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Amazon.co.jp ・本 (248ページ) / ISBN・EAN: 9784479771739
みんなの感想まとめ
テレビ業界の裏側やその歴史に迫る内容が特徴で、視聴者や制作側の視点からテレビの現状を考察しています。著者は、リモコンの普及によるザッピング文化や、広告収入に依存した日本のテレビのモデルを詳しく解説し、...
感想・レビュー・書評
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テレビ業界の裏側業界に精通しているからこそ細かく書かれた本
リモコンの普及がテレビのザッピングを助長し、それが、テレビのフリを助長し
どこもかしこも同じようなテレビ番組を作成するようになった。
・郵政大臣、内閣総理大臣時代の田中角栄の大改革が、今のテレビ局の基礎になっている。
・ローカル局の収入の半分を占めるキー局から支払われる電波料
ネットワーク→キー局を頂点に地方のローカル局を結び、広告を流す、1000万人
単位の視聴者に広告を見せるモデルの確立、TVだからこそできる広告制作
・8割を広告収入に頼る見治ネスモデル
・過去に倒産がない
・日本にアンカーパーソンはいない
・アンカーパーソンはニュースに対して指摘コメントをしない、視聴者に答えを求める
・日本のニュースキャスターは指摘意見を言い過ぎ。
・TV業界の腸ねん転解消と新聞ーTVの系列
・時の郵政大臣、田名角栄は、関西、関東のTV局の出資のねじれを解消する
そして新聞による系列局化
・アメリカのTV局は、朝のモーニングショー、夜の全国ニュース
深夜のトークショーのみ
他の番組は独立した制作会社が作成し、TV局はそれを購入し流す。
日本のように制作を自社で行わず、市場の原理に合わせて売買を行っている。
・震災以後のTVの味方の変化
人々が求めるものは共感
人々に共感される作品はおのずと視聴率もついてくる
・TV番組はマーケティング重視からコンテンツ重視の時代へ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
衝撃のタイトルに思わず手にした。基本的に民放の「バラエティ」「ドラマ」の制作体制に対する危惧だが、自分の番組作りに対する姿勢も省みるきっかけとなった。テレビの歴史、キー局と地方局の関係、NHKの捉え方などテレビマンとして読んでおいてよかった。自分でも毎週「毎分視聴率」を気にしている。考えを少し改めないといけない。「コンテンツ重視の番組作り」へ。そのためにも世の中の価値観や関心の傾向を見誤らない感覚を研ぎ澄まさないといけない。
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広告費のかかり方、あこぎやなぁ。
1億円のうち電通が1,500万、4,800万を電波料としてローカル局に。
残り3,700万から関テレが500万取って、3,200万が制作会社に。
ギャラやスタジオ料引いて、860万が制作費。
えぐい。 -
テレビはいろいろと問題を抱えてて、あと7年で在来キー局の破綻的なことが起きますよ。
こんな問題がありますよ。
7年という数字にはたいした意味はないけどね。
そんな本。
著者自身、テレビ業界からお金もらってる立場だからね。
あんまりヒドいことは書けないだろうね。 -
テレビ番組があまりにもつまらないので、いったいどうなっているのだろうかと本を読んでみた。
著者は7年後(出版が2011年なので、2018年)にキー局が潰れるだろうと予測しているけど、甘いなあと思う。7年ももつわけないし、民放5局が4局になるなんてもので済むわけがない。
だって、何から何までどうしようもない。
ビジネスモデルは破綻しているし、KPIの測定方法は無茶苦茶だし、マーケットの構造は変わっているし、中にいる人間の能力が足りない。まるごと潰して、よそから違うものを持ってくる以外に立て直しの方法があると思えない。早い話が、法律が変わった瞬間に、外資に買収されておしまいだろう。
7年後には、たぶんNBCとかCBSとかを見ていると思う。(NHKは存在するだろうけど。)で、それで何も不都合だと思えない。というか、そうなってほしい。
この本も、全体的にわかりやすくてよかったのだけど、最後の見通しが激甘だ。震災以降の共感とか作り手の志とか。事の問題がそういうところにあるとはとても思えない。
上で、「中にいる人間の能力が足りない」と書いたが、その「人間」とは、プロデューサとか放送作家ではなくて、経営層のことだ。
根本的に、ジャーナリストとしての素養がない。そういう人たちに、こういう大事なメディアを扱ってほしくない。
専門馬鹿の弊害や自由というものは分かっているが、そのうえで、やはり人権や社会正義をないがしろにする人に政治家になってほしくないし、生命を大切にしない人に医者になってほしくないし、オカルティストに科学者になってほしくないし、エンジニアマインドのない人が、インフラ的な巨大IT企業のCEOにならないでほしい。そういう意味で、ジャーナリストの素養がない人がテレビのような巨大メディアを取り扱わないでほしい。
そしてこれが、テレビの致命傷だと思う。
その上で、ビジネスとしてことを打開する能力がない。いっちゃあなんだが、この本で一番の「弱い環」とみなされているローカル局の経営問題だけど、こんなの、ビジネス界だったらどこにでもある話じゃないか。メーカーが全国規模になるにつれて、地方の問屋とのwin-winの構造が取れなくなったなんて、むしろ昭和の問題だ。これしきのことが乗り切れない大企業のマネジメント層って、いったい何者なの?と思う。
今からでも何とかハードランディングを避けたいというのならば、せめて吉本禁止令でも出せばいいと思う。 -
ある意味本当に瀕死の状態だとは思うが、それをずばり指摘している人間がいるとうれしい。
あと7年も待てば、テレビなんて見なくて済むかと思うとこんなにいい話はないかもしれない。 -
僕たちはお先明るくない業界にいるんだってことは分かった。
でもそんなことは就活しているときから分かっていた。 -
#017 テレビは余命7年
スマートテレビネタ。ついついコンテナやコンベアに目が向いてしまい、そういえばコンテンツ側からの視座っておろそかになってるなぁ、と読んでみた。著者?の指南役なる集団はテレビ業界ではそれなりに有名なの?よく知らん。
で、内容はと言えばやはりコンテンツ側でも同じことを思っているのだなぁと再確認できた。特に最終章で語られるテレビの未来、とは思い描くスマートテレビそのもの。彼らコンテンツ屋さんは実現手段には一切触れていないので、それを実現するのがこれからの我々IT屋や通信屋の使命なのだろう。結局自分たちの既得権益にしがみつくあまり、コンテンツの楽しさまで失われて自分たちの首を絞めてきた放送屋さんたちは、原点に立ち返っていかに面白いコンテンツを作るかということに専念してください。配信プラットフォームやマネタイズのすべてが変わる時代になりました。それがこの本でいうところのあと7年なのかしら。
一点、文中で広告依存のビジネスモデルが脆弱だって書いてあるけどそんなことはなくて、グーグルのようによりブラッシュアップさせた広告ビジネスがあるのに、旧態依然の商売にしがみついてる業界が時代遅れなだけ。それも全部、スマートテレビが変えられる。スマートテレビって、オンデマンドとかアプリとかはどうでも良くて、ビジネスモデルを変えること。だと思います。
あと、著者は物書きではないのでしょう。文体がちょうチープ。まあ人のこと言えないけどあたしは素人だからいいや。 -
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● 7年後の2018年、テレビ界の威信を失墜させる大事件が起きると予想する。具体的には、それは僕は在京のキー局のどこかの破綻と見ている。
● そもそも、ローカル局が自分で稼げる広告費など、たかが知れている。そこで、彼らはキー局から番組を提供してもらい、それを放送することでキー局から電波料を受け取り、経営の糧にしているのだ。
● 実は、開局以来、TBSは大阪では朝日放送(ABC)とネットワークを結んでいた。
● ちなみに、世界的に見れば、この「公共放送」というのは29局あって、さほど珍しくはない。しかし、NHK、BBCのように、純粋に受信料のみで運営されている局となると、スウェーデンテレビなど6局のみ。残りの公共放送は、受信料以外に広告収入や国からの補助金等もあって、その併用で運営されている。
● 何度も言うが、NHKは本来、受信料による収入しか認められていない。それゆえ、受信料や全国放送といったいろいろな特権を有している。それなのに、関連会社を介して受信料以外の収入を得ているのが現状である。 -
テレビという箱の話ではなく、テレビ業界、テレビ局のお話。
普段目にするとても身近な業界の実態を、今まで何も知らなかったと思い知らされた。
最近よく耳にするようになった、電波オークションの話。電波使用料のうち、テレビ局が支払っているのはたったの4.5%。81.6%は携帯電話会社、すなわち、利用者が支払っているという事実を知ると、確かに諸外国のようにオークションで適正価格を取り決めて欲しいと思う。
また、アメリカのテレビ業界は、日本と違って制作会社が主に番組を制作、販売し、テレビ局はいずれも生放送の朝のモーニングショー、夕方の全国ニュース、深夜のトークショーのみ制作し、ジャーナリズムに徹しているというのも面白い。
圧巻だったのは、テレビ業界における田中角栄氏の存在感の強さだ。田中角栄氏と言えば、ロッキード事件ぐらいしか知らなかったけれど、今のテレビ業界のビジネスモデルを構築したり、新聞社との関係を整理するなど、その功績は歴史に残るものだ。また、39歳の若さで郵政大臣に就任し、そういった施策を実現したと知り、やはりすごい人だったんだなと感じる。 -
身近にあって毎日接してきたテレビだけど、知らないことばかりなんだ、というのが第一印象。やはり表面的であれその業界を知るというのはとても面白い。見方が変わる。
NHKのくだりや米国との比較など掘り下げが浅い部分の違和感はあるけどある程度網羅されていて俯瞰するにはよいと思う。それにTVに対しての思い入れを感じる。
あの頃感じたTVへのわくわく感というか刺激、もう一度感じたいよね。結局見る人がその価値を心でどう感じるかだと思うのだ。 -
元来テレビっ子だったわたしも、最近はすっかりネット派。
テレビそのものの価値がネットに奪われはじめて
メディア < コンテンツが主導な昨今です。
そんななか、業界に精通した著者が、業界のこれからというよりも
本質的に抱えている現状の問題点や歴史的背景、
ビジネスモデルの構造変化を解説してくれています。
初心者のわたしにはわかりやすい。
確かにテレビをはじめとするマスメディアは
ネット、延いてはSNSといったソーシャルメディアに
置換される時が必ず来る(むしろ今がその真っ只中なのかも)。
でも、テレビ業界が瓦解するかというと、
わたしにはそうは思えないのです(もちろん衰退はする)。
テレビの余命、7年。
その根拠を示してほしかったな、というの減点ポイント。
※業界をぶったぎっている本書ですが、
著者の、テレビへの切ないまでの愛情が溢れてますよ。 -
タイトルは衝撃的だが、それ以上にテレビについて、真面目に書いているように思える。
内容は、テレビがつまらなくなった(見られなくなった)原因、kのビジネスモデルとお金の流れの限界、報道の公正性や日本のテレビの歴史や女子アナの問題、海外のテレビ事情などについて書いてある。
著者が言うように、このまま全てが流れるとは思わないが、少なくても常識さえ知らない私にとっては、勉強になることが多かった。 -
C0095 かなり辛辣にテレビ業界を叩いていますが、テレビが好きでしょうがないみたいです。私は、つまらなければ観ないだけで、批判精神もないです。BSは視聴できないのですが、通販番組が多いのですね。せっかくの1980*1080iのスペックが泣きますよね。アニメが宮崎アニメだけしか言及していないのは、ちょっとがっかりです。声優のキャスティングは、鈴木敏夫プロデューサーの影響も大きいと思います。ジブリ公式見解だと、自然な演技らしいです。
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大学でメディアを勉強しているのだが、恥ずかしながらこの本でやっとテレビの基礎知識を頭に入れることができた。しかし、この本を読んでからゼミでの議論や講義の内容がすっと頭に入るようになったから不思議。共感するところもできないところもあったが、とにかく読んで良かった。テレビについて感じていた疑問が詰まっていて、本当に面白い。
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余命7年。人のことではない、TVのことである。
副題の「ずっとテレビがつまらない」に興味をもったので買ってみたが、著者の指南役はTV業界の第一線で活躍してきただけあってその語る言葉に説得力があり、また興味深い事例がたくさん記載されている。
視聴率低迷によるTV局の危機はインターネットの台頭だけが理由ではない。
たとえば、バラエティ番組一本作るのにスポンサーから支払われる額は1億、しかし実際にその番組を作っている制作会社に支払われる金額は860万。一億のわずか9%にしかすぎない。
大半のお金は高額な給料を貰っているTV局の正社員や系列局の社員に流れていく。
その一方で著者はアメリカの例も紹介。
大ヒットドラマを連発する制作会社の裏舞台やその仕組みを説明する。
徹底した自由と成功に応じた巨額の報酬、TV局側との対等な関係。
ヒットすれば億単位の収入が制作会社に入り、それを活用してさらに質の高い面白い番組を制作できる良い循環ができている。
その仕組みはあまりにも日本とは正反対だ。
どんなビジネスモデルも時代に合わなくなれば退場を迫られるが、今日本のTV業界を取り巻く環境がその選択を迫っているのではないだろうか。
視聴者の側につき変革するか、TV局で働く社員の立場を守る為だけに働き、滅ぶのかを・・ -
戦前からテレビの開発があったのは知らなかったなあ・・・
それから、テレビ局のネットワークの形成についても、
コンパクトにまとめられていて、とてもわかりやすかった。
余命7年であるというのも、切実だな、と。
最後の章のメッセージはテレビマンの心のなかをつまびらかにしていると思う。 -
「テレビの終わりが、今、始まった」(p.167)
とある。内容としてはテレビの将来よりもこれまでのテレビの歴史と現状の問題点の分析にその価値がある本。業界の内側からの視点で課題を指摘していて面白い。
番組製作の話、視聴率の話、系列TV局の話、連ドラ制作の話、「女子アナ」の話、ニュース番組の話、TV局資本の映画製作の話、「テレビタレント」の話、についてなぜ今のような形になっているのかを過去の象徴的なエピソードも交えて教えてくれる。
更には戦前の実験的放送も含めた日本のテレビの歴史、NHKと民放の位置付け、海外のテレビ(といってもアメリカだけ)について解説が加えている。ここでのNHKに対する見方も独特だ(視聴者というよりも民放よりの立場か)。ニュースステーションから始まった、司会者が印象を操作する「コメント」を入れるスタイルや、メジャーなアニメ映画の声優として本職でなくタレントを起用すること、など課題の捉え方も多様で参考になる。
本格的なテレビ放送が始まったのが1950年代初め。自分の生まれが1970年なので、よく考えるとその時点ではまだ20年しか経っていなかったわけだ。テレビの時代にどっぷりとつかってその半分以上を世代として共有していることになる。意外に短い歴史。ビジネスモデルも今のモデルが絶対ではないし、技術や市場も変わってそろそろ制度疲労を起こしてもちっともおかしくない。
生まれたときからインターネットがあった新しい世代はインターネットのことをいつかこういうふうに振り返る日が来るんだろうか。そしてその次の世代はSNSを似たような素振りで振り返ることになるのかもしれない。それらはつながって、その前の新聞も連ねて「メディア」の歴史として分析されることになるんだろう。
最後にフジテレビのかつての深夜番組「カノッサの屈辱」の名前が出てきている。あれは、アイデアもセンスも素晴らしかった。毎週あのクォリティのものを制作するのも驚きだ。この番組の名前を敢えて出したのはある種のノスタルジーなのだろうか。
タイトルの「余命7年」というのは、7年内にはキー局のうちの少なくとも一つがなくなり、業界が再編されるとの予想。それを余命というのは大げさなようにも思えるが、単純に市場を縮小するに任せるのではなく、ビジネスモデルを調整していく必要があるのだろうな。
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