ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
3.83
  • (23)
  • (17)
  • (27)
  • (4)
  • (0)
本棚登録 : 325
レビュー : 31
  • Amazon.co.jp ・本 (309ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480021786

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 著者の竹内敏晴(1925~2009年)は、「竹内レッスン」と呼ばれる演技レッスンを基にした「からだとことば」のワークショップを主宰した演出家。
    本書は、生後間もなく難聴になり、16歳になるまで十分に耳の聞こえなかった著者が、聴力の回復に伴って「ことば」を習得していった過程と、そうした自らの経験を基に作り上げた「竹内レッスン」の様子や教育の現場との関わりについて綴った自伝的作品である(1975年出版、1988年文庫化)。
    私が印象に残ったのは以下のようなフレーズである。
    (俳優の教育において世界的に影響を与えたロシアのスタニフラフスキーに言及して)「かれの「ことば」についての考えを一言で言えば、「ことばは行動である」ということになるだろう。ことばには、意見の表明もあれば、感情の隠蔽もある、命令もあれば哀訴もある。だが、基本的には対象(他者)に働きかけ、その行動、あるいはイメージとか意見とかを含めてもいいが、それらを変えることが、ことばの働きだ」
    (野口三千三とメルロ=ポンティに言及して)「「からだ」とは、意識(精神)に指揮使役される肉体ということではない。からだとは世界内存在としての自己そのもの、一個の人間全体であり、意識とはからだ全体の働きの一部の謂いにすぎない。からだとは行動する主体であり、同時に働きかけられる客体である両義的な存在である。心とか精神を肉体と分けて考える二元論は批判され、超えられねばならぬ」
    「人間は考えたことをことばに移すのではない。考えるという行為はことばをもってする。つまりことばが見出されたとき思考は成立するのだ。新しいことばの組み合わせが生まれたときに人は考えたということになる」
    「こえとかことばを<からだ>の動きと別々に考えることはできない。自分の<からだ>の中でその人に対して何か働きかけようという「気」が起こったときに、すっと手が動く、こえが出てゆき、相手にふれる。そのとき、相手のからだの内に、こちらの動きに対応してある動き(自己-触発)が芽生える、その体験を、ことばを理解したという」
    著者の特殊な経験に加えて、生来の鋭敏な感覚と思考により、「からだとことば」について多くの示唆を与えてくれる。
    (2006年4月了)

  • 言葉とは、意味を伝える「記号」ではなく、他者に語りかける身体的な振る舞いだということが、難聴に苦しんだ少年時代から、演劇教室の中で出会った人びととの交流など、著者自身が体験したさまざまなエピソードを通して、論じられています。

    現在だと、齋藤孝が著者の考えに近い身体論を展開しています。両者ともに、哲学的な議論に傾きすぎず、具体的な事例を通して、身体による知の諸相に分析のメスを入れていますが、「型」という仕方で身体知をなじませることに重点を置く齋藤に比べると、「ことばが劈かれるとき」という本書のタイトルが示しているように、身体が新しい知のフェーズに開かれる瞬間を鮮やかに切り取ることをめざしているような印象を受けました。

  • 言葉は行動である、に惹かれた。そう考えると俺の言葉は誰かに語りかける力が弱くて、ただ自分の頭の中を明確化するために使われてるな、と思った。

  • 古い本ですが、印象深い本です。ブログに書いています。
    https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/201906270000/

  • ちょうどサックスを鳴らすため爆発的な呼気が必要なように、こごまってしまった身体が意思を自発的に伝えるには莫大なエネルギーを要すると思う。

    10メートル先の人、後方にいる人横にいる人に届く声、なんてこの本を読むまで考えたこともなかったなあ。

  • 演劇って今ここを生き切るための設定なのかも?
    グロトフスキ読まなきゃな!

  • 116ページまで読んだが疲れてきたので中断。難聴であった著者が、ことばが「劈かれる」ために大変な苦労をして、過程で言葉と意識について造詣を深めたことは理解できた。「ことばは相手に届いて相手を変えなければ意味がない」、と考える著者からみて、私の日常は言葉をなくし一人で生きる生活のようでもある。

  • 初版はかなり前の本ですが、今まで全く接点がなく、初めて読みました。(内田樹さんの本の中で知った)まだまだ、自分の知らない、素晴らしい本はたくさんあるよなあ、なんて思ってしまう、目を開かれるような本でした。もっと前に触れていたら、、、とも。

  • 思っていた内容とは少し違っていた。けれど、内語とことばとの関係や当事者としてのその状態の分析・記述は大いに参考になった。良書。(自分には消化しきれなかったけれど)

全31件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1925年、東京に生まれる。東京大学文学部卒業。劇団ぶどうの会、代々木小劇場を経て、竹内演劇研究所を主宰。宮城教育大学、南山短期大学などで独自の人間教育に携わる。その後「からだとことばのレッスン」を創造・実践し現在に至る。著書に『ことばが劈かれるとき』(ちくま文庫)、『「からだ」と「ことば」のレッスン』(講談社現代新書)、『からだ・演劇・教育』(岩波新書)、『癒える力』(晶文社)、『竹内レッスン』(春風社)、『声が生まれる』(中公新書)などがある。

「2007年 『生きることのレッスン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

竹内敏晴の作品

ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×