ノイマン・ゲーデル・チューリング (筑摩選書)

著者 :
  • 筑摩書房
3.72
  • (8)
  • (9)
  • (9)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 215
感想 : 16
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480016034

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 【はじめに】
    『理性の限界』、『知性の限界』、『感性の限界』という限界三部作を書いた高橋先生の著作。『知性の限界』の書評で好意的な中にも「もしかしたら(『理性の限界』の)出がらしかもしれない。」と書いたら「出がらしではないです」とTwitterでコメントされてしまった思い出がある。2010年なので、もう10年以上前のことだ。本書で取り上げられたゲーデルは、『理性の限界』の中で「知識の限界」として紹介されていた。

    本書は、ノイマン、ゲーデル、チューリングという二十世紀を代表すると言ってよい天才たちの解説とそれぞれの業績の頂点にも位置する有名な3つの講演(ギブス講演、)の翻訳を一冊にまとめたものである。

    【概要】
    ノイマンはゲーデルの才能を高く評価し、戦禍のヨーロッパからプリンストン高等研究所に手を尽くす。ノイマン式コンピュータを発案したが、そういった計算機でできることを示したのがチューリングである。ゲーデルは講演の中でチューリングの名前を挙げ、不完全性定理の論文の付記にチューリングの仕事の重要性に言及している。アインシュタインもいたプリンストンに同時にいたこともある三人の天才は、互いに相手に敬意を払い、それぞれに影響を受けていた。なお、三人がプリンストンに集まることとなった背景にはナチスによるユダヤ人迫害の歴史的事実があるのである。

    ■ ノイマン
    この人は本物の天才で、数学、ゲーム理論、量子力学、原爆開発と複数の領域で傑出した成果を上げた。ノイマンを含めてブダペスト出身の科学者が多く活躍することについてその理由を問われた同じくブタペスト出身のノーベル物理学者のウィグナーが「その質問は的外れだよ。なぜなら天才と呼べるのはノイマンだけだから」と答えたと言われている。それほど傑出した存在であったと言っていいだろう。ここまでの才能を持つということはどんな気分なんだろう(たぶん、分からないだろう)と思わせる人物である。

    ケーニヒスベルク会議でヒルベルトプログラムを進めようと宣言するそのノイマンに対して、ゲーデルがいまだ発表前の不完全性定理を持ち出して、直接ヒルベルトプログラムが達成不可能であると告げるくだりは絵になる図であり非常に印象的である。

    著者がその翻訳を付けたノイマンの講演「数学者」は、ノイマンの数学に対する認識を語った講演である。「経験的な発想を直接的に再注入する」べきだとして、数学の物理的な事象とのつながりを強調したものであった。「経験的な起源から遠く離れて「抽象的」な近親交配が長く続けば続くほど、数学という学問分野は堕落する危険性があるのです」は後に述べるゲーデルの数学実在論とは対立しているよ。

    ■ ゲーデル
    不完全性定理を「ゲーデル数化」と呼ばれる独創的なやり方で証明し、ヒルベルトプログラムが達成不可能しないことを示したクルト・ゲーデル。ここで紹介されるアメリカ数学会「ギブス講演」の「数学基礎論における幾つかの基本的定理とその帰結」は数学は人間精神から独立して実在するものなのかを論じたものである。

    「数学は、正確な有限の規則に基づく公理系に含まれないという意味で不完全であり、すなわち、人間精神は、いかなる有限の機械よりも無限に優れているか、あるいは、絶対的に決定不可能なディオファントス問題が存在するか、のどちらかである」
    という命題を持ち出す。
    前者が正であれば、人間精神は有限である脳の機能に還元できないということとなり、後者であれば数学が人間の創造にすぎないという主張を反証するものだと続ける。つまり、数学は客観的に存在するものであり、数学的対象の「実在論」を導いているという。

    「数学が、非観念的な実在を記述するものであり、それは人間精神の行為や心理的傾向から独立して存在し、おそらく非常に不完全にのみ人間精神によって近くされる」 ―― グールドは数学のプラトン主義的実在を支持しているのである。

    なおゲーデルは、この講演の中でチューリングを計算可能性を機械的アルゴリズムによって定義したとして取り上げている。

    ■ チューリング
    アラン・チューリングが、ドイツ軍の暗号システムエニグマの解読を主導したことは長く機密扱いとされてきたが、彼の死後長い時間が経ってから明らかにされた事実をもとにした映画『イミテーション・ゲーム』や大著『チューリングの大聖堂』が世に出された。
    この天才は、同性愛者であったのだが、同性愛がまだイギリスで犯罪であった1952年にそのことが警察に知られることになり、ホルモン治療を強制的に受けさせられ、そのことが直接の原因かどうかもまた自殺か事故死かも明らかではないが、1954年41歳で夭逝している。その名誉がイギリスで正式に回復させられたのは2013年のことである。

    本書で紹介されるのは、哲学雑誌『マインド』に投稿した論文『計算機械と知性』(1950年)である。同性愛が公になる2年前の生涯の絶頂期に書かれた論文である。機械が考えることができるかを規定するとして提案されたチューリング・テストに触れたものだが、ここでのチューリングのAI、特にそれを実現する機械学習の原理に対する洞察の正確さは瞠目に値する。

    「今から五十年ほど経てば、およそ10の9乗(ギガ)の記憶容量を持つ機械をプログラムできるようになり、その機械にモノマネ・ゲームを実行させると、平均的な質問者が五分間質疑応答を繰り返したとして、それが機械だと正確に判定できない確率は70%を超えているはずである。... 今世紀の終わりにもなれば、言語の用法も一般的な教養人の意見も大きく変わり、もはや批判されることを心配せずに、機械が考えることを公言できるようになるだろう」

    チューリングはこの論文で明確にモノマネ・ゲーム(イミテーション・ゲーム)を合格する機械が将来登場すると確信している。その実現方法として提案されているのが、現在の機械学習の原理を正確に予言していて天才たるゆえんと示している。曰く、

    「機械は、自分自身のプログラムを作り、自分自身の構成を変更した場合の影響を予測できるようになるかもしれない。自分自身の行動が引き起こす結果を観察することによって、より効果的な目的を達するように自分自身のプログラムを改良することもできるだろう」

    シンプルな構成の「子供のプログラム」から罰と報酬を結び付ける「教育課程」によってモノマネ・ゲームに合格する機械が実現されるとの見解は、機械学習プログラムとほぼ同一のコンセプトである。さらに現在のAIの状況を予言するように、次のように論じる。

    「学習する機械の重要な特徴は、その機械の中で何が起こっているかについて、外にいる教師はほとんど何も知ることがないという点である」

    さらに進めて、思考はアルゴリズムに還元できるとし、人間はチューリング・マシンと同等であるとチューリングは別のところで語っている。この主張は、人間精神は脳の機能に還元できないと考えたゲーデルとは対立するのは面白いポイントである。チューリングの仮定が正しい場合、次のチャーチの非決定性定理とチューリングの停止定理は、因果論的決定論と自由意志について何ごとかを言っているようにも思われる。

    「任意のチューリング・マシンが何を導くかを事前に決定するアルゴリズムは存在しない」 (チャーチの非決定性定理)
    「任意のチューリング・マシンがいつ停止するかを事前に決定するアルゴリズムは存在しない」(チューリングの停止定理)


    【所感】
    著者の高橋昌一郎さんは、『理性の限界』では、「選択の限界」、「科学の限界」、「知識の限界」として、アロウの不可能性定理、量子力学の不確実性定理、ゲーデルの不完全性定理を、『知性の限界』では、「言語の限界」、「予測の限界」、「思考の限界」としてヴィトゲンシュタインの言語ゲーム、ポパーの反証主義や複雑系、ファイヤーベントや人間原理を扱っていたが、一つのテーマにおいて三つのエピソードを並べて語るというフォーマットは著者の得意とするところなのかもしれない。
    ひとつのテーマやひとりの人で一冊書き切って面白いものを書く自信がないのかもしれない、と書くとまた突っ込まれるかもしれない。いや、三つをうまく連関させて、一冊でまとまったものに仕上げて、他の本と差別化された本を書く才能があると言った方がいいのだろう。その方が売りやすいかもしれないし。いや、面白かったとほめているので誤解なきよう。

    改めて三人の天才、フォン・ノイマン、クルト・ゲーデル、アラン・チューリングについてその天才と呼ばれるが所以を認識できた。この三人の浅からぬ関係も浮かびあがってくることから、三人を一緒に扱うべき理由もあった。とても面白く知的好奇心を刺激された。


    ----
    『理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性』(高橋昌一郎)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4062879484
    『知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性』(高橋昌一郎)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4062880482
    『哲学ディベート 〈倫理〉を〈論理〉する』(高橋昌一郎)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4140910976
    『エニグマ・コード―史上最大の暗号戦』(ヒューシーバッグ=モンティフィオーリ)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4120038971
    『チューリングの大聖堂: コンピュータの創造とデジタル世界の到来』(ジョージ・ダイソン)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4152093595

  • 『20世紀を代表する3人の天才の論文と背景を読み解く』

    本書は、3人の代表的な論文、その解説、各人の伝記の3部構成。全体的には、三者三様の考え方の違いや関わり合いなど、面白かった!さすがに論文は難しすぎて、予備知識がないと理解できないので、後日、再チャレンジしよう!

  • ふむ

  • 数学
    computer

  • いずれも天才といえばかならず名前の挙がる巨星たち。今日の情報社会の礎となったその功績と生涯がコンパクトにまとめられた1冊です。コンピュータ科学や数学を志す方はもちろん,天才というものに触れてみたい方は是非ご一読を。

  • 天才には天才の苦悩がある。

  • 今日のコンピュータの基本原理を提唱したフォン・ノイマン、自然数論を含むシステムの不完全性を証明したクルト・ゲーデル、思考する機械を考察したアラン・チューリング。彼らの講演記録を掲載し、思考・思想から、人間性を解説している。
    個人的に興味深いのはゲーデルである。不完全性定理があるからこそ、科学技術の進歩に終わりは無いし、興味は尽きないのであろう。確かにそれを人間の理性の限界ととらえることも可能である。ただ、限界があることを知りながらも、完全を目指す人間の精神は尊いとも言える。
    本定理は哲学・宗教とも無関係ではあるまい。創造主といえども論理学に制約を受けているとすれば、不完全性定理に従うはずであり、それは創造主の理性の限界をも示唆している。もはや創造主は「全知ではない」のである。正に「神は死んだ」のか。
    ●ゲーデル・ロッサーの不完全性定理
    Sは真であるにもかかわらず決定不可能な命題Gを含む。さらに、Sの無矛盾性は、Sにおいて証明不可能である。
    ●不完全性定理の数学に対する帰結
    全数学を論理学に還元することは不可能である。全数学を公理化することも不可能である。
    ●ゲーデル・タルスキーの不確定性定理
    Sの真理性は、S内部では定義不可能である。

  • 150307 中央図書館
    ノイマン、ゲーデル、チューリングそれぞれに対して、成果や考え方があらわれた本人講演の訳出と、簡潔な伝記で構成。この3人の仕事が、20世紀後半の世界に及ぼした影響の大きさは、もちろん言うまでもない。プリンストンがいかにすごかったかということ。
    なぜこの3人が選ばれているかと考えると、ゲーデル、チューリングは人間理性と数学的構造というテーマで共通だが、ノイマンはちょっとよくわからない。

  • 購入。

    タイトルの3人それぞれの講演録か論文を1本ずつ取り上げて、解題と生い立ち、という構成になっている。

    ゲーデルの講演録は理解できない部分が多かった。
    それぞれの人物の生い立ちを読むと自分の信じるところに一生懸命生きていると感じる。特に死に関するエピソードは胸に来る。何かしらの不安定さが各人にあると思う。戦争とか冷戦が人生に大きな影響を与えていることが分かる。

    『現代思想』に載った訳をまとめて生涯と思想を追加した構成のようだった。

  • ノイマン・ゲーデル・チューリングの、一般向けの講演や文章を元に、その人となりを紹介している。
    特別な才能を持った人たちであったのはたしかだけど、人間臭いところもいっぱいにあった、魅力的な人たちである。

全16件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

國學院大學教授。1959年生まれ。ミシガン大学大学院哲学研究科修了。専門は論理学、科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

「2022年 『実践・哲学ディベート』 で使われていた紹介文から引用しています。」

高橋昌一郎の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
佐藤 優
イアン・スチュア...
デイヴィッド・J...
スティーヴン・ワ...
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×