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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480027283
みんなの感想まとめ
愛と嫉妬、そして人間関係の複雑さを描いた本作は、主人公がアルベルチーヌに対して抱く感情の葛藤を中心に展開します。彼は愛情を持たないと主張しつつも、彼女を手放すことへの恐れや嫉妬に囚われ、同棲するという...
感想・レビュー・書評
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ちくま文庫版では1冊の囚われの女。どうでもいいけど約800ページでまず本としての存在感がすごい。
パリのアパルトマンの外の音が溢れる朝の情景。
音楽論、文学論が詳しく語られる。もう一度よく読み返したい。ヴァントゥイユの七重奏はどんな編成なんだろう。ヴァイオリン、ハープ…?
囚われる女はアルベルチーヌ。話者はアルベルチーヌの事を愛していないながらも手放せない。手放すと何処かに行って良からぬ事をしてしまうから囲ってしまう。この心理はよくわからない。
対するアルベルチーヌも色々好き勝手したいしこれまでも嘘ついてごまかしてきたけどとりあえず囲われておく。ここもよくわからない。
ごまかしあってアルベルチーヌを劇場から連れ戻した夜に話者は一人でヴェルデュラン家の夜会=モレルの演奏会に行く。この夜会はシャルリュス氏がモレルを引き立たせるために開催した本当ならヴェルデュランのところには行かないようなランクの人々を呼んだもの。ヴァントゥイユの未発表だった七重奏曲は素晴らしいもので演奏会は大成功する。しかし蔑まれたヴェルデュラン夫人はモレルを焚きつけてシャルリュス氏を陥れる。
話者はこの夜会にヴェルデュラン嬢が来る予定だった事、アルベルチーヌが彼女に会いたいのでこの夜会に出たがっていた事でアルベルチーヌに対する不信を募らせる。
話者は自宅でアルベルチーヌと話し、心の平穏を得ようとする。アルベルチーヌは話者と相対すると話者の嫌がる事はしない。話者は自分の不信と折り合いをつけ、アルベルチーヌには金を使ってやる。しかし話者もアルベルチーヌを愛してはおらず、どのようにこの関係を終わらせるかを考え続ける。話者がアルベルチーヌを置いてヴェネチアに旅に出る事を夢想した朝、アルベルチーヌは何も言わずに話者のアパルトマンを去る。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
律儀に本作の各巻を読み終えるたびに一応評価をしてきたのだけれども、もはや本作は評価の軸を軽々と逸脱していて、なんだか唸り声をあげて考え込んだ。
「囚われの女」といえど、愛情もないのにアルベルチーヌに対する嫉妬に囚われているのは「私」であり、彼女を愛してもいないのに、嫉妬を原動力に彼女を自宅になかば捕縛しておくというその動機が狂っており、一方で彼女を狂わせる作曲家ヴァントゥイユの娘の「仲間」の女性が、ヴァントゥイユの未発表曲の記譜を引き受け、彼の曲が社交界で披露されるに至ったいきさつとか、とにかく、誰を貶めて誰を褒めていいのかとんとわからないというこの状況が現実、生きるということなのだ、ということが、というか、それだけを実感するしかないところが、もはやこれを傑作としか言うことができない理由なのだろう。
面白いのは、ストーリー展開を知るには本作を数ページずつ読むだけで足りる。ではなぜ本作のような饒舌についていくのか。それは、狂っているから。時間を浪費しているから。 -
プルーストの大作全10巻内8巻まで読めました。この第8巻はかなりのヴォリュームで読むの大変だった。
主人公はアルベチーヌに対して愛情はない、とひたすら言い続けているが、アルベチーヌに対してひたすら嫉妬をしていて、そのため同棲なんかしちゃって、それでも好きじゃないよ。と言い続けてる。で、別れ話しまで始めるけど、本当に出て行ったらどーしよー、とか心配しちゃっててなんともめんどくさい性格。
この巻で初めて主人公の名前がマルセルと呼ばれるシーンがある。今まで頑なに名前を出さなかったのに!マルセルってことはやっぱり主人公は作者なんだね。でも、実際のプルーストは同性愛車だったようだけど、小説の主人公はむしろ女性にめっぽう惚れやすい性格なんのがおもしろい。 -
マルセル・プルーストの大作
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アルベルチーヌを伴いパリへ戻った話者は、体調の関係で家に閉じこもった生活を送るが、アルベルチーヌに対しても友人アンドレとの外出以外は許さず、自邸にアルベルチーヌを滞在させていることを誰にも知らせず、彼女を自分の管理下に置いて束縛する。
監視のためにアルベルチーヌに付き添わせた女友達や自動車の運転手からの報告を信じて安心するかと思えば、思わぬところから新たな情報を得て心乱されアルベルチーヌを更に束縛しようとする話者。その行動は目を離すとゴモラの快楽を追っていきかねないアルベルチーヌへの嫉妬によるものだが、その、自分が所有したと信じた女が自分が決して入り込むことのできない快楽の中へ逃げ去っていくことに対する苦悩、アルベルチーヌが意志のある一個の人間である以上は妨げようのない生き方そのものへの絶望的な嫉妬は、どれだけ冷静に客観的な言葉で腑分けされて記述されていても、むしろ冷静で客観的だからこそ、恐ろしいほどの執着である。
話者がアルベルチーヌを手放せないのは、その肉体も時間も完全に自分が所有している女がいるという事実に心満たされるからであって、そこには、アルベルチーヌという一人の女性の個性や精神を愛でるという意味での「愛」は感じられない。話者にとっての愛とは、手に入れられないもの、知り得ない部分があるからこそかきたてられるものであり、「人が愛するのは人が占有していないものだけ」なのだ。
籠の中に閉じ込めても束縛しても逃げて行くアルベルチーヌに話者は焦がれて執着せざるを得ず、同時に、彼女を閉じ込めることによって自らも彼女に閉じ込められ、彼女のすべてを把握していなくてはならないがために自由な行動をすることができない“囚われの男”となっているのである。
そんな話者が本巻で深く考察する音楽、特にヴァントゥイユの七重奏曲についての記述は印象深い。これまでも、絵画、文学、音楽について、ストーリー的な本筋とは一線を画して紙幅を割いてきたプルーストだが、スワンの、シャルリュスの恋にも深く関わってきた、かつゴモラの快楽とも強く結びつくヴァントゥイユの作品についての、ここでの考察は特に深みを持つように思う。万人が持ち、けれど言葉によっては共有できない感覚、それを唯一共有させることのできるツールとしての音楽、ヴァントゥイユの七重奏曲が表現している歓喜、それを生み出したのが実生活では非常に不幸な晩年を送ったことを話者も読者も知っているあのヴァントゥイユであるということ。言葉を冷徹に、繊細に、テクニカルに使いこなすプルーストの、芸術への大きな期待と信頼が感じられる部分でもある。
オデットに恋し、失い、恋を失ってから彼女と結婚したスワン。身分の低い美青年モレルを愛し、目を掛け世に出させようと尽くす中でいつしか弱い立場となり、残酷に捨てられる大貴族シャルリュス。話者とアルベルチーヌの関係を含め、それぞれに身勝手な、けれども逆らえない情動としての苦しい愛(執着)がこの作品の底流を流れ、音楽についての深い洞察や風景についての細やかで美しい表現とは対照的な、人間の醜さ浅はかさや自分本位な生き様が作品の奥行きと色合いに深みを出しているのだと、シリーズ終盤に入った本巻で改めて感じた。(2026年2月9日 再読了)
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舞台を再びパリに移しての10冊シリーズ第8巻。愛ゆえではなく嫉妬ゆえに相手と離れられない話者、プルーストが描く感情世界は決して美しいものではないけど、だからこそリアルで、「人間の中にある共通項」を痛切に感じてしまう。綺麗事ではない、狡猾だったり醜かったり自惚れていたり、敏感な感情と自己中心的な欲求と、なんとストレートに、リアルに、そして事細かに描かれていることか。プルーストの勇気を改めて感じながら読了。(2009年11月22日 読了)
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