森鴎外全集 2 普請中・青年

  • 筑摩書房 (1995年1月1日発売)
3.75
  • (5)
  • (5)
  • (10)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 68
感想 : 7
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480029225

みんなの感想まとめ

多様なテーマを扱った作品群は、知的エリートや現代の若者に共感を呼び起こします。特に、視覚的な描写が際立つ『牛鍋』や、現実と空想を巧みに交差させる『あそび』では、鴎外の独特の想像力が光ります。また、自己...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 12月の旅で買った古本である。有名な鴎外の「普請中」を読んでみた。「日本はまだ普請中だ」と言った鴎外の日本論を知りたいと思ったのである。日本論ではなかった。しかし非常に巧妙な小説だった。

    渡辺参事官は木挽町のまだ仕上げ工事が残っているレストランで、留学時代付き合っていた踊り子と再会する。彼女は男連れで公演旅行をしていたが、渡辺にはまだ気持ちが残っている風情を見せる。しかし、渡辺は完全に醒め切っていた。まるで「舞姫」の後日譚のような仕掛けではある。

    「大丈夫よ。まだお金はたくさんあるのだから」
    「たくさんあったって、使えばなくなるだろう。これからどうするのだ」
    「アメリカへ行くの。日本は駄目だって、ウラヂオで聞いて来たのだから、あてにはしなくってよ」
    「それがいい。ロシアの次はアメリカがよかろう。日本はまだそんなに進んでいないからなあ。日本はまだ普請中だ」
    「あら。そんなことをおっしゃると、日本の紳士がこういったと、アメリカで話してよ。日本の官吏がといいましょうか。あなた官吏でしょう」
    「うむ。官吏だ」
    「お行儀がよくって」
    「おそろしくいい。本当のフィリステルになりすましている。きょうの晩飯だけが破格なのだ」(80p)

    フィリステルとは、ドイツ語で俗物、固陋な人間ということである。舞姫と恋愛した昔の青年森鴎外はここにはいない。粗筋は陳腐な男と女の話だが、それを明治末年の日本の姿に重ねているのが、この文豪のなんとも「凄み」ではある。

    親しく交わるべきドイツ西洋文明(舞姫)は、忘れた頃にロシアから流れて日露戦争に勝ったばかりの日本にやって来た。しかし、日本(渡辺)にはドイツと腰を据えて全面的に交わる余裕はないのだ。彼らは忙しい。全てが精養軒営業直前までトンカラリとするほどに普請中なのである。新興国のアメリカに行っても仕方ないと、日本は彼女を冷たく見送るだろう。しかも、渡辺の作ろうとしている日本は何なのか。それは多分「俗物」でしかない、と森鴎外は云うのである。

    「五足の靴」で、北原白秋、木下杢太郎、与謝野鉄幹たちがのんびりとした九州旅行をした三年後、この短編を書く直前の明治43年(1910年)の5月に何が起きたか。大逆事件である。この一ヶ月後に書いた「ル・パルナス・アンビュラン」では、自分の葬儀を戯画化してみせた。11月の「沈黙の塔」では、当時の文学をざっと概観してみせて「社会主義、共産主義、無政府主義」やマルクス、バクーニン、クロポトキンなどの
    名前さえ出てくる。12月の「食堂」では、

    「今度の連中は死刑になりたがっているから、死刑にしない方がよいというものがあるそうだが、どういうものだろう」
    敷島の煙を吹いていた犬塚が「そうさ、死にたがっているそうだから、監獄で旨い物を食わせて、長生きをさせてやるがよかろう」と言って笑った。そして木村の方に向いて「これまで死刑になった奴は、献身者だというので、ひどく崇められているというじゃないか」と云った。(174p)

    という逆説で、どうも死刑反対を書いていると思う。鴎外はおそらく事件後の文学への弾圧を正確に予想し、そして恐れていただろう。一ヶ月後、幸徳秋水たちは死刑になる。

    森鴎外の役人の顔と文化人の顔と。科学の顔と文学の顔。俗物と倫理。森鴎外は凄かった。したたかさが垣間見える一冊であった。
    2014年2月13日読了

  • 所収作品のなかではやはり「青年」が一番でした。

  • 最近は専門書を読んでいるので、教材の感想を書きます。中1の小説教材ですが、本当に奥が深い。神話風のテーマから情景描写の妙まで、教えられることが盛り沢山。教えている側は面白いんですが、生徒は四苦八苦してます。短編というより掌編なので、あっという間に読み終わります。是非ご一読を。

  • 独身 牛鍋 電車の窓 杯 木精 里芋の芽と不動の目 桟橋 普請中 ル・パルナス・アンビュラン 花子 あそび 沈黙の塔 身上話 食堂 青年

  • 青空文庫で「木精(こだま)」という小作品を。
    何を描きたいのだかよく分からないのだけど、全編に散らばる比喩が印象的。

    フランツはなんにも知らない。ただ暖かい野の朝、雲雀が飛び立って鳴くように、冷たい草叢の夕(ゆうべ)、蟀(こおろぎ)が忍びやかに鳴く様に、ここへ来てハルロオと呼ぶのである。

    この時になって急に何とも言えない程心細く寂しくなった。喩えばこれまで自由に動かすことの出来た手足が、ふいと動かなくなったような感じである。麻痺の感じである。麻痺は一部分の死である。死の息が始めてフランツの項に触れたのである。フランツは麻のようなブロンドな髪が一本一本逆に竪つような心持ちがして、何を見るともなしに、身の周りを見廻した。

    これだけの描写ができるってすごいなあ。こういう表現力、精読して学ばなくてはいかんなあ。

全5件中 1 - 5件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

森鷗外(1862~1922)
小説家、評論家、翻訳家、陸軍軍医。本名は森林太郎。明治中期から大正期にかけて活躍し、近代日本文学において、夏目漱石とともに双璧を成す。代表作は『舞姫』『雁』『阿部一族』など。『高瀬舟』は今も教科書で親しまれている後期の傑作で、そのテーマ性は現在に通じている。『最後の一句』『山椒大夫』も歴史に取材しながら、近代小説の相貌を持つ。

「2022年 『大活字本 高瀬舟』 で使われていた紹介文から引用しています。」

森鴎外の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×