超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト

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  • 大和書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784479795612

感想・レビュー・書評

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  • 落合さんの教養の広さ、世界の捉え方に驚かされる。
    私自身は、IT業界で働いてるが、単にITだけ語れるだけでなく、彼のように、社会、政治、歴史、文化、宗教などを語れるようになりたい。そうすることで、まだまだ、自分の可能性は広げられるだろう。今後も彼の動向は、チェックしていきたい。

  • 新しい時代を感じさせる1冊だった。シンギュラリティの先には意外にユートピアがあるかも。ただ、その移り変わりに適合できるかが問われるようになる。うん、面白かった。こういうのをエモいというのかな。

  • ・ブルーオーシャンで考える。他人に追い越されそうとは考えなくてよく、自分がそこに何の色付けをできるかを考える。

    ・趣味性が大事。

    ・フラストレーションが溜まったところでいいことがあると、テンション上がる。それを利用するのもいい。仕事のゲーミフィケーション(自己報酬化)、五感を使った仕事。

    ・プレゼン資料を作ってから仕事を始める。何をどう埋めたらいいかが見える。

    ・機械にinputするのはロジックで、人間にはエンタメ的視点が必要なので、あまりロジカルすぎるのも。どっちが得意かで、リサーチ向きか、ディベロプメント向きか見えてくる。

  • 人間らしく生きるができる。
    好きを仕事に、副職斡旋の風潮に納得。
    AIにお願いできることはお願いし、創造的また身体的なものは人間がする。パン屋さんがパンの研究に打ち込める。
    しかし、好きなことを追求してこなかった人は多いし私もしかり。自分と向き合い好きを突き詰め、ライフアズワークとして生きられる時代にわくわくする。
    ブロックチェーンと合わせて読みたい内容。

  • AI時代に対してやはり準備が必要とのこと
    単純作業 繰り返し事項はAI 作業
    独創思考が人間の仕事
    Work as Life は やだな

  • コミュニティは30人が限界

    時間だけが唯一のリソースになりうる

    中間がコンピュータにやられる

    締切に負われないためには、ツールを使う、中間の皇帝をあまり気にしない、機械にできることを極力やらない

    問題解決のための合理的なことと、問題解決以外の非合理なことというのを一度切り分けたほうが人生は豊かになる

    荒俣宏 創造性というのは、忘れる能力にかなり依存する

    本当の創造性というのは、複数のものをつかって問題をとくというより、問題自体はなんだったか、ぼんやりとしたところから見つけてくる能力だからだ

    他人と比べないというのも重要な事だ

    勘違いによるストレスをなくす

    私たちは平均値ではなくて、ピーク値を高めることが重要だから、それを見つけるほうに時間をつかったほうがいい

    親ができることといえば、ほっておいても勝手にやるようになるまで、どうもっていくかということではないか

    放っておけば、あとは勝手にやるというところまでお膳立てしてあげれば、あとは自分で試行錯誤するようになる

    このポスト真実、虚構と現実の混濁した時代では、人はSNSを通して、貧者のVR(=あってほしいそれっぽい現実)を生きている

  • レビュー省略

  • 読み始めたときは、癖があり読みづらいと感じたが、読み進めるうちに著者の世界に引き込まれていき、いつの間にか夢中になって読了していた。主張自体に真新しさはそれほどないものの、書きっぷりにひかれた感じである。他の作品も読んでみたいと思った。


    ・ワークライフバランスとは、仕事とプライベートを完全に別物として扱い、それらのバランスをどうとるかということだ。しかし、いつでも仕事とプライべートが混在するようなな世界になった今、ワークがライフでない時点で、言葉が実生活と矛盾しているのではないかと感じるわけだ。グローバル化とインターネット化と通信インフラの整備によって、ワークとライフの関係性は完全に「バランス」ではなくなった。これからは「ワーク”アズ”ライフ」、つまり差別化した人生価値を仕事と仕事以外の両方で生み出し続ける方法を見つけられたものが生き残る時代だ。
    ・そのワークアズライフとして考えるときバランスや均衡を求めるものはなんだろうか。「ワークとライフ」の対比で捉えるのではなく、「報酬しストレス」という捉え方のほうが今の働き方を象徴している。働く時間、休み時間という捉え方より、ストレスのかかることとかからないことのバランスのぼうが重要だ。

    ・今、この世界で他人と違うのは当たり前で、他人と違うことをしているから価値がある。もし、他人と競争をしているならば、それはレッドオーシャン(競争の激しい市場)にいるということだ。つまり、競争心を持つというのは、レッドオーシャンの考え方で、そうではなくて一人一人がブルーオーシャン(未開拓な市場)な考え方をしなくてはいけない。

    ・ワークアズライフの生き方は責任と戦略が自分にかかってくるので、プレッシャーがあったり自己管理が重要だったりストレスフルな面もある。逆に、ストレスフルじゃない程度のコミットメントで作業するとしたら、やっていることのインパクトがなくなってしまうかもしれない。なので、どちらがよい悪いというわけではなく、生活スタイルのすべてがブルーオーシャン、すべてが責任・戦略を機械に任せた生活、というのみになるわけではなく、ローカルも織り交ぜながら多方面に展開されていくだろう。つまり、生活はすべてコンピュータに任せて、仕事はブルーオーシャンのほうを攻める人や、子育ては誰とも違う子育てをするけど、仕事はコンピュータの言うことを聞いて楽しんでやる人など、コミュニティによって様々になっていくのだ。

    ・今の時代を生きる私たちにとって、「信仰心」は必要なのだが、ここでいう信仰というのは宗教しいう意味ではなく、「自分の価値基準は、何なんだろう?」という問いに対する個人の答えのことだ。
    たとえば、文化や教育などは信仰という言葉で置き換えられる。日本が高度経済成長期以降に得た、もしくは戦後に得た信仰は、「お金を稼ぐことは正しくて、自己を実現することも正しい」という「拝金と自己実現」の信仰のことだ。
    けれど、今の時代、実はそれはあまり正しくなくて変な信仰になりつつある。全員が同じ方向に向かっているときや共同幻想を用いるとき、生産性を向上させる信仰だけれど、今の時代には足かせである。そもそも今は全員が同じ方向に向かっていない。私たちが持たないといけない信仰心は、人によって全然違う。それぞれの信仰を支持する考え方が必要だ。

    ・コンピュータには趣味性がなく、限りなく透明になろうとする。人間は透明なところに趣味性をつけて行動していく。つまり、ものごとには透明性と趣味性があって、人間だけが個人の色を付けていくことができる。
    ・そこで趣味を見つけるためには、いろいろなアプローチがあるけれど、大人になる過程で、何か1個くらいは好きだったことがめるだろう。仕事の制約や受験勉強でやめてしまったことも、大人になってからやってみると、意外と楽しかったりする。しかも、機械が代わりに労働をするようになると、本来は可処分時間が多く生まれるはずだ。その時間を用いて、自分のオリジナリティや個性、あとフェチズムを強化していくこと力これから先、仕事として活きていくことになるだろう。ワークアズライフの世界にとって趣味性は非常に重要なものだ。
    ・自分が「個体として何が好きなのか」というのを考えていくことが大事で、理想的には、趣味性が高いものを仕事にして、それによってストレスフリーで多くの利潤が発生している、という状況が継続性があって望ましい。それは非合理的なモチべーションからはじまるから、機械よりもオリジナリティが高いことができる。

    ・「ドキドキする」というのと、「報酬がある」というのを組み合わせると、人は「テンションが上がる」ということが、すごく重要なことだ。要するに、「何かちょっとフラストレーションが溜まる」要素と、その結果によって、良いと喜ぶし、悪いとちょっと悲しいという感覚的報酬を、マネジメントしてワークアズライフのプランを組むということが、超AI時代にはヒトのライフハックであり、それは、すべてのギャンブル的なものに含まれている。
    ・「ドキドキして、たまに報酬がある」。すべての仕事はこのロジックだ。これを繰り返していくとそれにどんどんハマっていく。ここに、ワークアズライフの妙がある。一度、自分の仕事の中で、「どこがギャンブル的なのか」ということを意識してみるのを勧めたい。これはストレスと報酬関係を明記するということだ。

    ・これからは、「遊び」という概念がますます重要になってくる。大人の遊びではなく子どもの頃の遊びを思い出していただきたい。問題設定があり、それを解決していき、その中で報酬が決まり、楽しいと思える。
    ・遊びの中で、自分が何をすれば喜ぶか、つまり自分にとっての「報酬」が最も考えないたいけなくなる概念になるだろう。問題の発見とその解決は仕事でもよくやることだが、自分にとっての報酬が何かを考えないし、継続性が生まれないし、モチべーションが起きない。
    ・そこで、前項で述べた「ギャンブル的」な定義の仕方が重要になってくる。つまり、ドキドキして、たまにうまくいく、という課題設定し報酬の話だ。射幸心としての「ギャンブル的な報酬」と、収集欲としての「コレクション的な報酬」。それと、より体感的な「心地よさの報酬」というのもあるだろう。
    ・これら3つの報酬が、物事の継続性を生む。たとえば、「ギャンブル的な報酬」であれば、毎回チャレンジして、競争して、誌かに勝つということが挙げられる。すると、競争相手のようなものを常に探していかないたいけない。
    ・「コレクション的な報酬」であれば、積み上がっていることが「見える」という点が非常に重要で、可視化させたり、わかりやすくさせたりすることが必要になる。
    ・3つ目の「心地よさの報酬」ならば、「じゃあ、五感をしっかり使っていこう」という話になるわけで、「おいしいものを食べるような結果に繋げよう」や、「いい音楽が聴けるような場所にしよう」「美しい風景が見られたらいい」などというこしを意識してやっていくべきだ。
    ・そういった報酬のデザインの中で、最も自分に向いているものを選ぶべきである。あなたのやっていることに継続性がないのであれば、この3つの要素がどれか欠落しているのではないだろうか。

    ・成果を完成物や可視化して見えるように意識したリ工夫をしたりすると、仕事も生活全般もゲーム的にやりやすくなる。そして何より、他人にアピールすることができる。

    ・大人になれば、「継続性のために自分が何で喜ぶか」を意識することが重要になる。自分から発信すれば、社会からお金がもらえたり、賞などの評価に繋がったりするわけで、自分の喜びと社会の喜びをマッチングさせるときに、他人が評価可能な完成物があると非常にスムーズになる。
    ・「社会の喜び」といっても、それは無理に社会を喜ばせる必要はなくて、遊びにおいては、まずは「自分がよけれぱいい」というところが重要だ。自分が何で喜ぶかだけを最初に押さえ、そこからお金をもらったり、人から認められたり、職業として継続性のあるものにしていく上で、完成物の価値を社会に問うていけばいい。

    ・遊びにおいては、「とりあえずやってみる」ということも大事だ。問題設定とその間題解決とアクションプランが決まったら、悩むよりやってみるほうが重要だ。あれこれ悩むより出たとこ勝負でしか自分の喜びはわからなかったりする。

    ・これから先、締め切りに追われなくしていく方法は、こ「ツールを使うこと」だ。そして、「中間の工程をあまり気にしないこと」。最後に、「機械にできることを極力やらないこと」。この3つが非常に大切になってくる。その3つを意識すると、劇的に締め切りに追われなくなるはずで、長期的にアウトプットしていくようなタスクに、もっと多くの時間をかけることができる。そして、これまで中間工程を調整していたのが、「ホワイトカラー」と呼ばれる人たちである。その中間工程の調整をコンピュータが担っていく世界が、いわゆる「シンギュラリティ作業世界」だ。

    ・人生にも目的がある人がいるし、ない人もいる。なので、基本は非合理的なことばかりでいいスタンスを取り、問題解決のための合理的なことと、問題解決以外の非合理的なことというのを一度切り分けたほうが人生は豊かになる。

    ・プレゼンべースで仕事をすると、非常に仕事の効率が上がる。情報伝達のための仕事設計になるので、非常に効率的で重要なことだ。まず、プレゼンすることを先に考えて、スカスカのプレゼン資料を作ってから仕事を始める、という進め方は非常におすすめである。スカスカのプレゼン資料をどう埋めたらいいか、という順番でプレゼンべースに仕事をしたほうが捗るだろう。

    ・マスメディアの時代だったら、全員が全員、同じことを中間的にやっていれぱよかったけれど、これからはそうではない。だから、その技能や地域性、その人のキャラクター、特殊性みたいなものを発信していこう。
    ・マスメディアの世界、つまり全員が一枚岩の世界だったら、政治をする必要はなくて、流れに乗っかっていればよかった。ただ、たとえばアメリカだったら多民族国家なので、多民族になればなるほど、政治は熱狂的に重要になる。要するに、ステークホルダーのジャンルが多いから、全員がどういう価値観で動くはわからないので、それを自分で確かめていく必要があるということだ。
    ・それに対して日本は比較的そうではなくて、ほぼ全員が同じ民族で、ほぼ全員が同じような働き方を昔まではしてきた。けれど、今はそうではなくなりつつあって、インターネットの力で発信形態も趣味性も興味の矛先も変わってきたから、大きな一つの政冶にもっと興味を持たないたいけないし、地方に分権された政治に関しては、もっと参画していかなくてはいけない。

    ・専門的なことは一度すべて大学で習ったり、専門書を読んだりしたことはあるけれど、完全には覚えていない、というフックがかかった状態を目指そう。だから知識のフックをなるべく作っていって、完壁に覚えてクイズ番組に出る必要はないけれど、それによって問題を解決したり、新しい問題を見つけたりする程度の柔らかさで知識を持つことが重要だ。
    ・私たちも深層学習のようなもので動いているわけだから、おそらく人間が持っている能カのうちで重要なものは抽象化して特徴量の差を捉える能力なのだろう。抽象的なものとしてそのあらゆるジャンルの特徴量を持っていると、想像力の引き出し方が非常に充実するだろう。
    ・そして、フックをかけておく機会は、実は受験勉強くらいしかないということだ。あらゆるものにフックをかけるためという意味では、センター試験だって重要になると思う。そして、受験勉強を楽しめるタスクや能力というのも、最低限身に付けていたほうがいい。あらゆるものにフックをかけながら専門性を磨いていくと、もっとも多角的な人材ができて、コンピュータに代替されにくくなる。専門として1つのものに重点的に時間をかけてしまうと、専門の部分で負けたときに優位性がなくなってしまうので、そこは注意しなくてはいけない。
    ・専門性がある人、つまりスぺシャリストと、バランスよく知識を持っているジェネラリスト。そのバランスが重要だ。ジェネラリストに価値があるかといったら、全然価値がないといえるだろう。スぺシャリストであることは、これからの時代では大前提で、スぺシャリストになるから受験勉強にも価値があるわけだ。この順番を間違ってはいけない。ジェネラリストであるだけの人は、クイズ番組に価値がなくなるのと同じで、生き残っていけない。そのバランスを取るのがすごく重要だ。ある1つの分野がすごくできる人というのは、ある程度のタスク処理能力があるので、意外と別の分野をやっても上手にできたりする。要するに、受験勉強プラスアルファをするという感覚だ。

    ・主体性を追い求めすぎるとストレスフルな状態になるといいうことだ。古代中国の老荘思想などでも言われていることだが、「無為自然な感じに生きる」というのが最もストレスを感じない。それでは、「無為自然」とは何かといえば、それは「自分が主体的だと思わない」ということだろう。
    ・ストレスを解放するための方法を考えてみたいのだが、それに必要なのは、「ギャンブルと報酬」がポイントになる。つまり、もしあなたが仕事で溜まったストレスを違うことで発散していたとしたら、その生き方は間違っているということになる。
    ・理想的なのは、仕事で溜まったストレスが仕事の中で報われて、仕事の中でストレスから解放されるということだ。つまり一つの中で閉じてしまえばいい。まずやるべきことは、仕事の中で「ストレスが解消できる場所」と「ストレスが溜まる場所」をリストアップすることだ。
    ・また、よく言われることだが、「他人と比べない」というのも重要なことだ。おそらく、「みんなは遊んでいるのに、自分は仕事をしている」という状況は多くの人にとってストレスを感じるだろう。それはやはり比較のしすぎが原因であって、クリスマスに仕事をしているとすれば、それは「クリスマスは遊びに行くのが普通だ」と思っているからストレスが生まれるのだがその逆だってありえる。

    ・コンプレックスには二種類ある。ーつは、「強い憧れがあるけど、それが達成できない」というパターンと、もう一つは「他人からみて劣っている」というパターンだ。まず、前者の憧れからくるコンプレックスは、実は無意味であって、人間はやはりできることしかできないから、できることだけやればいいだけの話ということになる。憧れてもいいが、それをコンプレックスに感じる必要はない。もう一つの「他人からみて劣っている」というのは、平均値と比べて低いことによるコンプレックスなわけだ。それも、「そこで戦わなければいい」という方法で解決できると思う。これから私たちが戦うぺきなのは、「ブルーオーシャンを探す」という方向なので、それがきちんとできていると、コンプレックスには出会わないはずである。つまり、レッドオーシャンで戦おうとするから、コンプレックスが出てくる。
    ・コンプレックスと平均値の話をしたが、そうするとなるべく平均値にならないようにしたほうが賢い。いわゆる自分らしきを出したほうがいいのだが、それは、世界レべルではなく、コミュニティの中での自分らしさということだ。不通に何も考えずに感覚で選んでいったら勝手に周りからみて個性的になっていく、ということが望ましい。
    ・まずは流行を気にしないことだ。それに、他人に「浮いている」と言われても、別に気にしなくていい。「遊び」の話と同じように、好きなものだけを集めていけば、おのずとその人らしさは表れていく。特に日本人は、人の目を気にしすぎだと言われているが、おしゃれかどうかは個人が決めることだ。それに、多民族国家になったら、それこそ人によって似合う服がまったく違ってくる。もし今、服を気にして選んでいる意識があるのであれば、それは自分が気にしているだけで、他人はそこまで気にしていないと思ったほうがいい。結局は選択肢の中からしか決められないし、無理に「自分らしさ」とかを探さずに、自分が何が好きかという基準で単純に選んでいけぱいい。そうして「変だ」と思われるのではなく、「それがその人なんだから、それでいいじゃん」となっていくだろう。

  • CY18-03
    超AI時代を生き抜くために、必要なスキルやマインドセットについて提案している本

    最近よく、ロボット工学、制御工学が非常に発展した場合、自分は仕事を無くさないかと考えていた。

    今までは、所属しているコミュニティで、上位に食い込めるスペシャリティを複数持つことで、競争原理が働かないブルーオーシャンへ自分を置くことで、存在意義を見出していた。

    今後、もっているスペシャルティのいくつかは機械に取って代わられるのは明白で、そのような時代への備えを考える上で参考になった。

    自分の戦略のコンセプトは妥当なラインを行っているが、投資するエリアは再考する必要があると感じた。

    機械との親和性の高い人類 vs 適応出来なかった人類
    若い世代が前者で、既得権益をもつ人々はきっと後者。
    その間を繋ぐというスタンスを取ると歯車っぽいよね。

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著者プロフィール

落合陽一(おちあい よういち)
メディアアーティスト、研究者。2015年より筑波大学図書館情報メディア系助教、デジタルネイチャー研究室主宰。2015年Pixie Dust Technologies.incのCEO。2017年から筑波大学学長補佐、大阪芸術大学客員教授、デジタルハリウッド大学客員教授を兼務。2017年12月からは、ピクシーダストテクノロジーズ株式会社による筑波大学デジタルネイチャー推進戦略研究基盤 基盤長 及び 准教授を兼務。代表作に、最初の著書『魔法の世紀』、『日本再興戦略』『デジタルネイチャー』など。ほかにも様々な作品と著作に関わる。2019年9月7日、『2030年の世界地図帳』を刊行。

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