ベルリン日記: 1934-1940 (筑摩叢書 237)

  • 筑摩書房 (1977年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (468ページ) / ISBN・EAN: 9784480012371

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  • 第二次世界大戦中にベルリンに派遣されたアメリカ人記者の日記。
    職業が報道記者ということもあって、シャイラーは当時の世界情勢に通じている。彼の書く現状分析は今見ても的確だと思う。
    私が特に注目するべきだと思うのは1938年の3月11日-12日の日記だ。
    『最悪の事態になった!シュシュニックが辞任し、ナチがそのあとを継いだ。ドイツ国防軍はオーストリアに侵入しようとしている。ヒトラーは一ダースもの厳粛なる約束と誓いと条約を破ったのだ。オーストリアは終わりだ。美しい、悲劇的な文明国、オーストリアは滅びた!』
    この文章から始まるこの日の日記は、オーストリアがナチスに屈服したその日の喧騒がありありと描かれている。暴徒と化した狂信者の群れ、破壊されるユダヤ人商店、ナチスに占領された放送局、その放送局の中でどうにか放送しようとする筆者。

    その後、ベルリンの放送局は厳しいナチの検閲の下に置かれ、筆者はナチスに歪められた情報を、爆撃にさらされるベルリンの中で伝えることになる。

    そしてもう一つは、チェンバレン、ダラディエによる宥和政策で、ドイツがズデーテンランドを併合することになった際のの日記である。
    この日、シャイラーは英仏の失策を非難し、チェンバレンの無能さを糾弾するとともに、チャーチルの先見性を評価している。

    『この時期はまだずっと〈荒野で呼ばわる者〉だったウィンストン・チャーチルだけは、下院でこう演説する。「われわれは全面的な完全なる敗北を喫した。……われわれは目を塞いで盲目となってはならない。中部及び東部ヨーロッパのすべての国が勝ち誇るナチ勢力と今後できる限り友好的関係を結ぼうとすることを、われわれは覚悟せねばならない。……ドナウ下流に至る道……黒海とトルコへの道はひらかれてしまったのだ。私には、中部ヨーロッパとドナウ流域のすべての国がつぎつぎとナチ政治の広大な体制の中に組み入れられてゆくだろうと思える。」チャーチル__イギリスの荒野でひとり叫ぶ世に容れられぬ予言者だ。』

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