農村青年社事件 昭和アナキストの見た幻 (筑摩選書)

  • 筑摩書房 (2011年12月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480015303

みんなの感想まとめ

この作品は、昭和初期の無政府主義者たちが直面した歴史的事件を深く掘り下げ、権力の暴圧と若者たちの理想を描き出しています。1937年に発生した「農村青年社事件」は、特高警察と検察権力によるデッチ上げの一...

感想・レビュー・書評

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  • 1935年に一斉検挙された農村青年社メンバーら。「昭和の大逆事件」という官憲側の煽りに対して、本書は、青年社の実態、思想検事と長野県特高警察の売名的欲望から「でっち上げ刑事裁判」に至った経緯、裁判過程と戦中の動向を検討する。

     そもそも、著者は戦後学生運動のアナーキズムに触発され、その結果として、戦前にアナーキズムを標榜する農村青年社への関心が生まれ、当該事件の追跡開始することとしたようだ。しかし、取材中断に伴う関係者の鬼籍入り、裁判関係資料の渉猟不足に加え、農村青年社の戦前社会への影響が全く小さいものであり、実態として主流へのカウンターにしては微温的改革思想にすぎないなど、このテーマを選択した点、取材・叙述に多くの難が残されている。
     そのため、叙述の狙いがやや散漫になった嫌いも否定できないし、流石に戦前の共産党を徹底的に解剖した立花隆著「日本共産党の研究」に比して、内容的に見劣りすると言わざるを得ないところである。

     とはいえ、幸徳秋水事件と同様の「でっち上げ刑事裁判」の有り様は、突っ込み不足は否定できないものの、なかなか興味深い面はある。
     確かに、現行法とは真逆で、整合性をとることも不可能な、大正刑訴の糾問主義的刑訴観。さらに思想信条の自由とともに、一事不再理すら明定されていない旧憲法下においては、思想犯罪を容易に裁きうる点。
     さらに、刑事実体法の立証命題に関し、現行の大多数の事件では客観的・外形的事実となっているのに対して、戦前の治安維持法等といった思想犯罪類型においては、その事実の認定は、構成要件該当事実の「懲表」だけで実現しそう。それはまるで、人間の自由を阻害し、犯罪該当性の判断に支障を来たす主観主義的刑法理論?が、何の衒いもなく妥当していたかのように感じてしまう。

     この刑事事実認定への強烈な違和感に戸惑った。しかし、逆にその戸惑いこそが、当時の思想犯罪の科罰の異質さ異常さを語っているとも言えそうだ。

     実際、共産党の如き内実を備えない農村青年社(本書に従うと、各地の農村単位における自給自足生活の実現を標榜するのみ)は、国家や官憲と思想的に鋭く対立する団体とは到底いえない。しかも、共産党に放たれたスパイMといった官憲スパイの跳梁跋扈等といった、ある種のフィクショナルな面白さも、農村青年社においては豊穣とは言いがたい。

     これらを総合するに、本書の読後感は、とても満足したとは言い難いが、ある程度の気づきは貰った書と言えそう。


     なお敗色濃厚のS19年後半くらいから、事件記録の物理的削除(切り取り)による隠蔽、また、拷問をした受刑者に阿つつ拷問がなかった旨の証明書交付を求める取調官、保護観察者の応対が急激に改善した等の事実は、今も昔も変わらぬ官憲の権力追随の様と、その変遷を予期した彼らの嫌らしさを如実に示していると言えそう。


     PS.治安維持法。大正刑訴法、特に二重処罰禁止。幸徳事件。桐生悠々所属の信濃毎日新聞社の官憲への反感が滲み出た報道。アナーキズム団体の虚像とこれに関する報道が付与した世間への印象操作には注視すべきか。


     2011年(初出08~10年)刊行。

  • (※私事ながら、昨年読んだ中でベスト1の本です!)

    地方裁判所の正面の大階段は額に迫り威圧する如しと思ひつつ右に曲りぬ
      築地藤子

     「アララギ」の歌人であり小説も手掛けた作者の、昭和10年代の歌である。定型を大きくはみ出し、その「威圧」感がいかに重いかを伝えている。「地方裁判所」に赴いた彼女に、一体何が起きていたのか。
     1896(明治29)年、横浜生まれ。大正期に「アララギ」に入会し、結婚してシンガポールに渡る。帰国後は東京に移ったが、夫が亡くなり、代々木で書店を開業。その書店で、甥も働きはじめた。
     1937年、「農村青年社事件」と呼ばれる事件が報じられた。無政府主義者たちが長野を中心にテロ計画を立てたとして、35年秋から農民運動家らが次々に摘発されたものである。
     築地の甥もとらえられた。とはいえ、甥は熱心な活動家ではあったが、この事件とは何ら関係がなかった。掲出歌は、その裁判の傍聴に通った折の歌である。

      青春といふ月日おほかたを獄に過ごし帰り来て今また罪なはれんとす

     甥がようやく解放されたころ、時代は日中戦争に。「罪なはれる(罰せられる)」ように甥は入営し、築地は、作歌をやめて旧満州に渡った。そして敗戦後、苛酷な引き揚げを体験することになる。93年に没したが、97年の波乱に富んだ生涯だった。
     農村青年社事件については、保阪正康の入念な著書がある。それによると、この事件は、検事団が自分たちの功名心のために創り上げたものであったらしい。過去の事件として読み過ごさず、丁寧に検証していきたい1冊である。

    (2013年1月20日掲載)

  •  「歴史の発掘」という言葉があるが、本書は、まさにそれだと思った。
     昭和10年(1935年)の「農村青年社事件」については、そんな事件があったことを知っている人も現在ではほとんどいないのではないと思う。それを発掘し、調査し、上梓した著者を素直に尊敬の思いをもった。
     本書は、昭和初期にアナキズム革命運動に突き進んだ若者たちと当時の特高警察・検察権力の絡み合う姿を詳細に描いている。
     アナーキズム運動については、アナ・ボル論争以降マルクス主義が社会主義の正統となったように言われるが、その後の1970年代になっても多くの若者たちに影響力を残していた。1970年代に黒ヘルメットをかぶった多くの若者たちがアナーキストを標榜していたことを思い出す。
     本書は、昭和初期のアナーキストの若者たちを、当時の特高警察と検察権力が「第二の大逆事件」としてデッチ上げた過程を詳細に追いかけている。
     本書は、ただ単に当時の権力の暴戻を告発するだけではなく、昭和初期の異常な時代の空気を誰の目にも見える形で表現した良書であると思えた。
     歴史上の「事件」をただ単に追いかけるだけでは、なかなか長時間興味を持続して読める本とはならない。時代を切り取るだけの切り口と考察があってこそ、単なる「事件」から興味深い「歴史書」となると思う。
     本書は、「当時のアナーキスト運動の詳細」のみではなく、「若者の真摯さ」や「権力の非人道性」、そして「特高警察・検察のデッチ上げの実態」等を通して時代の空気を余すところなく描ききった良書であると思う。

  • 1937(昭和12)年、日本全国を震撼させた無政府主義者の一斉検挙の報道。日本が軍国主義へと歩みをすすめるなか、疲弊した農村を救うおうと、理想を掲げ立ち上がった青年たちの行動が、迫りくるファッショの黒雲に飲み込まれるように、大逆事件へとデッチあげられ弾圧されていく。昭和史上最大といわれるアナキスト弾圧事件の実相に迫る。(2012/01/01)

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著者プロフィール

保阪正康……昭和史の実証的研究を志し、延べ4000人もの関係者を取材してその肉声を記録してきたノンフィクション作家。1939年、札幌市生まれ。同志社大学文学部卒業。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。個人誌『昭和史講座』を中心とする一連の研究で第52回菊池寛賞を受賞。『ナショナリズムの昭和』(幻戯書房)で第30回和辻哲郎文化賞を受賞。『昭和史 七つの謎』(講談社文庫)、『あの戦争は何だったのか』(新潮新書)、『東條英機と天皇の時代(上下)』(文春文庫)、『昭和陸軍の研究(上下)』(朝日選書) 、『近代日本の地下水脈』(文春新書)、『松本清張の昭和史』(中央公論新社)ほか著書多数。

「2024年 『未来への遺言』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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