外骨という人がいた! (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
3.70
  • (16)
  • (13)
  • (28)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 205
レビュー : 14
  • Amazon.co.jp ・本 (380ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480025722

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 表現を楽しみつつ日本語の奥深さを再認識されられるという、面白い体験をしました。でも著者が説明してくれながらでなければ「?」で終わってたところもいっぱいありそうだ。昔の人って知的で粋だったんだなあ。
    現代でもこれに似た雑誌ってあるだろうか?ビートたけしと所ジョージのFAMOSO(不定期だけど)が一番近そうだ

  • ↑借りる人は自分の名前を書く
    ↓感想あれば以下に

  • 明治時代の反骨のジャーナリスト、宮武外骨(みやたけがいこつ)を赤瀬川原平が描いた抱腹絶倒の一冊。
    反骨のジャーナリストと書いてはみたものの、そんなチープな表現では外骨を説明することなど到底不可能。実際、赤瀬川もどう表現すればよいか途方に暮れ、挫折しかかったらしい。『滑稽新聞』や雑誌『スコブル』で外骨が展開したのは権力に対する風刺や批判なのだが、その内容としつこさがハンパない。読者を食って世間を舐めきっている。でも、ここまで食われ舐められると、なんだか気持ちいい。笑いが止まらない。
    それにしても、外骨の魅力を存分に引き出している赤瀬川の作風はお見事というほかない。文章はもちろんのこと、外骨の遺品の着物と眼鏡を身につけて外骨になりきってみたり、外骨と架空対談してみたり。この一冊は、外骨と赤瀬川の大成功のコラボレーションだ。

  • これはちょっと差別表現が多すぎるかな。

  • 赤瀬川原平が、古本屋で、外骨がつくった古い雑誌を初めて見つけて、なんじゃこりゃとニヤニヤおもしろがって書いてる本。外骨がつくった誌面がかなりたくさん収録されている。文庫ではその誌面がかなり小さくなってしまってて、ちょっと読みづらいところもあるが、その小さい字でもつい読んでしまうおもしろさがある。

    赤瀬川は外骨の雑誌にであい、そのスコブルなおもしろさを隅から隅まで解析したい紹介したいというヨクボウがある。だが、「それ自体が面白いものって、こちらがそれ以上に書きにくいのである」(p.102)。だから、それ自体をじかに、外骨が残した表現作業そのものを、できるだけ現物紹介するという手を使った。でも「それがしだいにマンネリになり、外骨の表現にただ感嘆するしか能がなくなってくる」(p.110)という次第で、外骨のおもしろさを紹介しようと続けていた連載を、赤瀬川はいったん中断する。

    半年ほど間をあけて、その先は、小説仕立てになる。美学校の学生たちに、外骨の表現がいかにスーパーモダンであるかということを、赤瀬川が諄々と講義していくというかたちで。「カシャン」「カシャン」と、外骨の表現自体をスライドで見せながらの講義は、半ばは夢の中のようでもある。

    しまいには「外骨先生かく語りき」と称して、自分が外骨"本人"になって、赤瀬川がその"本人"にインタビューするというかたちの記事が書かれている。表紙カバーには、その外骨"本人"に扮した赤瀬川の写真が使われていて、着物と眼鏡は、外骨の甥の吉野孝雄さんから拝借した「外骨の遺品」だという。

    そうして書かれた外骨"本人"のインタビューで、雑誌について語っているここのところが私にはおもしろかった。

    ▼原平 …とにかくですね、外骨さんがいろんな雑誌を出しますね。売れない雑誌もあれば売れた雑誌もたくさんある。ふつうだと売れた雑誌が一つあれば、それをずーっといつまでも売れるように工夫しながらえんえんと出していくもんだけど。
     外骨 私だって売れる工夫はしておった。
     原平 ええ。でもそれは面白くする工夫でしょう。
     外骨 そりゃそうだ。面白くなければ売れんでしょう。私の雑誌だって面白いのは大変売れたね。最高は「滑稽新聞」の一番売れたときで毎号八万部だ。
     原平 もちろん知ってます。あれは面白いもの。売れるのが正しい。
     外骨 工夫したんだよ。
     原平 ですからそれは面白くする工夫ですよ。売れるための工夫とは違う。
     外骨 何を言いたいんですか。
     原平 いや、面白い結果売れるのと、売れるために面白くしたのとは違うと思うんです。
     外骨 面倒だな。
     原平 つまり前者をスキゾと言った場合に後者はパラノと言われています。
     外骨 あ、スキゾのことか。
     原平 つまりですね、外骨先生は「滑稽新聞」だけじゃなくてもいろんな雑誌で成功するんだけど、売れるとすぐ次の雑誌をはじめちゃうでしょう。いくら売れたって売れたってパッパとつぎつぎに新しい雑誌を作って飛び移っていく。
     外骨 かっこいいではないですか。
     原平 そうなんですよ。かっこいい。一つのものにしがみつかずにどんどん飛び移っていく。だから初代スキゾ人間て言われているんです。
     外骨 そんなこと言われてますか。
     原平 いや、いまぼくが言ったんですけど、そういうその、成功も失敗も等価値みたいにしてパッパと移っていくというのは、そういう、やっぱり一つの、お考えなんですかねえ。
     外骨 お考えということもないがね。他人の評価と自分の気持ちというのは必ずしも一致しないということです。だいたいそうでしょう。一つのことをつづけるって、飽きるもんだよ。人間だから。(pp.342-344)

    外骨は、ほんとに次々といろんな雑誌をつくっている。その外骨"本人"の考えとか気持ちを推し量ってみるのに、こういうやり方もあるねんなあーと、そこも興味をそそられた。

    小さい文庫本でも、外骨の誌面を載せたところは、じぃーっと読んだが、もとの単行本のサイズで、もう一度よくよく細かいところまで見てみたい気もする。

    (4/9了)

  • 『滑稽新聞』を主催した宮武外骨を紹介した本です。

    本書を読んだ限りでは、外骨のユーモア・センスは著者のそれとは少し違っているような印象を受けました。外骨のユーモアは、著者よりもはるかに粘度の高い、これでもかと畳みかけてくるようなところがあります。

    もっとも著者も、千円札模写事件の後「零円札」を作成しており、官憲を相手にするに際して外骨のような気概を示したこともありましたが、どちらかと言うと軟体動物のような、ぐにゃぐにゃしたユーモアが多いように思います。

  • 中々どうして、かなり綿密な外骨の研究。

    滑稽新聞、選挙に出た時の自画自賛の宣伝文、
    やることが破天荒。竹中労+ビートたけし+野坂昭如・・・かな?

    「わたし、ついに外骨となる!」など、色あせないサブカル色
    満載のネタも素晴らしい。

  • 外骨とは、明治から昭和初期に活躍したジャーナリスト・風俗研究
    家で、日本三大奇人の一人として知られる宮武外骨のことです(ち
    なみに他の二人の奇人は、南方熊楠と小川定明です)。

    『頓知協会雑誌』『滑稽新聞』『教育畫報ハート』『スコブル』
    『面白半分』など、明治から昭和初期にかけて、反権力・パロディ
    ・エログロの雑誌を次々に創刊。不敬罪や発禁処分を何度も経験し、
    監獄に入ったり、選挙に出たりと、とにかく相当にお騒がせな人だ
    ったようです。商業的に最も成功した『滑稽新聞』は、明治時代に
    おいて八万部も売っていますから、決して主流ではなかったけれど、
    マイナーでもないという、不思議な立ち位置の人だったのでしょう。
    民本主義の吉野作造の支持者でもあり、晩年は東京帝国大学の嘱託
    として、吉野と共に明治新聞雑誌文庫の充実に尽力しています。

    本書は、外骨のことをこよなく愛する作家・現代美術家の赤瀬川原
    平が、『滑稽新聞』『スコブル』を中心に外骨作品の面白さを紹介
    したものです。「学術小説」とあるように、途中からだんだん虚実
    ないまぜになり、最後は赤瀬川氏本人が扮する外骨との対談で締め
    るなど、本書の構成自体が相当に人を喰ったものとなっています。

    肝心の内容はというと、これはもう外骨の凄さに目を見張るばかり。
    現代美術家の赤瀬川氏でも驚くほどの今見ても新しい表現の工夫が
    随所に施され、現代にも通じる鋭い政治批評や風刺がこれでもかと
    続きます。エログロにしても単なるエログロではなく、何とも言え
    ずにおかしく、詩的。何度も噴き出したり、感心したりで、とにか
    く読んでいて飽きさせません。宮武外骨、ほんと最髙です。

    一体、外骨をここまで駆り立てものは何なのか、それはわかりませ
    ん。ただ、とにかくこの人は、人間が織り成すこの世界に対して尽
    きない興味があって、しかも、その世界と丸ごと関わり続けようと
    した人だったのだと思います。その突き抜け方、徹底の仕方が半端
    じゃなかったから奇人変人と称されただけであって、ベースにある
    人間観や世界観は至極真っ当です。

    その真っ当さを、理屈や正論にしないところが外骨の魅力なのです。
    高みから断罪するのではなく、自分のことをバカにするピエロ的な
    態度と滑稽やエログロやナンセンスの表現を使って、権威や常識と
    いう名の「日常の政府」を徹底的に解体していくセンス。そして、
    一見何もないところに深淵な真実を浮かび上がらせていくやり口。
    そこに外骨の凄みがあります。

    ラディカルとはもともと「根元」と言う意味ですが、外骨の生き様
    や表現は、言葉の真の意味でラディカルです。根源的だからこそい
    つ見ても新しいし、残り続けるのでしょう。

    外骨は明治維新の年に生まれ、昭和30年に亡くなっています。日本
    が近代化し、民主化に至る激動の時代に、ひたすら社会と対峙し、
    ラディカルを貫き続けた外骨。その生き様や表現の工夫に、再び激
    動の時代を迎えるであろう日本人が学ぶべきことは多いはずです。

    是非、外骨の世界に触れてみて下さい。

    =====================================================

    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

    =====================================================

    まさに読者を喰っているとはこういうことだろう。私たちは読者に
    なって、読みながら思わず食われてしまう。その食われることが快
    感なのだ。うわあ、と思って食われながら逆にその食い味を知る。
    この場合その味に隙がなく、みっしりと強烈である。迎合がない。

    宮武外骨における面白さの、まずその一、しつっこいということ。
    しつっこいことの滑稽である。

    面白さのその二、即物的であるということ。言葉でその面白さを説
    明するという教養主義を経由せずに、文字の物体的関係による滑稽
    さを直接に発生させるのが外骨だと思うのである。

    面白さのその三、人を食っているということ。読者への迎合がない。
    読者を自分と対等のものとして考えているらしく、隙があれば存分
    に罵倒してもいいものと考えている。

    面白さのその四。ものごとを見つめる視線が科学的であること。と
    いうか、つまり情実とか利権とか縁故関係とかいうジメついた視線
    は素通りしてしまって、ものごとを物理的に見つめていること。と
    いうより、一言、リアリズムといえばいいのだろうか。

    面白さのその五、行動的であるということ。

    宮武外骨の批評意識はそのまま現代に通底しているのであった。と
    いうより、いつの世にも、ということだろう。本当に現代的なもの
    があるとすれば、それは古びることなく、いつの世でも現代的なの
    である。つまりそれは、その時代の批評精神というものが、世の中
    の構造の骨にまで到達したときにいえることだ。

    自分のことをバカに出来ることの凄み。これを大衆的、などといっ
    てしまうことさえはばかられてしまう。

    外骨の雑誌表現の面白さというのは、その内容が俗っぽい現実関係
    から発して観念の高みに昇るにつれて、その表現がますます現実の
    物体に付着していくという、その形而の上下を貫通するパースペク
    ティブの壮大さにあると思うのです。

    徹底していることはたしかに徹底しているけれど、それが何で徹底
    しているのかまるでわかりません。そこのところが物凄い。

    外骨の表現というのは読者に迎合するどころか、読者の予定調和の
    感性にザックリと切り込んでくるわけであります。

    しかし外骨というものもねえ、本当に粘り強い存在だと思いますね。
    外骨自身はただ面白いものを作ろうと、それだけでやった表現なの
    かもしれないけど、その表現自体が粘り強い生命力を持っている。

    外骨の表現というのは、常の時代にあって新しく、ほとんど永続的
    に現代性をもっている。それはつまり雑誌的、消耗的表現であるに
    もかかわらず、その先端が普遍の確認にまで達しているからだろう。

    戻にサンズイのついた涙。これも不思議な文字です。なぜ涙は水が
    戻るなのか。そのつながりで泣くという字も考えました。なぜ水が
    立って泣くのであるか。そのことで小説を書いたりもしました。人
    間はもとはといえば海水から湧いて出てきた。だから体中にしょっ
    ぱい水を溜めている。それが涙となってあふれて海に戻る。その戻
    るまでのわずかな間、人間は陸の上に立って泣きながら生きている
    のです。

    漢字には本当にいろんな貌があります。奥行きが美しいもの。単純
    さが美しいもの。そこにあるドラマの絡み合いが美しいもの。

    世の中というのはとにかく漠然としていて、どこに何が潜んでいる
    かわからんでしょう。世の中というのはぼんやり濁った川の、その
    淀んだ水面みたいなもんです。これはやっぱりポツンと糸を垂れた
    くなる。

    理屈はね、いくら正しい言葉で言っても効き目がない。そりゃあ相
    手が良い人なら効きますよ。人の良い繊細な人だったらちゃんとし
    た理屈で通じます。だけど世の中の政治とかそこいらへんを牛耳っ
    ているものはだね、言葉で何か理屈を言っても屁とも思わない。正
    しい理屈なんてへいごもっともでえと素通りするだけでぜんぜん効
    かない。

    世の中を牛耳っているのは政治の政府だけじゃない。身の回りの生
    活の、日常の政府というものがある。それがいくつもの見えない薄
    皮みたいになって、世の中をあちこちから幾重にも包んでいる。だ
    から何もね、ちゃんと見えてる政治の政府の正面に向かうことだけ
    が体制の批判じゃないわけだ。言葉だって文字だって活字だって、
    雑誌の表現だって、人間の服装だって、みんな身の回りの政府に牛
    耳られているわけでしょう。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    ●[2]編集後記

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    今、東北には、一つところに長期間滞在しながら被災地支援をして
    いる若者達が全国から集まっています。まだ津波の水が引かない頃
    から緊急支援に入り、ゴミと泥とハエにまみれながら、地元の人達
    と信頼関係をつくり、居場所を築いてきた彼・彼女達。

    緊急支援が一段落した今は、仮設住宅に住む人々のケアだったり、
    生業の支援だったりをしていますが、そうやって現場の泥と人間に
    もまれながらこの10ヶ月を生きてきた彼・彼女達は、とても逞しく、
    生き生きと輝いています。

    そんな若者達の中でも、特に20代に素晴らしい才能と行動力を持っ
    た人が多いと感じます。「社会を良くしよう」とか「人を救おう」
    みたいな妙な気負いがなく、震災の前後で何が大きく変わったとい
    うのでもなく、ただ以前からの生き方の延長で、必然的に東北に入
    り、淡々と、無理のない範囲で、でも楽しそうに、かつきちんと責
    任感を持って活動している。そんな感じなのです。英語を屈託なく
    使う子が多いのも特徴ですね。

    そういう彼・彼女達を見ていると、次の時代を作るリーダーという
    のは、こういう人達の中から出てくるんだろうなと思います。いや、
    そもそもリーダーとかいう考え方自体が古いのかもしれません。特
    定の指導者がいなくても、皆が仲間としてゆるやかにつながり合っ
    て、関わり合ううち、何か大きなことが成し遂げられていく。そん
    な方法論なり組織論なりが彼・彼女達の時代のデファクトになって
    いくのかもしれません。

    マクロにみると社会は閉塞感に包まれ、身動きとれないように見え
    ますが、ミクロなレベルでは物凄く価値観や働き方が変わってきて
    います。これは大きな変化の予兆です。面白い時代になりそうです。

  • 2011/02/27 オヨヨ書林で500円

  • 発禁処分になってもそれをネタに次の記事を書くという、転んでもタダでは起きない不撓不屈の人物をフィクションを交えて書いた人物紹介。洒落も効いていてとても面白かった。

全14件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

赤瀬川原平(あかせがわげんぺい)
1937年横浜市生まれ。本名・赤瀬川克彦。愛知県立旭丘高等学校美術科卒業、武蔵野美術学校油絵学科中退。画家・作家。60年代はネオ・ダダ、ハイ・レッド・センターに参加、前衛芸術家として活躍する。70年代は、『櫻画報』などでパロディー・漫画作品を発表。1979年作家・尾辻克彦として執筆した『肌ざわり』で中央公論新人賞、81年『父が消えた』で芥川賞受賞。86年路上観察学会創立に参加。その後ライカ同盟、日本美術応援団を結成。
主な著書に『オブジェを持った無産者』『超芸術トマソン』『カメラが欲しい』『赤瀬川原平の名画読本』『正体不明』『新解さんの謎』『老人力』『四角形の歴史』『東京随筆』など他多数。2014年10月「尾辻克彦×赤瀬川原平 文学と美術の多面体」展(町田市民文学館)「赤瀬川原平の芸術原論 1960年から現在まで」展(千葉市美術館)開催。同月26日逝去。

「2018年 『赤瀬川原平 カメライラスト原画コレクション』 で使われていた紹介文から引用しています。」

赤瀬川原平の作品

外骨という人がいた! (ちくま文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする