金融に未来はあるか ウォール街、シティが認めたくなかった意外な真実

  • ダイヤモンド社 (2017年6月23日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784478068403

みんなの感想まとめ

金融の本質を鋭く問い直す本書は、現代の金融機関のあり方に対する厳しい批判を展開しています。著者は、金融が生活に必要である一方で、金融機関が自己利益を優先し、顧客のニーズを無視している現状を指摘。特に、...

感想・レビュー・書評

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  • 金融は神聖視されるモノでは無い。生活に必要ではあるが、昨今の金融機関は必要な機能の強化ではなく、金融機関同士の取引で巨額を稼ぎ、高い報酬を受け取っている。一方で、金融機関同士の結びつきが強くなることで世界金融危機も起きやすくなっている。ただし、金融危機が起きた際には政府に泣きついて助けてもらっている。

  • ふむ

  • ・お金が「他人ごと」で「お客様ごと」ではない金融機関
    ・お客様に提案した金融機関の担当者が「その頃には俺もお前もいない」から成り立ち得る無責任や利益相反、顧客不本位

    これらに対する批判本です。的を得ています。

  • 日本の金融行政にも影響を与えている英国人の教授によって書かれた本で、金融業界の問題点を鋭く指摘している。金融化が行き過ぎ、実体経済から離れて巨大化し複雑化したことを特に問題視している。それが非常に悪い形で示されたのが2008年の金融危機だが、「リーマンはシステム上で重要な金融機関であったかもしれないが、(経済的に)重要な企業ではなかった」と本質をうまく説明しているのには恐れ入る。また、「旅客機は乗客のコンセンサスに基づいて飛ぶわけではない」と表現し、金融主導の考え方がもたらす危険性を指摘している。そうした中で、「金融業界に横行する特権意識の強さ」や「金融業界に巨額の利益と報酬をもたらすからくり」に触れているが、「金融が存在するのは家計と企業に奉仕するためである」ことを忘れた金融業界へのいら立ちが読み取れる。オリジナルの題名は「Other People’s Money」。自分の懐が傷むことなく、他人の金を使って短期的に利益の最大化を目指す金融ビジネスへの警告であると言える。雄牛の寓話や牛乳屋で流動性の説明をしている箇所など、わかりやすい説明や洒落た比喩が随所にちりばめられており読み物としても面白い。

  • LSE教授にしてガバナンス論の権威による、金融の本質を問う本。端的に言って激烈な批判本。

    原題は”Other People‘s Money”、「他人のカネ」。これともうひとつの引用、「そのころには俺もお前もいない」、この二つで事実上本書は要約できてしまう。

    昔はそれなりに企業の目利き、という地味な役割を果たしていた金融が、単なる内輪の賭博、つまり同業同士のトレーディングに化けたひとつのきっかけとして、売っている人間自身が中身を知らない商品、すなわち証券化を激しくやり玉に挙げている。もうひとつ、お金を動かすことに対して手数料が生じる、という設計が壮大なアクションバイアスを呼ぶことも。そしてそれでも儲かることのひとつの原因として、規制が「少なすぎる」のではなく、「多すぎるにもほどがある」(序文より)からだと整理する。

    「Too big to failは要はToo complicated to failなだけで、しかもそれは仲間内のトレーディングが絡み合いすぎたからであって一般消費者には関係がない。金融機関を破綻させるな、という人は、その金融機関の提供するサービス(の質の高さ)を懐かしんでいるわけではなく、破綻の影響を残念に思っているだけである」。

    著者は言う。「われわれは金融を必要としている」(P338)。
    「業務範囲が絞られ」「建設的な目的を持ち」「それにふさわしいガバナンスを有し」「家計と企業に奉仕するための」機能(要は決済と資産の管理・・・)に、コーポレートガバナンスとスチュワードシップの設計で回帰することは可能だ、と。

    ・・・はい。
    で、ガバナンスが担保され、かつ無用な規制を外したときに、「業務範囲を絞り」続けることは企業にとって可能なのか、それは正しいのか。そんなこともふと思うのであった。

  • 原題の「他人の金」が本書の核心を表している。いつしか本分を忘れた金融業界が、他人の金で構築された複雑怪奇な伏魔殿で、仲介者が上前をはねる錬金術が金融の技巧として持て囃される。膨張の果てに世界を揺るがすクラッシュが発生してもなお、その倫理が改むるところが無く、搾取される側もそれを搾取と気付いていない。同じ事が今後起こらないと考える方が不自然で、それが邦題の意味にも込められているよう。平易な表現と分かりやすい論旨で書かれているので、金融の何たるかに慣れない読者も一度トライする価値のある一冊。掴みの為に巻末の短い寓話から読み始めるのも良い。

  • 本来の銀行業務は3%程度にすぎない。
    ケチャップ経済学=サマーズ=本体の価格を無視して投機ゲームをしている。
    本来ゼロサムなはずなのに、将来の損失を先取りしている。「そのころには俺もおまえもいない」ことで現在の利益を享受している。

    プレトンウッズはニューヨークからもワシントンからも遠いことから選ばれた。

    利益は情報の非対称性によるもの、と説明されているが、単に賭けをしているだけ。

    ブラックスワンによるリスクは何が問題なのかさえ分かっていないため、考慮されていない。

    効率的市場仮説の上に見逃している収益機会を探している。しかしその過程ではフォードやディズニーは生まれない。

    他人のお金でギャンブルをすることを禁止すること。

    オルタナティブと、他の資産を切り刻んだ資産の区別がつかなくなってきた。

    行く末に待つ命運からお金を前借したに過ぎない。そして返済日は気まぐれにやってくる。失われたのは他人の金。

    ボンジスキーム=ねずみ講と同じ。デリバティブの高収益も同じ。

    高いROEのためには、レパレッジを極度に高める必要がある。

    取引に対するトービン税が必要。
    預金取引をギャンブルから切り離す。
    大きすぎてつぶせない、は正しくは複雑すぎてつぶせない、に等しい。

  • リーマンショックとそれを引き起こした金融業界の欺瞞、怠慢に対してスチュアードシップ(受託者責任)に基づいた機関投資家のあるべき姿を規定した一冊。著者自身も指摘している通り、若干「時計の針を戻す」あるいは「古き良き時代の金融を取り戻す」類の施策にも思えるが、現在の金融(特に米国金融)が少なからず異常な進化を遂げてしまったのも事実であり、破壊的な変革が必要な時期なのかもしれない。

  • 東2法経図・6F開架 338A/Ka98k//K

  • 金融業界に属する身としては耳が痛く、襟を正すべき本。金融に夢を抱く人は読まないほうが良いでしょう。著者の示す金融の未来像(ナローバンクと専門金融機関?)は、まさに日本の過去の姿であり、なんとも言えない気持ちになります。

  • 投資銀行は、なんの富も生産していないということを、ずっと説明してくれるが、直観としてわかるが、具体的には、よくわからない。金融工学は用語からして、騙され感があって、ストンと来ない。長さのわりに、積み上がる理解ということがなかったのが残念です。

  • 先進国の巨大金融機関は、何の事業を営んでいるのか。個人の本源的資金を預金として集め、企業へ貸し出す。そんな伝統的な教科書にあるような姿ではもはやない。
    身内でお互いを出しぬくために優秀な人材と最先端の技術を惜しみなくつぎ込み、法外な利益と報酬を得ているのが真の姿なのだ。世の中への貢献度合いが収益につながらない、それを是とする不思議な業界。
    金融危機から早10年。巨大化した金融機関はさらに巨大になり、その事業の複雑さには何の変化もない。
    危機後の金融業界をテーマにしていた本は多いが、改めて視野が広がり、頭の整理ができた。

  • 「金融に未来はあるか」は実体経済に対して以上に発達しすぎ、投資銀行同士でお金を回すことで彼らが不当に利益を得ており、投資対象への目利きは劣化し、投資家や企業がないがしろであることを指摘する本です。

  • 原題は、『他人の金』w

    金融機関が、今、なぜこうなっているのか?についての考察が書かれていたが、面白かったのは、冒頭にある「雄牛の寓話」。

    雄牛の品評会の体重当てコンテストから、推計値平均が実際の体重に近い事を発見、後年、秤が壊れた主催者は、平均を答えにしようと考える、ズルがないようにプロセスが厳格化され、雄牛の生育についての情報公開、アナリストが出てきて、更に頭が切れる連中が、雄牛の状態を把握することには意味が無くてコンテスト参加者がどう推量するかを正確に見定める事だと言い、老農夫バフェットが不満をいうが、田舎もんと馬鹿にされる。バフェットの牛は丸々と肥えて良い牛なのに。 そして、雄牛の体重評価をめぐる規則を決めるための国際基準が作られ… 雄牛の体重を当てる人数がいなかったり少ないケースにもシカゴ大学の数学者たちが計算モデルを開発、他の推計値から計算が出来るようになり、畜産学についての知識は無用、強力なコンピュータさえあれば事足りる様に…
    更に、体重当てのプロや推計の精度を上げられるようにアドバイスする顧問など一大産業が出来上がっていた。秤を直した方が安上がりなんて言える雰囲気はもう無く、これほど大勢の賢い人々の知恵を結集し恩恵にあずかれるのに?と。そして、雄牛は死んだ。誰もが餌やりのことをすっかり忘れてたから。


    内容的には、金融の世界にいる人ならすっと入ってくる内容なのかもしれないが、門外漢からするとちと歯ごたえありだった。雄牛の寓話を詳細に追いかけて行く流れ。

    そして、以下の一文。
    「今日の預金、投資チャネルはどちらも、よほど腕に覚えがあって財布の紐の固い貯蓄者ではない限り、満足のいく実質リターンを得られない仕組みになっている。」


  • 金融危機からはや10年。第Ⅰ部は金融業界の異常性をゼロベースで再検証する意義はあろうが散々使い古されたテーマだけに陳腐さは否めない(原著は2015年刊行)。こうした書籍のような自己反芻をしても、金融マンとその仲間たち(象牙の住人も含む)は再びバブルを引き起こし活況のなか世界経済を崩壊させる過ちを繰り返すのだろう。そうした観点で捉えると、本書は金融経済誌で幾つかA book of yearを獲得しているものの金融業界の免罪符的スタンスに思える。

    第Ⅱ部・第Ⅲ部の金融の役割と提言は興味深い。結局は世界経済を崩壊の危機に追い込んだ投資銀行は、本質的な必要性はなく我々は決済機能のみ望んでいることを浮き彫りにしている。ジョン・ケイ氏の語るところを見るとトレーディング業務で自己肥大化していった金融機関はToo BigではなくToo Complexであることがよくわかる。

    本書自体は金融危機を起こした金融の非常識や不毛な複雑性を真摯に解きほぐして分析している良著ながら、当方が平行して読んでいるタレブ氏の『反脆弱性』のほうが分析に切れ味があり面白い。(タレブ氏自身も本書を絶賛)

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著者プロフィール

ジョン・ケイ(John Kay)
イギリスを代表する経済学者のひとりであり、現在はオックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジ・フェロー。フィナンシャルタイムズ紙に長年コラムを執筆し、イギリス政府の依頼により証券市場改革案(ケイ・レビュー)をまとめたことでも知られる。財政政策研究所ディレクター等歴任。著書に『金融に未来はあるか』(ダイヤモンド社、2017年)、『世界最強のエコノミストが教える お金を増やす一番知的なやり方』(ダイヤモンド社、2018年)など。

「2023年 『強欲資本主義は死んだ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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