが、先日感想書いた反応しない練習と...
      きのPさんの読まれたこの本買ってみました!読んだらまた感想書きます!
      もしよろしければ教えて頂きたいのですが、先日感想書いた反応しない練習と似たような仏教の教えとマインドフルネスに触れた本を探しています。何か良い本はありますか?
      2021/02/26
    • きのPさん
      八幡山書店さん
      コメント有難うございます!ベストセラーの名に恥じない良い作品だと思いますので、お楽しみ下さい!(^^)

      「反応しない練習」...
      八幡山書店さん
      コメント有難うございます!ベストセラーの名に恥じない良い作品だと思いますので、お楽しみ下さい!(^^)

      「反応しない練習」に似た作品、ですか…
      すいませんが、「仏教的思想×マインドフルネス」だと、僕はこの作品しか思い当たりません…
      「マインドフルネス」に特化した作品であれば色々とありますが、今のところオススメできるのは「反応できる練習」だけですね(>_<)

      ちなみに、マインドフルネスではありませんが、ストレスマネジメントやメンタルケアのための本、いわゆる自己啓発関連でしたら沢山オススメがあります!

      ジョンキムさんの「時間に支配されない人生」、(少々クセがありますが)見城徹さんの「憂鬱でなければ仕事じゃない」、あとは読んで1番スカっとしたのはテストステロンさんの「筋トレが最高のソリューション」シリーズですね(^^)

      いずれも好みがあると思いますので、ご参考頂ければ幸いです。
      2021/02/26
    • 八幡山書店さん
      返信ありがとうございます!
      なるほど…それだけこの本が価値あるということになりますね。
      筋トレが最高のソリューションは気になってました!その...
      返信ありがとうございます!
      なるほど…それだけこの本が価値あるということになりますね。
      筋トレが最高のソリューションは気になってました!その他紹介してもらったのも含めて読んでみます^_^
      2021/02/26
  • 日本の組織に入ると、「好かれる」行動をしないといけない、
    そんな圧力を24時間感じるようになります。

    なぜなら、「好かれない」と「みんな」から仲間外れにされたり、
    イジメられたりするからです。
    ここでいう組織は、人が集まる場所で、
    これは学校でも会社でも変わりません。

    この本がよく売れた理由は、日本では他人から嫌われたら、
    生きていけないと思っている人がたくさんいるからです。
    この背景にあるのは、日本人は世界中の国の中で、
    最も失敗に対して恐怖心が強い人たちだからです。
    これは、国民性と言っても、よいと思います。

    アドラー心理学の役割は、「失敗」に対して、
    肯定的になれる見方を教えてくれることです。
    言い換えれば「失敗してもいいんだよ」と教えているくれる心理学ということです。

    人生の中で失敗は、たくさんあります。
    その中で日本人にとって、他人から「嫌われる」ことは、最大の失敗の一つです。
    しかし、嫌われることを恐れてはいけません。

    今、世の中には、ますます「嫌われるのを怖がっている人」を見つけて、
    イジメるのが好きな人がたくさんいます。

    学校や会社やそして家族まで、
    嫌われるのを怖がっている人を「失敗者」と判断してイジメています。

    でも嫌われたっていいんです。
    失敗したっていいです。
    日本社会では失敗や嫌われることが、凄くネガティブに捉えられていますが、
    世界では、「とても良いこと」として捉えられています。

    なぜなら、失敗した人は、積極的に行動したからです。
    嫌われた人はは、自分の意見や存在をみんなに表明したからです。

    だから生きるのに苦しむ必要はありません。
    それは、アドラーが一番、この実践心理学の体系を作って言いたかったことです。

    このアドラーが残してくれた大きな価値あるメッセージは、
    今の日本で、苦しんでいる人に、希望を与えてくれるものだと思います。

  • 130万部突破のベストセラー。
    ようやく手にしました。

    アドラー?????
    まったく知らなかった。

    「すべての悩みは、対人関係の悩みである」
    「人はいまこの瞬間から変われるし、幸福になることができる」
    「問題は能力ではなく、勇気なのだ」

    人を傷つけないように、嫌われないように。
    私自身、そのことに心を砕いてきました。

    ここに書かれているように、「そのような人は、たしかにまわりからの受けはよく、彼(彼女)を嫌う人は少ないかもしれませんが、その代わり、自分の人生を生きることができないことになるのです」

    心に響く~!
    納得です。

    私の言葉で相手がどう思うか…
    それを考えるのは私の課題ではない。
    どう思うかは相手の課題。
    そう言われると、とても楽になる。

    「他者はあなたの期待を満たすために生きているのではない」

    勇気をもらえる本でした。

  • “常識”の外側からそっとさしだされる、思いつきもしなかった考え方に、目から鱗!頭から湯気!
    ちゃぶ台返しのごとく、“常識”をひっくり返してくれる本。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    アドラー心理学を理解する哲学者(哲人)と、自分に劣等感を抱いている青年との対話形式で書かれた1冊。

    究極に読みやすい、けれど気を抜いて読むことはできない本…それがこの「嫌われる勇気」という本です。
    むしろメモを取りながら、一文一文を噛みしめるようにして読むことがおもしろすぎて、文章でグサグサ胸を刺されながらも、それでも読むのをやめられませんでした。

    1章ごとの内容の濃さは半端なく、メモをとりつつ読みきるまでに、丸3日かかっていました。
    そしてこの本を読み終わったときは頭がパンパン、充実感・脱力感のオンパレードで、かんっぜん!にオーバーヒートでした。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    今までわたしは「自己肯定感を高めること」「誉める子育て」をしようと頑張ってきたのですが、この「嫌われる勇気」を読んだことで、その根底がガラガラと崩れました。

    アドラーによれば、自己肯定とは「できもしないのに」わたしはできると自己暗示をかけることであり、本当に必要なのは「できない自分」をありのままに受け入れ、できるようになるべく前に進んでいくこと、つまり自己受容だというのです。
    であれば、自己肯定感を高めようとしてきたわたしは、そしてわたしの子育ては、なんだったのでしょうか。

    そして「ほめない、叱らない」という考え方にも衝撃を受けました。
    叱らないはわかりますが、「ほめない」とも言うのですから、哲人の話を聞く青年のように、読みながら反発してしまいました。

    しかしアドラーによると、「ほめる」というのは縦の関係であり、上の価値観によって下の行動を判断し認めることで、下を“操作”していくことだというのです。
    そうして育てられてしまえば、下の者は上の価値観に合わせようとふるまうようになり、自分のやっていることの舵を他者に任せながら生きることになります。
    それは、自分で判断する自由をなくすことでもあり、「自分には能力がない」という信念を作り上げてしまうというのですから、読んでいてゾッとしました。

    よかれ、と思って子どもを誉めていたことが、アドラー心理学の目線で見てみると、まるっきり価値観が変わってしまうのですから、なんとも恐ろしい話です。
    また精神科医・水島広子さんの著書、「対人関係療法でなおすシリーズ」や、「それでいい。」(細川貂々さんとの共著)の内容にかなり近いものを感じ、おそらく水島広子さんのベースには、アドラー心理学があるのではないかな?と感じました。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    もちろん、この本を読んで、アドラー心理学が絶対だ!としてしまうのも、言葉は悪いですが「正しくはない」のでしょう。

    大切なのは、「この考えだけが絶対に正しい」と信じこむことではなく、いろんな視点にふれ、自分自身の考えを作り上げていくことです。
    アドラーの考えである「なにがあったかではなく、どう解釈したかである」という言葉を借りれば、この本でアドラー心理学に触れて、自分がどう理解しどう解釈したのかが、いちばん大事なのです。

    「この本の内容は、抽象的すぎて使えない!」と憤る人もいるでしょう。
    でも、抽象的ということは逆に言えば、「だれでも自分に惹きつけて落としこめる」ということでもあります。
    本当の良書とは、こう生きなさいという具体的な指示が書かれたマニュアル本のことではなく、自分で考えていくためのヒントとなる考え方を伝えてくれる本のことではないでしょうか。

    アドラー心理学の考え方を実践するためには、“今の人生の半分の時間が必要”とも書かれていました。
    それくらい実践の難しいアドラー心理学ではありますが、完ぺきに実践しよう!なんて気張らなくてもいいのです。
    まず少しずつでも続けていけば、いつの間にかアドラーの教えは自分になじんでいるはず。
    そんな自分になれることを楽しみに、本書で哲人が言っていた「まず、これは誰の課題なのか?を考える」「いま、ここ」から、はじめています。

  • 青年と哲人の対話を通してアドラー心理学について学ぶことができる1冊。
    様々なところで紹介されているベストセラーであり、学生さんたちもよく借りていくので、読んでみたくなりました。

    心に響く部分もあったけれど、傷口に塩をすりこまれるようなヒリヒリした気持ちになったのは、自分に思い当たる部分が多々あるからでしょう。
    でも、ヒリヒリした余韻を引きずりながらも、日々重く感じていたあれこれが、読後に少し軽く感じられるようになっていました。
    私にとって、まさに今、読むべき本だったんだなぁ…。

    アドラー心理学を実践するのは長い長い時間が必要だし、決して簡単なことではないです。
    でも、理論を知るだけでも考え方が変わります。
    「世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」によってしか変わりえない」という哲人の言葉を噛みしめながら、日々を過ごしていきたいです。

    難しかったところもあるので、古賀氏があとがきで紹介されていた『アドラー心理学入門』(岸見一郎/著、ベストセラーズ)を読んで内容を整理してみようかな。
    その前に、続編『幸せになる勇気』を読んでみようかな。

  • 読みだした当初は、何故これがベストセラーだったんだろう?と思った。それは対話形式に慣れていなかったから。

    読み終わってみた感想は、「この本は確かに面白い。」

    それはアドラーの考え方が明解に示されるからだろう。
    そして、我々の普段の”常識”を覆される爽快感がある。

    この対話はソクラテスが対話によって哲学を説いたところからきていると聞いてなるほどと思った。当初、奇をてらったようにも思えたが、哲学的には由緒正しき形式なんですね。

    読み進めるうちに、スーッと内容が入ってくるようになってきます。対話にもリズムがでてきているような気が。

    この本をザーッと読んだだけの現時点では、ハッキリとアドラー哲学が分かったとはとても言えないのですが、私の現時点の印象は以下。

    誰もが、自分だけに集中し、自分しか見つめない視野狭窄に陥ってしまいがち。
    他人の評価を気にしすぎて自己主張しないことも、実は自己中心的な考え方で、他人のことを本当に考えていない。自分がいかに良い評かを得るかということ。

    自分と他人の課題をきちんと見分け、自分の課題以外には首を突っ込まないそれが、本当に自己中心ではないということ。

    アドラーの哲学は、対人コミュニケーションの哲学。

    本来の自分というのものをきちんと把握し、他人のためではなく、自分を持ち、他人に興味をもち、他人は仲間であると考える事で、自分の居所ができる。

    アサーティブ的な考え方に近い。

    とてもアドラーの言っている通りに実生活を乗り切れるとは思わないけれども。
    考え方として、凝り固まった頭をほぐしてくれるフレーズが満載と思いました。

    ウツっぽく、考えがマイナスに行っている時に、このような自分を俯瞰して見れるような視点をもてるということが大きい。

    課題を人のせいにしないで、自分が目的をもって課題解決できると思う。
    自分に対する責任の取り方を強く持つ、西洋的な個人を確立するという考え方がベターというようなニュアンスに近いのかな。

  • 哲学思想に興味があり、遅ればせながら、噂のアドラー心理学、こちらの「嫌われる勇気」を読みました。

    哲人と青年の会話形式で、大変読みやすく、一気に読んでしまいました。
    通勤中や仕事で外出の際の移動中にスマホで読んだのですが、気づいたら降りないといけない駅が過ぎていたり…が何度かありました。
    歩きスマホをして、ごめんなさい。。

    また、哲人さんについてですが、正しい読み方は、"テツト''でしょうか…??
    私は最後まで"テツジン"と読んでましたが笑。
    (もともと「哲」という漢字好きなこともありますが、)
    哲学者というキャラへのわかりやすいネーミングセンスもいいなと思いました笑

    内容については、あとがきでもありましたが、
    主観的解釈>客観的解釈の点では、ニーチェに通じるものがあり、興味深かったです。

    目的論、怒りという道具について、善と悪について、劣等感と劣等コンプレックス、承認欲求、権力争いについて…
    そして、課題の分離を入口として、「人生のタスク・"仕事" "交友" "愛"のタスク」へと話が移り、私たちが目指すべき姿「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」(共同体感覚)を教わります。

    読んでいると、哲人に対して、わたしも青年と同じように、「いやいやいや…アドラー心理学は子育て論には通用しないな、わかってないな」と心の中で突っ込みを入れていたら、すぐそのあとに子育ての話になり、そしてすんなりと納得させられ…なんだか私も彼らと一緒に書斎にいるような気分になっていることに気づきました。笑

    また、数年前の私の価値観では、受け入れることが難しかったような気がします。
    青年と同じく、このタイミングで出会うことができて良かったです。

    基本的には、自分の考え方(理想含む)に通じるものだったので、自分なりの漠然とした気持ちや考えがより明確になり、背中を押してくれたような印象です。
    心と身体が軽くなりました。
    特に、愛について、信用と信頼について、はまさに"勇気づけ"られました。

    そして、私の周りの大好きな人たち、素晴らしい人々、やりがいのある楽しい仕事ができているという自分の環境に心から感謝の気持ちでいっぱいになりました。
    自分を見つめることで、他者への想いに胸が熱くなりました。
    何なんでしょうか、この愛は。。笑

    私はいま正直に言って嫌いな人、苦手だと思う人がいません。
    (ぱっと出てこないだけなのか、人付き合いの世界があまりにも狭いのか…)

    これから、自己受容のもと、他者への無条件な信頼、この人達/仕事に自分は何を与えられるか?と考えること、素直な感謝や尊敬や喜びを表現することをもっと貪欲に求めていきたいと思います。

    *幸福とは(主観的な)貢献感である。
    →→→ここの理解は間違った方向へ行かないように気をつけねばならないと思います。仕事については大変納得ですし、今現在そのように実感がありますが、対人関係では少し、うーん…な気もしたからです。
    人間にとって最大の不幸は自分を好きになれないことである。=自己の価値を認めることで幸福感を得られる。
    またそれは承認欲求から得られる貢献感ではなく、目に見える貢献でなくてもいい。本当に貢献できているかは他者の問題なのだから、それも考えなくて良い。
    共同体感覚を持ち、行為のレベルであれ存在のレベルであれ、私は誰かの役に立てているとただ主観的に思うことで自らの価値を実感し、幸福を感じることができると。。
    哲人さんに言ったらすぐさま否定されそうですが、
    それで本当に心から幸福を感じるのでしょうか…?
    ''私は貢献できてる!あー幸せ!他者がどう思ってるかなんて他者の問題だから知〜らない!私は共同体にとって有益な存在だって自分で思えてるから幸せなの!"
    というイメージです。
    そんなただの自己満足で良いのでしょうか…?
    ニーチェは、超人になるための3ステップの最初で道徳的感覚をきちんと学ぶことを言っています。その後に自己の内面に目を向けて殻を破っていくと…。このように最初から自分と他者を割り切ってもいいものかと…。
    一方で横の関係という意思を持つように提唱もしていて、色んなことが相反するように感じられ難しいです。。
    哲人さん曰くでは、この私の感覚は、課題の分離、承認欲求の否定がきちんとできていないことであり、自己中心的ということの逆の逆だと言うのかな。
    「他者からどう見られているか 」ばかりを気にかける生き方こそ 、 「わたし 」にしか関心を持たない自己中心的なライフスタイルであり、 「わたし 」に執着している人は 、すべて自己中心的と言えます。だからこそ 「自己への執着 」を 「他者への関心 」(他者貢献)に切り替えなければならないと。
    なのでアドラー心理学を実践する上では、自分にとっては課題の分離と承認欲求を本当にきちんと実践することが一番の挑戦であり、それって難しいなぁ〜〜と感じました。


    *人生を線ではなく点の連続だと捉える、いまという刹那の連続にスポットライトを当てて充実させること。

    *真剣に生きていれば、深刻になる必要はありません。
    人生はいつもシンプルです。

    また先日、ある人から、「よーちゃんは本当にネアカ(根が明るいという意味らしい)だなぁ」と言われました...
    その時は、そっかな…??と思いましたが、
    いまは自分でもそうやなと確信しました笑

    でもだからと言って落ち込まない、悩まないというわけでは決してありません。
    これからもちょいちょいこの本、哲人さんにお世話になるのかなと思います。。

    そして哲人(アドラー)の言う通り、出会ったときの年齢の半分の時間を掛けて、本当に理解し習得できるようになるのでしょうかー…。

    話題になり評価の高い理由がわかりました。

    VIVA! ネアカ\(^o^)/

  • 本書は、哲人と悩める青年の対話形式でアドラー心理学についてわかりやすく解説している。アドラー心理学において一貫した考え方は、「変えられるものと変えられないものを見極め、変えられないものを受容し、変えられるものを変える勇気を持とう」ということである。本書では人生をシンプルにする方法論について書かれているが、私が特に印象に残った方法は以下の二点である。
    1. 原因論ではなく目的論で考える
    この方法は、時間軸で変えられるものと変えられないものを区別する考えであるといえる。例えば、時間がないから勉強できないのではなく、勉強したくないという目的のため他のことに時間を使っていると考えるのである。もちろん、すべての事象で目的論が正しいという根拠については何も書かれていないので科学(心理学)とは言えないが、変えられるものを変えるという時間の使い方は限られた人生の時間配分として有用であろう。
    2.他者の課題を切り捨てる
    これは、人軸で変えられるものと変えられないものを区別する考えである。例えば、誰かに何かをプレゼントしたとき、プレゼントを選ぶことは自分の課題であるが、そのプレゼントを相手がどう受け止めるかは他者の課題なので、それを悩む必要はないのである。承認欲求という他者の期待に基づいて生きるより、自分の価値観に基づいて生きるほうが自分でコントロールできる範囲が広がり、生きやすくなる。

  • 「たまにこういう自己啓発本に手を出すのは、自分への試練か何かですか?」
    「試練って……いや、流行りものを冷やかしてるだけなんだけどさ」
    蛹はソファのひじ掛けに氷枕を置き、その上に頭を乗せて横になっている。暑くて動けないらしい。
    そんな蛹を気にしながら、葉月は向かい側のソファに腰を下ろし、淹れたてのまだ少しぬるいアイスコーヒーに口を付けた。テーブルの上に投げ出してあった本を、パラパラとめくる。
    「確かに、いますよね、自慢話ばっかりする人とか、あれこれ要らないお節介ばっかりする人とか……いや、素直に嬉しいときもあるんですけど、なんかこう、このご恩は一生忘れません的なものを求められているように感じることもあるっていうか」
    「……何か思い当たることがあるんだろうけど、そういう人は、そういう人なんだと思っておけばいいんじゃないかな。一種の承認欲求なんだろうし」
    「相手に認めてもらいたい、ってことですか?」
    「ねえ、本来、好意や思いやりというのは、自分ひとりで完結するものだよ。誰かに何かをしてあげたい、というのは、相手に承認されるためではないはずだろ。君がやりたいからやるという、それ以外にありえないんだ。『誰それのために』とか『誰それのことを思って』という言葉の傲慢さについて考えてみればいい」
    「それは分かりますけど、それでも、親切にされたら感謝しなければ、人としてどうか、みたいなのあるじゃないですか」
    「そうかなあ……君だって、親切にされて嬉しいなら嬉しいと言えばいいし、もし迷惑だったらそう伝えればいいだけだと思うけどな。相手の承認欲求を満たすための道具に成り下がりたいなら、俺は止めないけどさ」
    「それが通じる相手なら、変に気をつかわなくていいんですけどねー……」
    「承認でも何でもいいけどさ、相手が求めるものをせっせと差し出し続けないと維持できない関係ってのは、何か意味があるの……?」
    葉月は何か言おうとしたが、蛹は言いたいことを言って力尽きたらしく、目を閉じてしまっていた。
    「体調が悪いのはお察ししますけど、それ9割以上、暑さのせいですよ。いい加減、エアコン買ったらどうなんです?」
    「エアコンか……あんまり興味ないんだよね……」
    うっすらと目を開けて、葉月の方を見る。
    「……アイスコーヒーが飲みたいなら、そう言ってください。いちいち分かりにくいんですよ」
    葉月はため息をつくと、彼の分のアイスコーヒーを淹れるため、キッチンに入っていった。

  • 【感想】
    自分の抱えている問題について理性的に原因分析をする青年と、青年に「過去を振り返らず、他者から嫌われる勇気を持ち、共同体への貢献性を考えろ」と説いた哲人。

    本書を読んだ人は、青年と哲人のどちらに共感を覚えただろうか。

    おそらく多くの読者は、哲人の言い分にある程度は同調しながらも、その高邁な精神に対して「あまりに理想主義ではないか?」と感じていたのではないだろうか。

    かくいう私もそんな感覚を覚えてしまった。
    哲人の教えは「今起こっている悩みの先」へアプローチする方法だ。しかし、言うは易く行うは難しである。身に降りかかっている災難をメタ的に捉えられるような人間は、そもそもトラウマに苛まれていないだろう。それができないから苦労しており、そこを「自分の力で何とかする」以外の方法を授けてくれ、というのが青年の心情ではないのではないだろうか。
    結局のところ、全ての問題を「自分が視点を変えることで解決でき、幸せになれる」と論じるのは、あまりにも大雑把すぎではないだろうか。

    おそらく、アドラー心理学だけでなくあらゆる心理学も、患者の悩みを解決できないという理由から、同じような批判を受けている。
    では、それはアドラー心理学が未完成ということを意味するのだろうか?

    そうではない。なにせアドラーの教えは「心理学」というよりも「哲学」なのだから。

    「岸見アドラー学」はソクラテスやプラトンらのギリシア哲学をベースに語られる、と筆者の古賀氏は説明している。この本の形式を青年と哲人の対話形式にしたのも、ソクラテスと市民の対話を意識したからだ。
    その意味で、岸見氏の視点で語られるアドラー心理学は、「特定の疾患を抱えた患者に対するカウンセリング」というよりも、「より広範で普遍的な悩みへの解法」という目的に注力している。

    そして、哲学は往々にして答えが導けないものだ。ようやく得られた理論も、他の哲学者から批判され、何千年にわたって比較・訂正される。
    例えば、分析心理学の祖であるユング――本書ではアドラーの当て馬として使われてしまったが――は、「人の心は過去の経験と密接につながっている」と説き、過去を知ることで自分を知ることができると考えた。アドラーが「自分の主観的な感情が全てであり、トラウマは存在しない」と説いたのとは真逆の発想である。
    この考えを聞いただけでは、ユングの考えのほうがすっきり腹落ちするように感じられるが、当然ユングの考えにも数々の論争が起こっている。

    結局のところ、アドラーの考えが「正しい」とは言えないのだ。

    では、わたしたちは何を信じればいいのだろうか。
    自分の悩みとどう向き合い、どういう行動を取れば幸せになれるのだろうか。

    それは、「自分で考え抜いた末に一つの答えを見つけ、納得すること」ではないだろうか。

    そもそも、哲学者と呼ばれる人たちはなにが凄いのか?
    それは、答えの出ない問いを徹底的に考え抜いた末に、「自分の思考」だけで回答にたどり着いたことである。

    哲学というのは、エッセンスだけ抽出すれば何とも味気ない物だ。
    「汝自らを知れ」「我思う、ゆえに我あり」「自由な生き方とは、他者から嫌われること」。
    哲人の個々の発言は、前後の文脈無しでは取るに足りない当たり前のことばかりである。
    しかし、哲人たちの言葉が数千年経った今でも語られているのは、そこに自分の力だけで辿り着いたからである。
    言い換えれば、哲学の本質とは難しい観念を定義づけることだけにあらず、「自分の力で悩みへの答えにたどり着くこと」にあるのだ。

    大切なことは、アドラーの考えに共感することや、アドラーの発言を暗記することではない。
    カウンセリングやソクラテスとの対話のように、アドバイスを自分の中で解釈しなおし、納得のいくまで考えぬくこと。哲人たちが行ってきたように、自分の悩みを見つめ直し、自分の力で答えにたどり着くことなのだ。

    アドラー心理学は、答えではなくて選択肢の一つだ。自分に合うなら実践し、合わないなら本を閉じておしまい、そうやって気楽に読むのが正しいのだと思う。

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    【本書のまとめ】
    1 アドラー心理学とは
    アドラー心理学:過去に起こった事象の原因を考えるのではなく、今現在から見た「目的」を軸に考える。
    (例)過去の虐待から人間不信になって外に出られない、のではなく、外に出たくないから、不安という感情を作り出している。
    アドラー心理学は、「トラウマ」について、「目的を達成するため、理由をあとづけで形成している」と捉えている。「原因論」ではなく「目的論」を重視した考え方、これがアドラー心理学の特徴だ。
    過去に起こったことは問題ではない。「なにがあったか」ではなく「どう解釈するか」がトラウマを乗り越えるカギなのだ。


    2 ライフスタイル
    アドラー心理学では、性格や気質のことを「ライフスタイル」という言葉で説明する。ライフスタイルは性格だけでなく、その人の世界観や人生観も含むものだ。
    そして、個人は自分のライフスタイルを、自ら選び取るものだと考えている。
    それは逆に言えば、ライフスタイルは先天的なものではなく、「選び取れる」ということを意味している。

    ある人が「変わりたい」と思っていても変われずにいるのは、他ならぬその人自身にライフスタイルを選ぶ勇気がなく、「変わらないままでいよう」という決心を繰り返しているからだ。


    3 対人関係の悩み
    アドラー「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」

    劣等感とは、なんらかの理想や目標を掲げ前進しているが、到達できていない自分に対し、まるで劣っているかのような感覚を抱くことである。

    われわれを苦しめる劣等感は「客観的な事実」ではなく、「主観的な解釈」である。人は他者と自己の特性を比べて、異なる部分を劣っていると解釈している。それは主観によるものであり、自分の手で選択可能なものである。

    劣等感自体は努力の原動力となり、悪いものではない。

    悪いのは、「劣等感コンプレックス」である。それは、自らの劣等感をある種のいいわけに使い始めた状態のことだ。
    これと対を成すのが「優越コンプレックス」。あたかも自分が優れているかのように振る舞い、偽りの優越感に浸る人間のことである。


    4 アドラー心理学における人生のタスク
    ●行動面の目標
    ①自立すること
    ②社会と調和して暮らせること
    ●心理面の目標
    ①わたしには能力がある、という意識
    ②人々はわたしの仲間である、という意識

    アドラーは人生をおくる過程で生まれる対人関係を「仕事のタスク」「交友のタスク」「愛のタスク」の3つに分け、まとめて「人生のタスク」と呼んだ。
    「人生のタスク」は全て人間関係に関するものだ。アドラーは「人間関係から逃げるのではなく、立ち向かうことで人生のタスクを乗り越えるべし」と説いている。


    5 他者の課題
    もし人生に悩み苦しんでいるとしたら、まずは、「ここから先は自分の課題ではない」という境界線を知ること。そして他者の課題は切り捨てることだ。それが人生の荷物を軽くし、人生をシンプルなものにする第一歩である。自分に対して人がどのような評価を下すか、それは他者の課題である。自分の及び知るところではない。

    他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとりとして介入させない。
    これが「課題の分離」である。課題の分離から全てが始まっていく。


    6 嫌われる勇気
    誰からも嫌われないように生きようとすると、ありとあらゆる他者の期待を満たすように生きざるを得なくなる。それは自分の人生を他人任せにすることであり、自分に嘘をつき、周囲の人々に対しても嘘をつきつづける生き方である。

    自由な生き方とは、他者から嫌われることだ。

    他者の評価を気に欠けず、他者から嫌われることを怖れなくなったとき、自分の生き方を貫くことができる。

    とは言っても、他人と距離を置け、自分のことばかり考えろ、というわけではない。他人との距離は、近すぎてもいけないし遠すぎてもいけない。


    7 共同体感覚
    対人関係のゴールは「共同体感覚」の獲得だ。この「共同体」という言葉は、家庭や学校、職場、地域社会だけでなく、過去から未来、そして宇宙全体までも含んだ、文字通りの「すべて」という意味である。(あまりに話が大きくなりすぎるので、ここでは会社や学校、家庭以外にもコミュニティは無限にある、程度で捉えるとよい)
    そして、共同体の中での「わたし」は、共同体の中心に位置しているのではない。あくまでも共同体のどこかの一部に属している。

    自分にしか関心を持たない人は、自分が世界の中心にいると考えてしまう。そうした人には周りの全てが「わたしのためになにかをしてくれる人」に見えてしまう。

    そうではなく、共同体に貢献していくこと、つまり「わたしはこの人になにを与えられるか?」を考えることが必要である。貢献を繰り返し、共同体感覚を獲得していく。


    8 横の関係
    あらゆることに対して、叱ったりしてはいけないし、褒めたりしてもいけない。しかるほめるは上の立場から下の立場に下す「縦の関係」であるからだ。縦の関係ではなく、「横の関係」を築かなければならない。他者を評価してはいけない。

    人は、「自分には価値がある」と思えたときだけ、勇気を持てる。「わたしは共同体にとって有益なのだ」と思えたときにこそ、自らの価値を実感できる。

    他者から「よい」と評価されるのではなく、自らの主観によって「わたしは他者に貢献できている」と思えた時、われわれは自らの価値を実感できる。
    何も難しく考えなくていい。「他者に貢献するスキルは無い」と悲観しないでいい。あなたは存在するだけで誰かに幸福を与えているのだ。


    9 自己受容について
    では、どうすれば「課題の分離」から「共同体感覚」の獲得につながるのか。そこで必要になるのが、「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」である。

    ●自己受容
    変えられないもの、ありのままの自分を受け容れ、変えられるものについては変えていく勇気を持つこと。

    ●他者信頼
    いっさいの条件をつけずに他者を信じること。

    ●他者貢献
    共同体の仲間に対して貢献すること。(自己を捨ててまで貢献しなくていい。自分の価値を実践するために貢献する)


    10 幸福について
    「わたしは共同体にとって有益である」「わたしは誰かの役に立っている」という思いだけが、自らに価値があることを実感させてくれる。
    言い換えれば、幸福とは「貢献感」である。他者から「あの人は貢献している」と思われなくても、そして実際に目に見える貢献をしていなくても、自分の気持ちの中で「わたしは誰かの役に立っている」と思えれば、それでいい。

    普通であることは、無能なのではない。わざわざ自らの優越性を誇示する必要などないのだ。


    11 幸福になるために
    人生における種々の目標が実現されようとも、全ては道半ばであり、頂上に到達することなどない。
    人生とは、目標のある線ではなく、一瞬一瞬の点の連続である。そして、「いま、ここ」が充実していれば、それでいいのだ。
    決して手を抜けと言う話ではない。大切なのは、過去も、未来も見ず、「いま、ここ」を真剣に生きることなのだ。

    あなたがどんな「いま」を送っていようと、そんなあなたを嫌う人がいようと、「他者に貢献する」という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、何をしてもいい。

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著者プロフィール

哲学者・カウンセラー。1956年京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。専門の哲学に並行してアドラー心理学を研究。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(ともに古賀史健との共著)ほかアドラー関連書多数。またアドラー関連以外の著書に『三木清『人生論ノートを読む』』などがあるほか、プラトン『ティマイオス/クリティアス』の翻訳も手がける(ともに白澤社)。

「2021年 『NHK「100分de名著」ブックス 三木清 人生論ノート』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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