流出した日本美術の至宝 なぜ国宝級の作品が海を渡ったのか (筑摩選書)
- 筑摩書房 (2018年4月12日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784480016676
みんなの感想まとめ
日本美術の海外流出に関する歴史を探る本書は、明治維新以降の混乱期における美術品の流出の背景や、愛好家たちの貢献を深く掘り下げています。特に、明治維新や大戦後の社会的変動が、どのようにして日本の貴重な文...
感想・レビュー・書評
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日本の歴史や美術史を読んでいると、しばしば海外の美術館の名を目にする。絵画をはじめとする美術品が海外に渡ったいきさつが書かれている。美術品の海外流出をとおして、文化財と社会の関係について考えさせられた。
古美術品の最大の流出時期は明治維新の混乱で、大名家や仏寺から絵画や美術工芸品が溢れ出た時だ。つぎは大戦後の混乱時の鈍翁のような蒐集家や旧家が極上の美術品を手放したときだ。
一方それらを蒐集したのは、明治維新後にお雇い外国人としてやってきたモース、フェノロサ、キヨッソーネや蒐集家のピゲロー、フリーア、フィッシャー夫妻、戦後のドラッカーやプライスのような愛好家達だった。彼らは自分の眼力を頼りに価値を見いだし、蒐集した。そして蒐集品は美術館に収まった。キュレーターとしての天心や画商の山中定次郎、林忠正なども流出に関わっている。浮世絵のブローカーの顔をもつライトのような人物もいた。
逆のケースもある。川崎造船社長の松本幸次郎は、ヨーロッパに流出した浮世絵や印象派を中心とする作品を集めた。それらは紆余曲折のあと、帝室博物館(浮世絵)や戦後になるが国立西洋博物館(西洋画)に収まった。後者にかんしてフランス政府は、ゴッホの作品など西洋画こコレクションの一部には、日本への移動を認めなかった。海外流出に対する一つの応え方であろう。
この本に登場する蒐集家たちは、日本美術を理解し、愛した。フェノロサやピゲローの墓が琵琶湖を望む寺院にあるのは、その証だろう。ドラッカーやプライスらもそのような愛好家だった。今日の若冲人気は、プライスのおかげである。この本では触れられていないが、ドラッカーやプライスのコレクションのように里帰りするのも、日本を愛したコレクターゆえだろう。
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美術を勉強した人なら、歴史的事実として認知していることも多いのかもしれないが、知らないことが多かった。明治維新以降の日本の近代化と芸術・文化に関する資料として。
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東2法経図・6F開架:702.1A/N39r//K
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これは興味深い。
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国宝級の日本美術が海外へ流出し、美術館や博物館に収まっていく歴史、特に明治維新以降のいくつかの要因と日本美術に惚れ込んだ人々がどのように持ち出したのか、その一端を解き明かす。
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