本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480015143
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
「今この瞬間を生きること」の大切さを深く考えさせられる一冊です。現代社会では、未来のために生きることが美徳とされがちですが、本書はその風潮に疑問を投げかけます。日常の中で「今ここにいること」を実感する...
感想・レビュー・書評
-
明日のため、未来のため、、、
何かのタメに生きることが美徳とされる
現代の風潮にストップをかけるお話。
正直、全てそのまま受け止めて実践することは
今の世の中だと難しいと思う。
だけど、1日の中で何回かでも良いから、
「今ここにいること」を感じることはできる。
この本はその喜びと実践するための技法を教えてくれる。
個人的な話だが、文章が美しくて読みながら脳が陶酔して気持ちよかった。
詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
娘が2歳ぐらいになった頃、時間軸でものを考えるような言葉がけを意識するようにしていました。
というのも、その時に楽しいことに夢中になり、そのあとの時刻に予定している「もっと楽しいこと」や「やるべきこと」ができずにその日が終わってしまう、ということが常だったからです。
その頃、親としては、「まだ時間の感覚が身についていない年齢だから、徐々に理解できるようにしていってあげよう」と思っていました。
本書を読み、その時期のことを思い出し、「もったいないことをしてしまったかな」と感じました。
否が応でも、娘はしだいに社会生活への適応を余儀なくされるでしょう。せめて小さいうちだけでも、瞬間(いま)を生きることを十分に体験させてあげればよかったかな、と思いました。
ところで私はファイナンシャル・プランナーであり、「今」のうちから「将来」を見据えた習慣や行動をとることが重要、ということを人に伝える立場です。
もう少し柔軟に、「いまこの瞬間を感じる」「瞬間(いま)を楽しむ」ということの大切さも理解し、伝えていきたいなと感じました。 -
道元はいう。「夢中説夢は諸仏なり、諸仏は風雨水火なり、この名号を受持し、かの名号を受持す。夢中説夢は、古仏なり。」このはかない現実が至高の世界である。至高世界とは、風雨のふくこの変哲もない地上の出来事の生起である。今ここの現実世界こそ仏の道場そのことだ。ありとしある周囲のことどもが、だから仏(至高性=存在神秘)の現れ。この存在神秘の事実は「無処不覆蔵」。いたるところに露わであり隠されている処なんかどこにもない。いつどこでもが、天地自然の開現。いかなる有時の、いかなる而今にも現出している。目前の美しい山水(自然界)は云うまでもないが、些末な日常用具の「浄瓶」(手洗い器)も、不浄の「糞かきへら」もすべてのものが…気付いてみればー、天地自然の生起の理法を詠いあげている。ミクロコスモスなるぼくたち万物は、マクロコスモス(宇宙大の生命の息吹)なる天地自然の成りかたち。つまりは、梵我一如。天地自然が、ぼくたちの生死の本源ということになる。幸福であることと、瞬間を生きることは同じ一つのことの両面である。このことを理解したからこそ、印象派の画家たちが生まれた。彼らの絵画は目前の瞬間の変哲もない光景に、永遠の幸福を見出すむことにある。どの様な瞬間の印象もその独自な様相において、いのちの真実を告げており、その生命の鼓動を発露させる様に画面を構成していく。印象派の人達は、比類なく忘れがたい瞬間の光景を画布に定着ざせたのである。モネの日傘の女。真夏の日差し降り注ぐ川岸で日傘を差して佇む夫人のありように、又偶然みつけた場末の酒場の光景に雨にうたれた変哲もない庭先や、路地裏の石壁通りに落ちる日差しに、かけがえのない永遠の一瞬を目撃した。幸福は、どこか遠い別世界や、複雑な迷路の深奥にあるのではなく、「表面」にある。色彩や形や輝きによってなる。目前の何気ない「瞬間の光景」にある。彼れらが懸命に伝えようとしたのは、じつに簡素な話なのだ。パン屑や牛乳の一滴の輝きが永遠の幸福を詠いだす。フェルメール「牛乳を注ぐメイド」は、そのみごとな先駆形であった。その他書きたいことが山積したが、ここでペンを置く。
-
痒いところに手が届く詩的描写、瞬間を生きるということをえがいた作品群の考察が参考になった
-
「頑張って資格を取れば」「定年まで勤めれば」等、遠い先の楽しみのために辛い今を受け入れて生きている事が多いはずです。しかし、もっと今この瞬間を味わえないのでしょうか。特別なイベントなど全く無い平凡な毎日でも。厚い雲の隙間から少しだけ見える太陽といった程度ながら、そういう生き方のヒントをこの本は教えてくれます。考える良いキッカケになると思います。
-
われわれの生が刻一刻の「瞬間」をとりもどし、その一瞬のきらめきを目撃するための技法(アート)について論じている本です。
著者はハイデガーの研究者であり、本書の議論にも「存在」と「存在者」との関係にかんする思想がバックボーンとなっているように思えます。ただ、哲学的な議論を前面に押し出すことなく、わかりやすく、またどこか詩的なことばで思索が進められているところに、本書の強みも弱みもあるように思います。
個人的には、いくつかの文学作品や芸術作品についての解釈で興味を惹かれるところがあったものの、議論が十分に突きつめられていない印象を受けてしまいました。 -
★時間というものはない。あるのはただ無限に小さな現在だけである。
~トルストイ「文読む月日」
★生きることの最大の障害は期待を持つということである。
それは、明日に依存して今日を失うことである
~セネカ「人生の短さについて」 -
★儚くも尊い幸福な時間、一瞬を感じながら、一瞬一瞬を積み重ね生きることによって、生きている実感とそこに在るだけの尊さを知ることができる。★近代より取り入れられ、洗脳され、当たり前となった時間観念から解放されることが現代日本人には必要である。★瞬間を生きるようになれば、抱えている不安や不満から解放されるのでは、生きていることに幸福感を得られるのでは。と呼び掛けた本だと思った。
確かに心動かされる何かと遭遇した時、時を忘れ没頭している時、日々悩まされる事や漠然とした未来への不安は頭からすっ飛び、生きていると実感していた。今は過ぎ去りどうにもならない過去ばかりに目がいき、まだ始まってもいない未来ばかりを考えている。生きている実感=幸福感を得られるものに、もう少し目を向け、その時間や自分を大切にしようと思った。 -
昨日のことは忘れ、明日のことに思い悩まずに、今を意識して充実した時を過ごしたいと実感した。
8つの[技法]により、その内容を実生活に置き換えて考察できるのは、理解の助けとなった。 -
-
著者は、「存在」からその驚愕へいたる道を示す。多くの人に、そのすばらしさを分かりやすく伝えようとしている。プルーストによる分析は、えっこの人もそれを知っていたのかと驚いてしまった。真理を証明することよりも、その状態の中にいることはどういうことかに主点が置かれる。われわれの良く知る分野へ解説を広げることで、あいまいになってわかりにくくなってしまったところもあるのでは。
-
エピローグのインドの貧困街のルーナの話
27ページの波照間島で出会った少年の話
どちらも体験談のように語っているが、作り話でしょう?
皆さんはどう思われましたか?
それ以外の内容が良かっただけに残念。 -
以前から読みたいと思っていたので購入。
-
ワクワクするはじまりだけど、読みづらくて、後半飽きてしまう。
-
先に前に競わせ駆り立てる仕組み「ドロモロジー」が私たちの世界を駆動していることに対しての異議申し立ての書。「いつかどこか」ではなくて「いまここ」を生きること。瞬間に宿る永遠に身を預けること。全体に横溢する人生肯定メッセージが沁みました。
-
多分著者は分かったのだろうが、永遠の瞬間はやっぱりできなかった。ちょっともどかしい気持ちになってしまった。途中までは丁寧な話しの運びで分かりやすかったのだが、最後のほうで分かったような分からないような感じになってしまった。
-
読み始めはぐぐっと引き寄せられるも学術的な内容の繰り返しが多い。飛ばし読みがgood。
-
タイトルに惹かれて購入。未来に期待し、今日この日この場をカットする生き方を「瞬間抹消」と呼び、近代人の生活習慣病であると述べている。ただ、本書の内容は、途中から美や芸術方面に飛んでいくなど、私には全般的に難解であった。エピローグで、著者がインドで出会ったというスラム街の少女とのエピソードが紹介されており、この話が一番印象深かった。あまりにもできすぎた話なので、作り話かもしれないが。
-
少しくらい刹那に生きてみよう!
僕たちは、いつの間にか今という瞬間を生きずに未来を生きている。将来のために働き、将来のために努力して、将来のためにお金をためる。そして今の不安ではなく老後の不安を考えている。
未来も過去も存在しない。在るのは現在だけだと筆者は説く。
過去の現在。現前している現在。未来の現在。
在るのは、現在だけなのだ。
それなのに、僕たちは刹那に生きることを悪いことのように考えてしまう。アリとキリギリスのイソップ物語でもそう習ったし、
小さいころから将来という未来のために現在を生きてきた。
筆者は、この瞬間瞬間を大切に生きていると、つぎにやるべきことが自然と自分のところにやってくるという。
遠い未来よりも今ここに生きる瞬間を大切に生きろと。
生きろというよりも、存在することのありがたさをと。
僕らはHuman being(ある人)なのだ。
いつのまに、Human doing(する人)となって、時間に追われ早く走りすぎているが。
刹那というクールに聞こえる生きかたこそ、瞬間を大切に生きることなのかもしれない。
たまには、刹那に生きてみよう。今、そして近い未来のために。 -
前著『〈在る〉ことの不思議』で理論的に語られた、存在することのかけがえのなさ、その出来事の充溢、そして取り消しがたさを、今ここの「瞬間」において生き抜くことを、具体的なレッスンを交えながら、エッセイ風に説く一冊。エルンスト・ブロッホの「生きられた瞬間の闇」やプルーストの無意志的記憶への論及は示唆に富むが、その一方で個々の芸術作品の瞬間的な「生命の息吹」としての美を論じた部分にはいっそうの厳密さを求めたい気もする。それから、他人によって描かれた未来のために「今ここ」を犠牲にすることに総動員されつつある昨今、今ここに在ることへの驚愕とともにある生の充実を、エクスタシーのなかで肯定する議論はたしかに貴重であるが、そのことは自分たちを駆り立てる体制そのものをどのように問うことにつながるのか、見えない点もやや惜しまれるところ。全体の議論が、例えばヴィリリオのドロモロジー批判と接続しきれていないのだ。
著者プロフィール
古東哲明の作品
本棚登録 :
感想 :
