アイアンマウンテン報告 平和の実現可能性とその望ましさに関する調査

  • ダイヤモンド社 (1997年7月3日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784478180167

作品紹介・あらすじ

アメリカを揺さぶり続ける禁断の偽書。60年代末期のアメリカで物議を醸し、封印されたはずの衝撃のレポートが、今また注目の的に。武装極右集団のバイブルとなった危険なロジック。オリジナルのレポートに加え、発行の経緯、その後のメディアの反応を集めた顛末記が収められた九六年発行のサイモン&シュスター社版を全訳。

みんなの感想まとめ

禁断の偽書が描くテーマは、戦争と平和、そしてその背後に潜む危険なロジックです。60年代末期のアメリカで物議を醸したこの報告書は、封印されたはずの内容が今再び注目を集めています。特に、国家にとって戦争が...

感想・レビュー・書評

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  • 1967年、アメリカ社会に一冊の「報告書」が投下された。それは核爆弾のような衝撃を持っていた。
    政府の極秘文書として「流出」したというその報告書は、こんな書き出しで始まる:
    「我々特別調査グループは、1963年8月7日、大統領特別補佐官の権限の下に召集された。我々の任務は、恒久的な世界平和が実現可能である場合、それは望ましいのか否かを検討することである」

    この一文から、読者は既に不穏な空気を感じ取る。なぜなら、「平和の望ましさ」を検討するというその前提自体が、私たちの常識を揺るがすものだからだ。

    報告書の分析は、まず戦争に関する根本的な通念を覆すところから始まる。クラウゼヴィッツの有名な「戦争は政治の延長である」という定式を、真っ向から否定するのだ。むしろ逆だと報告書は主張する―政治こそが戦争の副産物なのだと。

    この驚くべき逆転の論理は、冷徹な歴史分析によって裏付けられる。国民国家という制度自体が戦争の産物であり、近代的な官僚制度は軍事組織から生まれ、徴税制度は軍事費調達の必要から発生した。つまり、私たちが「正常」と考える政治制度は、実は戦争という「異常」が生み出したものだというのだ。

    報告書の分析は、読者を否応なく引き込んでいく。その論理の鋭さ、データの緻密さ、予測の正確さは、これが本物の政府文書であることを強く示唆する。文体や分析手法は、ランド研究所の報告書を彷彿とさせる。キッシンジャーやガルブレイスの関与を匂わせる記述は、さらにその信憑性を高める。

    戦争の経済的機能についての分析は、特に容赦ない:
    「戦争システムは、世界経済の安定装置として機能している。それは無駄な生産を正当化し、人為的な需要を創出し、価値の破壊を通じて経済の永続的な成長を可能にしている」


    具体例を挙げながら、報告書は読者を深みへと導いていく。例えば、古代インカ帝国の人身供犠システムについての分析。それは単なる「野蛮な慣習」ではなく、高度に組織化された人口調整メカニズムとして機能していたという。さらに衝撃的なのは、現代社会にも同様のメカニズムが必要だと示唆する点だ。

    あるいは、徳川期日本の分析。レポートは、これを「平和の中の戦争システム」の典型例として取り上げる。武家社会の儀式化された暴力、厳格な階級制度、そして「管理された平和」の維持メカニズム―これらは現代社会にも必要な機能ではないかと、報告書は冷徹に問いかける。

    この文脈で特に注目すべきは、カースト制についての詳細な分析だ。報告書は、インドのカースト制を「最も成功した社会統制システム」として高く評価する。それは単なる差別制度ではなく、社会の安定性を数千年にわたって維持してきた「完璧な抑圧システム」だという。驚くべきことに報告書は、現代社会にも同様の階層化が必要だと主張する。ただしそれは、人種や出自ではなく、「より科学的な基準」に基づくべきだと付言する。この「科学的な基準」という表現の不気味さは、読者の背筋を凍らせる。報告書はさらに、現代の教育制度や職業選択の制限が、事実上の「新しいカースト制」として機能している可能性を示唆する。

    さらに報告書は、人類の技術発展における戦争の決定的な役割を指摘する。例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチの発明の多くは軍事技術として構想された―彼の考案した巨大な草刈り機は、実は歩兵を薙ぎ払うための殺戮装置だった。あるいは鉄筋コンクリート―この「平和的」建築材料は、実は戦艦の装甲を強化する試みから生まれた。報告書は執拗に例を挙げる:航空技術、原子力、コンピュータ、インターネット、そして最新の医療技術に至るまで、人類の「進歩」のほとんどは、戦争という「創造的破壊」のプロセスの産物だというのだ。

    この指摘は特に痛烈だ。なぜなら、私たちが「平和的」と考える技術の多くが、実は戦争という「暴力の母体」から生まれたという事実を突きつけるからだ。さらに報告書は、皮肉な予測を付け加える―「完全な平和」は、技術革新の停滞をもたらすかもしれないと。

    戦争ゲームとシミュレーションについての分析も、独特の示唆に富む。ランド研究所で実際に行われていた核戦争シミュレーションから、現代のビデオゲームに至るまで、これらは「戦争の代替物」として重要な社会的機能を果たしているという。しかし同時に、シミュレーションによる戦争の「無害化」「抽象化」が、実際の戦争の心理的ハードルを下げる危険性も指摘する。

    そして、UFOについての言及は特に興味深い。報告書は、「地球外知的生命体の脅威」を、核戦争に代わる新たな「共通の敵」として提案する。これは単なる思考実験ではない。UFOの目撃情報を社会統制の手段として積極的に利用することを、報告書は真面目に提言するのだ。

    ここまでの分析に、読者は戸惑いを覚え始める。あまりに論理的で緻密な分析でありながら、その結論は次第に非人間的な、あるいは狂気じみたものになっていく。

    このあたりから、報告書の本質が見えてくる。これは単なる政策提言ではない。ランド研究所をはじめとする戦略研究機関の思考様式そのものへの、痛烈な批判なのだ。その非人間的な論理性、冷徹な分析、そして「科学的客観性」という装いの下での狂気の正当化―これらは、冷戦期の戦略思考の本質を暴き出している。

    しかし、より不気味なのは、この「パロディ」があまりに現実に近いことだ。報告書が予言した多くの要素が、現代社会で実現しているのではないか?

    例えば:

    ・テロとの終わりなき戦い(永続的な「敵」の創出)
    ・環境危機の政治利用(新たな「共通の敵」)
    ・監視社会の進展(「安全」のための自由の制限)
    ・メディアによる脅威の演出(恐怖の組織的利用)
    ・福祉国家による完全な管理(「人道的な」隷属)
    ・教育制度を通じた新たな階層化(現代版カースト制)

    報告書は結論する―「完全な平和は、現在の社会システムを崩壊させる。なぜなら、我々の社会は戦争を前提に設計されているからだ」
    この結論は、単なる皮肉を超えている。それは現代社会の根本的なパラドックスを突いているのだ。私たちは本当に「戦争のない世界」を望んでいるのか?あるいは、私たちは単に「戦争の形を変えた世界」を作り出しているだけなのか?

    後に、この報告書はレナード・リューインによるフィクションであることが明かされた。しかし、その分析の冷徹さと予言的な洞察は、現代においてますます重みを増しているように見える。それは単なる冷戦期の産物ではない。むしろ、人類社会の暗部を照らし出す「暗い鏡」として、今なお私たちに語りかけてくるのだ。


    補足:
    『Report from Iron Mountain』は日本では興味深い出版の経緯を持つ著作である。1969年、氏家尚による『戦争は消えない』という邦訳で初めて紹介された。注目すべきは、氏家がこれを完全な事実として受け止めていたことだ。彼は、特別調査グループの存在も、ジョン・ドゥーによる文書の流出も、すべてを真実として捉え、この「恐るべき報告書」の存在を日本の読者に警告すべく、義憤に駆られて翻訳を行ったのである。この真摯な受け止め方こそ、本書の持つ圧倒的なリアリティの証左といえるだろう。

    その後1997年に、この先行訳の存在を知らないまま山形浩生による新訳が出版されている。この「二重翻訳」という事実も、本書の持つ特異な魅力を物語っているといえる。

    なお、山形訳はPDFで無料公開(http://cruel.org/books/ironmountain.pdf)されているが、政府報告書やシンクタンクの文書を模した独特の文体は、時として読者を戸惑わせる。皮肉なことに、この「読みづらさ」自体が、官僚的な文書の持つ非人間性を暴露する効果を生んでいるともいえる。より親しみやすい文体を求める読者には、氏家訳の方がアプローチしやすいかもしれない。

    この虚構の報告書は、まさにその形式自体によって、私たちの社会の闇を照らし出すことに成功している。それは、真摯な読者をして完全な事実として受け止めさせるほどのリアリティを持ちながら、同時に狂気じみた結論を巧みに織り込むことで、逆説的に社会の狂気を浮かび上がらせる―この手法は、半世紀以上を経た今日でも、その効力を失っていない。

  • 平和って何?っていってあなたは去ってしまったわ。そんなのやり逃げでしょ?そんなことじゃさっき身籠ったあなたの子を育てきれないわ。なんですって?一日目につくった空をみろって?そりゃあ星占いはしてみるけどさ、なにこれ、スラテマア?知らないよお、こんな星座。ヘビ座とかリンゴ座ならきいたことあるけど。そうね、この子のこと、よく思ってないのね。。。でもこの子は生まれてこなきゃいけない気がするの。そして、生まれてくるその子を抱いてなんとかやりくりしていかなきゃならないのが、いまのあたしの使命。多分大丈夫。この報告書だって、すぐに書き上がるわ。近くにはリンゴが茂ってるし。。。さむい。雪が降ってきた。今夜はこの馬小屋で、藁を敷きつめて寝よう。今日は星が一段と輝くわ。その中でも一段と輝くあの星。。。ベツレヘムっていうみたいなの。。。そしてあたしは。。。

  • 戦争は国家にとって有益であり、戦争が消滅すれば世界は崩壊する!!
    長年封印されていた、禁断のアメリカ政府機密報告書がついに日本語で読める事に。

    ちゃんと翻訳者山形浩生の解説読むように!!

  • キレイ事ばっかで足元も見ないで反戦とかいってる奴らが死ぬほど嫌いだ。
    2005年末の帰省行き帰りで読んだこの本は「1960年代半ば、冷戦終結の予感をもった匿名のアメリカ政府筋が民間有識者からなる委員会を組織し、この報告をまとめさせた。その結論が不穏で公表を差し控えることになったものの、委員の一人が危機感をおぼえ、あえて世に問うた」という設定の偽書。

    (下記URLは訳者あとがき ちなみに以下の文中に出てくる猪口邦子はこの前組閣されたショッキングブルードレスのドラえもん)
    http://cruel.org/books/ironmount.html

    全編においてみなぎる冷徹なロジックで導き出されたその結論とは

    「永続的な平和は、理論的には可能だが、現実的には実現不可能であり、またかりに実現したとしても、それが安定社会の最大利益と一致しないのは確実である」

    で、これを導き出す基本ロジックは批判対象であるハマーンカーンの

    「我々は時速30キロの速度制限を受け入れるよりも、自動車が毎年4万人の人々を殺すのを受け入れる方を選ぶ」

    というこの国に今でも十分に存在する(ちなみに今年は7千人)考え方であり非常に重要な現実認識だ。

    別に経済が戦争を要求しているというめくら陰謀論な話じゃあなくて、現代社会そのものの基盤に戦争ががっちり食い込んでんだから、平和が台頭した暁にはその代替を用意しなければ安定的社会は成り立たない(芸術すらそうである)という現実を元に作られていて、一言で言って大人な思考。平和っていいよねって言っとけばとりあえずOKで自分は高尚な目的に身を委ねているんだって子供じみた安心感とか一切ありえない。

    さらにこの書籍の背景も面白い。当時の心情左翼が上記ハマーンカーンに代表されるシンクタンクを攻撃するためにあえてその思考論述方式を用いて作成されたパロディー(偽書)であったがために、まじめに思考しようとするとどうしても躊躇してしまう領域に「笑いがとりたいから」という蛮勇を持って切り込みすぎてしまう思考の明晰さに「左翼って実は頭いいんだ」という驚きとそのよって立つポジションをひっくり返してしまう愚かさ。

    本書はPDFで全部読めるので興味のある方はどうぞ。
    http://cruel.org/books/ironmountain.pdf

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