山頭火句集 (ちくま文庫)

著者 :
制作 : 村上護 
  • 筑摩書房
4.02
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本棚登録 : 373
感想 : 39
  • Amazon.co.jp ・本 (396ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480029409

作品紹介・あらすじ

家を捨て、妻子とも別れ、俗世の一切から放たれて、「行乞流転の旅」の日々を、一行の俳句に託すしかなかった山頭火。うしろすがたのしぐれる放浪の俳人の全容を伝える一巻選集!自選句集「草木塔」を中心に、作者の境涯を象徴する随筆も精選収録する。

感想・レビュー・書評

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  • 日常に疲れたら、引っ張り出して少し読み、またしまいます。
    まだ何も無い時代にタイムスリップして、鳥のさえずりや虫の声しか聴こえない長閑な風景の中に身を置きたい時にオススメです。

  • 「分け入っても分け入っても青い山」
    「まっすぐな道でさみしい」

    中学の時だったか「自由律俳句」というものがあることを知った時「これだと何でもありじゃないか」「自分にも作れそう」と思った気がする。若い時、古典の部類に入るようなものは、あまり意味もわからず暗唱したりする感覚を、「好き」なんだと、ある意味錯覚ともとれるような感じでとらえていたことは確かにあった。そこにあったのは古いものに対する憧れ、ロマンのようなものだったんだと思う。しかし「好き」と言いつつも、その「好き」の中には、俳句とか和歌のようなものが「とてもありがたいもの」「芸術的な価値が高いもの」という感覚は含まれてなかった気がする。そもそも俳句自体をどこか軽視していたかもしれない。そんな短い表現で世界を切り取れるものなんだろうかと。しかし、相応に年をとって、多少人生の辛苦をなめたからか、とてもこういうものが「前よりはわかる」気がしてきた。そして容易に作ることのできるようなものではない、ということもわかってくる。自身の「好き」の質もどこか変わってくるものなのだなと思ったりする。

    山頭火の句は、山頭火自身の身体感覚と直結しているような気がする。ただ、これは山頭火に限らなくて、最近私が、短く鋭利な表現形式をとるものについて、なんとなく身体と紐づけて考えてみたい、という気分があるからだ。これは他のレビュアーさんの文章もだいぶそんな気分を喚起する材料になっている。ただ、そこを割り引いても、目に映る風景をそのまま写し取ったように読めるものの中に、何か「感覚」のようなものが残っているような、そんな気がするのである。口ずさんだ時に、その感覚まで召喚されるような。

    随筆も面白かった。小林一茶を評している文章はけっこう興味深く読んだ。山頭火が語る「実作をしている者にしかわからない感覚」については、私もよく考える。一読者が感じ取れるものには限界があるのかもしれないと。高橋源一郎さんの「ニッポンの小説2」にもそんなことが書いてなかったかな。

    中学の時に教科書に載っていた句を探し求めたけれど、見つけることができなかった。山茶花か彼岸花が出てくる句だったように思い、そういうものはいくつかあるのだが、どれもしっくりこなかった。「歩きつづける彼岸花咲きつづける」とかではなかったように思うのだが… これだったかな… 覚えてないだけなのかもしれないけど…

  • Santōka Taneda haiku poet. He is known for his free verse haiku — a style which does not conform to the formal rules of traditional haiku.

  • 山頭火の句は瑞々しい

  • いままでまったくわからなかったものがやっと何となく感じることができ始めてきた。
    「朝まゐりはわたくし一人の銀杏ちりしく」

  • 孤独を愛しているようであり、一人を嫌っているようであり、寂しさがあり、自然があり、そこに山頭火の死への憧憬すら見え隠れする。
    滑稽さと静寂が染み入りました。

  • 【小池博明先生】
    国語で習った俳句の中で、何か覚えているものがありますか?
      うしろすがたのしぐれてゆくか
    この句が印象的だった、という人もいるのではないでしょうか? なんといっても、俳句なのに五・七・五ではありません。「うしろすがた」は作者の後ろ姿でしょうが、それでは作者はどこにいるのでしょう?そして、そこには冷たい時雨が降っています。「しぐれているか」ではなく、「しぐれてゆくか」というところもビミョウです。しかも、すべてひらがなです。
    この句の作者、種田山頭(たねださんとう)火(か)は、こうした不思議な魅力をもった俳句を作りました。実は、この句には「自嘲」という前書がついています。山頭火は自意識の強い人で、苦労の多い人生を送ったようです。私は、山頭火の句を読むとほっと一息つくことができます。
    少し人生にくたびれたなと思ったら、この句集をひもといてみてはいかがでしょうか。

  • 自由律、好き。子どもを詠んだ句があったのには驚いた。

  • [ 内容 ]
    家を捨て、妻子とも別れ、俗世の一切から放たれて、「行乞流転の旅」の日々を、一行の俳句に託すしかなかった山頭火。
    うしろすがたのしぐれる放浪の俳人の全容を伝える一巻選集!
    自選句集「草木塔」を中心に、作者の境涯を象徴する随筆も精選収録する。

    [ 目次 ]


    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 自由律俳句のすばらしさを堪能できる。
    座右に置いて、機会があるごとに舌頭に千転したいと思う。

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著者プロフィール

尾崎放哉と並び称される、自由律俳句の代表的俳人。放浪の人生のなか、句を詠みつづけ、自ら終の住処と定めた愛媛県松山にて没した。

1882(明治15)山口県西佐波令村(現・防府市)に生まれる。本名は種田正一。
1913(大正 2)『層雲』に初入選。「山頭火」の号を用いる。
1916(大正 5)酒造業が破産。妻子を連れて熊本に移住。
1919(大正 8)心機一転、上京。アルバイト生活を送る。
1920(大正 9)妻サキノと戸籍上離婚。
1923(大正12)関東大震災に遭い、熊本に帰郷し仮寓。  
1924(大正13)泥酔して市電を止め、報恩寺で参禅の道へ。
1925(大正14)出家得度。僧名「耕畝」。 
1926(大正15)すべてを捨てて行乞流転の旅に出る。
1932(昭和 7)第一句集「鉢の子」刊行。
山口県小郡町に草庵「其中庵」を結庵。
1933(昭和 8)第二句集「草木塔」、1935(昭和10)第三句集「山行水行」、1936(昭和11)第四句集「雑草風景」、1937(昭和12)第五句集「柿の葉」刊行。
1938(昭和13)山口・湯田温泉に「風来居」を構える。
1939(昭和14)第六句集「孤寒」刊行。
10月1日松山へ。
10月6日四国遍路へ 11月21日松山へ帰る。
12月15日 松山市内の「一草庵」に入庵。
1940(昭和15)句会「柿の会」を結成。
自選一代句集『草木塔』を発刊。
第七句集「孤寒」刊行。
10月11日末明、脳溢血(診断は心臓麻痺)で死去。享年59歳。

「2021年 『山頭火句集 草木塔【復刻版】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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