ポスト資本主義社会 21世紀の組織と人間はどう変わるか

  • ダイヤモンド社 (1993年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784478371022

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

未来の社会を見据えた洞察が詰まった一冊で、特に21世紀における「知識社会」の重要性が強調されています。著者は、教育の在り方が変わり、社会人が再教育を受ける必要性を指摘し、変化する時代に適応するための知...

感想・レビュー・書評

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  • ポスト資本主義社会
    21世紀の組織と人間はどう変わるか
    著:ピーター・F・ドラッカー
    他訳:上田 惇生
    他訳:佐々木 実智男
    出版社:ダイヤモンド社

    内容を見直しましたが、名著集からは、ちょっと構成がちがっていました。

    西洋史では、数百年に一度、際立った大転換が行われる
    13世紀、印刷技術の発明により、宗教改革とルネサンスが起こった
    18世紀、資本主義と共産主義が現れて、産業革命が起こった
    そして、20世紀、生産性革命が起こり、戦後マネジメント革命を経て、世界はポスト資本主義の時代にはいった。
    テイラーの科学的管理法と社内教育のおかげで、ブルーカラーの生産性は飛躍的に向上した
    そして、現代は、ポスト資本主義=知識社会の時代にはいっている

    本書は、知識社会を論ずる書である

    気になったのは、以下です

    ・知識が単なるいくつかの資源のうちの1つではなく、資源の中核になったという事実がわれわれの社会をポスト資本主義社会とする

    ・組織とは、共通の目的のために働く専門家からなる人間集団である
    ・組織の成果は常に外部にある。組織の内部には、コストしか存在しない
    ・組織では常にマネジメントが行われる
    ・成果お上げる組織は独立している

    ・ポスト資本主義社会における組織は、変革機関である
     組織はつねに変化をもたらすように組織される
     変革をもたらすように組織される
     そして、変革とは、創造的破壊である

    ・変化のマネジメント
     ①組織はその行うこと全てについて、カイゼンを行う
     ②組織は開発、すなわちすでに成功しているものについて、新しい適用方法の開発を行う
     ③組織は、イノベーションを学ぶ

    ・ポスト資本主義社会は分権化された社会である

    ・仕事のためのチームには3種類ある
     ①野球チーム 形としてはチームをなしているが、一体化したチームとして動くことはない
     ②サッカーチーム オーケストラのチームである、監督や指揮者が必要である
     ③テニスのダブルスチーム 少人数編成で互いの領域をカバーしあう、互いの強みと弱みを調整しあう
     テニスのダブルスチームこそ、あらゆるチームの中で最強である

    ・知識労働、サービス労働に必要な条件の1つに、仕事への集中がある

    ・生産性向上のための最善の方法とは、他人に教えることである

    ・よい仕事を行うには、与えられた仕事が社会においてもっとも重要であるという信念を持たねばならない

    ・不況に対処するための効果的な方法とは、インフラへの投資である

    ・知識の経済活動への適用には3つの方法がある
     ①カイゼン 生産工程、製品、サービスのたえざる向上への知識の適用
     ②開発への知識の適用
     ③イノベーションへの知識の適用

    ・知識は安くは手に入らない

    ・知識の生産性向上の原則
     ①集中化
     ②分散化
     ③多様化

    ・知識社会には、高度化された学習組織が必要である

    ・教師の果たすべき役割は、動機付けをし、指示し、激励することである
     教師はリーダとなり、相談相手となる

    ・今必要とされていることは、学校の本来の目的を再確認することである
     学校の目的とは、個々人の学習である

    ・知識社会では、方法論に関する知識が必要となる

    ・達成とは積み重ねである
     達成とは、上手に行えないことを前より下手ではなく行うことではない
     上手に行えることを、よりいっそう、上手に行えるようにすることである

    目次

    日本語版への序文
    謝辞

    序章 歴史の転換期

    ポスト資本主義社会とポスト資本主義政治体制
    知識社会への移行
    国民国家を超えて
    第三世界
    社会、政治体制、知識

    第1部 社会

    第1章 資本主義社会から知識社会へ

    知識の新しい意味
    産業革命
    生産性革命
    マネジメント革命
    一般知識から専門知識へ

    第2章 組織社会

    組織の機能
    独立の種としての組織
    組織の特性
    変革機関としての組織
    従業員社会

    第3章 資本と労働のゆくえ

    労働は今もなお資産か
    労働力の質と量
    資本家なき資本主義
    年金基金とその所有者
    企業の統治
    経営管理陣の責任

    第4章 サービス労働と知識労働の生産性

    チームワーク
    集中の必要性
    組織のリストラ
    外部委託の理由
    新階級闘争の回避

    第5章 責任型組織

    正しい行ないが悪となるとき
    社会的責任とは何か
    力と組織
    指揮命令から情報へ
    情報から責任へ
    全社員が貢献者である

    第2部 政治

    第6章 国民国家から巨大国家へ

    国民国家の矛盾
    巨大国家(メガテイスト)の諸側面
    乳母国家
    経済の主人としての巨大国家
    租税国家
    冷戦国家
    例外としての日本
    巨大国家は機能したか
    ばらまき国家
    成功の失敗としての冷戦国家

    第7章 グローバリズム、地域主義、部族主義

    通貨に祖国なし
    情報に祖国なし
    グラーバルなニーズとしての環境問題
    テロの防止
    グローバルな軍備管理
    新しい現実としての地域主義
    部族主義への回帰
    ルーツへのニーズ

    第8章 政府の再建

    軍事援助の不毛
    経済政策において廃棄すべきもの
    集中すべきこと
    乳母国家を超えて

    第9章 社会セクターによる市民性の回復

    「外部委託」の必要性
    愛国心だけで不十分である
    コミュニティの必要性
    職場コミュニティの消滅
    市民としてのボランティア

    第3部 知識

    第10章 知識 その経済学と生産性

    知識の経済学
    知識の生産性
    貨幣資本の生産性
    マネジメントの問題
    結合せよ

    第11章 責任ある学校

    日本の教育
    学校の成果
    学習方法の学習
    社会の中の学校
    パートナーとしての学校
    責任ある学校

    第12章 教養ある人間

    訳者あとがき

    ISBN:9784478371022
    判型:4-6
    ページ数:368ページ
    定価:2330円(本体)
    1993年07月22日初版発行
    1993年09月04日11版発行

  • 「ポスト資本主義社会」という題名が、自分の中ではどうもしっくりこなかったのですが、よく見たら「Post-Capitalist」なんですね。資本主義というより資本家。そうですよね。それならわかります。

    自分はメーカーのサラリーマンですがドラッカー氏は本当に組織論の神様というかその書物の毎ページに込められる慧眼の披露に感激します。こんな天才が100歳近くまで生きて最後までその深い洞察を著述してくれていた事に、心の底から感謝です。企業年金の問題なんて端的な例ではないでしょうか。これが93年の元旦以前にアメリカで書かれたものだとは...

    次の組織はオーケストラがモデル、というとやはり指揮者が必要ということでまだ何とかなりそうな気がします。指揮者も大変だしそもそも全部のパートを理解している作曲者という影の立役者が本当にキーになるのでしょうね。

    しかし、ジャズのトリオと言われるともうそんな事が可能になるのか途方にくれる気がします。しかし、2000年に入社した人間が中堅どころになる2020年には、「見事なジャズトリオ」の様な組織の生産性が上がっているのかもしれません。

  • ●2025年12月14日、Twitterで前澤友作さんのツイート通知がきた。「超富裕層を2,000人を迎賓館に呼ぶので話しませんか」という内容。チャットGPTに、「お金持ちから絞るのではなく、伸ばすという視点でおすすめの本ないか?」と質問しておすすめされた本。

    前澤さんのツイート:
    「とりあえず超富裕層2,000人を迎賓館にでも集めて懇親会的なパーティーでもしません?そこでいろんな意見出そうだし面白そう。もちろん参加費出しますので。」

    https://x.com/i/status/1999663063776280976

    メルカリで300円。

  • DP1a

  • 20世紀末の視点で書かれているがゆえに、21世紀の現実社会の大きなテーマ・イシューの多くが漏れてしまっている。それらは、中国の台頭、通信技術の進歩によるコネクテッドかつ文化的に均質化された社会、宗教的な対立(特にイスラム教 vs キリスト教)、テクノロジー企業の台頭、ポピュリスト政治の台頭、エネルギー政策などなど。

    もちろん、疫病が世界の経済活動の脅威になるとは全く書かれていない。

    しかし、さすが思索の巨人ドラッカー。資本主義社会にかわるレジームとして21世紀の社会の基本原理が「知識社会」となっていくという考え方は示唆に富む。また、20世紀までの教育の考え方が、学生時代と社会人というシンプルな2区分となっているものが、21世紀においては社会人が再び教育をうける立場となって知識のupdateをする必要があるという主張はとてもまとも。

    入手してからしばらく読まなかった。2020年1月に読み始めると武漢で新型肺炎が発生。色々とキナ臭くなる中で読み進めた感想は、

    『どんなに頭のいい人が知恵を絞って未来を予想しようとしても未来の方向性を当てることなんてどうせ無理なのならば、目の前の事象を前にして過去をゼロクリアしてどうしたらよいかを考えるしかない』

    桜が咲いた直後の雪の日曜に読了。

  • 相変わらず、ドラッカーの洞察力の鋭さには脱帽させられる。今に至るも注目されていない日本の問題点を1993年の時点で見抜き、指摘している。日本は、自動車、家電から脱却し、生物学や遺伝学に基礎を置く産業に注目すべきだと。

  • 古い本だけど、もう一度読むとまだまだ本当に思考のヒントになるね。

  • 読了

  • ソフトウェア開発の人間系に関する書物や論文に参考文献として挙げられることが多いので読んでみた。
    表面的には結構すっと読めてしまうが、もしかしたらそれぞれの部分で奥が深いのかも知れない。

  • 社会、政治、知識という3つの章にわかれている。資本主義や会社組織の形の変化が社会の章では語られ、巨大化する国家、グローバル化する企業、部族社会への回帰、NPOの役割などが政治の章で語られる。知識の章ではそうした社会・政治の変化の中で、知識が多くの役割を担ってきていることが語られ、知識を生み出すものとしての教育に重点を置いて語られる。いつものドラッカー節をやや広い視野から語った本で、ドラッカーの思想が時代にどう呼応しているのかを捉えるのによい。

    なによりもポスト資本主義社会は、国家の役割が減少した世界として捉えられている。グローバリズムや不足社会への回帰など、主権国家が捉えられない動きが大きくなってきている(p.26,33-37)。共産主義の終わりが示唆するように、社会が個人を守るという時代は終わった。社会による救済は消え、個人の独立が重視される世界が到来する(p.39f)。ここに知識の重要性が生まれる。

    テイラーについての評価が面白い。テイラーは知識を仕事に応用したからこそ、排斥された。テイラーの科学的管理法は労働者を単なる単純作業の担い手に貶め、仕事の尊厳を奪ったとして非難される。だが、それは仕事の内容を秘匿化することによって資本家に対抗していた労働組合による非難だ。テイラーはこの秘匿されたものに分析を加えて明らかにした。同時に仕事は単なる肉体労働ではなく、知識を用いて分析を行う経営専門家が必要だと要請した。このことはまた、資本家を怒らせることになった(p.75-79)。

    他にはドラッカーの視点としてよく出てくる、NPOや市民社会への着目がやはり面白い。国のために喜んで死ぬ意志としての愛国心と区別して、国のために進んで貢献する、国のために生きる意志が市民性だとドラッカーは言う(p.286)。そして愛国心は万国共通だが、市民性は<明らかに>西洋の発明であり、アテネやローマの真髄であると言う(だが、国家というものはレベルは様々であれ世界共通だとしても、国のために死ぬことを要求する愛国心という形そのものもまた西洋の発明であるように思うが)。そしてこの市民性を実現するものとして、以前のドラッカーは職場コミュニティを考えていたようだが(日本の職場コミュニティを典型として)、アメリカにおける社会セクター、つまりNPOや地域コミュニティなどにおけるボランティア活動が挙げられている(p.291-296)。このあたりはトクヴィルのアメリカ市民社会論を彷彿とさせ、かなり興味深い。またアレントのactionの概念も浮かんだ。

  •  1992年に執筆されたドラッカーの代表作の一冊。この年、日本ではバブル景気がはじけた直後で、日本で初めてホームページが開設されている。それから20年以上たった今から思えば一昔前の時代の話だが、本書の内容は古さを感じさせるどころか、これからの未来について考えさせられるものがある。グローバリズムと部族主義、NPOとコミュニティ、学校と教養、etc…現在進行形で語られている多くの事柄に対して重要な示唆が本書にある。
     知の巨人と呼ばれるドラッカーでさえもポスト資本主義社会のありようを語るには時期尚早と述べているが、「知識」の変化が重要であることは明確に述べている。「知識」そのものは目に見えないだけに普段意識することはないが、このキーワードに留意しつつ、世の中の変化に注目していきたい。

  • 刺激的なタイトルですが、社会に価値をもたらす源泉が「資本」ではなくなった、という話。市場経済を否定している訳ではない。
    それにしても1993年に書いたとは思えないほど、今の世界情勢を言い当てているのにはひたすら感動。やっぱすごいわ。

  • 本書では、現代(本書が執筆された1992年当時、おそらく2011年現在も含めて)を西洋、また西洋以外の文明も同様に歴史の転換点と捉え、その転換が創造するものをポスト資本主義社会と定義付けていています。

    掻い摘んで言うと、社会のシステム、政治のシステム、「知識」という定義が、これまでのおよそ200年の歴史の中でどのように変遷してきたか、またこれからどのようになっていくと思われるかについて述べています。(ただし、本書ではこれからの時代がどのようになっていくのかについては決して具体的に明らかにしないし、断定もしない。現代がどのような時代であるかを検証することが本書の目的)

    この本を読んで感じたのは、ドラッガー=経営の神様、という見方をされるけれども、本書を読む限りでは歴史、社会学にも精通されていたのだなということです。

    文字面は理解することができましたが、ドラッガーの言いたいことを本当に理解できているかは自信がないので3年後くらいにまた読み返したいと思います。

  • もう20年近く前に読んだ本だが、私にとってはドラッカーのNO.1である。
    これからの社会は、知識労働者(Knowledge Worker)が中心になるという主張には、当時、新鮮な刺激を受けた。
    彼の昔からの著作は、その秀逸な観察眼で社会の行方を切り抜いてきていた。
    知識労働者という言葉がまだ、世の中で使われてなかった頃のこの洞察は、納得感十分な表現で迫り、なぜこんなことまで判ってしまうのだろうか、と心底驚愕した記憶が鮮明である。

  • 知識経済の到来。
    知識基盤社会という言葉をドラッカー自身は使っていない。
    しかし、知識が食料を獲得する為の技術となることが予言されている。
    狩猟→農業革命→産業革命に次ぐ情報革命、知識革命が到来する。

    産業革命の時代において、重要なものは資本であった。
    Capitalを投資し、Capitalを増やす事が重要な時代だった。
    工業都市が生まれたのは必然だと言える。このパラダイムが変わる。

    個人は知識という生産手段を持ち得る時代になる。
    情報を持つだけでなく、これを適用する事で、知識労働者は
    資本家に対抗しうる力を得られるようになる。

  • ■近代以降、「知識」を工程や仕事に適用することで、生産性が爆発的に向上し、そのことにより社会の構造が変化してきた。資本主義の次に来るのは、「知識(が中心になる)社会」であり、現代はすでにポスト資本主義社会として、その転換期に入っている。「知識社会」においては、社会の在り方やや政治体制も現在と違ったものとなり、おのずと我々の生き方も変化が必要となる。本書は来るべき「知識社会」到来に向けてのパースペクティブと、現在取り組むべき課題をわれわれに提示する。

    ■マネジメントの神様と呼ばれるドラッカーは、自らのことを「社会生態学者」と呼ぶ。人間社会に対する幅広い知識と分析力をもって書かれた本書は、歴史や社会に対する新たな視点を提供し、ドラッカーがなぜ自らそのように名乗ったのかを、読者に納得させるに十分な根拠を与えている。

    ■本書が17年前(1993年)に書かれたということに驚きを隠せない。サービス労働の外部委託化、ばらまき国家の問題、グローバリズムと地域主義、テロの問題、非営利組織の必要性、企業の社会的責任など、ここに書かれていることは、昨今主要な問題として語られていることばかりだ。

    ■本書は『社会』、『政治』、『知識』のⅢ部からなっており、いずれも密接に関連しあって来るべき時代のパースペクティブを提示している。上記3章の順番は、予測の容易性の順位に従ったとのことである。

    ■確かに、『社会』においては、企業を中心に「生産性」の追求から、「責任型組織」化など、「ポスト資本主義社会」への移行が進みつつある。一方、『政治』の世界では、現実的にグローバル化や地域主義(EUの実現)などが進んでいるが、「巨大国家(メガステイト)」は依然存続し、いたるところで機能不全を呈している。租税国家、ばらまき国家、福祉国家、冷戦国家(軍事費に多くの予算を割く)、経済の主人たる国家。さまざまな機能を総合的に持ち合わせた国家において、いまだ「市民性」や“本当の”愛国心は培われていない。そして、『知識』についての課題は、もっとも重要でありながら、まだそれらへの問いを発することしかできないという。歴史の次の段階とされる「知識社会」の到来に向けて、「知識の経済学」を確立させ、「教育ある人間」による「人間が中心的な存在となる社会」を実現させることができるのだろうか?これら来るべき社会への課題を並べて、ドラッカーは読者に行動を呼びかけている。

  • 知識社会とは如何なるものかを説いています。

  • 目次
    序章 歴史の転換期
    1部 社会(資本主義から知識社会へ
    組織会社
    資本と労働のゆくえ
    サービス労働と知識労働の生産性
    責任型組織)
    2部 政治(国民国家から巨大国家へ
    グローバリズム、地域主義、部族主義
    政府の再建
    社会セクターによる市民性回復)
    3部 知識(知識―その経済学と生産性
    責任ある学校
    教育ある人間)

  • 2008/03/31 読了 ★★★★
    2009/10/07 読了

  • 2006/2/24購入。古本で安かったのでついつい購入。積読状態。

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