私の幸福論 (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 360
レビュー : 30
  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480034168

作品紹介・あらすじ

人間は不平等だ。悪いといおうが、いけないといおうが、事実だ。しかし現実がどうであろうとこの世に生まれた以上、あなたは幸福にならねば…。誤まった幸福観を正し、人間の本当の生き方とは何か、幸福とは何かを、平易な言葉で説いた刺激的な書。

感想・レビュー・書評

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  • 元々は女性向け雑誌に連載されていたもの。人生論。先に読んでいた、同著者の『人間・この劇的なるもの』を読み解く参考になるかと思い購入した。特に三章の「自己について」、四章の「宿命について」、五章の「自由について」、七章の「教養について」を興味深く読んだ。

    *

    著者はまえがきで「現実の世界では、人間は不平等」だと断言する。「空念仏をいくら唱えても、この一片の残酷な現実を動かすことは出来ない」のだ。著者はこの動かしようのない現実から出発する。ありもない自由や平等を振りかざす安っぽい幸福論とこの書の違いがここにある。

    私達人間は、自由を欲すると同じ程度に、自由のないことを、つまり宿命的であることを欲しているのである。これは『人間・この劇的なるもの』に登場するテーマと同じと思ってよいだろう。すなわち、人が真に求めているのは個性ではなく役割で、自由ではなく必然性なのである。

    私は『人間・この劇的なるもの』を読んだが、その時はいまいひとつ著者の言わんとするところがよくつかめていなかった気がする。自由とは正しいことなのか、結局人はどうやって生きていけばいいのか、というもやもやとした疑問を拭い去る事ができなかった。しかし、この『私の幸福論』を読んで、そもそもその問いが的はずれだったことに気づいた。「正しいかどうか」とか「どうあるべきか」ではなく、著者はただただ現実について語っているのである。

    真の「自由とは、責任のことであり、重荷」であって、「むしろ自由を放棄したほうがいいと我々は考える」。一方で、我々が愛するのは、「苦しんでも失敗してもいいからいかにも自分の宿命を生ききったという感じを与える生き方」だ。いいとか悪いとかではない。それが現実なのだ。その上で、自分の過去を自分の宿命として自ら選び取り、味わい尽くすことで、「その限界内で、自由を享受し、のびのびと生きることができる」。著者は私達にそう投げかける。与えられた現実の中でどう生きていくかは、私達自身の手に委ねられているのである。

    *

    「自分の幸と不幸とは、自分以外の誰の手柄でもなく責任でもない。誰もが、いままで誰一人として通ったことのない未知の世界に旅立っているのです」(あとがきより)

  • 2019/08/20

  • 女性が直面している女性ならではの問題に対して、様々な示唆と考えを論じている。

    私は常日頃から幸福とはなにかを問いかけているが、少なくともこの本は答えてくれなかった。

  • 福田恒存全集を買って積んでみたはいいものの、これは未収録の模様。しかし、彼の作品というか、思考・精神に触れる意味で、これもまた重要な作品であることは間違いない。
    別に何かを解説しているわけでも平易なことばでわかりやすく述べているわけでもない。彼のことばで、かれの考えたことを書いているに過ぎない。しかし、彼のことばは、決して彼だけのものではなく、滔々と続く流れの中で、そして、世界そのものを相手取る、そういうことばであるから、ことばと共に生きる人間に伝わっていくのである。
    この点で、「わかる」ということばの普遍的な在り方が現れてくる。理解とは、頭でわかるだけのことだ。しかし、頭でわかる、このこと自体が実に難しいのである。頭でわかっても…というひとは、たいてい、頭でものをわかっていないのである。わかるということは、文字通り、あたまでしか無しえないことだというのをわかっていない。あたまというのは、細胞の詰まった脳みそではなく、脳みそを抱えて生きている、このあたまだ。わかるということは、生きていく中で見つけられ、培われていくもののはずだ。
    このひとは、誰かのことばを借りてそれを武器に戦っているのではない。自身のことばで、太古からのことばで考えている。それはソクラテスやプラトンといった古代から続いている。
    精神のバトンとは言い得て妙だと思う。そのバトンは2000年たった今も変わらずに次の世代へと受け渡されていく。どこへ行くか、誰に渡されるか、そんなものはわからない。つづく精神に出会うその時、はじめてそのバトンを受け取り、ひととして走り出そうと決意するのだ。そんなバトンを受け取り、また受け渡せる、こんな幸福なことはないのだ。なんとしても、このバトンをつながなければならない。ことばの中で、生れ、考えてしまったからには。
    家庭を持つこと、結婚すること、こどもを育てること、働くこと。どれをとったとしても、立ち上がった精神で生きるひとは、限られた生命の中で歩いていける。どこにいても、いつでも、孤独だからこそ結びつく喜びを愛おしく思える。孤独だからこそ、わかれる痛みと強さが抱えられる。そうやってひとは生きてきたし、これからも生きていくのだと思う。

  • いま、女性に対してリアリズムをつきつけるということは、メディアはおろか国も提示できない状態で、あと子どもにもそうだけど。ここに立ち返らないといけない場面て本当ににたくさん見かけるね、最近。著者が亡くなった20年前の比ではないと思う。その一方で流行りの芸能人がリアリストを気取るけれども、彼らは自分の発言がいかに論理性にもとづいていないか知るべき。「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ」が、逆転現象を起こしてるね。そんな今読むからこそ面白い。

  • 本書は女性を主な読者の対象とされた。この幸福論に収録されているのは、最初の「美醜について」等、決して扱いやすいテーマばかりではない。著者が捉えた1970年代の慣習や事実をベースに論を展開している。違和感がある意見がないわけではないが、1998年の文庫化から16刷に至っていることから、多くの人々が支持する輿論なのだと思うことにした。個人的に興味深く読んだのは、「自由について」「教養について」であり、特に男女の性別を意識せずに頁を捲れた。

  • この本に出会えたことに感謝します。
    おかげさまで道が開けました。
    言葉ひとつひとつを再定義し、丁寧に順序よく、時には叱りつけながら心に突き刺してくる。いや、突き刺すというよりはぶつけてくる。いや、ぶつけるというよりは、意識すらしていなかった間違いを提示し、少なくとも間違った方向に進まないようにエスコートしてくれる。
    迷ったらここに戻ってきます。

    つねありさんまじあざす!

  • 数十年前に書かれたとは思えない。とてもしっくりきた。

  • 厳しく不合理な現実を突きつけながらも、著者の論旨は真摯で、論理的かつ説得的。
    幸福になるための安易な方法論ではなく、不幸にたえる術が示されている。

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