まあだかい 内田百閒集成 10 (ちくま文庫)

  • 筑摩書房 (2003年7月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480037701

みんなの感想まとめ

テーマは、還暦を迎えた著者が仲間たちと共に過ごす楽しい時間や、ユーモアに満ちた人生観です。作品内では「摩阿陀会」というユニークな集まりが描かれ、著者が愛される存在であることが伝わります。仲間たちとの祝...

感想・レビュー・書評

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  • 還暦を過ぎてもお迎えは「まあだかい」と開かれたから「摩阿陀会」。なんと失礼な、と思いますが、逆にいえばそれだけ百閒先生が弟子たちから慕われていたということでしょう。百閒先生もユーモアに溢れた人で、

    「その内にきっともういいよと申し上げる所存で御座いますが、その節は御香典の用意を成る可く沢山と云う事にお願い申します。」と。p29

    六十歳というと今でこそ若いイメージもありますが、昔は還暦=老人のイメージでしたから時代は変わるものです。
    p333「花のない祝宴」は泣けました。

  • 愛すべき偏屈屁理屈爺さん

    摩阿陀会とは、知らない人は勿論知らない。知る必要なぞ少しもないむいみなかいであってか、私がみんなから還暦を祝って貰ったのに、いまだに達者である。遠慮なく云えばいつ迄も死なない。まだか、まだかと云うのが摩阿陀会である。(無伴奏)

  • 軽妙洒脱とはまさにこの方のためにある言葉のような気がする。年々老いてゆく中で色々なことがままならなくなってしまうことすら、諧謔たっぷりに描いている。けして自虐的ではない。しょうがないというか、そういうものだとわりきっているかのようである。
    だからこそ、「イヤダカラ、イヤダ」という拒絶も受け入れられるのでしょう。
    「まあだだよ」は幾分創作もはいっていたのだなと再確認。それでも、世界観は全く損なわれておらず、改めて黒澤監督の力に脱帽。

  • ヘンテコだが、心温まる交流。

  • 2014年3月23日読了。
    いいなあ。こういう会があれば、長生きしてもいいなあと思うねえ。

  • 老いてなお軽快。周囲への優しさやサービス精神が感じられて、読んでいて暖かな気持ちになった気がする。

  • 先生と生徒という関係でも、友情のようなものが生まれて、でもやっぱり先生はいつまでも先生というところが面白い。

  • 確か「贋作吾輩は猫である」の次、2冊目の百けんがこの本だったと思う。
    話があっちにとび、こっちに戻りするんだけど、するする読める。

    還暦のお祝いをしたのにまだ生きている、お迎えは「まあだかい」の摩阿陀会。
    いい年して社会的地位もある人たちが学生に戻ってしまうのが面白い。
    三畳御殿に人がみっしりで帰った後は食べ物もお酒も空っぽ、財布がないと思ったらいたずらで額縁の裏に隠してあったというところは
    卒塔婆を引っこ抜いて来てしまった頃のノリと同じw

    宴会中の描写はあまりない。
    お正月の御慶の会の、「花のない祝宴」でちらっと出てくるんだけど
    「ちらっと」でもわかるくらいしっちゃかめっちゃかwww

    百けんと、百けんを取り巻く人たちの温かさが伝わってくる。
    (10.07.04)

    読み始めた。
    (10.07.01)

    解説だけ読んだ。
    (10.06.26)

  • 毎年、決められた期日に、気のおけない仲間がうち集って小宴を開く。それが筆者も含めて、参会者たちにとっていかに楽しい時間なのかということが行間から伝わってくる。そんな仲間がいるというのは、まことに幸せなことなのである。

  • ブックフェアで購入(7掛!)

    2009/04/13-
    出雲・岡山旅行のお供に。やはり楽しい

  • 摩阿陀会。まあだだよ。師弟関係で、こういう関係ってすごいなあ、と思うのです。還暦のお祝いの後の百?先生の誕生祝いのお話なのです。

    やはり、先生がお元気なうちは摩阿陀会も楽しく読んでいるのですが、おみ足が具合が悪く、会に参加できなくなった、と言う件を読むとやはり寂しくなります。実際に百?先生を存じ上げない自分が寂しいのだから近くいらしたかたがたはさぞ寂しかったんだろうなあ、と思うのです。

  • 「先生」と呼べる人が、
    僕にはどれくらいいたのだろう、と考える。
    その人達に会いたくもなる。
    恥をさらすことになるだろうけど。

  • 百?先生は、いい友人たちに囲まれていたんだなぁ、とうらやましくなります。そして先生もなんだかんだいいつつ、その友人たちをとても大切にしていたんだなぁ、と思って。読んでいくうちに、だんだん先生が年老いて、体も弱ってくるのが、少し悲しい。

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著者プロフィール

内田百閒(うちだ・ひゃっけん)1889―1970
岡山県生まれ。本名・栄造。15歳のときに親友・堀野寛と出会い、堀野を通じて読書の趣味に目覚める。翌年、夏目漱石の『吾輩は猫である』上篇を読み、漱石に傾倒。19歳のころには俳句熱が高まって、俳諧一夜会や苦渋会という句会を結成。岡山近郊の百間川から俳号を「百間」とした。1910年、東京帝国大学文科大学へ入学。翌年2月に、静養中だった漱石を訪ねる。漱石の面会日「漱石山房」に出席するようになり、小宮豊隆、津田青楓、森田草平、芥川龍之介、久米正雄などと知り合う。以後、陸軍士官学校や法政大学で教鞭をとる。1920年には、作曲家・筝曲家の宮城道雄に知遇を得て親交が続く。同年、幼少期より寵愛を受けてきた祖母の竹が死去。1922年、はじめての著作集『冥途』を稲門堂書店より刊行。翌年、関東大震災に遭い、『冥途』の印刷紙型を焼失してしまう。1933年に三笠書房から『百鬼園随筆』を刊行してから、『冥途』の再劂版や第二創作集『旅順入城式』(岩波書店)、『百鬼園俳句帖』(三笠書房)などを刊行。その他、『贋作吾輩は猫である』(新潮社)、『ノラや』(文藝春秋社)など多数の書籍、作品を発表する。1965年には、これまでの功績を評価され芸術会員に推薦されながらも「いやだから、いやだ」とそれを辞退。それからも『麗らかや』『残夢三昧』(いずれも三笠書房)などを著す。多くの名筆を世に刻み、1971年4月20日に逝去。

「2023年 『シュークリーム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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