トリックものがたり (ちくま文庫 ま 2-2)

著者 :
  • 筑摩書房
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480020789

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  •  奇術研究家の松田道弘さん(一九三六〜二〇二一)による、めくるめくトリックの世界への誘いの書。
     といっても、奇術(手品)指南書ではない。内容を簡潔に言い表すのは非常に難しく、はじめは奇術の本かと思いきや、話はミステリー小説、パズル、映画、落語、歌舞伎へと広がっていく。そうしたたくさんの事例を引きながら、人々が求めて止まない「不思議」の魅力、それはつまり、だましだまされることを楽しむ究極の遊び心であるわけだが、その歴史とテクニックを紐解く本だ。…でいいかな。これでも伝え切れてはいないと思うので、以降は印象に残ったことを点描していく。

    ▼種あかしの快感
     「森をつくればいいじゃありませんか」というタイトルで、まるまる泡坂妻夫『11枚のとらんぷ』の解説にあてられている章がある(私が本書を読んだ第一の目的はここだったので、初めに読んだ)。作品解説ももちろん楽しんだが、作家泡坂妻夫のルーツを松田さんなりに解き明かすような話が以下で、それもアワツマファンとしては興味深く読んだ。
     奇術師にとって種あかしはタブーかというと、そうとも限らない。泡坂妻夫は、本名の厚川昌男名義で奇術師として活動していたころ、雑誌『ニューマジック(Vol.4)』(一九六五)に寄せた「種あかしのすすめ」という文章のなかで、超常現象を見せた後に種あかしをすることで術者は二倍の喜びを観客に与えることになると語っているらしい。…って泡坂妻夫の小説に登場するヨギガンジーではないか!(ヨギガンジーは必ず種あかしをするマジシャンなのかというとそれは違うが、じゃあ何をする何者なのかというと何とも言えない、胡散臭さがクセになる素敵な人物です。)
     厚川氏は、「そうはいっても私自身、生来の吝嗇も手伝ってなかなか種あかしはできず、その快感を味わえず残念だ」という旨を続けて綴っているそうで、松田氏はこれを受け、厚川氏は種あかしの快感を求めてミステリー書きの道楽へと移行していったのだろうと納得している。
    →超常現象にはトリックがあるという前提で実演し、なんとなれば種あかしも辞さないと考える合理派の対極には、人智を超えた力があると信じ込ませて人を操るような悪徳宗教者のような人がいるのかなと思った。それは「だましだまされることを楽しむ究極の遊び心」とは全く相容れない。

    ▼トリックは楽器にすぎない
     つまり良い音を奏でるには演奏者の技量がものをいう。種を“知っている”奇術でも、上手に実演できるように練習しないと人を驚かせることはとてもできない。プレゼンテーション能力が重要。逆にいうと、使い古されたトリックであってもどう見せるかを工夫することで新しい奇術となり得る。これはミステリー小説も同じ。
    →もしかして仕事も同じ…?何をやるか以上にどうやるかという点に、質や、真の「その人にしかできない」感がかかっているところが。そして時間と労力をかけて身に付けた技術や身のこなしこそが、自分だけのものになるのだというところも。

    ▼ミステリーは趣向の文学
     ミステリーにおけるトリックとは、本来は、作者が実現したかった趣向(「こういう仕掛けで読者をあっと言わせてやろう」というたくらみ)を成功させるための手段であり、作中の犯人が犯行を遂げるための小細工のことだけを指すのではない。だから、犯行の手口や推理の筋道について、前例があるとか実現不可能だとかいうこと「だけで」作品の価値が低いとみなすような批評はナンセンスである。
    →どうしてミステリーのネタって枯渇しないのだろうと漠然と思っていたが、そういうことか。

    ▼エドガー・アラン・ポー『メルツェルの将棋差し』(一八三六)
     これは、マリア・テレジアに仕えたハンガリー生まれの技師ケンプレンが発明した、チェスをする自動人形の、からくりを解明することを目的とした論文。メルツェルとは、ケンプレンが一八〇四年に七十歳で亡くなった後にこの人形を買い受けた、同じくハンガリー生まれの宮殿付きの機械技師の名前。メルツェルは興行手腕に長けた人物で、このチェス人形による公演にも独自の工夫を凝らして大成功をおさめ、一八三八年に船中で亡くなるまでの間、ヨーロッパやアメリカでの巡業を続けた。
     このチェス人形の出現はあらゆる階層の人々の間に論争を引き起こし、さまざまな論説が発表されたが、その中で最も有名なのがポーによる前掲の論文だ。実は内容には誤りがあり謎の解明としては失敗しているそうだが、それは置いておいて興味深かったのはその後。この論文の中でポーが実施した独自の演繹的証明方法はratiocination(推理)と名付けられた。ポーはこの手法を発展させて、五年後、世界初の推理小説『モルグ街の殺人』を書くことになる。ミステリー小説の始まりというものを歴史としてどう語るか、それにはもちろん色々なアプローチがあるだろうが、こんな道筋もあったのか。

    ▼巻末解説がアワツマ!
     アワツマ『11枚のとらんぷ』の巻末解説が松田さんというきっかけで本書にたどり着いたら、その最後にアワツマ氏がいるという嬉しい驚き!それにアワツマ氏の、小説でない文章を読むのは初めてで、それも嬉しい。
     本書の解説としてもとても秀逸だと思う。アワツマ氏いわく、トリックとは本来的にいかがわしく、ふまじめで不正なものであるが、それを充分承知し、人は欺されやすく弱い生き物だと知っている人にとって、トリックほど面白いものはない。『トリックものがたり』って何の本よ?と思って読み始めた私も、松田さんとアワツマさんのおかげで、今やトリックという発想を通して世界を見る楽しいメガネを新しく手に入れた気分だ。

    • akikobbさん
      たださん、コメントありがとうございます。

      いやあ、その通りかもしれません。なんだか鳥肌が立ちました。
      この本の解説からもトリックに対する泡...
      たださん、コメントありがとうございます。

      いやあ、その通りかもしれません。なんだか鳥肌が立ちました。
      この本の解説からもトリックに対する泡坂さんの哲学が感じられ、あのヨギガンジーという不思議な生業と持ち味の人物の成り立ちを彷彿とさせるものがありました。

      泡坂さんの彼に対する愛着心について、『〜引退公演』のヨギガンジーまで読まれたたださんが、そうお感じになるならなおさらです。
      2022/11/30
    • たださん
      akikobbさん、お返事をありがとうございます(^_^)

      泡坂さんの、トリックに対する哲学を感じられたこと、私も共感できるものがありまし...
      akikobbさん、お返事をありがとうございます(^_^)

      泡坂さんの、トリックに対する哲学を感じられたこと、私も共感できるものがありまして、その一つの結晶が、『しあわせの書』なのではないかと思われるくらい、その、他の追随を許さないような、丹精込めたトリックには、脱帽いたしました。
      2022/11/30
    • akikobbさん
      たださん、ありがとうございます。

      おお、『生者と死者』より『しあわせの書』と思われますか。あ、反論したいということではないですよ笑、どちら...
      たださん、ありがとうございます。

      おお、『生者と死者』より『しあわせの書』と思われますか。あ、反論したいということではないですよ笑、どちらも楽しかったもので^^;
      今思うと、『しあわせの書』は、超能力を使って教団の求心力や教団内での自分の政治力を強めようとする宗教家たちを「トリックの悪用者」としてヨギガンジーの対極に置いたところに、トリック愛好家としての思いがあったのかなあと感じます。
      「丹精込めた」→本当ですよね!
      2022/11/30
  • 新カー問答、クレイトン・ロースン等のミステリ論あり

  • 読んでおいて損はない

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