日本の包茎 男の体の200年史 (筑摩選書 205)

  • 筑摩書房 (2021年2月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784480017239

作品紹介・あらすじ

多数派なのに思い悩み、医学的には不要な手術を選ぶ男たち。仮性包茎はなぜ恥ずかしいのか。幕末から現代までの文献を解読し深層を浮かび上がらせた快作!

みんなの感想まとめ

包茎に関する深い考察が展開されており、恥とされる文化的背景や医学的な視点を丹念に調査した作品です。著者は女性であり、男性にはできない冷静な分析を通じて、包茎に対するコンプレックスの根源を探ります。多く...

感想・レビュー・書評

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  • 医学書は別にして、日本の「包茎」についてはここまで詳細に研究した本が今まであっただろうか。本書カバーには「本邦初の書」とあるので、おそらくなかったのであろう。

    医学書はもとより、一般書や新聞、雑誌の記事や広告まで、包茎にまつわる内容を近代から現代まで丹念に調べ、いかに日本において包茎が恥とされ、それを基にしたビジネスが作られていったかを克明に描き出している力作。

    しかも著者は女性である点もユニークだが、本書を読んだ後では、男性にしっかり植え付けらえた包茎コンプレックスを鑑みると、男はわざわざコンプレックスの対象である包茎を研究対象として近づこうとはしなかったのかも、と考えられ、とすれば、本書のような研究は女性でないとなしえなかったのかも、と思うに至った。

    私が感じた本書の結論としては、数の上から多数派である包茎は恥でもなんでもなく、よってそのほとんどは手術は不要、よってそのコンプレックスあおるような、記事や広告は全く無視して良い、である。

    今現在の若者にそのようなコンプレックスがあるのかどうかわからないが、少なくともそのようなコンプレックスを抱かせ、包茎ビジネスの餌食にならないようにするためにも、本書のダイジェスト版を冊子にして、中高生の性教育の一部として使用したらよいのでは、とも思った。

    そういえば、最近TVCMでタートルネックのセーター着た人のCM見なくなったな~。

  • 日本の古本屋 / 『日本の包茎』と古書市場 (自著を語る)日本の古本屋
    https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=6962

    澁谷知美氏の話 - ペンは剣よりも強く
    https://amurin.hatenablog.com/entry/20210408/1617830218

    「包茎」はなぜ恥ずかしくなったのか…? ウラにある男性間の「いびつな支配」のメカニズム(澁谷 知美) | 現代ビジネス | 講談社
    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/80267

    Tomomi Shibuya's Site – 澁谷知美のサイト
    http://shibutomo.site/

    筑摩書房 日本の包茎 ─男の体の200年史 / 澁谷 知美 著
    https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480017239/

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「包茎は恥」呪縛から見えるジェンダー 連鎖する生きづらさ | 毎日新聞(有料記事)
      https://mainichi.jp/articles...
      「包茎は恥」呪縛から見えるジェンダー 連鎖する生きづらさ | 毎日新聞(有料記事)
      https://mainichi.jp/articles/20210824/k00/00m/040/206000c
      2021/08/25
  • この本の存在自体が凄いと思います。こんなテーマでしかも女性が纏めていることがとても不思議。入念な調査と、男性にはできない冷静な分析が、この本を面白くしている。良し悪しでなく、後にも先にもこの本のようなものは発生し得ない気すらして、畏怖すら感じる。あと、あとがきが面白い。

  • 原始的な、なんとなくな土着の恥ずかしさ
    戦時中の男性間における包茎を通した支配的構造
    敗戦による男性の精神的な劣等感
    美容整形の始まり
    性器への拡大
    医師と出版社によるマーケティング
    男性による女性視点での言説の流布によるマッチポンプ
    男性間の関係性の再構築

    著者の怒りと優しさを感じました。

  • インパクトのある題名と女性による著作ということに興味を掻き立てられ読了。
    戦前戦後の歴史的考察などは面白い。

  • 高須クリニック院長の功罪のみではなく、根の深い話だった。巻末の引用文献リストの膨大さに震える。

  • 日本人男性における包茎コンプレックスの歴史的経緯について論じた本。戦前から広く浸透していた包茎コンプレックスが、80年代以降の美容整形医によるコンプレックス商法とそれに加担したメディアによってより強固なものとされていった。という流れに新規性は感じられないが、皆がだいたいそういうもんだろうと思っていたことを、きちんと逐一資料にあたり検証し明らかにした功績は大きい。
    個人的には明治から戦前にかけての近代化から軍国主義へと向かう中での包茎に対する認識の変遷についてもう少し深堀りして欲しかったところだが、多分、それは木本至が「オナニーと日本人」の中で論じていたことに繋がるような、また別の話になりそうで、この本にそこまで求めるのはお門違いなのかもしれない。

  • <目次>
    序章   なぜ仮性包茎の歴史なのか
    第1章  恥と包茎~1940年代半ばまで
    第2章  包茎手術の商品化~戦後の混乱期から1960年代まで
    第3章  青年と包茎~1970年代から90年代まで
    第4章  中高年と包茎~1980年代から現代まで
    終章   包茎手術のたそがれ

    <内容>
    女性社会学者の研究書。戦前は新聞や雑誌の広告、戦後は若者向け雑誌の広告やタイアップ記事などを丁寧に読み込んで、「包茎手術」を悪とし、やらなくてもよい「仮性包茎」の手術で儲けた美容整形医のことや、その中で恐怖にあおられた(モテない・バカにされる・病気になる)背景などをしっかりと分析している。
    女性の豊胸手術などとは根本的に違う(「ペチャパイ」好みもいるから)、他人には知られたくない心理を巧みについて様子が読み取れる(高須クリニックなどはとっくに戦線離脱している)。いまだにテレビCMが流れるので(上野クリニック)、まだ一応の需要があるのだろう。第4章のように、ターゲットの年齢が上がっただけ(同じ層の人が狙われている?)なのかもしれない。 

  • https://honz.jp/articles/-/45930
    https://www.cyzo.com/2021/03/post_270854_entry.html
    週刊新潮2021.3.25号 北村浩子評
    週刊現代2021.4.3号 鈴木涼美評
    毎日新聞2021.4.3朝刊 渡邊十絲子評
    週刊文春2021.4.8号 著者インタビュー

  • 包茎治療の歴史は200年前の江戸時代後期から現代(2025)に至るまでの歴史がある。だが、当初は包茎治療は極一部であり、ここ1950年代以降の近代化が進み、美容医療、メディア等のマーケティングで男性に「包茎は恥」という印象と概念を植え付けさせ、本来は「治療不要な包茎」を、美容医療の包茎ビジネスとして成功させている。
    さて、現代(2025)において劣等感や包茎を恥または悪だと抱く男性は20代以上の全て世代に当てはまる。包茎は日本人男性のほとんどであり本来は恥でも病気でも治療も必要もない。身体を洗うのと同じで性器も清潔にすればいいだけの話なのだ。男性間で見られるのも性器の形や大きさも合わせて比較されからかう文化もあるが、それも違い形も大きさも個性であり病気でない限り手術の必要はないということを認識する必要がある。他、もし悩みがあるのであれば美容医療ではなく泌尿器科に行くことを勧める。本来はそれが正しい。美容医療は自由診療ビジネスなので基本的に美容治療を勧める。泌尿器科は医学的にその性器が病気か否かだけを判断する。治療不要と言われるのがほとんどであろう。
    現代では包茎は恥という認識は減少傾向にある。「治療しなくても良い」「気にしない」とする声や、そもそも大多数が仮性包茎であるという事実を踏まえ、「気にしなくて良い」「標準的な状態である」とする医学的見解も広まりつつある。だが、依然としてビジネスとしての美容医療ビジネスは優位にあり、本来、劣等感を抱く必要のないことに時間と意識を持っていかれている。
    本著は学校の性教育でも取り入れるべき内容である。10代、思春期において身体の変化を多感に感じやすい時期にとって重要な情報となるだろう。そして、家庭内での性教育においても両親が包茎や性器の扱い、性教育という話す場を設けるのもいいだろう。これからもどのような形であれ、劣等感ビジネスは続き不要な治療、不要な高額な治療費、不要な悩みを正しく理解し、本著においては包茎という悩みという本質的な意味と向き合うには大変教養もあり自分の子どもへも活かせる良書といえるだろう。

  • とても良い本!
    広告という媒体が包茎への偏見を増長させるに至った日本の歴史について、相当な文献にあたった上で社会批評+ジェンダー論+メディア論などを交差し論じる。
    Xでの広告費稼ぎや過剰とも言える文句の数々に踊らされるぐらいなら、信頼し合える関係を構築し言葉を交えコミュニケーションを積む、その過程こそがジェンダー不平等への地味な一歩となる。
    男性間における視線が、劣等感を抱かせ、その卑屈や内面への閉じこもりがミソジニーに繋がる。

  • 包茎の日本人の歴史の話
    ではなく、包茎が男性に及ぼすスティグマに迫る

    これがめちゃくちゃ面白い
    芳醇な文献に触れることは至らなかったが、文章をなぞるだけでも時を忘れてしまうほど

    ちなみにこの本の話を妻にしたところ、それ脱毛の話に似てると言われた
    男性の包茎、女性の脱毛は近いのかもしれない

  • 他の人のレビューを見ていた際に、この本を見つけまして、検索してみたところ、近くの図書館にあることがわかったので、借りてみました。
    可能な限りの文献を集め、よく調べた上で書かれた本だと思います。
    著者は社会学者(女性)ですが、面白いところに目を付けた本だと思いました。

    この本に書かれている内容については、マーケティングの観点から見ても、面白いと思います。
    「それっぽい理屈」を用いて消費者の心理に漬け込む商法は、いろんなところにあると思いますが、その典型例といえると思います。

  • 「病気でもマイノリティでもない仮性包茎が、いつ、どのように恥になったのか」江戸後期から現代までの文献を読み解いた包茎文化史。一瞬手に取るのを躊躇するようなタイトルだが、とてもまじめな学術本。力作。

    このテーマを研究し、論文を書くことは、現代日本ではなかなかの勇気がいりそう。フェミニズムに加えて、「男による男差別」がジェンダー研究のテーマにあげられるようになったことに希望をおぼえる。

    仮性包茎は正式な医学用語ではないこと、華岡青洲の記録にすでに包茎の文字があること、仮性包茎が恥という概念は日本人特有であること。はじめて知る事実が非常に興味深かった。

  • さえぼー先生がオススメしてた本書、とても面白い力作だった。
    膨大な史料を参照しながら認識や言説の変遷をたどっていくのは、ちくま新書『害虫の誕生 虫から見た日本史』に通じるものがある。
    それにしても、雑誌の記事やら広告やら、よくぞここまで集めたな…と感心してしまう。

  • ■一橋大学所在情報(HERMES-catalogへのリンク)
    【書籍】
    https://opac.lib.hit-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/1001185966

  • 包茎に関する資料研究の最高峰だろう。よくぞこれだけの資料を調べあげたものだと感心する。男性同士のまなざしやしんどさの指摘、包茎の議論から最後のジェンダー論への展開が刺さる。

  • 『日本の包茎』、なんともすごいタイトルだが、
    著者が女性であることや、そもそもなんで『日本の』なのかなど、疑問だらけで逆に興味をそそらたというのが本書を読むきっかけであった。

    まず著者のプロフィールだが、本書の著者プロフィール欄やWikipediaには、このように書かれている。

    1972年生まれ、早稲田大学第一文学部卒で現在は東京経済大学准教授。ジェンダー及び男性のセクシャリティの歴史を研究している。

    そして本書の内容だが、過去200年にわたる日本における包茎の歴史に触れ、それが日本人男性にどのような心理的影響を与えたかなどを多数の資料にあたり明らかにしている。

    渉猟した資料の種類や量はものすごく、戦前に医師が書いた専門書から、『スコラ』、『ホットドッグプレス』に『週刊プレイボーイ』などの通俗的雑誌に至るまで多種多様。

    多数の文献に当たり、相当真剣に包茎を考察していることがおわかりいただけるかと思うが、なぜ『日本の』なのか?

    まず包茎自体は全世界共通のもので、何も日本独自の問題ではない。
    また、仮性包茎が多数(日本では7~8割といわれている)という点も世界共通。

    割礼などの習慣のある国もあるが、これは包茎が恥ずかしいという理由ではなく、専ら宗教的な理由からだ。

    また、その他の多くの外国人男性は(日本人と違い)包茎を恥ずかしいと思っていない。

    ここに「日本の包茎」の独自性がある。

    そして著者は、仮性包茎が多数派なのに、なぜ多くの男性がこれを恥じるのかと疑問を投げかける。

    この点について著者は、多くの文献にあたり様々な見解を紹介しているが、私には納得のいく答えはなかった。

    本書によれば1883年には読売新聞の広告に医院が出した包茎治療の広告が載ったと言うから、すでに19世紀の終わり頃には包茎が男性の身体的問題としてある程度社会で認知されていたことが窺い知れる。

    また、その後も1926年の朝日新聞に同様の広告が写真付きで紹介されているが、これを良く読むと、羞恥心をあおることを主目的としている現在の包茎治療広告とは異なり、「梅毒」や「淋病」などの文言が目立つように記載されていることから、どちらかと言えば医学的な見地での治療の必要性を訴える内容と理解できる。

    ただ、それと同時期にはすでに戦時下の徴兵検査が行われており、そこでは医師の前で全裸になり包皮を剥いて、包茎であるかどうかなどが検査されたのだが(通称「M検」(マラを調べることから))、その際に、上官から若手が包茎であることを馬鹿にされた下りが紹介されており、すでにこの頃には包茎は恥という観念が出来上がっていたことが分かる。

    でも、なぜそれを恥と日本人男性が感じたのかについては、結局本書では明らかにされていない。

    著者は多くの資料にあたり、純学問的に客観的に包茎問題を論じるが、これは人間の心の奥の闇の部分であるが故、このようなアプローチでは包茎問題の真相には迫れず、どこかに主体性なるもの(要は男であること)が必要なのである。
    女性が包茎を考察することの限界を示すものといえる(こんなこと言ったら、フェミニストの著者に怒られるか・・・)。

    一方、本書を読んだうえでの私見では、戦前までは「包茎=病気」という観念があり(もちろん病気とまでいえるのは真性包茎のみであり、それはごく少数であるのだが、そんな事実は当時の人々に了承されていなかったことと思われる)、(健康上の)一種の不具者と見なされていたため、包茎が恥ずかしいものという図式ができたのではないか。
    つまり、包茎を恥ずかしいと感じる理由が今日とは異なるのである。

    そして、戦後は高須クリニックに代表される「包茎ビジネス」の影響で、不必要な劣等感を煽り、(主に)若者から金を巻き上げる仕組みができた。

    そこには、男の自尊心を踏みにじる女性の「包茎は不潔で気持ち悪い」という言葉などを広告の文句に使い、多くの若者に包茎であることの羞恥心を植え付けた。

    この言葉は感受性豊かな若者には痛く突き刺さる言葉であったが、前述の通り、著者の筆致はこのような事実を前にしても極めて冷静で分析的であり、女性である著者にはその男の感情(羞恥心)に対して本能的に同情する感情は持ち得ないのだという認識を私に持たせた。

    そして、挙げ句にはこのような心を痛めた男性が女性への暴力に駆り立てられると結論づける。

    つまり、包茎であることを同性の男性などに馬鹿にされ、その鬱積した劣等感が爆発し女性への暴力へと駆り立てるというのだ(著者はこのことを丸山眞男の言葉を借りて「抑圧の移譲」といっている)。

    そして、これが本書を書いた大きな目的だというから理解しがたい。

    いかにもフェミニスト的な発想だが、あまりに因果関係の飛躍が甚だしく、この結論はいただけない。

    そもそも男というものを著者は理解しているのか?

    私の感覚では、包茎で悩む男性は女性に対して苦手意識を持ち、むしろ女性から距離を置こうとする者が多数ではないか?
    そんな、安易に直情的に女性に向けた暴力に走る者はごく少数と思える。

    私が著者を包茎者に対する本能的な同情心をもっていないという所以である。

    しかし、ここの解明なくして包茎問題の解明はないといえよう。

    せっかく、多くの文献に当たり様々な事実の検証を積み上げてきた結果がこれかと思うと残念だ。
    ことの本質を捉え切れていないところが非常に惜しい。

    とはいえ、本書は200年という長大なスパンで多くの文献にあたり、包茎を論考した点は賞賛に値する。

    この検証結果を踏まえ、著者ならではの女性目線で、包茎問題を論じたらまた違った内容になったであろうし、個人的にはむしろそちらの方に興味がある。

    いずれにせよ、イチモツを持っていない人には分からない心の闇が、確かに存在するのであり、そして残念ながら、本書はその闇に光を与えることはできなかった・・・。

  • 着実な仕事ぶり。

    但し読む前の期待が大きすぎたかもしれない。戦前戦後のテキストが丹念に分析されているが、総括として「『土着』の恥ずかしさ」とまとめられてしまうのが物足りなかった。徴兵時のM検が及ぼした影響をはじめもっと突っ込んでほしいと感じる論点もあった。

    また高須の「創造」について序盤で早々に否定しながら、後段で彼(ら)の煽りに対する批判が縷々展開されていく。高須にとっては踏んだり蹴ったりだろうが、いち読者としては一度は凡庸な推論として否定された様に思ったところに結局戻ってくるようで、肩透かしを食った気分になった。

    …などと文句から先に書いてしまったが、女性の声を恣意的に引用し、矢面に立たせながら利用する構図、男が男を搾取する構造を、こんなに鮮やかに論証するのは凄い。また既存の男性身体のステレオタイプへの批評も的確で、オルタナティブを探る上での土台になる鋭い批判だと思う。この分析を踏まえて、マジョリティの恥の意識について引き続き考えていきたい。

    ---
    あと蛇足だが韓国オタとしては、読みながら『韓国の包茎』が折に触れて頭をよぎった。費用は数万円で日本と桁違いに安く、ネットで検索すると親が思春期の息子に手術受けさせるケースが多い様な記事がゴマンと出ている。本書によると高須も今でこそ嫌韓だが昔韓国に関わったらしく、何がどうしてこうなったのか…。(成形)手術に関する類書はないか、今後探してみたい。
    ---
    追記。M検については過去の著作『立身出世と下半身』で思い切り章立てされていた…。そちらを先に読むべきだったかも。今後読みたい。

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著者プロフィール

澁谷知美(しぶや・ともみ)
1972年、大阪市生まれ。東京大学大学院教育学研究科で教育社会学を専攻。現在、東京経済大学全学共通教育センター教授。博士(教育学・東京大学)。ジェンダーおよび男性のセクシュアリティの歴史を研究。共著に『性的なことば』 (講談社現代新書)など、単著に『日本の童貞』(河出文庫)、『平成オトコ塾――悩める男子のための全6章』『日本の包茎――男の体の200年史』(以上、筑摩書房)、『立身出世と下半身――男子学生の性的身体の管理の歴史』(洛北出版)がある。

「2022年 『どうして男はそうなんだろうか会議』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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