ヘタレ人類学者、沙漠をゆく 僕はゆらいで、少しだけ自由になった。

  • 大和書房 (2024年12月14日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784479394419

作品紹介・あらすじ

「圧倒的な面白さ!」と話題の人類学本、爆誕!

山極壽一氏、松村圭一郎氏、中島岳志氏、小川さやか氏…各界より大推薦!!!

「理解不能な出来事を目の前にすると、相手を否定して自分を守ろうとしてしまう。しかし異質なものを、異質なものとして見ていても何も生まれない。偏見や独りよがりな思い込みではなく、「知」に「血」を通わせて、人と接していきたい。ずっと興味があった人類学の世界。その一歩が踏み出せそう!」
――ジュンク堂書店 藤沢店 小山さん

白と黒ではわけられないこの複雑な世界で、他者とともにあるために。
今こそ、僕たちには人類学が必要だ。

みんなの感想まとめ

異文化との出会いを通じて自己を見つめ直す旅の物語が描かれています。著者は、インドでのフィールドワークを通じて「ゆらぎ」をテーマに、自身のヘタレな一面をさらけ出しながら、異なる価値観や文化に触れる様子を...

感想・レビュー・書評

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  • ヘタレな僕がインドで様々な体験を繰り返し、得たものは?
    キーワードは「ゆらぎ」。
    ・プロローグ
    ・本書について、または「ゆらぎ」のフィールドへの誘い
    第一部 ゆらぐ自分  第二部 褐色の世界で見たもの
    第三部 ゆらぎの世界 第四部 僕がゆるがせてしまった世界
    ・エピローグ ・あとがきにかえて――旅の終わりに

    僕は常にゆらいでいる。
    自分の事、人間関係、将来など。
    そんな自分を“壊す”人生初の海外一人旅はインドへ。
    生まれ育った日本とは、あまりにも違った場所へ。
    異世界の中の異物という孤独感。周囲への不信感。
    そして辿り着いたジャイサルメール沙漠で、
    トライブ(少数民族)の青年と出会い、彼の故郷へ招かれる。
    沙漠の人々との交流と生活の中での様々な出来事。
    彼らの歩んだ歴史、文化や風習、信仰と儀礼、身体能力、
    人々の関係と親族、血族を知る。それらの中での、
    失敗と怒りは「ゆらぎの空間」を創造するための入り口。

    さすがに自分にとって難解な話はあれど、面白かったです。
    フィールド・ノートを中心に語られる探訪記と著者の歩み。
    ヘタレではあれど、考え、考察し、整理して理解してゆく。
    そして人類学者となり、30年近くインドとの関わりは続き、
    ゆらぐ自分を感じ、更に人々をゆるがしてしまう妙。
    出会いって偶然であり、必然であるのかもしれないなぁ。
    だからこそ、All is well!(すべて良し!)

  • 人類学者である筆者が20年におよぶインドでのフィールドワークをまとめた本。
    本人がヘタレと表現しているように、立派な人類学者の話ではなく。異文化の中で右往左往する様子が面白く、体を張って理解をしていく過程が興味深かったです。

    私たちが考えるあたりまえは日本のあたりまえであり、どこでも通用するものではない。驚くような事例もあって、例えば砂漠の民たちの「ありがとうの不在」の話。理由を聞いてなるほど~と思った。
    でもやっぱり私はいやだな。それは私側の常識と思っているもののせいだけど、もしもその場にいたら、理屈を説明されたとしても猛烈な違和感と不快感が伴ってしまうと思う。
    ただ、この世の中にはところ変われば、色々な考え方や価値観があるということはわかった。日本にいても時々理解に苦しむ人に出くわす。本当に腹が立つけど、もしかするとその人の中では理屈が通っているのかもしれないなぁと思ったり。

    異文化理解や多様性って、言葉で聞くよりも本当はずっと難しくて軋轢を伴うものなのだろうな。読み終えてそんなことを思いました。

  • 便利で整った日常の中にいると、ときどき窮屈さを感じる。
    何も不自由はないはずなのに、息苦しくなる瞬間がある。

    当たり前のように受け入れてきた環境や価値観、
    こうあるべきと無意識にまとっている自己イメージ。
    それらは私を守る鎧でもあるけれど、同時に見えない枠となって私の可能性を押しとどめているような気もする。

    この本を読んで、異なる世界に身を置いてみたくなった。
    自分とはまったく違う価値観にもまれて揺さぶられ
    一度、今の自分を壊してみたいと思った。

    便利さや安心は大切だけれど、その枠を越え本当の自分で生きる自由を選びたい
    そんな気持ちが芽生えた。

  • 2024年に出版された本なので、最近の話かと思いきや、1975年生まれの著者が大学生の頃、口が過ぎたせいで教授からたしなめられ、「自分を壊しなさい」と言う言葉をたまわり、インドに行くことを決意する、というところから話が始まるので、わりに時代はさかのぼる。
    副題にある「ゆらぐ」という言葉は、著者の言によると、どうやら人と人が関わり合うことで新たな「ものの見方」を獲得することを指しているらしい。自称「ヘタレ人類学者」である著者は、自分を打ち壊すためにインドへと赴くが、はじめのうちはホテルに引きこもっているし、だまされて酷い目に遭うし、バラモンの人と喧嘩してまた引きこもるしで、なかなか自分を打ち壊すという感覚には至らない。
    しかしその後、ある出会いが著者の岐路を変え、砂漠の民のコミュニティに深く入り込むことで、様々に新たな視点を獲得していくことに。
    例えば、シャワーを浴びている際、もの珍しさに覗いてくる子供がいたとしても決して人前では素っ裸になってはいけないこと。あるいは、家系の中における「妹」の存在は神にも等しいこと。そのため婚姻関係にある者以外は決して肌に触れてはならないこと。そういった決まりと、その裏側にある彼らなりの論理を知ることで、違った視点の獲得につながる過程がエピソードとして語られていく。 さらに重要なのは、失敗することにより発生する「怒られ」というものが何なのかという視点だろう。
    日本において「怒られる」というのは一種の「恥」に近い感覚があり、怒る側にとってみれば、他者との断絶を生む可能性のある、なるべくなら避けたい行為のひとつだ。しかしこの場では、自己と他者の絶妙なズレをあらわにする行いとして捉えられており、もっと言えば、コミュニティ内の論理や、自分自身の価値観を明示する行為と言い換えることもできる模様。そのことに気づいた著者は、「怒られる」という行為によって、より相手と自分との違いが明確になり、翻って、さらに深くそのコミュニティについて理解が深まるのだという考えに至る。
    他にも、この力場では「ありがとう」という言葉を極力"使わない"という認識があるようだ。理由としては、「ありがとう」という言葉を発することで、言葉のみによって一種の「返礼」が完了してしまい、チャラになってしまうことが無いようにするためとのこと。言葉によって「空手形」にすることなく、いつか受けた恩を返すことを意識し続けることで、関係性をより強固に保ち続けるという意識。
    ここら辺の考え方は、以前に読んだ『チョンキンマンションのボスは知っている』ともやや似ていて、受けた恩に対して言葉や物ですぐに返礼するのでは無く、関係性を維持するきっかけとして返礼を遅らせたり、コミュニティ全体で返したりと、その在り方は現代の資本主義文化に欠けた視点なのかもしれないな、なんて読みながら感じた。
    そうして、様式の違いを知ることで少しだけ「自由」になる過程がこの本には書かれている。著者の人生をたどるようにしながら。読後感も良く、自身や、人類学という学問自体が抱える欠陥についても言及しており、誠実な印象を全体から受けた。

    ただ、始まりからそうなのだが、少々ポエティックな表現が多く、どことなく著者のナルシストな面を感じなくも無かったので、個人的にはもっとその部分を抑えてほしいな、というのが本音。まあフィールワークって他者のことを自分がどう見てるかを知る行為なので、文章に人柄が如実に出ているのは、むしろ強みと言えなくも無いとは思うけど……(ごにょごにょ)

  • 人類学の話だけど、それを超える面白さだった。人生を変える本になるかもしれない。

  • 筆者がインドのフィールドワークで経験した異文化コミュニケーションをエッセイにした作品。

    多様性を認め合うということがどういうことなのか、筆者の経験のお裾分けをしてもらった。

  • タイトルを裏切らない、
    ヘタレっぷり!

    異文化に触れて自分の考えが
    変わるのは、よくある話だが
    双方向で相手方への影響にも
    自覚的な点がユニーク。

    シャーマンやカーストなど
    知った気でいる言葉の
    現代的なリアルもよく分かる。

    続編に期待(著者の結婚式編?)

  • 面白すぎた…!
    僕らが当たり前と思っている現代社会の当たり前が揺らいでいく
    例えば、「感謝する」のは他人との絆が弱いため、いう側面があるなんて…
    近年よくある贈与、所有、利他についての素晴らしい本と肩を並べる気がしている


  • ‪・ゆらぎ‬
    ‪・同質性が出発点/「個人」に執着した日本に対して、異質性によって駆動する世界/「個」を大切にしながら他者との相互作用によって生まれる「余白」の空間への許容度が高いインド。怒りや失敗のポイントは世界観に支えられた貴重なシグナルであり、相互のゆらぎの先に新たな気づき‬

  • 面白かった。
    生まれ変わったら文化人類学者になりたい!

    自分の国や周囲の規範や常識が通じない異文化に触れ、どう折り合いをつけていくか、という面で見ると、今後ますます増えるであろう外国人と共にどう暮らしていくかというこれからの日本の問題にも参考になる。
    「感謝の言葉を言わない」ひとつとっても、キー!ってなりそうだけど、それはそうなるかと筆者の考察に納得できる。一事が万事で、常識や習慣が正反対のことも多い。優劣の問題ではない。自分たちが正解で相手が間違っているわけではない。
    外国の人がたくさん日本に住むようになって、そういうことをフィールドワークに行かずして、国内で体験できる時代になって、なんてワクワクすることだろう(笑)。そのためにはゆったりゆとりを持ち、心を開いていなければならない。それはなかなか難しいことだ。
    筆者の言う通り、インドでの生活によって、窮屈でがんじがらめの世界から自由になれた。そのことはとてもいいことだ。
    日本が特に窮屈な国であるのは事実。だけどよその国はよその国なりの不自由さもある。異文化を知ることで、少しだけお互いにズレあえて、お互いに自由になれればいいなあ。

  • 面白かった~!
    電灯売りの青年の「今」を生きるAal Izz Wellに感動し、土足で踏み込まれることに戸惑い、科学を超えたようなスピリチュアルな出来事に驚く。インドや沙漠社会のいろんな悲喜こもごもに筆者が示す率直な反応に、人類学者も私と同じ普通の人間なんだなと、すごく新鮮で楽しい感動があった。なんとなく可笑しみのある文体も楽しいな~。

    今後どこの国に行くにしても、心に留めておきたいと思うキーワードが多々。
    自分は日本社会においてはどちらかというと不思議な人生を送っていると思う(し、よく言われる)が、そんな自分でも良いんだなと、ゆらぎまくりの自分を肯定できるような気がした。

    なんとなくずっと避け続けてきたインドに、最近呼ばれている気がする。
    ようやく行ってみるときなのかもしれない。。

    ・「失敗」「怒り」によって「ゆらぐ」ことができる。その瞬間は戸惑い、苛立ち、逃げたくなっても、実は「ゆらぎ」の先に、新たな気づきや新たな関係の可能性が開けている。こともある。

    ・マジョリティでいられる環境から一歩外に出れば、自分は「異物」であり、何なら「穢れ」であるかもしれない。

    ・異物である自分がそこにいることは、良い意味で誰かの一生を変えるかもしれない。同時に、誰かの一生を負の方向に狂わせることにもなってしまう。それでも出会ってしまう。影響を与え合ってしまう。ゆるがせあってしまう。

    ・感謝をしないということの文化的意味。昔国語の教科書で読んだ「ありがとうと言わない重さ」を急に思い出した。それはモンゴルの話だったが、人とのつながりと助け合いを大事にする社会として、共通しそう。すぐに借りを返さないことで、あなたの関係性を継続して育むという意思があることを示すというのは、すごく素敵だなと思った。

    ・世界のあり方を説明する原理は複数あってもいい。

    ・「全ての原因を突き止めろ」でもなく「考えるな、感じろ」でもなく、「世界と踊れ」。(p.190)
    実態と観念、具体と抽象、身体と精神という二分法を超えて、双方がせめぎあい、混ざり合い、溶け合っている。
    『宗教は考え出されたものではなく、踊り出されたものだ』
    マレット.R
    「生きる」と「生かされる」の間で踊りたい。最高だ~

  • 面白かった!男性は良いよなあ、自由に1人で好きな場所に行けて。

  • とても深い内容だった。価値観の違いを理解する事は想像以上に難しくもあり、意義深い事なのだと改めて感じた。

  • 日本での当たり前が通用しない異文化での右往左往が面白く、自分では経験出来ないことを知れるのは読書の醍醐味で楽しく読めた。マジョリティとマイノリティとはなんなんだろうと考えさせられることも多かった。ただ題名をまとめきれてないやんとツッコミたくなるように、内容の文章もちょっとくどくて読みづらい所もあったのは残念。

  • 学生の時にインドに渡航してから現地に魅了され、人類学として研究する過程での色々なお話。なかなか理解しづらい身分制度と差別、冠婚葬祭の金銭感覚など、国外に出ると当たり前がそうでなくなる、マジョリティがマイノリティになることなど楽しく読んだ。多様性を重んじる社会では、このように通常触れ合えない世界や人々の営みを知ることは重要と思う。研究者の若い時代の辛くも楽しい経験、というのにとどまることなく、いろんな知が広がっていくと良いなと思った。

  • 人類学者の20年に渡るフィールドワーク。ヘタレとゆらぎをキーワードに話が進む。
    日本では当たり前の「ありがとう」と「ごめんなさい」も、文化が違えば全く異なる。
    20年後のまさかの再会の展開も激アツ。

  • ふむ

  • ヘタレ版深夜特急。面白かった!気になったのは『議論好きなインド人』と『マリノフスキ日記』。絶版なので図書館頼みだな。

  • 雑にいうとインド滞在記の皮をかぶった人類学本。

    著者は若かりし頃に「自分探し」ならぬ「自分壊し」のためにインドへ旅立つ。そして砂漠に住む少数民族に出会って興味を持ち、人類学の世界へ足を踏み入れてゆく。序盤から中盤まではインド滞在記として読めるのだが、いつの間にか、違和感もなく人類学の本になっている。この書き方、持っていき方が巧み。

    人類学の領域に足を踏み込んだ「感謝のない社会」や「所有をめぐる問題」が興味深かった。『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』に書かれたような狩猟採集民族と少し似た部分がある。ただ、それを困惑したり怒ったり嘆いたりする個人的体験を基に描いているところが白眉。高野秀行のノンフィクションに近いかもしれない。「感謝」をわかりやすい形ですぐには返さない、ずっと覚えておく、ということの意味が興味深かった。そうすることで、絆というか関係性が持続するのだろう。すぐに「ありがとう」と言ってしまうと、そこで関係が切れてしまう。

    「交差する人生」も興味深かった。現地で生活を共にすることで著者自身も人生に大きな影響を受けるが、現地の人にも大きな影響を与えることになる。ちょっといい話になっているのも良かった。しかし、「兄」になって現地の人達に結構なお金を使っているようだし、自身の結婚式まで現地で挙げたりしている。これはもうエスノグラフィーなんて言葉を大きく飛び越えた活動で「ゆらぎ」どころではない気もした。

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著者プロフィール

1975年生まれ。東京都立大学大学院社会科学研究科修了。博士(社会人類学)。東京学芸大学教育学部人文科学講座准教授。編著に、『インドを旅する55章』(2021年、共編、明石書店)、『人類学者たちのフィールド教育:自己変容に向けた学びのデザイン』(2021年、共編、ナカニシヤ出版)、『萌える人類学者』(2021年、共編、東京外国語大学出版会)など。

「2024年 『そして私も音楽になった』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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