- Amazon.co.jp ・本 (177ページ)
- / ISBN・EAN: 9784479390954
作品紹介・あらすじ
「一人」は孤独なのか。「ひきこもり」であると自認する著者が指摘する「集団」は「一人」より強いか。社会の嘘、学校の嘘。
感想・レビュー・書評
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(2024/02/19 2h)
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吉本隆明の本は過去に1冊しか読んだことがありません。それも途中まで。難解すぎたからではありません。著者自身が本書で述べているように、あるときを境にわかりやすい文章を書かれるようになっています。わかりやすいのと内容を気に入るのとは別問題。著者の考えていることが何となくしっくり行かないので読むのをやめました。で、それ以外もまったく手をつけていませんでした。ではなぜ本書に手を出したか。もちろん、タイトルにひかれたのと、目次の見出しをざっと見ていると、なるほどと思えることが多かったからです。読みすすむと、やはりいくつかの箇所では納得行かない部分もありました。子どもは1歳までの親子関係でその性格の大半が決まってしまう(傷つけられている)、子どもの自殺は親の自殺願望が原因だ、などという部分です。それでも、そういう考え方もあるなあ、という感じで読みすすみました。著者自身、引きこもりがちだったようです。そうでないと、これだけのことを考えて、これだけのことを書いては来られなかったのでしょう。学校もあまり好きではなかったようです。小学生のころから先生やまわりの子どもたちの嘘を見抜いていたようです。私自身はどちらかというと学校ではうまく渡り歩いていた方だと思います。先生にも良く思われていることが多かった。良い子のふりをしていたのかも知れません。それで疲れるということでもなかったのですが、年齢が上がるにしたがって、誰とでもうまく付き合おうとすると、誰とも深く付き合えない、ということを感じるようになってきました。それから人付き合いが悪くなったのだと思います。大学生のころでしょうか。ひとりで本を読んだり、本屋に行ったり、芝居を見に行ったりすることが多くなりました。誰かに合わせたり、相手の考えを押しつけられたりするのがいやだったのだと思います。それでも逆に深い付き合いのできる友人ができました。ひきこもったり、不登校であったりというのは決して悪いことではありません。それぞれの生き方です。良くないことがあるとしたら、外に出られない、学校に行けない自分を自分で(あるいは家族が、まわりが)責め、傷つけることなのでしょう。家にいても、したければ勉強もできるし、社会との接点を持ち続けることもできます。インターネットを使えば、外に出ている人間よりももっと外を見つめることができるかも知れません。いろんな生き方があって良い。それを認める環境がととのえば良いと思います。著者は目が悪くなって原稿が書けないため、最近はインタビューをまとめて本にしているのだそうです。1時間半の講演会を聴くような気分で一気に読み通しました。
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一番考えさせられたのは
『教師が生徒と向き合おうとするから
生徒は迷惑する』といったところ。
う~ん、そういった切り口から来たか・・。
そして、次のように続いていく。
『「とにかく教師は生徒に向き合うべきだ」
という考え方には、子どもを「指導」してやろうと
いう、プロを自認する教師の、ある種思いあがった
気持ちがあります。そんなことをしなくても、
毎日後ろ姿を見ているだけで、子どもはいい先生を
見抜きます。自分の好きな先生を見つけて、
勝手に影響を受けていくのです。』
こう断じられてしまうと、自分が先生達から
受けた影響はそんなものだったのかも知れない
と納得するところもある。
いずれにせよ、大切なキーワードとして、
「思いあがった気持ち」を覚えていたい。 -
この本好きです。引きこもり
社会問題としてとりあげるのではなく、ご自身の体験に基づく形で書かれてあります。引きこもり=悪いことという社会認識とは違う観点で考察してます。すごく共感できることも多く感銘を受けました。最後の方に書かれていた老いに関するないようも今の自分には実感がなく想像でも難しいことでしたが、知れてよかったと思えます。 -
うーん、とってもよい本だった。
ひきこもっているときに人間が作られるのだ、とか。
外に出て行って誰かと関わるのが苦手ならそれでいいのだ、引きこもっているからおかしいとかそういうのは間違っている、というような事が書いてあり、ふむー、となりました。
私もある程度はひきこもれるようになりたい。創作活動のために。 -
言いたいことはわかるんだけど…。
インタビューをまとめたという形式なので仕方ないのかも知れないけれど、なんだかとても散文的で、掘り下げが足りない感じ。
なんでもかんでも「ひきこもり」としてしまう今の風潮を問題視するのはわかるんだけど、本質的なところに全然触れてない、表面的な話に終始しているという印象が否めない。
なんかちょっと違うんじゃないのかな~~~。 -
難しい。この本は難しいと思う。
文章は平易ですよ。さすが、読みやすい。
でも、これ、どう捉えたら良いのだろう?と。
まず、20年前の本であるということ。
「20年」という時間じゃなくて、
「iPhone登場」前と後では、
やはりだいぶまた、変わっていると思う。
同じ著者でも、絶対言うことは変わると思う。
だから、まずは、このタイトル。
こういう考えもあるのだ、という認識が必要。
でも、ここに救いを求めていいのか?は
とても難しいと思います。 -
初吉本隆明でしたが非常に読み易く、安心して読めました。
最近度々、「多様性」を認めようという世の中の流れの中で「多様性」の網からこぼれ落ちた人達があまりにも多いのではないか?と考える事がある。
ここで取り上げられる「ひきこもり」もその一つではないだろうか。
本書で描かれる内容とは少し異なるかもしれないが、イメージが(良いものも、悪いものも)先行して本質が見えなくなっていないかを考えるきっかけになる一冊。 -
著者の執筆時の年齢と自身の両親の年齢が近くなったためか、本題である「ひきこもり」よりも「死」「老い」に関する部分が強く印象に残りました。(p.105〜、p.110〜、p.166〜)
「老い」に対する「若年時の認識」と「当事者としての認識」の違いを記されていたのが理解できる内容だったため、今後の両親への向き合い方に良き影響をいただけたと感じております。 -
2019/12/06