フーテン(全) (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
3.75
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本棚登録 : 48
レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480022615

作品紹介・あらすじ

1960年代後半、高度経済成長の時代、加速する社会からドロップ・アウトした心優しき人々の群"フーテン"。若者から初老の男まで、さまざまな人生体験をへて、都会の隅っこに流れついた人々と、漫画家"長暇貧治"との心の交流。漫画を描く仕事とフーテン生活の両極に揺れつつ、"生きるとは何か"を問い続ける、私小説的漫画作品の総集編。

感想・レビュー・書評

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  • 60年代の新宿を舞台に、永島(作者)とフーテンとの関わりを描く私小説的な漫画。

    出てくるのは無気力で刹那的で反体制的な人間ばかり。
    しかし、そのような人たちでも受け入れる新宿の魅力に、誰からも愛されるような漫画を描きたいという作者は惹かれた。

    自分と同じような価値観を持つ人が集まるので共同体意識が作りやすく、周りも特に気にしないため村八分にされることもない。
    それが都会の魅力。

  •  永島慎二さんの「フーテン」というと、60年代末から70年前後のヒッピー的?というのか、そういう新宿を中心としたであろう時代の若者の気分を表す有名作品、としては以前から知っていました。
     本屋さんでみつけて、衝動買い。
     こういうの、筑摩文庫ですよねえ。好きです。応援してます。すぐ絶版になりそうなんで、ちくま文庫はオイソレとは古本屋に売れません。

     1967~1970くらいに、ガロとかCOMとか、まあ非商業的なマンガ雑誌に連載された、まあ、一応連絡短編と言って良いものですね。

     新宿で夜~始発の間を主にふらふらと過ごす、ホームレスだったり漫画家だったりサラリーマンだったり、という人々のお話です。
     まあ大抵は若いです。で、自分たちのことを「フーテン」と自称して、何かしらか世間の秩序外に身を置いて、「人間らしく生きている」と自認していたりする。ボヘミアン的な観点で自画自賛しているところがある。不思議な人々ですね(笑)。

     まあそういう、大人たちってどうなのよ、みたいな反社会的観点のそれなり知的な人々の都会での傷だらけ?の青春日記みたいなものです。
     人情話として完成度の高い短編もあれば、実験的な心象風景みたいな短編もあります。
     今読むと、人物たちが抱えている内面的な修羅が、どうしてそういうのを抱えなきゃならないのかサッパリわからない部分もあります。それは多分、当時でもそうだったと思います(笑)。
     だから読みようによってはキザなだけかも知れませんね。

     ただ、みんなとは言わないけれど、僕も含めて多くの人がきっと、10代なり20代前半なりの頃に、陥った気分であるだとか心象風景であるだとか、っていうのがあって。それは当然ながら今回顧すれば恥ずかしくてタマラナイものだったり、キザだったり、大げさだったり、自意識過剰だったりするものなんですが、そういうキブンの一端を確かに捉えている、と思います。
     それは物語設定とかセリフとかっていうよりも、描写の仕方だったりするものかもしれませんけど。

     あと、見方を変えてみると。
     劇中で、「40代以上の大人の男性はみんな戦争で人殺しをした奴らだ」というセリフを若者が言っています。その若者のセリフの価値観が正しいかどうかはともかく、(劇中でも別の視点によって否定されます) そういう時代のお話ですね。
     1967年ということは、戦争が終わって22年後ですね。終戦時6歳の人が28歳ですから。
     ということは、

    「基本的に大人はみんな、戦争を知っている。
     敗戦を知っている。食べるものがなかった時代をしっている。
     そして、朝鮮戦争を経て、急に食べれるようになった。
     なんとなく三流国ではないフリができるようになった。
     なんとなく芸術とか文化も成熟してきた」

     という時代なんですね。一方でまだソ連も中国もいて。ベトナム戦争があって。沖縄はアメリカで。共産主義は資本主義より可能性があるのではと本気で世界のインテリが考えたりできたんですよね。公害で人がバタバタ死んだりというのが、普通にやっと報道されつつありました。週刊誌というのが、テレビというのが当たり前になってきた。伴って、新しい仕事がいっぱい世の中に出てきた。特に東京では。
     そんな時代ですね。

     そんな時代の気分がちょっと薫りますね。
     そういうのって僕は大事だと思います。
     
     むろん、その頃の若者の中の、ホンの一握りの過激なそして不幸な、そしてドラマチックな断面を切ってるだけなんですけど。でもその時代にそういう中で生きてた人たちは、今70代くらいなんですよね。
     僕たちはどこから来たのかって、意外とこういう近過去がわかんないんですよね。縄文時代のことは学校でサンザン教わりますけどね。
     だからこういうマンガとか映画って大事だと思います。

     こういう近過去のこと、気分って、意外とマスコミも分かっていませんから。だって、そういうことより、今のセンセーションのほうが大事なんでね。
     先日もへーっと思ったのは、「少年犯罪が年々悪化、過激化」とテレビ等では報道されますけど、1967年くらいの頃、年間の少年犯罪の殺人の件数は300~400くらいだったそうです。
     で、2012年かな、は。40件くらいだそうです。
     世の中をどう見るかを、ホントにテレビに頼ると危ないですね。。。

     ま、話題はずれましたが。
     さすがちくま文庫、良い本出してますね。マンガですけど。
     劇中では、やっぱりコートさんが気になりますね。なんだか。

     ちくまでマンガ、と言えば、やまだ紫なんかも好きです。

  • 学生の時に夢中になって読んだ。今は手元に無く、再度購入しようか思案中

  • 様々な漫画家に影響を与えた名作。
    小説より面白い漫画を久しぶりに読んだ。

  • 2010年に復刊されたちくま文庫の中から一冊。
    つげ義春と交友があり、お互い切磋琢磨し漫画界では当時太宰治的な影響力を持った伝説的な漫画家・・・だそうだ。
    正直あんまり好きになれなかった。
    新宿でブラブラしてジャズ聴いて薬やって芸術語ってみたりする若者を描いているのだが、これは今となっては「芸術家ぶりっ子」と馬鹿にされても仕方のないレベルだと思う。
    ガロ系の漫画家のダメなところを凝縮したような作品。
    自分の芸術観は理解されないものだから売れなくても仕方がない・・・というような言い訳が先走っているというか。
    それでも孤高ならばカッコいいと思うのだが、ダラダラと喫茶店でつるんでいるだけなのに高尚ぶっているところに拒否反応が出てしまった。
    当時のこういう風潮はフーテンのみならず、知的階層の学生達にもあったのだが、同時代を生きた作家が「下らない連中」と作品の中で批判していたのも大きいと思う。
    筑摩書房70周年記念復刊はゲゲゲのブームも相まってか、ガロ系の復刊が目についたが、その流れに乗ったのかなという穿った見方をしてしまった。
    まんだらけ版もあるが数話欠けているらしく、また高価なので漫画読みには嬉しい復刊なのだろうけど、こういう作品を神格化するのはいい加減如何なものかと痛感してしまった。

  • 作品の中に入り込みたい

  • 風月堂に集まった人たち。時代の物悲しさ。ニートなんてかっこいい呼び方じゃない、泥臭く、泣き、笑った。・・・んだろうな。

    登場人物のモデルになった人々は・・・
    http://www1.ocn.ne.jp/~ungura/photo_libraly.html

  • いつでも酔いどれなのだけれども、明日は淡いブルーの霧に包まれています。

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著者プロフィール

1937年、東京に生まれる。国民学校(小学校)1年の時に東京板橋で空襲にあう。『花いちもんめ』(青林堂)で第十七回小学館漫画賞を受賞。主な作品に『少年期たち』『漫画家残酷物語』『愉しかりし日々』(朝日ソノラマ)、『黄色い涙』(青林堂)、さし絵に『まいごのきょうりゅうマイゴン』(金の星社)などがある。

「2014年 『麦畑になれなかった屋根たち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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