ゆっくり、いそげ カフェからはじめる人を手段化しない経済

  • 大和書房 (2015年3月21日発売)
4.22
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Amazon.co.jp ・本 (248ページ) / ISBN・EAN: 9784479794707

作品紹介・あらすじ

働いても働いても幸せが遠のいていくように感じるのはなぜなのか。
金銭換算しにくい価値は失われるしかないのか。
「時間との戦い」は終わることがないのか。
この生きづらさの正体は何なのか。

経済を目的にすると、人が手段になる。

JR中央線・乗降客数最下位の西国分寺駅――
そこで全国1位のカフェをつくった著者が挑戦する、
「理想と現実」を両立させる経済の形。

みんなの感想まとめ

人間関係や経済の在り方について深く考察する本作は、特に「与えること」の重要性を強調しています。お金を単なるツールと捉え、他者との関係性を築くことの価値を見出すことで、より豊かな生活が実現できると説いて...

感想・レビュー・書評

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  • 西国分寺でクルミドコーヒーというカフェを経営する影山知明さんの本。

    「経済を目的とすると、人が手段になる」ー
    資本主義の恩恵にあずかり、資本主義の経済社会で良いと思いつつも、なんだか息の詰まる社会、なんだか幸せを感じにくい働き方・・・・こんなことを漠然と感じている人も多いと思いますが、そういったものに著者なりの考えというか理論が展開され、著者なりのひとつの解にいきついている本でした。

    影山さんのこともそのカフェのことも全く知らずに読み始めたのですが、「ん?」と思って著者のプロフィールを読んで納得。やっぱり、こういう難しいことを論理的に考えて言語化できる方は違います。東大ご出身とのこと。やっぱり何か違う、私には到底考えられない難しいことを考えてらっしゃると思う方は、やはり賢い。

    例えばお店とお客さんの関係を、TAKEの関係(利用する関係性)でなはなく、GIVEの関係(支援する関係)にすることで、著者が疑問に感じているような経済社会が変わっていくのではないか、という提案が主軸だったと思います。
    それには、「特定多数」との直接的なコミュニケーションが必要と主張されていたり、また著者のカフェでポイントカードを発行しない理由を、お客さんの「消費者的な人格」を刺激しないため、といった説明をされていて、う~んと唸ってしまいました。
    また、対価を不等価にして、より多く受け取った側に贈る気持ちを維持してもらい、それによってさらなる交換をうむということを継続的にしていくことの可能性については、ついつい対価は等しくないと安易に思っていたので、目から鱗でした。それに関連して、日本にチップが普及しない理由を、限られた国土と絡めて説明されていたのも納得といったところでした。

    「世の中で大事なものはお金つまり金銭的な価値だけではないはずなのに、金銭的な価値の追求に収斂してしまった経済のありようが人間を手段化し、時間を手段化し、結果生きづらさを生み、人間の可能性が発現する機会すら奪っている。」という言葉には、未来に対する不安が頭をもたげましたが、これに対する著者なりのひとつの解(仮説)が以下です。

    ”ビジネスの目的、動機を「ギブすること」にする。かけるべき時間をちゃんとかけ、かけるべき手間ひまをちゃんとかけ、いい仕事をする。そしてその仕事を丁寧に受け手に届け、コール&レスポンスで時間をかけて関係を育てる。つまり、「贈る」ことを仕事の目的にする。”

    (「コール&レスポンス」という言葉は、傑作といわれる作品が今後うまれないのではないかと危惧している章でも使用されていて、ここも読みごたえがありました。)

    理想論で実現不可だと指摘されそうだと著者自身も述べられていますが、だとしてもその理想を自分の足元、自分のお店、自分の地域から始めてみなければせっかくの考えも具現化しないし、何も変わらない、変わることができません。ある意味、一昔前の消費社会に戻るというような側面もあるように感じたので、情報量が桁違いで、変化のスピードが著しい今の社会で、この影山さんの仮説がどこまで実現できるのか、非常に興味深いです。
    暮らしに密着した消費生活や働くといったことに対して、ふと足を止めてじっくり考えてみるきっかけになる良本でした。

  • 特定多数のための経済について書かれた本。お金はただのツール、といつも思っていないと、お金やシステムに人間性を搾取される。

  • 『ゆっくり、いそげ』から学んだ不等価交換の価値 | コクヨのMANA-Biz
    https://www.kokuyo-furniture.co.jp/solution/mana-biz/2023/06/post-700.php

    影山知明さんの名著「ゆっくり、いそげ」で数字や成果にとらわれないビジネスの本質を学ぶ | jMatsuzaki(2019年4月21日)
    https://jmatsuzaki.com/archives/24293

    こどものための、大人の物語 - KURUMED COFFEE
    https://kurumed.jp/

    ゆっくり、いそげ - 株式会社 大和書房 生活実用書を中心に発行。
    https://www.daiwashobo.co.jp/book/b190582.html

  • 中央線で最も利用者の少ない「西国分寺駅」近くにあるクルミドコーヒー
    駅から少し歩いただけで静かな雰囲気の住宅街の入口にある。
    このカフェから生まれ、時間をかけて地域に根付いていく温かい文化の環。
    そのネットワークにいつか入ってみたいと、私自身ひそかに憧れている。

    何か親切をされ「健全な負債感」を刺激されると、「お返し」をしたくなるもの。
    その「お返し」の相手は、決して同じ人ではないことが多い。例えば電車でお年寄りに率先して席を譲るとか、いつもより笑顔で朝の挨拶をするとか。

    筆者によると、我々が何か「良いこと」をしているときの人格は、「受贈者的」なものになっているらしい。give and takeの「giver」である。ただし、我々は不満を抱いている時になると、心が「消費者的」な人格に支配され、少ない労力で最大限のベネフィットを得ようとしがち。クレーマーの心理であり、「taker」である。

    giverが周囲のtakerをgiverに変え、winwinの関係を築くことが理想ではあるが、職場で周囲を見渡すと、そこまで簡単なものではない。なぜなら自分がどれだけgiveをしても、takerはいつまでたっても、takeし続けているように感じるからだ。周囲は私を都合よく利用しているだけなのではないかと思ってしまう。私は異動のたびに、前任者からの引継ぎをまともに受けたことが無いが、おそらく前任者が気にも留めていない範疇の業務にも手を出しているのだろう。勝手にgiveを求めて、手間をかけ続けているのかも知れない。

    私が相手からの見返りを期待している時点で心が未熟であり、giver足り得ていないことは承知である。それでもやっぱり、giveを積み重ねる働き方の先に、自分が疲弊し潰れてしまう未来しか見えない。「give and take」ではなく「give and give」で本当に良いのか?ストイックで聞こえは良いが、賛同できない。
    もしかしたら、案外自分は同僚たちに感謝されているのかも知れない。承認欲求をぐっと抑えて同僚たちを信じることも、giveの一形態なのだろう。

  •  著者は外資系コンサルティング会社やベンチャーキャピタルの仕事に携わった後、2008年に生まれ育った西国分寺市で「クルミドコーヒー」という名のカフェを開業し現在に至っている。

     本書の前書きにおいて、
    「ここでの議論はカフェのような業種だから成り立つ小さな経済の範囲のものだとの指摘を受けるかもしれない。
    確かにそれも否定できないだう。      現在の経済、ビジネスを根本から置き換えるものを考えているというより、それを補完し、ときにはもう一つの選択肢となり得るモデルを思い描き実践している感覚である。
     すべて自分自身が仲間と一緒に実際に取り組み、結果を受け止め、内省し、言語化した体験だ。そこから抽出した、未来に向けての仮説である」と述べている。

     そこで、本書で述べられている具体的な議論を眺めてみよう。

     「不特定参加者へ不特定多数参加者のいる市場においては、同じものなら安ければ安いほど良いということになる。」
    「そうならないためには「私」と「あなた」のような顔の見える関係であれば、世の中一般に受け入れられていない価値であっても「私」がそこに価値を認めるのであれば「あなた」との間に交換が成り立つ。」
    「3倍の値段のコーヒーを飲んでもらえる。
    これは言葉になりにくいかもしれないし.ましてや金銭換算など出来ないかもしれないが、何らかの価値は確かにやりとりされてる。」

    翻って、なぜ3倍の値段で売ることが必要か?

    それは、
    「3倍の値段のコーヒーを受け止めてくれることでできることは、十勝産の小麦粉を使えるとか、冷凍品やレトルト品ではない一から店で調理したものを出せると言うことである。」という。

    それから客数の問題であるが、

    「私とあなたの顔の見える関係は大切であるが、経済、経営が成り立つためには、知り合いだけの「特定少数」ではだめで一定規模の「特定多数」が必要である。
     しかしながら、特定多数を飛び越えて市場におけるような「不特定多数」となる交換は、複雑な価値のキャッチボールができなく単純化してしまい、同じものであれば安いほうにいってしまうのである。」

    そこで

    「特定多数が成立する要件は、複雑な価値のキャッチボールボールが必要であり、多くの場合身体性を伴う直接で、密度の濃いコミニケーションが必要である。
    物理的なお店があり、コーヒー単体だけではないより良い空間、接客を届けるようにより3倍のコーヒーの価格が成り立つ。」という。これはこれで納得のいく話である。

    さらに、著者は商売における「テイク」と「ギブ」について論じており、これらについても非常に納得できるものであり.私にとっては貴重であり新鮮な考えであった。

  • 人間関係をギブから始めるという点にとても共感した。
    相手を利用して利益を期待するのではなく、まずは自分の周りの大切な人に与えるところから始める。
    相互に支援できる関係の輪を広げるほど人間としての度量が広がるのだと思った。

  • 外資系コンサル会社からベンチャーキャピタルの創業に参画、経済活動の最前線にいたような著者が、カフェを開業されたということで、カフェ好きとしてはとても興味深く手に取りました。

    「世界中でコカ・コーラが飲めるのはなぜなのか」
    「駅前がチェーン店ばかりになる理由」
    など資本主義のシステムについてもわかりやすく説明されて、いかに速く、いかに収益をたくさんあげるか、ということを社会で求められているのが著者の実体験としてとても伝わってきます。
    そんな世の中で、影山さんさんはあえてカフェを開き、地域通貨を作ったり、本を出版したり、スローに見える挑戦を続けられています。

    「ぼくらが普段お金を使うとき、それは何か欲しいものを『手に入れる(Take)』ためだ。おいしいものが食べたい、広い家に住みたい、旅行に行きたい、そのためにお金を使う。
    でも、もう一つの視点として、お金を『受け取る(Given)』ための道具として捉え直すのはどうだろう。目の前の『おいしいもの』も『広い家』も『旅行』も誰かの仕事の結果だ。お金はそれを受け取るための道具。」
    贈り手を意識する、相手をリスペクトするお金のやりとり。
    とても素敵だなと思います。
    経済活動の速いスピードの中では、誰もが取り組めるわけではないかもしれないけれど、こういう経済活動が広がっていくといいな。

    私の住む街も、以前は心動かされるお店はなく、単に用を済ますためのようなチェーン店ばかり。
    それがここ数年で、影山さんのカフェのように個人が、お店の内装からカフェメニューまで丁寧に作り、こだわりのコーヒー豆をハンドドリップしたり、素敵な食器でおいしい手作りスイーツやお食事を提供する小さなお店がどんどん増えています。
    そしてそのお店のオーナーさんたちがつながり合い、スタンプラリーだったり、どなたかを招いて一緒にイベントやコンサートをしたり、とどんどん輪が広がっていて、わくわくしています。
    今はそういうお店に足を運び、日々の生活が豊かになって幸せだな〜と感じています。
    そして、そんな幸せを提供してくださるお店の方々にいつも感謝して『Given』しています。

    スピード、利益重視の社会と正反対の価値観。
    いろいろと考えさせられました。

  • クルックフィールズの地中図書館で立ち読み。帰宅後、図書館で借り直して今読み終わり。

    例えば洋服を買うときに、少し無理をして3万円のセーターをかったとする。その後UNIQLOで3千円の似たものを見つけたとき、おぉっと思う。こっちでもよかったのかな?どうしてあんな高いものを買ってしまったのかな…。UNIQLOなら、あの3万円でセーター以外にも沢山買えたのに。私は何に高いお金を払ったのか、自分に自分で説明できなかった。

    街を歩いていて、素敵な喫茶店に入る。少し高めの価格帯だが雰囲気もサービスも良い。店を出て少し歩くとドトールを発見。あ、なんだこっちでもよかったのかぁ?喉を潤し、少し身体を休めるなら…。

    そんな風に、いつもできるだけ最低限のものを安くが正…そんな価値観がドシっと居座っている私。一方で、そうではない価値観に憧れてもいた。なぜ、3千円のセーターがあるのに、3万円のものを買う人がいるのか。言葉にできないが、後者の自分も自分の中にいる。単なる背伸びかもしれないけど、もう1人の自分は3万円に何かを感じようとしてるはず。そこがわかりたかった。

    本の中、まずはクルミドコーヒーでポイントカードをやらない理由、、のところで「消費者的な人格を刺激したくないから」に目から鱗。私の中、9割9分消費者的な人格しかない(汗)

    コーラはどうして世界中で飲めるのか。なぜ駅前が同じチェーン店ばかりなのか。考えたことがなかった。売上をもっともっと伸ばせの行き着く先が、資本主義の未来が、多様性のない世界だなんて…。

    会社勤めをしていると、会社の売上と給料の関係くらいはピンとくるけど、その先って想像したことがなかった。もちろん私の勤めている中小なんて伸びしろもそうないんだけども。でも売上以外を目標にしてる会社など聞いたことがない。

    社会全体に伸びしろがある時代ならともかく、今もその調子でいいんですか?それ以外の価値観は育てなくていいんですか?の問いがなんか胸にきた。

    ゆっくり急ぐ。分子でなく分母にこだわってみる。分子は結果と捉える。一つ飛ばしに急ぐのではなく、一つ一つを丁寧に着実に時間やお金と向き合う。裏を返せば、焦りをコントロールするというか、これは大人の仕事って気がする。

    最後に「時間を味方にして生きるには」。
    ①人間関係をギブ(支援する関係)から考える。
    →利用する関係だと、日々痩せ衰えていく…。ドキッ。
    ②目的や目標を絶対視しすぎない
    →いつまでにコレをやる、が強く意識されると今が常にマイナスになる…。ドキドキッ。

    今の私は見事に時間と闘ってしまっておりました。時間を味方にできたら、どんなに素晴らしいだろう(遠い目)

    「我唯足知(我唯足るを知る)」いまあるものに感謝し不足を嘆かない、、don't look back。座右の銘にすんべ。

    …いつも以上に熱量高く感想を書いてしまった気がする。それだけ響いたということで、星5つです✨

  • 書かれている内容は、ともすれば、きれいごと、だけど、実際にカフェ経営してみて感じたこと、という点で、単なるきれいごととして軽んじるべきではない、と思いました。

    以下は、私が、いいな、と感じた部分の抜粋です。

    ポイントカードや割引は、お客さんの「消費者的な人格」を刺激し、合わせ鏡でお店の姿勢も利得に引きずられるようになる。(P46〜)
    一方で、「受贈者的な人格」のスイッチを押すと、その人が次の贈り主になるかもしれない。
    またお店に来るとか、周りに紹介してくれるとか、もしくはお店に返ってこなくてもその「受け取った」ことによる「健全な負債感」は、その人をして帰り道に路上のゴミを拾わせるかもしれないし、電車ではおばあさんに席を譲る気持ちにさせるかもしれない。
    (P54〜)

    不特定多数の意向に沿おうとすれば、意見の一致をみることはとても難しいので、誰にとっても無難な価値であるお金を増やすという結論になってしまう。
    特定多数であれば、お金に収斂される前の段階の価値観を共有できるのではないか(特定少数ではまた難しい)。(P79〜)
    →資本の論理の行き着く先
    「世界中でコカ・コーラが飲めるのはなぜなのか」

    共生と孤立、自由と不自由の四象限の中で、不自由な共生から自由な孤立ができるようになった。つぎは、自由な共生を目指せないか?(P192〜)

    傑作や定番商品には、そうなるための「時間」が必要。(P208〜)
    (資本効率化等を目指して)「時間と闘う」のではなく、「時間を味方にして」生きるにはどうしたらいいだろう。(P238〜)

    ・・・自分や人が、目の前の何かに、かけた時間の尊さに気づくことから始めたらいいかな?

    (まえがきより)
    いずれにせよ一点、誇りを持って言えることがあるとすれば、それは本書で触れていることはすべて理論ではなく、実際にやってみたことであるという点だ。
    すべて自分自身が仲間と一緒になって実際に取り組み、結果を受け止め、内省し、言語化を試みた体験談だ。そしてそこから抽出した、未来に向けての仮説である。
    そしてここから先も、偉大な理論をつくり上げることに関心を持つのではなく、当事者として「こんなのどうかな」と実際にやってみて、小さな状況を積み重ねることの先に道を残せたらなと考えている。


  • 一つ前の本で紹介されていたので読んでみた。
    今ひとつ、著者の考えはまとまっていないように
    思います。
    資本主義経済に身を置きつつできる、
    お金の奴隷にならない経営の姿。
    それを模索しているようですが、
    自分、不器用なんで理解がちょっと(笑)

  • 影山さんのことは、『世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学』って本で紹介されてたので知って、

    こないだ、私がひっそりと応援している、北九州のホームレス支援団体の抱樸(ほうぼく)って団体のYouTubeで対談をなさってたのを見て、

    https://www.youtube.com/live/BXqtXyolAEI?si=odvq-xmXjdCUE-eC

    めっちゃ感動して、図書館で本を借りてきたという次第でした。

    この本の名言;

    カフェとはエンターテイメント業。

    これすごいね。カフェとは、のところ、自分の職業(マッサージ屋さんなんだけど)に当てはめて考えちゃった。

    この本って、基本的には経済とか仕事の話だから、自分の仕事と似てるところとか、働き方とか、考え方とか、生き方とか、すごい真似したいと思ったことがいっぱいありました。

    今度、お友達とクルミドコーヒーに行こうって約束した♪

    ☆☆☆覚書☆☆☆

    ●"単車線"的な価値の交換だけでなく、"複数車線"での価値の交換

    ただクルミを仕入れるだけでなく、クルミ収穫を体験させてもらったり、顔の見える関係であるから安心安全が確保されるし、帰り際にはお土産に果物をたくさんもらえる、など。

    スーパーにただ並べられてるだけだと、こういう違いは起こらないから、安いほうがいいってなっちゃうんだけど。


    ●「おいしいから」「気持ちいいから」「楽しいから」という入口から価値を感じてもらい、その上で「実はこのクルミ、国産なんです」「こんな産地の努力があるんです」といった方が、より多くの人に受け取ってもらえる交換になるのではあるまいか。

    この考え、私が普段から「無印良品」に感じていることと似てる。ムジは、エコを前面に押し出してなくて、使いやすくておしゃれな商品を、「実はこれ、環境に配慮してるんです」みたいな感じがしてる。それってホントに理想だよね。結局世界はそれでしか変わらないのかもしれない。無理してがんばるのは限界があるから。

    ●消費者的な人格と受贈者的な人格

    消費者的な人格=同じものならできるだけ安いほうがいい、同じ金額ならできるだけ多くのものを手に入れたい、という人格。お店側なら、同じ金額を受け取るのであればかけるコストはできるだけ少なくしたい、同じコストをかけるなら単価はできるだけ上げたい。
    お客さんとお店が、それぞれに自己の利得を最大化させるべく行動選択する。

    受贈者的な人格=いい「贈り物」を受け取ったとき、「ああ、いいものを受け取っちゃったな。もらったもの以上のもので、なんとかお返ししたいな」と考える人格。

    世に「消費者的な人」と「受贈者的な人」とがいるわけではなく、同じ人の中に両方の人格が存在し、時と状況によってそれぞれが発現する。

    というわけで、クルミドコーヒーでは、お客さんの「消費者的な人格」を刺激しないために、ポイントカードとかやらないらしい。

    これは薄々私も感じてることだなー。基本的に人間は「損したくない」って気持ちを持ってると思う。ポイントカードとか下手な割引って、それを刺激しちゃうと思うんだよね。でも、ホットペッパーとかで並べられちゃうと、やっぱクーポン券で目立とうとしちゃう…
    それって、その一瞬はいいとしても、長い目で見れば、お互い消耗すると思うんだよね。かといって、生き残れなければ、素晴らしい理論も意味がないわけで…

    お客の「受動的な人格」を優位にするには、払った金額以上のものを受け取った、と思っていただくことなんだけど、(=健全な負債感)

    ディズニーランドとか、めちゃ高いけど(笑)、それでも何度も行っちゃうのは、そういうことなんだろうな。

    ●資本主義という仕組み

    「資本主義では、個人は自身の経済的利得を最大化するべく振る舞う」とされている。
    たとえば、ある土地の再開発とかで、その土地の所有者が個人だったら、個人の意思を貫くこともできるかもしれないけど、
    駅前とかの、複数の人が関わる状況になると、意見の集約が難しくなって、みんなが納得できる「収益の最大化」が落としどころになってしまう。結果として、個性のある小さなお店よりも、資本力も実績もあるチェーン店になっちゃう。

    一人ひとりは、チェーン店ばかりの駅前より、個性豊かなお店が並ぶ駅前のほうが魅力的だと思うのに、資本主義のシステムの中で、どこも代り映えしない駅前になってしまう。

    って話が合って、これ、確かに不思議な話だけど、利益の最大化を目指してるからそうなっちゃうんだろうね。

    影山さんは、「多元的な価値が尊重され実現される社会」を作るポイントは「特定多数」「個人」「直接」だと言っている。
    この辺は、それこそ私が参考にしたり実践したりできることではないけれど、すごく興味深い話だと思う。そもそも資本主義のせいで生きづらいと思ってるので…。

    ●テイクとギブ、利用と支援
    これさ、さっきの「消費者的な人格」と「受贈者的な人格」の話と、私の中ではかなりつながってるんだけど、

    売上や利益を目的にし、お客さんをそのための手段として「利用」する、またはお客さんがお店を「利用」して何かをしようとする、利用の関係性=テイクの動機

    ではなくて、ギブの動機(支援する関係性)から始めてはどうか、というのがこの本の提案。

    ●クルミドコーヒーはカフェだが、一杯のコーヒー、一皿のケーキはぼくらにとっての表現の機会でもある。一つひとつの仕事に嘘をつかず、心を込めて手間ひまを惜しまない仕事をすれば、それは受けてくださる人の心に必ず届く。

    これは超名言だと思うけど、そうはいっても生き残れないと、コーヒーを提供することもできなくなるという資本主義のジレンマ。影山さんはビジネスの才能があるからできてるけど、志だけでは難しいこともあるんじゃないかなぁ、なんて思ったりもしたり…。

    最初は志高く始めた事業も、年数がたつにつれ、利益が目標になり、っていうベンチャービジネスをたくさん見てきた影山さんが言うわけだから、理想論だけではないんだろうね。

    ●人に仕事をつける
    ふつうは、「仕事に人をつける」と考える。誰かが風邪をひくたびに飛行機が飛ばなくなったら一大事。
    ただ、「仕事に人をつける」を突き詰めていくと、人はどんどん「替えのきく」存在になっていく。

    「一人ひとりが、かけがえのない存在である」なんてのは経営者としてはロマンチックすぎる判断かもしれない。
    けれども、少しはそう思える余地があったっていいじゃないか。

    というわけでクルミドコーヒーでは、誰かが作ったメニューは、その人が卒業したら出さないという徹底ぶりらしい!

    私は経営者じゃないから、一人ひとりがかけがえのない存在だって思っても、全く問題ないな(笑)

    なんか、経営者じゃない私も、こんな風に働きたいと思った。下っ端の従業員である自分も、できることありそう。

  • この本が単なるビジネス論に留まらず、人と人との本質的な関わりや、社会のあり方を深く考察する一冊であることが強く感じられました。

    冒頭で語られる「不等価」な交換と、そこから生まれる「健全な負債感」という考え方は、非常に印象的。ともすれば損得で捉えがちな関係性において、あえて不等価であることを認識し、その負債感を次の贈与へと繋げるという循環は、単なる効率性を超えた、人間ならではの温かい繋がりを生み出す原動力となるのだろう。財務諸表には現れない「看板」の価値とはこうした信頼感の積み重ねによって築かれるのではないか。

    また、ソサエティーの訳語候補「人際交流」という視点も考えさせられた。「社会」という抽象的な概念を、「私とあなたの関わり」の集合体として捉えることで、社会がより身近なものとなり、日々の小さなやり取り一つ一つが社会を構成しているという実感が湧いてくる。一つ一つの関わり、一つ一つの交換の集合体」という言葉は、シンプルながらも社会の本質を捉えていると言える。

    そして、特に心に残ったのが「Give/Given」という捉え方だ。一般的な「Give and take」という言葉が示す、与えることと受け取ることを対等な関係として捉えるのに対し、「Give and given」は、与えたものが相手にしっかりと受け止められ、価値として認識された、という相互の確認がある。同じ「Aさんがケーキを作り、Bさんがそれを食べる」という行為も、「Take/Taken」として捉えるか「Give/Given」として捉えるかで、当事者間の心証は大きく異なり、その後の関係性にも影響を与える。この視点を持つことの重要性を改めて感じた。
    同時に、「自動販売機化する社会」という言葉には、効率化が進む現代社会において、感謝の気持ちや相手への想像力が失われていくことへの強い警鐘が込められていると感じる。

    筆者は「経済」を仕事や価値の交換の連なり/循環と捉え、「恩返し」だけでなく「恩送り」という考え方を提示している点も興味深い。誰かが誰かに価値を贈り、それを受け取った人がまた別の誰かに価値を送るという循環は、単なるお金の移動ではなく、人と人との繋がりの中で生まれる心の動きを表していると言える。

    著者はクルミドコーヒーの経営や国分寺の地域通貨でも実践している。スタッフ採用や組織論に関する記述も、従来のトップダウン型の組織論とは一線を画している。「あなたはお店を生かして、どんなことを表現してみたいと思う?」という質問は、働く人の主体性や創造性を引き出し、組織と個人の成長を重ね合わせようとする意図が感じられる。組織力を「個人の力の総和」×「チーム内の関係性」と定義する点も、個々の能力向上だけでなく、チームワークの重要性を強調しており、マネジメントの参考になる。

    そして、会社を「ボランティア組織」と捉え、自発性、公共性、無償性という原則を当てはめるという視点は、まさにこの本の核心を突いていると言える。「利用にテイクし合う関係性」ではなく、「支援をギブし合う関係性」を築くことこそが、これからの組織にとって重要な要素なのかもしれない。お金は働く上での重要な対価ではあるが、それ以上に、自身の仕事が他者の喜びや社会の発展に繋がっているという実感を持つこと、それこそが働くことの真の意義なのだと感じた。

    単なるビジネスのノウハウを語るのではなく、人と人との繋がりを大切にし、感謝の気持ちを持ち続けながら、社会の中でいかに生きていくべきか。いろいろ考えさせてくれる一冊だった。

  • 「テイク」ではなく「ギブ」から入ることで生まれる、健全な負債感。
    今、必要なのはコレだ!と刺さった。

    読んでいて思ったことは、
    「消費」とは、「消える」「費やす」と書く。
    読んで字のごとく。
    それでは、後に何も残らない。
    でも、今は何もかもが消費されていく時代。
    ちょうど、「文化」も「エンタメ」も「音楽」も「スポーツ」も、
    消費されているな…と感じていたところ。

    もしかしたら、資本主義に代わる新しいエコシステム(生態系)に成り得るのかもしれない、とも思えた。

  • 透明人間

    自由 

    時間

    傑作は消費されるから生まれない時代

    ギブの社会に

    透明人間、まさに最近の自分のことのようでドキッとした。生きてるのだけどかすってるような。当たり前の幸せはあるはずなのにどこか寂しかったり。

    書いてあることは綺麗事に聞こえるけれど自分がありたい姿で、大切なマインドが詰まってた。

    心を込めて働くとか、自由を目指して田舎を離れ都会に出て、結果孤独になっているとか。孤独は自由だけど結局不自由さを日々のなかでは感じてしまう

    心を込めて働くは、今の仕事でここ半年ずっと頑張ってること。意識的に。
    好きな自分でいることが私の幸せのひとつだから、心を込めて生きるとか、気持ちを乗せて生きていたいから、あまり興味のないことでもなるべく気持ちを乗せておきたくて。

    で、気持ちを乗せて働こうとすると、努力する自分に出会えるから結果少し成長してたりする。

    ただ、すっごいサラリーマンをやっているなあという気持ちにもなる。
    この今の仕事から、いつかいきることは沢山あると思う、、。

    この本を読んでると、お客さんを大切にしてる周りで頑張ってる人や、今の会社の社長の考えが浮かんできた。

    ゆっくり、いそげというタイトルからはふわっとした印象だったけれど、これからの私の大事にしたい仕事へのマインドが入ってた。

    簡単に割引券を配らないとか、クーポンとか、、。お客さんからは、お金を出して体感してみたいと思われたり、時間を使いたいと思ってもらえるような人間になりたいな。
    効率化やコストだけではなくて、手間暇かけての関わりや時間があることを知った。本当はそうなれたらとても幸せだろう。
    心からそれができる人をとてもあたたかいひとだと思う。凄いと思って見てる。


    著者はコーヒーやカフェにはもともと興味なかったって書いてた。祖父母から受け継いだ場所で、
    弟を失って、カフェをはじめて、でもコーヒーをするために生まれて来たと思うと言っていて、

    確かに選ばれたような選択肢がないような、それくらいで生きていけたらそのほうが結果自由に生きれてる気がした。
    その感覚、覚えてたいなあ

    他にも大事なことを忘れてそうになったときまた思い出したい。

  • ーー内容ーー
    JR中央線・乗降者数最下位の西国分寺駅で全国1位のカフェをつくった著者の想いが綴られた一冊。東大卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに就職し独立系ベンチャーキャピタルを共同創業した後、2008年に子どものためのカフェ『クルミドコーヒー』を開業。東京有数の人気店となる。金銭換算しにくい価値にこだわる著者の考えは、日々金銭換算できない価値を提供し続けるママにとって参考になるもかもしれません。

    ーー感想ーー
    投資ファンドの世界に身を置かれていた著者としての独特な言い回しや考え方が「ちょっとむずい」と感じさせる本ではあるものの、書かれていることはとても柔らかく、愛に溢れているなぁと感じました。

    特に「成果」に対する考え方は、ママとして勇気づけられる内容だったのでご紹介します。



    成果=利益➗(投下資本x時間)

    要するに「できるだけ少ないコストと時間で、できるだけ多くの利益を生むこと」がビジネスのルール。

    別な言い方をすれば、自社の利益を手に入れようとすること、つまりテイクすることがビジネスの動機になっている、ということ。

    それを、逆転してみてはどうか?というのが、本書の大きな問いです。

    つまり、「ギブすること」を動機にする。

    ギブするとは、時間や手間ひまをちゃんとかけて、いい仕事をする。その仕事を受け手に届け、時間をかけて関係を育てる、ということ。

    とはいえ、ただ時間をかければいいだけではなく、一生懸命、時間をかけることが大事。

    これをわかりやすく説明するために、具体例が紹介されていました。

    2008年の北京オリンピックで北島康介選手が金メダルをとる直前にコーチがこんな一言を伝えました。

    「勇気をもって、ゆっくり行け」

    彼はただゆっくりのんびり泳いだわけではないはずで、一生懸命、全力でひとかきずつ、泳いだはず。

    このひとかきのように、時間やお金と向き合うことができたら、目的(成果)には思いのほか早くたどりつけるはず、というのが著者の主張です。



    これって、「成果」なんていつ得られるのかわからない子育てをするママにとっても同じことが言えるのではないでしょうか?

    時短、時短、時短・・・と頑張るのも一つ!(だって早く終わらせたいし)

    それと同時に、子どもとの関係性を「ギブ」を意識してみる。いつかそれを相手が覚えていて、感謝までしてくれるとすれば、お返しとなって還ってくる(かもしれない)!それを「楽しみ」なものとして過ごすことが、子育てをもっと楽しむヒントになるかもしれません。

    今日、子どもに「ギブ」することはなんですか?



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  • クルミドコーヒーのカフェ経営にみる、ポスト資本主義社会における人・モノが持続的に循環する仕組みの作り方。資本主義を否定するのではなく、資本主義の中で実践されるからこそ、ここには現在の「理想と現実」がしっかり描かれている。

    ・資本主義社会の中で、”不特定多数”をターゲットにするのではなく、独自の”特定多数”の経済圏の循環を目指す
    ・お金の等価交換を繰り返す資本主義の原理原則とは異なる、”不等価交換”な関係により持続化する仕組みを創り出す

    そんな矛盾を孕む経営学へのヒントや学びが本書には多くちらばめられている。これぞまさに人生のバイブル。

  • 数字であらわされる目標、たとえば売上や集客数、いいねの数など、を追いかけていくと、ふと疲れることがある。それはもしかしたら「その向こう側にある人の顔」が見えなくなるから、なのかもしれない。

    数字を追いかけていくと、人を手段化してしまうことがある。そもそもの動機はきっと、誰かを幸せにするために始めたはずのことなのだ。

    それなのにいつしか「ノルマを達成するため」「いいねを得るため」「フォロワーを増やすため」と、数字を追いかけることに躍起になってしまう。いつしか「笑顔にしたい人」は、その目標を達成するための「手段」となってしまう。

    人を手段にしてしまうと、そこにあるのは「取り合う世界」だ。売り手は「目標達成のために人を/人から取る」。そしてその匂いを察した買い手は、自分が損をしないよう、たとえば値切る/交渉するなど「売り手からの取り分を奪う」。そこにあるのは、お互いを信頼しないことで生まれる疲弊感なのかもしれない。

    本書は大切なのは「支援しあう関係」だという。相手に贈る気持ちを大切にすること。そうすることで生まれる「感謝」が次の「贈る行為」につながるという。

    なんだかとっても納得感があったな。特に「お客さんとお店があわせ鏡のように対応する」というくだりは、納得感があった。この本の学びを、自分の行動につなげていきたいな、と思う。

  • お金や資本主義に対して否定的な感情があったけど、全てはどう関わるかで変わるんだなと。
    私のクラッカー屋さんが、あたたかい気持ちが循環する社会の一部に少しでもなれたら。
    丁寧に時間をかけた仕事を贈ることですね。
    クルミドコーヒーさん、行ってみたい!

    ・守り育てるべきは、私たちの暮らしと幸福感。そのための経済。
    ・見えない価値のやりとり、「お互い様」な交換は、特定的な顔の見える関係の中だからこそ成り立つ。
    ・一般に、不特定多数の、顔の見えない参加者を想定した市場では、複雑な価値の交換は成り立ちにくい。それが「多くの人に、普遍的に認められら価値」である必要があるからだ。逆に、「私」と「あなた」顔の見える関係においての方が、より複雑な価値のキャッチボールができる。
    ・「不特定多数」でもなく「特定少数」でもなく、「不特定多数」。知り合いだけの閉じた関係ではなく、開かれた広がり。複雑な情報のやりとりが可能な、人やネットを通じて、直接・間接に声が届く距離にある人たち。
    ・「健全な負債感」本当にいいものを受け取ったとき、感謝の気持ちとともに人の中に自然と芽生える前向きな返礼の感情。こちらから「贈る」ことで、お客さんの「贈る」「応援する」気持ちを引き出す。
    ・「利用し合う」関係から、「支援し合う」関係へ。
    ・お金は、何かを「手に入れる」ための道具ではなく、誰かの仕事の結果を「受け取る」ためのもの。
    ・商品・サービスの向こうにあるはずの人の存在が想像しづらいと、誰に感謝すればいいか分からず、感謝の気持ちを持ちにくい。
    ・「人に仕事をつける」と、作り手の気配が感じられるようなモノゴトでお店が満ちる。
    ・お店と地域の関係は、植物と土、おでんの具と出汁の関係に似ている。互いが互いを支援し合い、結果生み出される豊かさを互いに分け合っている。
    ・「不自由な共生」(町内会、防災会)→「自由な孤立」(都会での独り暮らし、核家族)→「自由な共生」へ。存在そのものを受け入れてくれる他社がいることで、素の自分に戻れるようなコミュニティ。これらのコミュニティを行き来できるようになるのが、本当の自由ではないか。
    ・あらゆる仕事の正体は「時間」であると思う。人はかけられた時間の大きさを直感的に感じ取れるセンサーがあるのではないか。それは「なにか心地いい」「からだが喜んでいる」という目に見えないもの。
    ・手間隙のかかった仕事をちゃんとすること。その仕事を受け取ってくださった方に、時間をかけて寄り添い続けること。これが「時間と戦う」のではなく、「時間とともにある」人の働き。そうすれば、時間はきっと見方になってくれる。

  • 最近読む本などで恩送り、ペイ・フォワード、ギブ・ファーストという考えを目にすることが多い。
    私にはどうしてもギブアンドテイク、マッチャーの考えが染みついてしまっている。でも、最近そういう態度が私の壁となり私自身の成長を阻害する要因となってしまっているのではないかと思う。

    人でも職場でも自分が考えている以上に私を大切にしてくれていると感じると、あぁ自分は何もできていないのに過分にもらってしまった。何かお返ししなくては感じる出来事がここ数か月の間にあった。
    また、その時は感じられなかったけど、昔の出来事であの人のあの親切返せてないなと思うこともある。
    私はその受け取りすぎているものを返していきたいとこの本を読み考えてた。

    お店には近いうちに訪問してみたいと思う。

  • 人を手段化しない経済 という表紙の文言に
    「そんなことはできるのか?」
    と疑問を持って、偶然本屋で手に取った本。

    著者は東大卒業後、マッキンゼーやベンチャーキャピタルを渡ってきた方であり、正直こんなタイトルの本を出すのは「?」とはじめ思った。

    内容は著者が以上の経営畑を渡った後に独立してカフェを始めた話である。

    読み進めるうちに、こんなに人間らしさが残るビジネスが可能なのかと胸が熱くなってきた。
    (特に私は工業系の仕事で合理性ばかりを求められのでなおさらである。)

    festina lente の日本語訳がタイトルになっている本書。
    その名の通り、幸せだが、持続可能ならゆっくりいそげ
    になってくると思う。

    現代社会のように、いそげ、いそげではどこかで迷子になってしまう。

    内容で特に頭に残ったのが、ビジネスを
    TAKE(利用し合う) 関係でなく GIVE(与えあう) 関係として定義する事。
    確かに本来、人間関係とはこうあるものだ。
    人が集まって社会は成り立つはずなのに、いつの間にずれていったのだろう。。

    面白いなと持った視点

    ・お客さんの中には「消費者的な人格」と「受贈者的な人格」が同居している

    ・クレーマーとは消費者的な人格の行き着く先ではなかろうか

    ・誰もそう望んでいないのに、どこの駅前も同じようなコーヒーチェーンで埋め尽くされることになる

    ・人脈という言葉はまさにそうだ。人間関係を手段と捉えた言葉だ。

    ・お金を受け取る(GIVEN)されるための道具と捉えたらどうだろうか

    ・互いが互いを利用し合う交換の集積は破綻する

    ・目的や目標を絶対視しないこと

    自分の大事にしたい価値観に非常に近く、読んでいて嬉しい本でした。

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