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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480026460
感想・レビュー・書評
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著者の堀淳一先生(1926年-2017年)は、ユニークな経歴の持ち主である。1966年に北海道大学理学部教授(専門は理論物理学)となったが、その一方で、小学生の頃から地図の魅力に魅せられ、地図に関するエッセイを多く著した。とうとう地図愛好の趣味が昂じてか、《(教授としての)能力の限界を感じ「これ以上学生を指導しているふりをするのは詐欺」と考え、また教授としての雑用や「学内政治」に嫌気がさし、1980年10月に定年まで約10年を残し中途退職した》。堀先生は、自分のことを「学生を指導しているふりをするのは詐欺」と思うくらいだから、「学内政治」が苦になったのだろう。
私は、アイルランドのプログレッシブロック・バンド、フループ(Fruupp)の「Misty Morning Way」(邦題「朝もやの小径」)が好きであり、また仕事でもアイルランドのリムリックを訪れるので、アイルランドに強い関心を持っている。
本書『ケルトの島・アイルランド』の前身である『霧のかなたの聖地 アイルランドひとり旅』(筑摩書房、1987年)を読んだ。『霧のかなたの聖地 アイルランドひとり旅』のカバーに使われている堀先生が撮った写真は、アイルランドの風情がよくとらえられている。この写真は本文の「霧の牧場路・復元された貧農の家」という章にも現れる霧の田園風景である。この章は「朝、カーテンをあけると、深い霧だった。」で始まる。私もリムリックの「霧の牧場路」を歩いたことがある。朝霧が立ち込める牧場の小川に沿って、朝露に濡れた野草を踏みながら歩いた時の感動が甦って来る。しばらく歩いて小さな白壁の家の前に立ち止まり、庭に咲いているきれいな花の写真を撮っていると、おバアちゃんが出て来たので挨拶をしたら、笑顔で応えてくれたが、恥ずかしがってまた引っ込んでしまった。アイルランドは「妖精が住む国」のような気がした。
ほかにも思い出すことがある。
シャノン・エアポートからリムリックに向うオールド・バンラッティ・ロードに面したDurty Nelly's(バンラッティ城の近くにあるパブ&レストラン。発音はダーティ・ネリーズだろうが、ドーティ・ネリーズと聞える)で過した一夜もじつに思い出深い。夜9時を過ぎた頃、酒に酔った大勢の客が肩を組み合ってピアノを囲み、大声でHey Judeを合唱した。私も毛むくじゃらの太い腕に巻き込まれて歌った。翌朝、仕事で米国系半導体企業を訪問するとIC設計エンジニアが現れたが、彼は昨夜Durty Nelly'sのピアノでHey Judeを弾いていた男だった。「夕べのピアノは楽しかった」とお礼を伝えたら、彼は笑顔で首をすくめると、すぐにまじめな顔になって議論に入った。
それから、バンラッティ城での「中世の宴会(Medieval Banquet)」に招待された。いにしえの王族のように、ナイフで肉を切って手づかみで食べた。若くてきれいな女性たちで編成されたシャノン・キャッスル・シンガーズが歌うトラッド・ソングを聴いたり、歴史的な演劇を観たりしながら、夢のようなひと時が流れていった。
よいことばかりではない。ホテルのフロントに翌朝のタクシーの予約をした時、女性マネージャーとの会話がうまく通じなかった。彼女は、私を英語がわからないアジア人と思ったらしく、他のスタッフに「Sleeping English」と言って、小バカにするような笑みを浮かべた。人に意地悪をする妖精のような可愛さなんてものはなかった。
またアイルランドへ行って、新たな思い出を作りたいと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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売却済み -
★2.5かな。
アイルランドへの愛情は痛いほど伝わってきますが、いかんせん並行して司馬遼のアイルランドものを読んでいたこともあって鮮烈さが圧倒的に不足しとります。
しかしどうやらこの国は歴史を知ってこその国で、単なるミーハー観光者では太刀打ち出来んようですなぁ。 -
アイルランドを紹介する本はいくつかあるが、アイルランドをその地形からアプローチした本は珍しい。
著者が地質学者であることから、その興味に従った視点で彼の地が語られており、それが素直なアイルランドの魅力を伝えてくれる。
アイルランドでは「ドラムリン」というタマゴ形の低くなだらかな円頂丘が連なって、風景を形作っている。
これははるか大昔、氷河によって形作られたものである。したがって、決してアイルランドでしか存在しない地形というわけではないのだが、ことアイルランドでは樹木のほとんどが伐採され、丘陵が坊主になっているため、そのフォルムが実によくあらわになっているのだ。
かつてはドルイドなどの樹木信仰なども存在したアイルランドが、その大切であったはずの樹木の大半を18世紀初頭までに失うことになってしまったのには、いくつかの理由がある。
イギリスが産業革命期に製鉄や蒸気機関の燃料として木材が大量に必要となり、当時植民地となっていたアイルランドを補給地の1つとし原生林を切り拓いて植林と伐採を繰り返したのがひとつ、そして畜獣と穀物のイギリス向け生産地としてすみずみまで大開拓が行われたのがもうひとつの理由だ。
ちなみに植民地の常として、庶民の腹をもっともよく充たしたのは肉でも穀物でもなく残りの荒地で栽培されたジャガイモで、そこに1845年から4年間ジャガイモの疫病が大発生したことで、あのアイルランド大飢饉が巻き起こることになったのだった。
さてアイルランドの森林面積は1920年の統計で森林面積が国土の1%以下しかなく、1950年代から本格的な植林が行われるようにはなったのだか、2018年時点でも9%までしか回復していない。ヨーロッパの平均は30%、まだ道のりは遠い。
そんなわけで、このあらわになったドラムリン地形の風景にはアイルランドの悲劇が隠れている。
だが、筆者の学者としての愛に満ちた語り口は、読む者にその独特の風景を容易に想像させるばかりか、筆者と同じくそれを愛してしまいそうになるたまらない説得力を持っているのだ。
それはこの土地に対して大きな救いとなっている。悲劇を知りつつも、素朴に愛らしい風景を味わってみたいという旅愁に駆られてしまうのである。
この本を読み、私はアイルランドを3度旅した。筆者の語った風景が、そのまま面前にあった。
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