ノラや―内田百けん集成〈9〉 ちくま文庫

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 473
レビュー : 57
  • Amazon.co.jp ・本 (325ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480037695

作品紹介・あらすじ

『猫は煙を気にする様である。消えて行く煙の行方をノラは一心に見つめている。…「こら、ノラ、猫の癖して何を思索するか」「ニャア」と返事をしてこっちを向いた。ノラはこの頃返事をする。』(「ノラや」より)。百〓@6BE1@宅に入りこみ、ふいに戻らなくなったノラ。愛猫の行方を案じ嘆き続ける「ノラや」を始めとして、猫の話ばかりを集めた二十二篇。

感想・レビュー・書評

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  • 猫虐待をする著者が、なぜか愛情を傾ける羽目になった猫に固執するさまがおかしい。猫の喪失に嘆く姿は、転化された過剰な自己愛に他ならない。

  • 昭和32年3月27日のうららかな午後の庭の木賊の茂みを抜けてどこかへ行ってしまった猫の「ノラ」。猫探しに奔走し、電話番号を記した新聞に折り込み広告を入れ、イタ電もかかってくる中、百閒の慟哭は留まる所を知らない。嗚咽し号泣し涙は滂沱と流れ、毎日入っていた風呂に失踪後35日目にしてやっと入るが、いつもノラが風呂蓋の上にいたので風呂蓋に顔を押しつけ「ノラやノラや」とまた号泣。失踪2ヶ月後にノラに良く似たシッポの形だけが違う猫が居着き「クルツ」と命名し、5年3ヶ月後に最期を看取る。失踪後13年経ても何か心に引っかかる時、割り切れない時につい口をついて出てしまう言葉、「ノラや」。ノラやクルは私共の心の中にいるとの記述に涙。クルツの場合はしてやれる事は全部したが、ノラにはしてやれない事が多々有り後悔に苛まれる百閒の慟哭は、猫を飼っている者として何時かやってくる別れに際して肝に銘じておこうと思う。

  • 百閒先生にとってのノラ、クルツは私にとってよゴマとムギ。猫好きの誰もが思い当たる話ではあるが、度合としてはかなり深刻な猫狂いである。が、それが良い。百閒先生の良いところは、鉄道にしてもそうだが、その突出した思い込みと突破力にある。

  • 2019/10/14

  • 漱石の門弟・内田百閒の悲しみを綴った作品。

    気難しい百閒先生は、ひょんなことから猫を飼いノラと命名し溺愛する。ところがある日、ノラは忽然と姿を消してしまう。共に過ごした穏やかで幸せな時間を想うと、仕事も手につかず、食事も喉を通らない。果ては眠ることすらままならず、好きだった雨の音も楽しく聞けなくなってしまう。

    日々泣き暮らす百閒先生の傷心ぶりは、哀れで可笑しくもある。けれども、悲しいときは感情の赴くままに泣くのが一番である。胸いっぱいの悲しみが、ひしと伝わるペットロス文学。

    人としての百閒先生が好きになります。

  • 7-9月 *移動図書
    請求記号:T-う ちくま文庫
    所蔵館 2号館図書館

  • 先生の身のうちからでる
    「ノラや ノラや」
    と呼ぶ声に 導かれて
    書かれたんじゃないかしら

  •  内田百閒の猫についての短編を集めた一冊。

     特に自身の飼い猫ノラとクルツのものが熱い。ノラという飼い猫がいなくなってしまい、ビラを配ったりして1年以上探す様は異常とも思えるが、どこか愛らしく理解できる。
     面白いのは内田百閒は猫好きでなく自分の飼った2匹の猫だけが好きなのだ。きっと猫好きには一人ひとりに独自の猫哲学があるのだろうなぁ。

     猫好きにはたまらない一冊。

  • 16/06

  • 百閒先生の書いた猫に関する文章の数々をまとめたもの。私が愛猫のミャーを失ったので、この悲しみを先生はどう書くのか、どう感じたか知りたくて読んだ。
    壮絶なまでに悲しい。こんなに苦しいのか、眠れないか、と辛くなる。
    クルの死とノラの迷子、どちらの別れ方だとしても、共に過ごした時間に関わらず、生活が成り立たなくなるほど心が崩れてしまうものだ。
    猫好きというのは世間の勘違いで、「ノラもクルもどこにでも、いくらでもいる駄猫で、それが私には何者にも換えられないのである。」という一節がたまらなくわかる。私も、猫はまあかわいいと思うけれど、ミャーくんに代わる猫はいないとはっきり言える。
    読んでよかった。またいつか、猫を飼うことになったら、読み返したい。

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